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62話 聞こえない



 ねぇ、知ってるかい?

 蛇の交尾ってさ長いと何日もかかるらしいよ?

 凄いよね。

 でもさ、パティだって長い時間をかけて俺の精気を吸っていた訳だから、蛇以上だよね!


 ……あっ、妊娠してないんだから交配じゃないか。





「――以上が国境警備隊統括、ファミスから得た情報だ!」


 気がつけば俺は知らない部屋にいた。

 ウエッツが何やら大声を上げて説明している。

 んっ? あれはファミスか?

 何でこんな所にいるんだ?

 クリシュナやクレア、イースもいる。他には知らない連中が10人程。

 一体何なんだ?


「おい、お前。話聞いてんのか? そういや知らねぇ顔だな。新しくB級になった奴か?」


 隣に座っている髪を短く刈り上げた男が、俺の肩を気安く叩いてくる。

 本当になんなんだ?

 俺は軽い苛立ちを覚えながらその手を払いのける。


「おい、無視かよ。 お前、俺がB級ギルド深海の王(ポセイドン)のミミックって分かってんのか?」

「……知らね」


 俺がそう言い放つと、男は立ち上がり俺の胸ぐらを掴んできた。


「テメェ舐めてんのか!」


 あぁ、面倒くさい。

 だが俺が何かをする事は無かった。

 前の席に座っていたクリシュナが、その男の首筋に剣を当てていたからだ。


「会議中ですよ。お静かに。あと、その人に手を出すなら太古の太陽(アスガルタ)最強の傭兵と一戦交える覚悟でいて下さいね」

「――あ、ああっ。わ、分かった」


 クリシュナがちらとクレアを見ると、男は青ざめた顔で俺から手を離し席に戻る。

 ふぅ。もう帰っていいかな?

 ふて寝したい気分なんだ。


「話を続けるぞ、恐らく明日にはキーガルの言うディオール商会の新型魔導砲や兵隊が街の北西に配置を始めるだろう。俺の予想では新型魔導砲がいかほどかは分からんが、少なからず街にも魔物の侵入があると思え。街の北西は築地塀が老朽化している為に、魔物が突破出来る場所も多い。奴等が配置につき次第、北西部の住民から避難誘導を行う」


 周りがザワザワと色めき立つが、俺は早く帰りたい。それだけだ。


「つまり俺らに市民の誘導及び、警護をしろと言う事か?」

「少し違うな。誘導はD級以下のギルドが行う。C級ギルドはその警護。お前達は殿(しんがり)だ」


 その一言に、恐らくB級であろう連中が非難の声を上げ始める。

 うん、帰りたい。


「俺たちに死ねって言ってんのか!」

「いくらなんでも横暴だ!」


 ウエッツはドンっと強く机を叩くと睨みをきかす。

 喚いていた奴らは途端にその口を閉ざしてしまった。


「――別に死ねとは言っていない。だが傭兵の矜持を持たん奴はいらん。警備や誘導に当たって貰っても構わん」


 ウエッツの凄みに腰が引けた奴等は反論出来ずに椅子に座り込んでしまった。

 もう帰ってもいいよね?

 うちD級だし。


 張り詰めた空気の中、クリシュナがゆっくりと手を挙げる。


「確認ですが、魔物はともかく古代の巨人(エイシェントゴーレム)が先発隊によって撃破されなかった場合はどうするのですか?」

「……その時は、逃げるしかねぇな」









 話も終わったようなのでさっさと帰ろうとすると、不意に肩を掴まれる。

 振り返るとそこにはファミスがいた。


「久しぶりだなニケル。相変わらず覇気の無い顔だな」

「ほっとけ。俺は今ハートブレイク中なんだよ。もう帰って寝るんだよ」


 俺の言葉に眉をひそめるファミスだが、何に納得したのか突然笑い出す。


「はっはっはっ。今の話を聞いても、傷心中でそれどころじゃないってか? お前の危機感を見習いたいな」


 あのねファミス、バシバシ叩いてくるけど痛いからね。

 俺の心は更に痛いんだからね。

 もうぐっちゃぐっちゃだよ?


「んじゃ帰るから、頑張ってな」


 俺が帰ろうとすると、今度はハゲ頭が俺を呼び止める。


「おいニケル。お前の所も殿(しんがり)だからな!」

「はぁ? うちはD級だぞ。カルやティルテュ、グランツが警備か誘導すりゃ問題無いだろ?」

「どっかの誰かがこの街の筆頭ギルドを壊滅させやがったんだ。人手が足りない。尻ぐらい拭いていけ!」


 俺は両耳に手を当て、本日の営業時間は終了しましたと言わんばかりにその場を後にしようとする。


「いいか! 明日の昼前には組合の横、広場に集合だからな!」


 聞こえない、聞こえない。




 トボトボとギルドに向かって歩いていると「待って下さい!」と後ろから声がする。

 急いで追いかけて来たのはシェフリアだ。

 少々と言うか、機嫌の悪い俺はあえてそのまま歩き続ける。


「ニケルさん、ごめんなさい。私、本当にいらないことを言っちゃって……」


 俺の傍らでシェフリアはひたすらに謝ってくるのだが、もう返事をする気力も無い。

 しばらくするとシェフリアは何も言わずに後ろを歩くだけになっていた。





 ギルドに着くと雁首そろえて、「すまなかった」だの「ごめんなさい」だの言ってくるが、どうでもいい。

 俺は一言だけ「シェフリア、説明よろしく」とだけ言って自分の部屋に閉じこもった。




 深くため息をつきつつベッドで横になる。

 改めて冷静になろう。

 古代の巨人(エイシェントゴーレム)や魔物はどうでもいい。

 パティの妊娠騒動だ。


 今考えれば、冷静な判断が出来ないくらい舞い上がっていたよ。

 診療所に急にみんなが現れるのも変な話だし、みんなの態度もおかしかった。

 みんな浮かれていた俺を心で笑ってたんだ。


 ――って、そんな奴等じゃない事は分かっている。

 まぁ、カルぐらいは本気で楽しんでた感はあるが。

 俺も苛立ちはあるが、それほど怒ってはいない。

 ただちょっと「あー、騙されたよ!」と言うのが癪なだけだ。

 今の俺の態度が悪い事も分かっているんだが、こうなってしまうとキッカケが無ければ素直に言えない。


 モヤモヤしていると、小さく扉をノックする音が聞こえた。


「……マスター、ちょっといいっすか?」


 思わず無視したくなる気持ちが湧き上がるが、ここで無視すれば事態は悪化するだけ。

 俺はぶっきら棒に「なんだ、入れ」と短く投げかけた。

 俺が扉に背を向けると、扉が開く音がしてパティが中に入ってくる。


「……マスター、怒ってるっすか?」

「なにが?」


 なにがじゃないだろ!?

 俺がパティに八つ当たりしてどうするんだ。


「うぅぅぅ。ごめんなさいっす。自分、ちょっと調子に乗りすぎたっす」

「……」


 馬鹿馬鹿、振り向いて「もういいよ」って言えば終わる話だろ?

 分かっているのに踏ん切りがつかない。


「……じ、自分、マスターと夫婦になったみだいで……ヒィッグ、やざじくしてぐれるマズダーが、ヒィック、マズダーが、ヒィック」


 パティが泣いている。

 それを理解した時、俺の中で何かが音を立てて切れた。

 気が付けば振り向き、泣き噦るパティを抱きしめていた。


「……すまん。パティ」

「ヒィッグ、ふえぇぇーん。マズダー!」


 そのまま俺の胸に泣き顔を押し付けるパティ。

 自分が情け無くて、小さな体で抱きつくパティの温もりを感じて、鼻の奥にツンとした刺激を感じる。

 あかん、俺まで泣きそうだ。




 どれくらいそのままパティを抱きしめていただろう。

 パティが泣き止み顔を離すと、俺の服から伸びた鼻水がベチャりと床に垂れ落ちる。


「あぁ、もう」


 部屋にあるタオルで顔を拭いてやると、まだ少し不安そうなパティが真っ直ぐ見つめてくる。


「……もう怒ってないっすか?」

「怒って……ない」

「……ホントっすか?」

「本当」

「ホントにホントっすか?」

「本当に本当。怒ってないよパティ」


 俺が優しく微笑むと、パティはまたちょっと泣きそうに崩れた顔を埋めてくる。

 そして――。

 俺はパティの頭をクシャりと撫でると、勢いよく部屋の扉を開ける。


「うわっ!」

「おぉぉっ」


 勢いそのままに部屋に倒れ込む連中。

 部屋の前でそれだけ聞き耳立ててれば、さすがに気配で気づくだろ?


「あははは」とバツの悪い顔で並ぶティルテュ、グランツ、ウィブ。

 廊下の手すりに不敵な笑みで寄りかかるカル。

 シェフリアはいないようだ。

 明日、謝らなくちゃな。


「ニケル、ごめ――」

「もういい。もうその話は無しだ。子供が欲しけりゃ作ればいいだけだろ?」


 チラリとパティを見ると顔を真っ赤にさせて「はううぅ」と俯いてしまう。

 ティルテュから舌打ちが聞こえたが、聞こえなかった事にしておこう。

 それを見たカルがプッと吹き出すと、自然に笑いが広がって行く。




「で、ニケルくん。明日はどうするの? 結構洒落になってない状況みたいだね」


 これでも一応はギルドマスターだ。

 みんなが俺の言葉を待つ。


「そうだなぁ。非常に面倒な話だから嫌だけど……知らない顔は出来ないだろ? だけどヤバくなったら……逃げるとしよう」








 そして俺たちは……いやベルティ街は歴史に残る激戦の二日間を迎えようとしていた。











以下オマケ話です。


「マ、マスター。とうとうブクマが200を超えたっすよ!」

「本当か?」

「ホントっす!」

「本当に本当か?」

「ホントのホントのホントのホントっす!!」


うぅぅ、俺は今猛烈に感動している。

この感動をどう表現しろって言うんだ?


「し、しかも今のブクマは274っすよ?」

「はぇっ?」


聞き間違いか?

いや、今確かにパティは274。そう言い切った。

おかしい。

ちょっと前まではブクマが200辺りをうろちょろしていて、いつお祝いしようか悩んでいた筈だ。


ーー俺の脳裏にあの事件が過ぎる。


「パ、パティさんや、もしかしてまた芝居?」

「マスター、なんて失礼な事言うっすか! これ見て欲しいっす」


そこに映し出された映像にはブクマ274と描かれている。

マジか……。


「うっひょー!!」

「マスターが壊れたっす。ベルティ街のピンチっす!」


そして陰でほくそ笑むカルに、俺は気付くことが出来なかった。








読んでくださった皆様。

本当にありがとうございます。

いえ、最後の挨拶では無いですよ。

この最終章に来てここまでエネルギーを頂けるとは。

いや、本当にちょっと泣きそうです。


こうして皆様に支えられて書く力を頂いていると実感しております。

残すところも残り10話程度。

頑張って書きますので、何卒フィナーレまでお付き合いの程よろしくお願いします。


蜥蜴の尻尾一同&在り処より



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