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7話 買い物

 1度覚悟を決めてしまえば、不思議と心は軽くなる。


 俺は改めてパトリシアを眺める。


「マスター、見つめられると恥ずかしいっす」


 見つめている訳じゃない。見ていたのはパトリシアの装備だ。

 革の胸当てと腰巻きはサイズ違いだしボロボロだ。黒のタイツも所々に解れがある。

 ハッキリ言えば貧乏傭兵丸出しだ。

 パトリシアが街道で座り込み、前にお椀でも置けば寄付金が集まりそうなレベルである。


 ギルドの中も見渡すが、床板はひび割れ、壁からは隙間風が入ってくる。

 この建物はギルド立ち上げの際にシュロムが買った物だ。

 築20年って言ってたっけ?

 吹き抜けの大広間にカウンター。調理室はもちろん、更衣室は男女別に完備。物置あり、接待室あり、風呂にトイレも水洗だ。

 2階にはギルドマスターの執務室に、狭いながらも個室が8つある。

 修繕が必要とはいえ、改めて見ればなんとも贅沢なギルドだ。

 借金の多さにも納得がいく。


 だが現状、このギルドに依頼を頼もうする人間はいるだろうか? 答えはNOだ。

 だって汚いもん。

 ちょっと見渡すだけですべき事はゴロゴロ転がっている。

 所持金は銀貨183枚。全ては使えないが150枚位はいいだろう。

 目指すは、パトリシアの装備、掃除道具、寝具、日用品だな。

 依頼をこなして行く上で、これからはギルドが拠点になる。

 最低限の生活必需品は揃えよう。


 あとは……。


「パトリシア。これからはパティって呼ぶけどいいよな?」

「えっ、何かハニーって呼ばれてるみたいっす。恥ずかしいっすけど、マスターにならいいっすよ」


 パトリシアは体をくねらせながら照れている。

 パ・ト・リ・シ・アって5文字呼ぶのが面倒くさいって理由は、秘密にしておこう。


「パティ、買い物行くぞ」

「デートっすか、ダーリン?」

「……マスターで頼む」

「ちぇっ、了解っす、マスター」


 残念そうな顔のパトリシアに「すまん。俺が好きなのは大人な女性だ」と心の中で呟いた。




 パトリシアことパティを連れて街に買い物に出る。

 先ずは武器・防具屋。

 少し歩くと街角に「セール」、「売りつくし」の幟旗が並び立つチェーン店が見えてくる。

 おっ、あれだ。


 店内に入ると量産された装備が所狭しと陳列されている。

 掘り出し物や高級装備などは無いが、今はそもそもお金がない。こんな物でも十分だ。

 俺が最近愛用してる剣もここで買っている。

 1本銀貨3枚の鉄の剣。少々薄手で耐久性は乏しいが、更にもう1本買うと2本目が半額になるお買い得品だ。

 いくら高い剣を買ったって魔物を10匹も斬れば刃こぼれがおきる。鍛冶屋に頼む刃研ぎだって安くはない。

 やっぱり質より量と安さだよね。




 パティは早速タイツ売り場でお気に入りを探しているようだ。

 タイツといっても、強度や防水性、動きやすさによって値段はピンからキリまである。


「マスター! お尻に穴が空いてるタイツが無いっす」


 ドデカイ声で爆弾発言を店内に響かせる。

 その場に居た客が一斉にこちらに振り替えっている。


「――ば、馬鹿。今履いてるのだって空いてないだろ?」

「だって空いてる方が便利っすよ? いつでも出したい時に入れられるっすよ?」


 急いで駆け寄り、小声で諭す俺の気持ちを無視して、大声の返答が戻って来た。

 周りの客からはヒソヒソと話し声が聞こえる。


「全く、昼間っから」

「若いって良いわね、お盛んで」

「一体どんなプレイしてるんだ?」


 間違っても「いやぁコイツ、尻尾が生えてるんで」なんて言えない。

 言いたいけど言えない。


「穴は買ってから空けなさい」

「はいっす」


 俺達は周囲の視線に晒されながら、丈夫で撥水性のある黒のタイツ3枚と、防水性の外套、鉄の胸当て、鞣し革の腰巻き、ダガー2本を買った。締めて銀貨31枚だ。

 会計の時におばちゃん店員が、「サイズさえ言って頂ければ、穴をお空けしますよ」と言って俺の下半身をチラ見していた。

 あの必死に笑いを堪えていた顔を、一生忘れないだろう。

 そして俺は行きつけの店を失った。



 次は衣料店。

 パティに服や下着を買ってこいと、銀貨20枚を手渡す。

 俺の第六感が嫌な予感を告げている。

 その直感を信じてパティ1人で行かせたのだが……。

 アイツも買い物ぐらいは出来るだろう。


 しばらく待つと、両手に荷物を持ったパティが店から出てくる。

 ふぅ。良かった。無事買い物出来た様だ。


「マスター、やっぱり穴あきパンツが無かったっす。変な所が空いてるのはあるっすけど、お尻の方には無いっす。穴が空いてる位置が違うっすよ。穴が空いてないと出した――もがもがもがもが」


 ダッシュで近づき、神速でパティの口を手で塞ぐ。

 このままだとロリコン容疑で俺にお縄がかかるのは時間の問題だ。



 流石に日用品や寝具を買う分には大丈夫と思ってたんだが。


「これくらい大きなベッドじゃないと、マスターと一緒にヌクヌク出来な――もがもかもが」


 から始まり


「どうせマスターと一緒に裸で寝るっすから、寝間着は要らな――もがもかもが」


 まで、大きな声で話してくれた。


 一通りの買い物が終わった時には、俺は真っ白に燃え尽きていた。

 ……これからは1人で買い物にこよう。





 ギルドに戻ると大掃除だ。

 夕方には今日買った寝具や、棚などの日用品が配送されてくる。

 あまり時間の猶予はない。


「パティ、いいか。机と椅子をどかしてモップ掛けだ。机や椅子は雑巾掛け。パパッとやるぞ」

「はいっす!」


 無駄に元気が有り余ってるパティの動きは早い。

 軽々と机を退かすと、鮮やかにモップをかけていく。

 これが天職じゃないだろうか? と、思えるほどの仕事っぷりだ。


 大広間をパティに任せて、俺は2階の個室に向かう。

 俺とパティの二部屋ぐらいは掃除をしておきたい。


 ずっと使われていない部屋には、机と椅子、タンスが一つずつ置かれているだけだ。

 下手になんでもあるよりは掃除が楽でありがたい。


 雑巾を片手に、拭いて拭いて拭きまくる。

 汚れては洗い、拭いては洗う。

 一部屋片付けて通路に出ると、眼下に広がる大広間は激変していた。


 床、窓、壁に至るまで、隅々まで綺麗に掃除されていた。

 恐ろしい才能だ。「掃除屋パティちゃん」として仕事を始めれば、大繁盛間違いないだろう。


「マスター、終わったっす」

「す、すごいな。見違えたよ」

「自分、綺麗好きっすから」


「じゃあ俺を待ってる2ヶ月で掃除しとけよ」と、心の中で叫んだのは内緒だ。


「次は調理場、風呂にトイレ、物置を頼む」

「了解っす」





 俺がもう一部屋の掃除をやり終えた頃には、1階の全ての部屋が終わっていた。


「パティ、休憩しよう」

「はいっす」


 買って来ておいた葡萄水をコップに注いでパティの前に置くと、不可解な顔をされてしまった。


「自分も飲むっすか?」

「飲めない訳じゃないんだろ?」


 パティと出会ってから、こいつが何かを飲んだり食ったりしてるのは見たことがない。

 こいつの栄養補給は俺の精気で済まされているからだ。

 だが、食事で補えるなら補って欲しいのが本音だ。


「じゃあ飲んでみるっす」


 コップを両手で掴むと、小気味好く喉を鳴らして一気飲み。


「ぷはぁ、美味いっすね!」


 お気に召した様だ。あまりの飲みっぷりにお代わりを入れてやる。

 荷物が配送されたら飯でも食いに行くか。

 そんな思いと裏腹に、パティは2杯目を飲み干すと、急に挙動不審になり慌てだした。


「――マ、マスター、ヤバイっす」

「どうした?」


 まさか魔族は葡萄水はダメなのか?


「とにかくヤバイっす。トイレに行くっす」

「はっ?」


 千鳥足でトイレに急ぐパティ。

 そういえば、トイレに行ってるのを見た事無かったな。

 飲み食いしてなかったから必要無かったのか。

 それにしても恐ろしい速度の代謝機能だ。

 飯を食いに行くのは中止だな。

 今のパティは食ったら直ぐにトイレにこもりそうだ。


「マスター、飲み物は危険っす」


 トイレから帰って来たパティはゲッソリして見えた。


「慣れだよ、慣れ。今日からは食事にも慣れて貰うからな」

「無理っす! マスターの精気がいいっす」

「却下」


 頬を膨らませてむくれるパティ。

 可愛いもんだとその様子を見ていると、突如ギルドの扉を叩く音が聞こえる。


「おっ、荷物が届いたかな?」

「ベッド到着っすか? 自分出るっす!」


 パティが嬉しそうに扉を開けると、そこには運搬業者ではなく、男と女の傭兵二人組が立っていた。


「久しぶりだな、ニケル」

「ホント、久しぶりね」

「アネッサ殿、ヘイテス殿! 戻ってきてくれたっすか?」

 

 どこかで見た顔だと思ったら、このギルドの立ち上げメンバーの2人。アネッサとヘイテスだ。


「おっ。久しぶりだな。てっきりもうギルドを移ったと思ってたよ」


 ギルド員が増えれば依頼も楽になる。だがコイツ等ギルドの借金とか知っているのだろうか?


「移ったに決まってるだろ?」

「相変わらずの能天気ね」


 ズケズケと物を言う奴等だ。

 じゃあ何しに来たんだよ?


 二人は俺の前までやって来ると右手を差し出す。


「「今まで支払いが止まってる依頼報酬を受け取りに来た(のよ)」」



 借金に追い討ちをかけるように、債権者が現れた。

 






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