56話 地獄のチェック
「いいですか。ギルド員の支払いについては食、住をギルドが負担していますので深くは追求しません。問題なのは、この食材費です。1ヶ月に金貨3枚っておかしいですよね? これじゃいくら稼いだ所で借金減らないですよ!」
「えぇっと、それは……グ、グランツ、月に金貨1枚程度じゃなかったっけ?」
「――特別な食材には追加経費を出すと言ったのはニケルだろ?」
再び借金を負ってから3週間。俺たちはシェフリアから説教を受けている。
組合より蜥蜴の尻尾の資金管理に携わる為に、シェフリアが出向してくると聞いたのは昨日のことだ。
正式な辞令は1週間後なのだが、財務チェックと称して前乗りしてくれている。
しかし、みんなが喜んだのも束の間、地獄のチェックが始まったのだ。
「ほら、ここも。回復薬ってこんなに使いますか? 毎月平均7本ですよ? 金貨約3枚ですよ! カルさんという優秀な魔術士がいるのに使い過ぎです。そもそもニケルさん達は怪我なんて殆どしないでしょ?」
「い、いや、ほ、ほら常備薬って必要じゃないかなぁ?」
「備えは大事ですが使い過ぎです!」
シェフリアはどこから集めてきたのか、うちのギルドの使用明細でテーブルに山を作っている。
領収書とは違い明細書は再発行可能と言われたが、それなら明細書で減税措置して欲しいものだ。
「……ニケルさんは以上です。――次、グランツさん、ウィブくん!」
「お、おう」
「はっ、はい!」
俺は解放されたが、次は食費チェックの様だ。
グランツとウィブの顔が引きつっている。
普段おとなしいイメージだから、インパクトが凄いんだよなぁ。
こう、出来る女って感じだ。
「少しはシェフリアに感謝しなさいよ。ギルドの為に色々と手を尽くしてくれてるんだから」
「あれだけの資料を用意してくれてるんだ、生半可な気持ちじゃないのは分かってるよ。あれっ? パティは?」
広間内を見渡してもパティの姿が無い。
またアネッサの所にでも遊びに行ったんだろうか?
「ヘイテスの所でしょ? まだ産まれたばかりだからあんまり行っちゃダメだって注意はしたけど、よっぽどかわいいみたいね」
そう、アネッサは10日前に赤ん坊を産んだ。
かわいい男の子だ。
一昨日にみんなでお祝いを持って顔を見に行ったのだが、パティは赤ん坊にメロメロだ。
昨日も昼からはずっとキーセルム雑貨店に入り浸っていた。
「失礼しますよ」
扉を開けて入って来たのはクリシュナとクレア。
ギルドが新しくなって以後、ちょくちょく遊びにやって来る。
「また来たのか?」
「失礼な言い方ですね。クレア嬢にパパに会いたいとせがまれれば、来ない訳にはいかないでしょ? しかもここは料理も一流。空調管理も完璧ですし、街一番の快適なギルドですしね。来ない訳にはいかないでしょ? あっ、ティルテュ嬢、私はアールグレイの紅茶で、クレア嬢にはミルクでいいですよ」
「はいはい。ちょっと待ってなさい」
ティルテュもすっかり慣れたようだが、クリシュナの恐ろしさはきっちり飲食代を払っていく所だ。
過剰に払っていくものだから、下手に文句も言えない。
「……パパ、これ」
「んっ? あぁ、クレアありがとな」
はにかむクレアが高級そうな箱を渡してくる。いつも何かお土産を持ってくるんだよな。
おっ、今日は饅頭か。
クリシュナの策略と分かっているが、悪い気はしない。
まぁ一番怖いのはパパと言われて普通に反応してしまう俺だ。
ティルテュが紅茶とミルクを持って来ると、クレアはちょこんと俺の横に座りペロペロと飲み始める。
最初は「犬か!?」と驚いたが、どうやら小さい頃からの癖らしい。
「ふぅ。やはり美女が淹れる紅茶は格別ですね」
ティルテュは「もう、当たり前の事言わないでよ」と少し照れながら、クリシュナをバシバシ叩く。
それでも紅茶をこぼさないアンタは凄いよ。
「しかし、本当にシェフリア嬢はここに出向してくるんですねぇ。噂には聞いてましたが、前乗りしているとは」
「噂になってるの?」
「えぇ、このまま噂が広がれば、蜥蜴の尻尾は消えて欲しいギルド一位の座に躍り出ますよ」
そんなアンケートあるのか?
ってどこの情報ソースなんだ?
「あぁ、そうそう、昨日白金の狼が無事にA級ギルドに昇格しましたよ。一応このギルドの後見でしょ? 何かお祝いの品ぐらいは持って行った方がよろしいかと。上質な毛皮の店を紹介しましょうか?」
「あのなぁ、うちの借金知ってるだろ? まぁ、ウィブに何か作らせて持って行くよ」
白金の狼がA級に昇格する話は聞いていたが、まさか昨日とは。
シェフリアも教えてくれたっていいのに。
あっ、今週は明細集めで組合に行ってないって言ってたっけ?
結局クリシュナとクレアは夕食まで居座り、銀貨5枚を置いていった。シェフリアも全ての明細を片付けると自宅へと帰って行く。
「そう言えばパティは?」
「まだ帰って来てないわよ? アネッサも人が良いから帰れとは言わないでしょ?」
「はぁ、仕方ない。たまには俺が迎えに行って来るよ」
だが迎えに行ったキーセルム雑貨店にその姿は無く、その日は深夜になってもパティは帰ってこなかった……。




