57話 捜索の果てに
「ヘイテスの所に居たのは間違いないんでしょ?」
「あぁ、でも夕方には出て行ったらしい。ウィブ、イースにパティ探索のお願いに行ってくれ。あいつの狩猟能力なら何か分かるかもしれない。グランツは審判者でサウスにも協力をお願いしてくれ。カル、魔法でどこにいるかは分からないのか?」
「さすがに無理だね。マーキングしてれば別だけど、特定の個人の場所は分からないよ」
深夜になっても帰ってこないパティに、不安は募るばかりだ。
今迄に何も言わずに帰って来ないなんて事は一度もない。
もし誰かに襲われたりしていたら……。
竜の咆哮の時に、命の危険を感じたら人相手でもパトリシアパンチを使えと言っておくべきだった。
結局、その晩はイースやサウス、クリシュナの手を借りたが、何の手掛かりも掴むことが出来ないまま時間だけが過ぎていった。
空が白み始めると、新たな情報の確認をする為にギルドへ戻った。
「どうだ? 何か手掛かりは見つかったか?」
ギルドで待機してもらっているグランツに力無く首を横に振ると、その面持ちは更に沈み込む。
「今、ティルテュに組合にも捜索依頼を頼みに行って貰ってる。グランツはそのままギルドで待機しててくれ。もう一度探しに行ってくる」
「――ニケル!」
疲れや眠気なんてどうでもいい。
俺は目に見えない恐怖を振り払うように駆け出した。
パティは銀髪。目立つ髪色の筈なのに、街中で聞き込んでも有力な情報は出てこない。
途中でティルテュやウィブ、カルと情報を共有するが進展は無かった。
どれだけ走り回っただろう。
道端で項垂れると魔剣が微かに光る。
――!
どうして気づかなかったんだ?
ノースと出会った時、その案内をしたのはクトゥだ!
クトゥならもしかしたら……。
「クトゥ、お前パティの場所が分かるのか?」
クトゥはまた微かに光る。
俺は周りの目も気にせずに何度も話しかける。
剣に話しかける頭のおかしな奴だと思われようが関係ない。
ノースと出会った時のように、クトゥを地面に立て手を離す。
2度、3度と繰り返すが、クトゥの倒れる方向は同じだ。
焦りを抑えながらクトゥの道標に沿って走ると、ある1つの建物が終着地点だった。
「レイドリア――診療所?」
その建物に掲げられている看板にはそう書かれていた。
息をつくと、抜け出る空気と共に心が少し楽になる。
まだパティを見つけた訳ではない。
だが診療所という言葉が安堵感を生み出す。
「ニケルくん、こんな所で立ち尽くしてどうしたの?」
偶然俺を見つけたんだろうが助かる。
はやくみんなにも知らせてやりたい。
「……多分ここにパティがいる。みんなに連絡してくれないか?」
「えっ、ここに?」
カルは不思議そうに建物を見上げると、それ以上何も聞かずに「分かった。呼んでくるよ」と言ってその場を離れていった。
俺がゆっくりと診療所のドアを開けると、ツンと刺すような薬品の匂いが鼻を刺激する。
中には受付に一人の中年の女性がいるだけで、他には誰もいない。
「あら、初めての方ね。どうされました? 風邪でも引かれましたか?」
白いローブを纏った女性が親しみやすい笑顔で話しかけてくる。
「いえ、ちょっとお聞きしたいのですが、こちらに昨晩あたりから銀髪の少女が来てませんか?」
女性は一瞬険しい顔になると「先生をお呼びしますのでしばらくお待ち下さい」と言い、診察室であろう奥へと入っていく。
しばらく待つと白髪の混じる厳つい風貌の男が、品定めをするような鋭い目つきで部屋から出てきた。
「私は当診療所を経営しているレイドリアと言います。失礼ですが貴方は?」
「俺はこの街のD級ギルド蜥蜴の尻尾のギルドマスター、ニケル=ヴェスタです。うちのギルド員、パトリシアがこちらに居ると思うのですが、心当たりはありませんか? えーっと、見た目が13歳くらいの銀髪の少女なんですが」
レイドリアは俺を見据えた後、受付の女性に視線を投げかける。
それを合図に受付の女性は、そそくさと奥に引っ込んでしまった。
「ふむ、確かに彼女がマスターと呼んでいる人物の形姿に当てはまりますな。とりあえず、そちらにお掛け下さい」
やけに焦らす態度だが、こちらも押しかけた身。言われた通りに椅子へと腰かける。
「パトリシアはこちらにいるんですね?」
「えぇ、居ますよ。昨晩、倒れていた彼女を妻が偶然見つけましてね。この診療所に運び込まれた訳です」
「怪我や病気ですか?」
「怪我ではありませんし、病気と言う程の大げさなものでもありません」
良かった。
怪我や酷い病気などではなさそうだ。
一時的な体調不良でも起こしたのだろうか?
「彼女はつい先ほどまで寝てましてね、私も現況を知ったばかりだったのですよ。帰ってもいいぐらいには回復してますし、今案内しましょう」
レイドリアが立ち上がると、診療所の扉が勢いよく開かれる。
「パトリシアが見つかったのか?」
「ちょっと、パティは?」
グランツに、ティルテュ、ウィブにカル、シェフリアやクリシュナ、クレア、イースとぞろぞろと入って来るのだが、こいつら来るの早すぎだろ!
カルの魔法か?
「おぉ、これまた大人数ですな。まぁいいでしょう、ついて来て下さい」
診察室を抜け、階段から二階に上がると、角の部屋へと案内される。
中にはバツが悪そうに、布団から顔の半分だけを覗かせるパティがいた。
「「パティ!」」
「うぅぅ。心配かけたっす」
良かった。いつものパティがそこにいた。
俺はホッと胸を撫で下ろし、レイドリアに深々と頭を下げる。
「ありがとうございました。このお礼はまた後日に伺わせて貰います。パティはもう帰っても大丈夫なんですよね?」
「えぇ、少々安静にして欲しいですが問題ないでしょう」
「ちなみに倒れた原因ってのは?」
「それは……ちょっとお待ち下さい」
レイドリアはパティの近くに体を寄せ、耳元でボソボソと何かを話し始める。
それを聞いたパティは真っ赤な顔で俺を指差す。
突然レイドリアは俺の前まで来ると手を握りしめた。
「実は魔力探知機による検査で、彼女のお腹から微弱な魔力が流れ出ている事を確認しました。……おめでたですよ!」
お……めでた?
えっ、なんて言った?
――おめでた!?
一斉にみんなの視線が集中するが、俺の思考は遥か彼方へと旅立った後だった。




