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53話 通帳





 あれから5日が経ち、ようやく俺は組合に来ている。

 本当はもっと早く竜の咆哮(ドラゴンクライ)の通帳を確認したかったのだが、新聞にも取り上げられていたクリシュナさんの一件で、組合は大混雑していたのだ。

 組合も巻き込まれたって訳だ。

 5日の間にギルドの片付けをし、大工仕事もしたものの、継ぎ接ぎだらけの広間に変貌してしまった。

 竜の咆哮(ドラゴンクライ)通帳の残高にもよるが、早く業者に頼みたい所なのだ。



 今日はギルド総出で組合に来ているのだが、二階に上がるのは俺一人。

 皆は一階で昇級祝いの依頼を物色中だ。

 二階の事務室に入ると、五人程のギルドマスターが竜の咆哮(ドラゴンクライ)被害の申請を行っているみたいだ。

 組合職員が疲れきった顔をしているが、文句はクリシュナさんにお願いしたい。


 待つこと20分。

 シェフリアの前が空いたので、すかさず席に座り込む。


「こんにちは……シェフリア?」

「……こんにちは、ニケルさん」


 近くで見るとシェフリアの目の下には化粧で隠しきれないクマが出来ている。


「ニケルさんも竜の咆哮(ドラゴンクライ)の被害相談ですか?」

「えっ、いやっ。実は……」


 疲れきり、あからさまに不機嫌そうなシェフリア。契約書を見せるのを躊躇してしまう。「ニケルさんが原因ですか!」って、怒られたらどうしよう。


「じ、実はこ、これを見て欲しくて……」


 おずおずと契約書をテーブルの上に置くと、シェフリアは手に取り、その視線は契約書と俺を交互に行き来する。

 シェフリアは一際大きなため息を吐くと、メガネを外して目頭を指で押さえてしまった。


「……ニケルさん。何があったかは聞きません。ですがこの契約書、サインした当事者の死亡が確認されていますので無効になりますよ?」

「えぇぇぇっ!?」


 無効?

 いやいや、何かの間違いだろ?


 今度は俺が頭を抱える番になる。


「はぁー。……ですが、この契約時に第三者の見届け人がいらっしゃったのなら、酌量の余地はあります。どなたか契約時にいましたか?」


 希望に満ちた啓示に俺は勢いよく頭をあげる。

 いる。

 御誂え向きの人間がその時にいた。


「いたよ。クリシュナさんとイースがいたよ」


 ――シェフリアの目に怒りの光が見える。

 その二人の名前で、今ある恐ろしいほどの激務の原因を察してしまったのだろう。


「……とりあえず、そのお二人を連れて来て頂けますか?」

「う、うん。分かった」


 シェフリアの突き刺す視線を感じた俺は、そそくさと退散する。

 一階に降りるとカナックは、雑多に積み上げられた依頼書を片付けている。


「カナックお疲れさん。ウチのメンバーは何処行ったか知ってる?」

「ニケルさんお疲れ様です。依頼が決まったので食事に行かれると言ってましたよ」

「そ、そっか。その依頼書の山って……ウチが漁った残骸?」

「あははは」


 その乾いた笑いは肯定だと受け取っておこう。

 置いてけぼりをくらった俺は少し寂しくなりながら、カナックに「ご苦労様」と言い残し組合を後にした。


 外に出ると、パティがちょこんと石に腰掛けて俺を待っていた。


「マスター遅いっすよ」

「悪い、悪い。みんなはどうした? 先に行っちゃったか?」

「そうっす。この前食べた焼肉屋に行くって言ってたっす」


 またあの高級焼肉屋か。

 もしも竜の咆哮(ドラゴンクライ)の通帳をあてにされていたら詰むんだが。

 俺が不安に思っていると、パティに腕を掴まれ「早く行くっすよ」と引っ張られていった。


 炭で焼かれた煙が立ち込める店の中に入ると、とある一席が騒々しい。


「ちょっと、それアタシが焼いてた肉よ!」

「ティルちゃんは短気だから、魚でも食べた方がいいよ」

「なんで魚よ!」

「ウィブ、肉を食べないと立派な剣士にはなれんぞ。ほらこれも食え」

「し、師匠。もう皿に入りきりませんよ」

「しっかり食べないからだろ? ほら、これも焼けたぞ」


 あの席には座りたく無いのだが、パティはその小さな体とは思えない力で俺を引きずっていく。


「お待たせっす」

「遅いわよニケル。あー、ウィブ、食べないんなら貰うわよ」


 席に着くと、俺とパティの皿にグランツが肉を重ねていく。

 またどえらい量を注文したものだ。

 肉をついばみながら、二階での出来事をみんなに説明していく。


「で、食べ終わったら二手に分かれてイースとクリシュナさんを組合まで連れて行きたいんだよね」

「俺は太古の太陽(アスガルタ)の方に行く。クリシュナは昔馴染みでな、今回の事を相談した一人でもあるからな」


 えっ、そうなの?

 だからあの時イースを助けてくれたのかな?


「俺もクリシュナさんの所に行くかな。ウィブ、ティルテュ、カルはイースの方を頼めるか? ウィブが行けばイースも二つ返事だろ?」

「えっ、いやっ」


 顔を赤くするウィブ。イースの一人よがりかと思っていたが、どうやら満更でも無いみたいだ。

 結果太古の太陽(アスガルタ)には俺、グランツ、パティ。白金の狼(フェンリル)にはウィブ、ティルテュ、カルで向かう事になった。

 焼肉の代金、銀貨68枚は……はした金だと言わんばかりにカルが金貨1枚を出し「お釣りはいらないからね」と払っていた。

 くっ、あいつはどれだけ大物なんだ。





 グランツの道案内の元、太古の太陽(アスガルタ)に到着すると出迎えたのは女魔術士。

 俺を見るなり顔を引きつらせたが、周りを見渡し安堵の溜息を漏らす。

 あぁ、確か竜の咆哮(ドラゴンクライ)にいた人だ。


「クリシュナは居るか?」

「い、今案内いたします。ど、どうぞお入り下さい」


 グランツの問いに女は慌ただしく中に入って行く。

 ふとパティの方を見ると、怪訝な表情を浮かべていた。

 もしかしたらウチのギルドを襲った一人なのだろうか?

 もしそうならパティをここに連れてきたのは失敗だったかもしれない。


「マスター、あの人ギルドに来た人っすよ。どうしてここに居るっすか?」

「何っ! あいつが襲ったのか?」


 パティの言葉にグランツの殺気が膨らみ、剣の柄に手をかける。


「パティ、グランツ、気持ちは分かるが手打ちになった話だ。あいつは太古の太陽(アスガルタ)に引き取られた身だ。一旦堪えてくれ」


 そうは言ったが、もしパティを切り刻んだ犯人なら、俺も黙っている自信はない。


「むぅぅ。分かったっす。あの人は手を出して無かったっすから我慢するっす」

「……すまん」


 中に入ると話し声が聞こえていたのか、女魔術士はパティに向かって「ごめんなさい、ごめんなさい」と土下座を始める。

 パティは「もういいっすよ」とその女魔術師の肩を叩くのだが、土下座を止める気配は無い。


 女魔術士をそのままに別のギルド員に執務室へと案内されると、これまた机の上に書類の山を抱えたクリシュナさんが居た。


「クリシュナさん忙しそうですね」

「えぇ、あれからまともに眠れてないですよ。ここに来た理由は……あの契約書ですか?」

「あっ、分かります? 本人死んでるとダメって言われたんですよ」

「はぁ、貴方ならあの時クレアのナイフを弾くことも簡単だったでしょうに。えぇ、協力はしますよ。グランツの頼みもありますし、一応クレア嬢は私のギルドに所属しましたしね。これだけ大変な目に遭わされたって協力しますよ」


 皮肉だろうか?

 その時、部屋の片隅に居た黒髪の少女と目が合う。

 確か竜の咆哮(ドラゴンクライ)のギルドマスターをパパと呼び、トドメを刺した少女だ。

 もちろんその件をとやかく言うつもりは無い。

 少女は怯えながら上目遣いで此方を伺っていた。


「……パパ、今日は怒ってない? 私ちゃんといい子にしてるよ?」


 ……パパ?

 クリシュナさんを新たにパパと呼んでいるのかと思ったのだが、その視線は俺に向いている。


「あのー、クリシュナさん。あの娘、俺の事をパパって呼ぶんですけど」

「えぇ、私の教育の賜物ですね。いい子にしてないと新しいパパが怒りにくるよ!って躾けました。大体私より強い傭兵を押し付けるからですよ」


 パパは無いでしょうが。

 俺まだ22歳だからね。

 ほら、グランツが冷ややかな目をしてるだろ?

 パティなんか女魔術士を見た時よりも厳しい顔になってるし。


「マスター、どういう事っすか? 隠し子っすか?」

「ち、違う。クリシュナさん説明を!」

「ふぅーっ。では話は組合に向かいながらと言う事で。さっ、行きましょうか。私も書類のせいで余り時間もありませんから」


 皮肉を言いつつクリシュナさんは腰を上げ、「クレア嬢、いい子にお留守番するんですよ。じゃないとパパが怒りますからね」と少女に釘を刺していた。

 ……お願いですからそういう教育は勘弁してください。







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