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58話 父親は



 足にピリピリと電気が走り、痛みとなって俺を襲ってくる。


 ……ギルドに戻ってきた俺は正座で説教を受けている。

 感覚を麻痺させる痺れが脳天まで突き上がる。

 始めに言っておこう。

 冤罪なんだ。俺は無実なんだ。

 パティに手を出しちゃいないんだ。





 ――遡ること1時間前。


「ニケル……色恋についてとやかく言うつもりはない。だがこれからは父親となるんだ。少しは自覚を持つんだな」

「ニケルさん、やっぱり順番ってものがあると思うんです」

「ふふふふふ、パティおめでとう。ニケルはちょっと後から話があるからね?」


 ティルテュがパキパキと指を鳴らしているが、それは話とは言わない。

 だがこの状況で「違う! なにかの間違いなんだ!」と言おうものなら、火に油を注ぐ結果になってしまうだろう。


「ねぇ、クリシュナ。パパどうしたの?」

「そうですね、クレア嬢にもうすぐ弟か妹が出来るって話ですよ。分かりやすく言うと、ニケルさんみたいに少女が好きな人をロリコンって言うんです」

「私、弟がいいなぁ。嬉しいな。じゃあ私もパパの好みなんだね!」


 クリシュナ、違うから。そもそもクレアも娘じゃないからね。

 そしてそこの獣人よ。場の空気に当てられて発情するな。

 ウィブを見ながら尻尾振り過ぎだから。

 カルは腹を抱えて「ひぃー、ひぃー」と声も出せないほどに笑っている。






 ギルドに戻ろうとパティをおぶる。パティは優しく抱きついてくるのだが、妙にそのお腹が気になってしまう。

 間違い無く俺がパティに手を出した事は無いのだが、他の誰かが父親なのかと考えてもあり得ない話だし、気分が悪くなるのも事実だ。


 クリシュナ、クレア、イースと別れてギルドに到着すると、パティを部屋まで連れていく。

 聞きたい事は山ほどあるが、安静にと言われた以上休んで貰うのが一番だろう。


 そして広間で待ち構えていたのはティルテュとシェフリアだった。


 てっきりティルテュにはボコボコにされると思っていたのだが、手は出してこなかった。

 俺に正座をさせ、厳しい表情で詰め寄ってくる。


「いい? 子供には罪は無いわ。だけどこのままって訳にはいかないでしょ? 真面目に働いて、借金が無くなったら籍を入れなさい!」

「そうですよニケルさん。今のままじゃ子供が可哀想です」


 と、父親らしくなれだの、子供を不幸にさせない為にもキチンと働けなど予想外の説教が始まったのだ。

 途中からはグランツも参戦し、自覚を持てだの、もうお前一人で生きているんじゃないんだと、普段なら耳を閉ざしたくなる言葉を並べてくる。


 朝まで説教を覚悟していたのだが、俺が足の痺れに放心し始めると「今日はもういいわ。パティの側にいてあげなさい」とお許しが出た。

 痺れる足にさりげなく回復魔法をかけるカルに、ちょっと感動してしまった。


 人間あれだね。

 言い訳や反論せずにいれば許してもらえるものだね。

 ……濡れ衣だけど。




 俺は少し緊張しながらパティの部屋の前まで来て、軽くノックをする。


「パティ、入るぞ」

「マスター……どうぞっす」


 中に入ると、パティは上半身を起こして恥ずかしそうに上目遣いで俺を見てくる。

 俺は部屋にあった椅子をベッドの横に置くと、なるべく静かに腰掛ける。


「どうだ、体の調子は?」

「少し怠いっすけど大丈夫っす」


 なんだろう。

 気恥ずかしくて次の言葉が出てこない。


「……マスター。自分、幸せっす」


 パティはそう言って俺の手を持ち自分のお腹へと当てた。

 膨らんでいない平べったい小さなお腹。

 動いたりする訳では無いが、その暖かさと微かに伝わる心臓の鼓動が俺の心を癒していく。


 うーん、まずい。

 いや、別にまずくはないが、こうパティに愛おしさを感じてしまう。

 なんだか俺まで幸せな気分になってしまった。


「自分、家族とかいないっすから……めちゃくちゃ嬉しいっすよ」

「馬鹿、このギルドは家族みたいなものだろ?」

「そうすっね。でも嬉しいっす」


 その微笑みが堪らなくて、パティの頭をクシャクシャと撫でる。


「ほ、ほらもう今日は寝とけ。先ずは健康第一だぞ」

「そうっすね……マスター、寝るまで手を握っててくれるっすか?」

「仕方ないな」


 優しくその手を握ると、確かめるようにパティの親指が手の甲の上を行き来し、その感触に満足したのか、ゆっくりと目を閉じていった。




 パティの寝息が聞こえ出す。

 このままずっとここに居たい気もするが、俺にも考えなきゃいけない事がある。

 俺はパティの手をベッドに戻すと、起こさないように部屋から出て行った。



 階段を降りると広間にはカルがいた。

 こいつが今の時間に起きてるなんて珍しい事もあるものだ。

 調理室に寄って葡萄酒とグラスを二つ手に取ると、カルのいるテーブルの上に置く。


「ニケル君、もういいの?」

「あぁ。カルちょっと付き合え」


 グラスに葡萄酒をなみなみと注ぎカルに手渡す。


「とりあえず、おめでとうって事で」


 カルがグラスをこちらに向けるので、俺もグラスを向けて軽い音を鳴らす。


「まぁ、なんというか実感がないな」

「だろうね。だってニケル君()()無いでしょ?」

「当たり前だろ? ――カル、分かってるのか?」


 そう。くどいようだが俺はパティに手を出しちゃいない。

 雰囲気に流されてしまったが、これは紛れもない事実だ。


「そりゃね。ニケル君ヘタレだし」

「うっせぇ。で、まさかカルが父親とか言うなよ?」


 カルは不意を突かれたのか、無邪気に笑い出す。


「それは無いよ。でもね、心当たりはあるよ」

「――誰だ?」

「んー、知りたい?」

「そりゃ知りたいぞ」

「多分父親はニケル君だよ」

「はぁ?」


 全く話が繋がらない。

 こいつは俺で楽しんでるのだろうか?

 いつもそうか。


「僕も文献で見た事があるだけだから詳しく無いけど、魔族の中に面白い妊娠をする例が載ってたんだ。それはね、同じ人間から吸い取った精気を一定量体内に貯める事で、新しい命を作り出すらしいよ。最近のニケル君ってパトちゃんと一緒にいる事多かったよね?」

「んっ? それって?」

「その文献の信憑性は分からないけど、パトちゃんのお腹の子はニケル君の精気を基にしてるんだと思うよ。だから手は出してないけど、父親はニケル君って事」


 カルの仮説がストンと胸に落ちる。

 竜の咆哮(ドラゴンクライ)の一件から、パティと一緒にいることが増えたのは間違いない。

 思い返せば精気を取られていたかまでは分からなかったが、くっついてくる事も多かった。


 そうか、俺の子か……。

 俺はなんとも言えない幸福感を噛み締めながら葡萄酒を一気に飲み干した。











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