61話 街を守る備え
ニケルが妊娠騒動の真実を知る1時間前。
ベルティ街の中枢を担う議事堂に、街の主要人物が一堂に会していた。
「それは間違いない情報なのかね? 違いましたでは済まないぞ?」
「誰も冗談なんかを言いに来るはずないだろ? 古代の巨人がこの街に到着するのはおそらく明後日の昼過ぎ。目測では20mはあるゴーレムだ。魔術士による遠距離攻撃も効いちゃいなかった。その前方には5,000体はいると思われる魔物の大群だ! 今すぐに退避命令を出さないと甚大な被害が出るんだぞ!」
国境警備隊統括であるファミスは昼夜を問わず馬を駆け、このベルティ街に危機を知らせに来ていた。
だが街の重鎮達はおとぎ話を聞かされたように、まともに取り合おうとしない。
「だいたい街長は何処にいるんだ? 事の重大さを分かっているのか?」
「父上は体調を崩している。息子の私が出ているのですよ、十分でしょう。古代の巨人ねぇ。……まぁ、事実であっても街を捨てて逃げるなんて事は出来る訳もない。なんの問題もありません」
目の前にいる恰幅の良い中年の言葉に、ファミスのこめかみには血管がくっきりと浮かび上がっていた。
安逸をむさぼるこの連中は、まるで危機感を覚えていない。
「キーガル……街長代理殿、古代の巨人が問題無いとは? 古代の巨人が本当であるならば、傭兵組合の総力を持ってしても、足止めする事さえ困難と考えて頂きたい」
傭兵組合支部長であるウエッツが苦言を呈すると、キーガルは勝ち誇った顔で顎を上げる。
「傭兵組合には期待はしておらんよ。確か先日も筆頭ギルドが壊滅したそうじゃ無いか? ゴロツキに頼らずともこの街には戦力があるのだよ」
周りの重鎮達は「おぉ、流石は次期街長」と褒め称え始める。
「その戦力をお聞きしても?」
「ふふん、私はディオール商会と懇意にしているのだが、前々から有事の際について熱く語っているのだよ。王都に救援を呼んだ所で到着には何週間もかかる。そんな悠長に待ってられるはずも無い。分かるか? ずっと前から極秘裏に攻城兵器である新型魔導砲や精鋭を集めるようにディオール商会に頼んでおいたのだ。それが街を護るための備えと言うものではないのかね?」
「おぉ、そこまで先見の明をお持ちとは! いやはやこの街は安泰ですな」
周りからのおだてにキーガルは更に気分を良くし、拳を握りしめ、ファミスとウエッツにまくしたて始める。
「今になって慌てる事こそ危機感の足りない証拠だ! 古代の巨人など眉唾ものではあるが、私がディオール商会に手配しておこう。なにも案ずることはない。傭兵組合や国境警備隊の方々はゆっくり休んでいるといい。私がこの街を守ってみせるさ」
ファミスは話にならないと席を立ち、ウエッツもそれに続く。
キーガルは出て行く二人を見てほくそ笑む。
目障りな奴等を打ち負かした快感。そして間も無く手に入る名声と権力に酔っていた。
――
「おい、あんたファミスとか言ったな? これからどうする気だ?」
前をドカドカと怒りを表すように歩くファミスに、ウエッツは臆面も無く声をかける。
その声に振り向いたファミスは憤怒の形相であった。
「どうもこうもない! 街の協力を得られずとも出来る事はある! 部下を使って街中に危険を知らせる!」
「そんな事を勝手にすれば王都に訴状が届いて軍法会議だな」
「だからどうした! そんなものは人の命に比べれば大したもんじゃねぇ!」
「はっはっは。ニケルに聞いてた通りの男だな」
「――ニケル……だと?」
ニケルという言葉にファミスの表情が幾分和らぐ。
余りにも必死にこの街まで来た為に忘れていたが、飛竜討伐の際に意気投合していた男がこの街の傭兵だった事をファミスは思い出した。
「悪いようにはしない。少しうちに寄って行け。あー、出来ればすぐに頭を張れる優秀な奴を何人か連れて来てくれた方が話が早いな」
「この時間の無い現状で、初めて会うお前を信頼しろとでも?」
「いいや、あんたの好きにすればいい。だが打てる手は多い方がいいだろ? 今からこの街のB級以上のギルドマスターを集める。魔術士組合の協力も必要だな。協力する気があるのなら1時間後に傭兵組合まで来い。来なければ俺は俺で勝手にするさ」
二人が暫く視線を交わすと、ファミスはおもむろに口角を上げる。
「ふん。生意気いいやがる。1時間後だな。で、お前の名前は?」
「ウエッツだ。じゃあ後からな」
――不思議な男だ。
ファミスは慌てる事も無く歩くウエッツに道にある小さな砂利玉を拾い指で弾き飛ばした。
ウエッツは振り返る事なく高速で飛来するモノを手で払いのけると、そのまま歩いて行ってしまう。
四面楚歌に追いやられたはずだった。
だがファミスは込み上げる興奮を感じている。
――面白い。
ファミスもまた警備隊の先発隊が駐留する方向へと急ぐのだった。
――――――――――
「それではキーガル殿、予定通りじゃな」
ディオール商会の一室。
誰もが立ち入る事を禁じられた部屋で、セルミネートとキーガルは最終的な打ち合わせを行っていた。
ソファーに座り、勝利の美酒と言わんばかりに極上のワインを味わう。
「ふふふっ。まさか全てが我等の手の平の上の出来事とは誰も思わないでしょう。私も目の前で魔物を操る現場を見ていなければ、無様に慌てふためいていたでしょうね。ふふふっ、君も飲むかい?」
キーガルはセルミネートの横に佇む黒衣の騎士にワインを向ける。
「こやつは飲みはせんわい。あの男が置いていったワシの護衛じゃ」
「……しかし古代から巨人とは恐ろしいものまでお待ちなのですね。その気になればあれ一体でこの国を転覆させる事も可能なのでは?」
「ふん。所詮は木偶よ。王都にある魔導砲を揃えられたらそれまでじゃ。それよりも木偶を倒した証の方が何倍も価値があるじゃろうて。お主が街長になる頃には、ここも北の王都と呼ばれるじゃろう」
二人は心の底から笑いあう。
全ては自作自演の出来事。
向かってくる古代の巨人や魔物迄が味方。勝利を確約された芝居なのだから……。