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6話 切れた尻尾

 頭の中で一連の流れが、パズルのピースが噛み合うようにカチリとはまる。


 どうして俺がギルドマスターに選ばれたのか……。


 シュロムにとって、俺は(てい)のいい蜥蜴の尻尾。

 自分が助かる為に、全てを俺に押し付けて切り捨てた訳だ。

 このギルド名も、この為にわざと付けたんじゃないかと疑いたくなる。

 親しい者に押し付けるなら罪悪感も生まれるだろうが、顔も出さない、親しくもない俺はうってつけの存在だったんだろう。



「どうにもならないのか?」

「こちらがギルドマスター変更の書類です。先程の依頼達成で、正式に受理されています」


 受付の女はギルドマスター変更の書類を机の上に置いて見せる。

 確かに俺のサインと拇印がある。

 あぁ、そういや3ヶ月前ドラゴン討伐の話をした時に「ギルド員の更新は1年単位だ。しばらく顔出せないんなら、これにサインと拇印をしといてくれ」と書類を書かされたな。

 よく見ずにサインした俺は、まんまと嵌められた訳だ。



 どうする?

 逃げるのなら、パトリシアにギルドマスターを押し付けるって手もある。

 上手く言いくるめれば、簡単に騙せるだろう。

 だがそんな事をすれば、あいつの末路は売春宿か変態貴族の性奴隷になるしかないだろう。

 シュロムが俺にした様にパトリシアを売るのか? 

 自分で考えながら鼻で笑ってしまう。

 出来るわけがない。



「どうされますか? 解散されますか? 現在の毎月の借金利息は、金貨6枚と銀貨3枚になりますが、ギルドとして返済される場合、ギルドマスター変更の規約に基づきまして、向こう半年は無利息扱いになります」

「……解散は……しない」

「分かりました。後、規約に基づき、死亡以外でのギルドマスター変更は今日から300日間は出来ませんので、努々忘れないようお願いします」




 多大な借金の数字だけを聞いても、実感なんかは沸いちゃいない。だが紛れもない事実だ。

 階段を踏み外しそうなおぼろげな足取りで1階に戻る。


「おっ、嬢ちゃん、戻って来たぞ」

「マスターお帰りっす」


 ウエッツは全てを知っていたんだろう。

 その意地の悪い笑みを殴って止めてやりたいくらいだ。


「……ウエッツ、全部知ってたんじゃないのか?」

「俺は仕事をこなしてるだけだ。それ以上でも、それ以下でもない」

「――俺とは長い付き合いだろ? ……忠告くらいしてくれたって」

「長い付き合いだから分かる。お前がその気になれば、あんな借金すぐだろ? たまにはやる気だせ」

「……買い被り過ぎだ」


 話にならない。

 いっそこのまま組合を襲ってやろうか?

 ……馬鹿らしい。全てがどうでもよくなった俺は、力ない足取りで組合の出口へ歩いて行く。


「マスター、ちょっと置いてかないでほしいっす。ウエッツ殿、またっす」

「またな、嬢ちゃん。おい、ニケル! また仕事取りに来いよ!」


 ウエッツの声には答えず、組合から出て行く。

 帰る途中、パトリシアは色々話しかけていたが、耳には入ってこない。

 巨大な借金。

 抜け出せない泥沼。









 ギルドに着いた時には、少し冷静になれていた。

 ある意味開き直りってやつだな。

 これ以上悩んだところで借金が減る訳じゃない。

 ……パトリシアにもきちんと話すべきだな。


 扉を開け中に入るとボロい椅子に腰かけて、パトリシアに前に座れと手招きする。


「どうしたっすか?」

「……お前に大事な話がある」

「えっ、――プロポーズはまだちょっと早いっすよ。マ、マスターの事は好きっすけど、もうちょっと待って欲しいっす」


 顔を赤らめてモジモジしている。

 相変わらずの、ぶっ飛んだ思考の持ち主だが、まぁ、今はそれが少しありがたい。


「違う」

「えっ、違うっすか?」


 そこで驚くお前に俺がビックリだよ。


「ギルドの事だ。さっき組合で話を聞いてきた。……このギルドにはな、多額の借金があるんだ。そうだな、アツル村でやった依頼を500回しても足りない位の多額の借金だ。……つまり人を雇う余裕は無い。お前はこのギルドを辞めろ」

「辞めないっすよ」


 即答だった。

 その顔には迷いは見えず、むしろ俺がなぜそう言うのかが分からないって顔だ。


「……給料もろくに出せないって言ってるんだ。悪いが契約は切らせて貰う」

「別にお金に興味無いっす。もともと貰ってないっす。自分、マスターと居ると楽しいっす。それだけで充分っす」


 パトリシアの言葉に、思わず鼻の奥にツンとしたものが上がってきてしまう。

 くそっ、物わかりの悪い奴だ。


「――借金ってのはなぁ、考えてるよりずっと」

「第一、自分とマスターなら500回位、楽勝っす。足りなきゃ1,000回したって楽勝っす。自分このギルドが好きっす、マスターが好きっす。そんなギルドに居れるって幸せな話っす」


 俺の言葉を遮って話し始めるパトリシア。

 必死に目に溜まろうとする涙を堪える。

 こいつの前では絶対(ぜってー)泣かない。

 ……だが、そうだ。あんな依頼、パトリシアと2人なら1,000回したって楽勝だ。

 もっと高難度の依頼だって、楽にこなせる。


 ゆっくりと息を吐き出すと、不思議と黒い靄が一緒に抜け落ちていくようだ。


「……いいのか?」

「いいっす!」


 こちらを真っ直ぐに見つめるパトリシア。

 俺はその柔らかな銀髪の上に手を乗せ、クシャクシャと撫でる。


「……よろしくな、パトリシア」

「えへっへっ、はいっす」


 寂れたギルドに魔族の少女と二人。

 こうして俺のギルドマスターとしての生活が始まった。






 F級ギルド『蜥蜴の尻尾(テイルオブリザード)




 ギルドマスター 「ニケル=ヴェスタ」


 ギルド員    「パトリシア」

                   以上1名
















 ――――――――――


 その頃組合では……




「三倍の金額を言っておきました。あれで良かったんですか?」


 ウエッツが声の出先を見ると、2階からシェフリアが降りて来ていた。

 眼鏡の奥からは腑に落ちない、嫌悪感を伴った視線を投げ掛けている。


「あぁ、ありがとな」


 ウエッツはおくびにも出さない態度で出迎える。


「私には理解出来ません。恨みを仕事に持ち込むのはいかがなものと思いますが」

「――恨み? そんなもんは持っちゃいないさ」


 シェフリアはウエッツの後ろに置かれた椅子に座ると、淹れたての珈琲を机に置いた。

 例え機嫌が悪くても、気配りを忘れない女である。


「その割には、ギルドマスター変更の時点からおかしい事だらけです。あれだけの借金がある場合、ギルドマスター変更には相当な審問があります。『ニケル=ヴェスタが次のギルドマスターならば書類1枚で通す』なんて、個人にこだわり過ぎの事案だと思いますが?」


 珈琲を受け取ったウエッツは、珍しくキツい口調のシェフリアから目を逸らす。

 そして少なからず巻き込んだ引け目からか、口を開き始めた。



「シェフリア、これ見てどう思う?」


 ウエッツが数枚の依頼書を机に取り出すと、シェフリアは眼鏡を人差し指で上げながら、中身を確認していく。


「……難易度A〜Cの依頼ばかりですね」

「今迄にアイツ個人に渡していた依頼だ。破格の料金で渡してたから組合は大儲けだ」

「――ちょっと待って下さい! この依頼を1人でこなしてたって事ですか?」

「そういう事だ。この件は組合長(グランドマスター)からの御達しでもあるしな」


 やや興奮気味のシェフリアがゆっくりと息を吐く。


「一体何者何ですか? 難易度Aの依頼を1人でこなすなんて、A級ギルドの中でも殆どいません。組合長(グランドマスター)の直々の勅命というのも、理解出来ません」

「……ギルド天魔(カーマ・マーラ)の事は知ってるか?」

「あのS級ギルドの事ですか?」

「そうだ」

「6年程前に、突然解散した話は知ってます。組合長(グランドマスター)がそこの出身との噂も聞いたことがあります」


 S級ギルドとは、現在この国に3つしかない最上位のギルドだ。

 国の一個兵団に匹敵するほどの力を持ったギルドのみがS級に位置している。

 当然在籍しているギルド員は歴戦の猛者であり、誰しもが望めば入れるものではない。選ばれた傭兵のみが辿り着ける世界。


 


「ニケルは天魔(カーマ・マーラ)出身だ」

「ですが、年齢が合いません。彼の登録書を見ましたが、6年前の時点でも16歳ですよ。16歳でS級ギルド員なんて聞いたことがありません」

「今と昔じゃ違うさ。もともと天魔(カーマ・マーラ)は変わったギルドだったしな。ニケルが入ったのは13才の時のはずだ。俺も驚いたよ。あのギルドで子供(ガキ)を見た時はな。まぁ、他にも似たような歳の奴が4,5人程居たがな」


 ウエッツは昔の情景を思い出す。

 やる気の無さそうな子供が、S級ギルド『天魔(カーマ・マーラ)』に平然と馴染んでいた。

 他にも同年代らしき子供もいたが、大半は見習い扱い。そんな中、ニケルはギルド員として活躍していた。




「そんな人がどうしてF級ギルドなんかに。以前はD級でしたが、それでも、――おかしいですよ」

「……アイツにとっては強さなんて曖昧なものだ。それよりも面倒かどうかが基準の変わった男だ。天魔(カーマ・マーラ)じゃ周りは名だたる強者ばかりだったが、それすら気にしてなかったからな」


 ウエッツはそんなニケルに「最終破壊兵器」と言わしめた、あの少女を思い浮かべて思わず笑ってしまう。


「話はここまでだ。この件は組合長(グランドマスター)案件だと思っていてくれ」

「……分かりました」


 シェフリアは納得いかない表情で席を立つと、2階の持ち場に戻ろうとして、一旦足を止める。


「そういえば、もし彼が私以外の受付に行ってたら、借金の事どうするつもりだったんですか?」

「長年の付き合いだ。アイツがお前の所に行く事は分かってたさ」

「……根拠を聞いても?」

「アイツは眼鏡をかけた美人が好きだからだ」

「全く根拠になってませんね」


 満更でもない表情で持ち場に戻って行くシェフリア。


 シェフリアの背を見ながら顎に手を置いたウエッツは自分の口元が緩んでいることに気付いた。

 

「これでギルドの勢力図が大きく変わる。あの爺さんが何処まで考えてるかは分からんが、面白くなってきやがったな」


 誰に聞かせるでもない小さな呟きは、組合の喧騒で掻き消されていった。






人物紹介その3


名前 ウエッツ=カドゥル

種族 人間

性別 男

年齢 37歳

身長 191cm

体重 96kg


※スキンヘッドに黒眼の大男。組合1階の依頼担当受付。その風貌から、依頼担当を他の人間にしてくれとの嘆願書が多数寄せられているらしい。

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