54話 三階へ
組合へと向かう間、クリシュナさんはパティにクレアの事を説明をしたり、グランツと何やらギルドに関わる難しい話をしていた。
他にも今回の愚痴を呟いていたが、俺の耳には右から左へと過ぎ去っていく。
組合では、すでにティルテュ達が待っていた。
ウィブの隣で尻尾をパタパタさせているイース。
カルは座りながら寝ている。相変わらず器用な奴だ。
「それじゃあ行ってくる」
みんなには下で待ってもらい、俺とイース、クリシュナさんでシェフリアの元へと向かう。
「……ではこの契約は同意の元で行われた。間違いありませんね?」
「間違いありませんよ」
「間違い無いぞ」
「圧力や脅し等も無かった公平な契約だった。これも間違いありませんね?」
「えぇ」
「公平だったぞ」
「……分かりました。では此方に署名をお願いします」
どうやら証言に嘘、偽りが無いとの誓約書を書かされる様だ。
俺は内心ドキドキしているのだが、クリシュナさんもイースも躊躇いなくサインしていく。
肝が座っているというか、図太い神経とでもいうか。
「では多忙につき私はこれで。シェフリアさんもご苦労様です」
「アタイもウィブの所に行くよ」
二人は受付から出て行ってしまう。
クリシュナさんは意味ありげに「ではニケルさんもまた改めて」と肩を叩いていった。
シェフリアは誓約書を大事にファイルに挟むと、俺を見据える。
「ニケルさん、これでこの契約書は両者の合意の下になされたものと認められました。クリシュナさんから、養女であったクレア=ゴードンさんの直筆サインも頂きました。……ここでは以降の話が出来ませんので、別室に移動しますね」
クリシュナさんはそこまで手を回してくれていたのか。
うん、今度は何かお土産を持って行こう。
しかし別室とは……。
まさか「手前ぇ、嘘ついてんじゃねぇ!」と拷問されるとか!?
いやいや、それは無いよね?
今回の騒動の慰謝料を払えとか?
いやいや、それなら責任はクリシュナさんにもあるだろう。
恐る恐るシェフリアの後について行くと、階段を登り始める。
三階って支部長の部屋しか無いんじゃなかったっけ? 支部長直々の話があるのか?
シェフリアは大きい扉の前で立ち止まると、2回ノックをする。
「失礼します。例の件で蜥蜴の尻尾のギルドマスター、ニケル=ヴェスタ様をお連れしました」
「いいぞ、入ってくれ」
重く響く声にゴクリと唾を飲み込むと、シェフリアが扉を開く。
その大きな部屋は光輝いていた。
……いや、光っているのは部屋では無い。奴の頭だ。
「……ウエッツ何してんの?」
目の前にいるのは見慣れたハゲ頭の男。俺を見てニヤニヤと笑っている。
「ニケルここで会うのは初めてだな。ベルティ街傭兵組合支部長のウエッツ=カドゥルだ」
「えぇぇぇぇー!」
マジか!?
ウエッツが支部長?
いやいやいやいや、ご冗談を。あなた一階の受付担当でしょ?
今王都に出張中でしょ?
俺の混乱を嬉しそうに眺めるウエッツ。
「全く人の休暇中にとんでもない事をしてくれたな。俺が王都の呼び出しに応じていたらと思うと、胃が痛くなるぞ」
「ウエッツさんは王都の会議に殆ど出ていないじゃないですか。いつも代理を出すだけで休暇を楽しんでるじゃないですか」
シェフリアの苦言を聞く限り本当の事なのか?
そういえばここの支部長って名前も知らなかったぞ。
ベルティ街の傭兵組合支部長といえば誰も知らない存在だった筈だ。
「お、お前、いつも一階の窓口にいるだろ?」
「あれは俺の趣味だ。支部長なんて退屈なもんだろ? 依頼受付をしていた方がよほど面白い」
「それはウエッツさんが色々と丸投げするからです。支部長自ら依頼受付に立つなんて、王国中でもこの街だけですよ」
開いた口が塞がらない。
いや、まぁ俺も人の事は言えないんだけど。
「で、竜の咆哮のギルド通帳の譲渡だったな。シェフリア、変更契約書は用意してあるんだろ?」
「はい。此方に」
シェフリアは豪華な机の上に何枚もの書類を広げていく。
そして俺は嫌らしく笑うウエッツを見て湧き上がる不安を口にした。
「ま、まさか竜の咆哮の通帳が借金まみれって事は無いよな?」
「んっ? 譲渡の契約書がある限り借金があろうが無かろうがお前のギルドの物だ。通帳は譲渡されるまでは見せれんが、まっ、安心しろ」
ウエッツの口からそう言われると嫌な予感しかしないんだが。
しかしここまで来た以上、ジタバタしたところでどうにもならない。
諦めた俺は1枚1枚ハンコを押していく。
「これで竜の咆哮の通帳残高は全て蜥蜴の尻尾に移譲される事になります。これが竜の咆哮の通帳になります。ご確認下さい」
シェフリアから通帳を受け取り、恐る恐るめくってていく。
……あ、あれっ?
目を擦り、通帳の中身を再度確認する。
一、十、百、千……。
――嘘だろ?
身体が震える。
そこに記されていた数字は、金貨2,415枚、銀貨47枚、銅貨51枚。
借金を相殺しても余りある大金。
蜥蜴の尻尾はこの瞬間をもって借金が無くなり、この街きっての富裕ギルドとなったのだった。