55話 新築ギルド
「それでは今ある借金を相殺させて、蜥蜴の尻尾の通帳残高は、金貨1,672枚、銀貨5枚、銅貨24枚になります。後程借金返済の領収書を発行しますので2階窓口まで取りに来てください。……良かったですねニケルさん」
「おぉぉ、ありがとうシェフリア。み、皆に報告してくるよ」
俺は逸る気持ちを抑えきれずに、跳ねる様に駆け出した。
「うおぉぉぉー! 借金返済だぁー! あっ――、あちだ、ぐっ、うぉっ!」
階段を踏み外し転げ落ちるが、痛みなどに構ってる暇は無い。
何せ借金どころか大金持ちの仲間入りだ。
貧乏で苦しんでる諸君。
神様は見ててくれるものだよ。
――――――――――
「……凄い音がしたな」
「ニケルさん浮かれてましたから。……借金無くなっちゃいましたね。いいんですか? もしかしたらギルド解散って言い出しますよ?」
「あぁ、だが多分大丈夫だな。色々と打てる手はある」
「そうですか。私の要望の方はどうなりますか?」
「それも大丈夫だろう。まっ、シェフリアには色々と頼みたい事があるからな、そこは任せておけ」
――――――――――
世界最速をマークする勢いで組合の外へと躍り出る。
「そんなに急いでどうしたんだ?」
グランツの問いかけに答えたい所だが、全速力で走ったおかげで肩で息してる状態だ。声が出ない。
何事かと見つめるみんなに、なんとか呼吸を整え、腹から声を絞り出す。
「はぁ、はぁ、いいか、聞いてくれ。はぁ、はぁ、ギルドの借金が無くなった」
「無くなった?」
「本当っすか?」
不審がるのも仕方ない。
俺だって夢のようだ。
ゆっくりと深く息を吐き出し、みんなを見渡した。
「竜の咆哮の通帳には金貨2400枚ぐらい入ってたんだ。借金は帳消し。ギルドも新しく建て直せるぞ!」
一瞬の静寂の後、歓喜の声が訪れる。
「やったっす!」
「本当? 新しいギルドを建てられるのね?」
「やったな」
「おめでとうございます!」
「ふーん。良かったね」
若干一名冷めた奴がいるが、俺も興奮しっ放しだ。
まぁ、大金を手に入れたって言っても、竜の咆哮から分捕った感はある。
うしろめたさはあるが、それでもやっぱり嬉しいものは嬉しい。
今夜は宴会だ!
肉?
好きなだけ高い肉を食えばいい。
酒?
高級酒を浴びる程飲めばいい。
それだけの金は今はあるのだ!
それからは実に楽しい時間だった。
依頼はほどほどに減らして、先ずは高級宿に引越し。
荷物置き場に倉庫も借りた。
組合からは一流大工職人を手配して貰い、ギルドを建て直す事にした。なんでも通常の1.3倍の値段を出せば通常2ヶ月かかる工事を3週間で仕上げてくれるそうだ。
もちろん素材は高級品を使用する。
魔術士ギルドにも赴き、快適な生活の為に魔道具を多数購入。
みんなには臨時ボーナスとして金貨30枚を渡し、自らの部屋の家具や普段新調出来ない装備なんかを好きに買って貰う。
キーセルム雑貨店でも色々と買わせて貰った。
ヘイテスに「景気が良いな」と言われたが、実際景気が良いのだ。
建築現場に出向いては、こーして欲しい、あーして欲しいと注文をつけるのだが、職人達は嫌な顔一つせずに、忠実に再現してくれる。
何?
また借金が出来るじゃ無いかって?
俺もそこまで馬鹿では無い。
建物に使ったお金でも金貨600枚程度。
それでも一般住宅が金貨100枚程度だから豪邸だ。
魔道具類でも金貨200枚だし、みんなに渡したお金だって俺を含めても金貨180枚。
その他借りてる宿代、キーセルム雑貨屋の支払いなど諸々合わせても金貨70枚。
まだ金貨600枚は残っているのだよ。
少々使い過ぎだが、所詮はあぶく銭。
財布の紐も緩むってものだ。
何よりこの1ヶ月はみんなの笑顔が眩しい。
みんなでギルドの内装を話したり、好きなもの我慢せずに買うってのは楽しいものだ。
後はグランツにギルドマスターを代わって貰えば、俺のハッピー人生は目の前だ。
あれから3週間――ついに新築ギルドが完成した。
「マスター、スゴいっすよ! ギルドが新しいっすよ! スゴいっす!」
パティの凄い節は健在だ。いや、本当に凄いのだからしょうがない。
「改めて出来上がると感慨深いものがあるな」
「師匠、一緒に厨房見に行きませんか?」
グランツとウィブは真っ先に厨房に向かった。
厨房には高級料理店並みに多数の魔道具を完備している。
ウィブが浮かれるのも仕方ない。
俺も中に入るのだが、柔らな木の香りが鼻腔を刺激する。なんとも気持ちがいい。
新しいカウンター、くすみのない窓。誰にも使われていない広間。
椅子やテーブルが搬入されて無いからか、想像以上に広く感じる。
ギルドの間取りだが、実は以前とほぼ変わっていない。
少々個人部屋を広くした程度だ。
「パティ、来てみなさいよ! このお風呂広いわよ」
「今行くっす!」
お風呂にもお金かけたもんなぁ。
以前はボロい木の浴槽だったのだが、名前の覚えられない凄そうな石と樹木を使った高級お風呂だ。
お湯を管理する魔道具も一流宿屋で使用されてるものにした。
幸せに浸っていると、運送業者が次々と家具や寝具を持ってくる。
「それ僕の部屋ね」
「なんだ? カル、そんなに大きいベッドにしたのか?」
「そうだよ。僕にとっては睡眠が一番大事だからね」
まるで3,4人寝れそうなベッドが搬入されていく。
運送業者が恐ろしい程に気を使って運んでいる姿からは、その値段の高さが窺える。
荷物の搬入は夜まで続き、整理もそこそこに宴が始まる。
ウィブとグランツが腕によりをかけた料理の数々。
酒を飲み、笑いが止まらない幸せな時間だった……。
翌日、「今日は一日荷物整理だな」と意気込んでいると、組合から一通の手紙が来ていた。
また組合に来いとの催促の手紙だ。
もしかしたら早々とC級昇格が決まったのかもしれないと、俺は疑う事なく組合に出向くのだった。
二階に上がると何故か混み合っている。
ギルドマスターの大行列だ。
また何かあったのだろうかと不審に思いながらも順番を待つこと1時間。
「D級ギルド、蜥蜴の尻尾の方」と呼び出しがあり、俺は当たり前のようにシェフリアの前に座る。
「こんにちは、シェフリア。今日は人が多いね。何かあったの?」
「こんにちは、ニケルさん。この時期は仕方ないですよ」
この前よりも元気そうなシェフリアは、机に書類を広げる。
やはり昇格か?
嬉しそうに視線を下げると、書類から目が離せなくなってしまった。
何これ? かくていしんこくしょ?
――――確定申告?
「私の方で分かる範囲は全て書き出しておきました。昨年度の領収書はお持ちして下さりましたか?」
……領収書? なにそれ?
「えっ、ご、ごめん。シェフリア、これって何?」
「えっ!? 毎年この時期にはギルドの確定申告があるじゃないですか? 昨年度の所得と支出から税金が決まるんですよ? もしかして知りませんでしたか?」
税金? えっ?
それってあれだよね? 一般市民が国とか街に払うお金だよね?
俺一度も払った事無いけど、傭兵も払うの?
「領収書って?」
「いつも依頼契約の時に書いて貰ってる書類ですよ。借金返済の時にもお渡ししたじゃ無いですか? ニケルさんも買い物したり、ほらギルドを建てた時に業者さんから貰いませんでしたか?」
……確かに貰った記憶はある。が、以前のものはギルド解体の時に一緒に投げちゃったし、ギルドを建てた時のものも何処にやったかなんて覚えていない。
いや、ゴミだと思って捨てた気がする。
そういえばヘイテスの所で品物を買った時も、いつもアネッサが領収書くれてたっけ……。
全身から汗が吹き出る。
いや、大丈夫。まだ金貨は600枚近くあるんだと、自分に言い聞かせる。
「ち、ちなみに領収書が無いと税金っていくらぐらいなの? 金貨100枚くらい?」
「そんなに安くは無いですよ? 竜の咆哮からの通帳譲渡分、贈与税でも50%かかりますから金貨1,207枚ですよ? 蜥蜴の尻尾の組合依頼、個人依頼、魔術士ギルドからの依頼を合わせると金貨712枚で、税金が金貨284枚です。概算で金貨1491枚ですね。もちろんそこから借金返済分、ギルド新築分を控除すると4分の1位にはなると思いますよ」
いつ以来だ?
目の前が真っ暗になる。
あぁ、そうか。ギルドマスターに仕立て上げられた日以来か……。
「……り、領収書の再発行って出来るのかな?」
「出来る訳ないじゃ無いですか!? ……もしかしてニケルさん?」
俺はそのまま項垂れる様に下を向いた。
結局、組合に借金をする事になった。
しめて金貨900枚。
借金に嵌った日から約一年弱。
……ふりだしに戻る。
――――――――――
「辞令だ。来月子の月よりシェフリア=メイヴィットは蜥蜴の尻尾に出向ギルド員として赴き、かのギルドの財政を改善されたし」
「はい。慎んでお受けいたします」
昨年度の売り上げ一位を叩き出した蜥蜴の尻尾。
そのギルドの借金が減らない事に組合は1人の組合員を出向させる事を決定した。
D級ギルド『蜥蜴の尻尾』
ギルドマスター 「ニケル=ヴェスタ」
ギルド員 「パトリシア」
「ティルテュ=クリエスタ」
「グランツ=ブルーラモ」
「ウィブ=タリアトス」
「カル=ユーリス」
魔剣 「クトゥ」
出向ギルド員 「シェフリア=メイヴィト」
(尚、ギルド通達は子の月1日に行う)
計6名+1本