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48話 白金の狼




 翌日。依頼を終わらせたティルテュとウィブは昼前に帰ってきた。


 疲れていた2人だったが、ギルドがD級に上がった事、白金の狼(フェンリル)竜の咆哮(ドラゴンクライ)との経緯を説明すると顔色が変わった。


「で、どうするのよ? 白金の狼(フェンリル)が後ろ楯になるって言っても、相手は筆頭ギルドなんでしょ?」

「イースと話をしてからだが、竜の咆哮(ドラゴンクライ)まで話をつけにいくつもりだ」

「あのー、その後見ギルドって必要なものなんですか? ほら、うちのギルドってD級の依頼でも楽にこなせるじゃないですか」


 大広間に沈黙が訪れる。

 皆、必要無い事は分かっているのだ。


「ウィブ、そんなに簡単な問題では無い。傭兵界の暗黙のルールだ。このギルドだけ特別という訳にはいかない。下手をすれば他の全てのギルドを敵に回すことになるぞ」


 グランツの諭す言葉にウィブは納得のいかない顔をしたが、それ以上尋ねようとはしない。


「とりあえず、俺とグランツでイースと話して来る。ティルテュとウィブは疲れてるだろ? しばらく休んでくれ。パティ、留守番を頼む。何かあったらティルテュを起こしてくれ」

「了解っす」


 流石に昨日の今日で竜の咆哮(ドラゴンクライ)の連中が来るとは思えないが、ティルテュならなんとか対応してくれるだろう。


 俺とグランツはギルドを後にし、白金の狼(フェンリル)へと向かうのだった。





 ベルティ街の南、碁盤の目の住宅街に一際目立つ建物。

 狼を模した大きな彫刻に、建物を取り囲むように大量に干されている毛皮。

 看板を見るまでもなく、白金の狼(フェンリル)のギルドだと分かる。

 大きな木造の扉をノックすると、少し離れた窓から男が顔を出した。


「なんだ、兄さん? うちのギルドに用事ですかい?」

蜥蜴の尻尾(テイルオブリザード)のニケルだ。イースはいるか?」

「……(かしら)は中にいやす。どうぞお入りになってくだせぇ」


 俺達の話は聞いているのだろう。すんなりと入れさせてくれた。

 足を踏み入れると、何処のギルドも作りは似ているのか、すぐに大広間があり、まばらに散っているギルド員が思い思いの事をしている。

 先程顔を出していた男は近くまで来ると、「付いてきて下せぇ」と言って奥へと進んで行く。

 歩きながらギルド員達を見ると半数は獣人だ。

 村の出来事を聞いているのか、俺やグランツに頭を下げてくる者もいた。


 広間奥の部屋に案内されると、男はイースを呼びに行ったようだ。

 部屋は応接室であり、やはり大量の毛皮によって装飾が施されている。

 しばらく待つと慌てた足音が聞こえ、入口の前で止まる。


 扉から恥ずかしそうに此方を窺い、ウィブがいないと知ると露骨に不満そうな顔をして中に入って来るイース。


「まだウィブは帰って来てないのか……。で、わざわざギルドまで来たんだ、大事な話かい?」

「……実は昨日イースが帰って直ぐに竜の咆哮(ドラゴンクライ)のダルクェムが来た」


 ダルクェムの名前にイースの眉がピクリと反応する。


「そういえば先代のけつ持ちは竜の咆哮(ドラゴンクライ)だったって言ってたね。……分かった、今日中に話をつけて来るさ」

「手を引く気はないのか?」


 そう。俺とグランツはイースにこの件から降りて貰おうと話をしに来たのだ。

 相手はA級ギルド。いくら白金の狼(フェンリル)がB級ギルドとはいえ、何かしらの被害を被る可能性もある。

 俺達に肩入れした所でメリットなどないのだから。


「手を引く? アタイを舐めてるのか? たかが筆頭ギルドに怖じ気づく白金の狼(フェンリル)じゃないよ! デンタイ!」


 イースの怒号が飛ぶと、俺達を案内した男が忙しく部屋に入ってくる。


「お呼びですかい?」

「今から竜の咆哮(ドラゴンクライ)まで行って、今晩話をしに行くと伝えてくれ」

「話の要件はどう伝えやすか?」

蜥蜴の尻尾(テイルオブリザード)に手を出すな。それだけ伝えろ」

「かしこまりやした」


 男は深く一礼するとすぐさま部屋を出ていった。

 いいのか? と出そうになった言葉を飲み込む。俺との話に筋を通したイースの顔を潰す訳にはいかない。


「俺も同席させて貰う」

「あー、悪いがアタイに任してくれ。ニケルが来た方が余計に話がややこしくなる」


 せめてそのくらいはと、食い下がろうとすると、グランツは俺の肩を強く掴み首を横に振る。


「……分かった。すまないがよろしく頼む」

「安心しろって、話がついたらまた蜥蜴の尻尾(テイルオブリザード)に寄らせて貰うよ。美味い飯を用意して待っててくれとウィブに伝えておいてくれ」


 気楽な言葉に聞こえるが、その声には微かな震えを感じた。




 促されて白金の狼(フェンリル)のギルドを出た俺は、自責の念を感じる。

 考えなしでD級に上がり、白金の狼(フェンリル)を巻き込んだ浅はかな行動。単純に竜の咆哮(ドラゴンクライ)にみかじめ料を払えば良かっただけだ。

 全てが悪い方向に転がっているとしか思えなかった。


「……ニケル、お前はギルドマスターだ。頭が迷えばギルド全体に不安は広がる。今はイーストリアに任せるしかない」


 分かってはいるが、人に任せるしか出来ない現状が歯痒い。

 無言のまま歩いているとグランツの足が止まる。


「俺は少々昔のツテに会ってくる。ニケルはどうする?」

「俺は……組合に行ってみる。ウエッツはいないだろうが、竜の咆哮(ドラゴンクライ)の情報ぐらいあるだろ」

「そうか」


 グランツはそれ以上は言葉に出さずに、ギルドとは別の方を向いて進み始めた。

 俺も組合へと足を向ける。





「あっ、ニケルさん。依頼用意しておきました」


 組合に入ると、俺を見つけたカナックはうれしそうに呼び掛けてくる。

 窓口へ向かうと、受付には依頼書が置かれていた。


「カナック、すまないが依頼はまた後日に受けにくる。……少し頼みがあるんだ」

「そうですか……。依頼は取り置きしておきますね。それで頼みって何ですか?」


 ウエッツが居ない今、シェフリアに頼もうと思ったが、巻き込みたくない思いもある。だからと言ってカナックに頼むのも筋違いだが……。

 俺は一度躊躇った後、他には聞こえないように呟く。


竜の咆哮(ドラゴンクライ)の情報が欲しい」


 言葉に驚いたカナックは辺りをキョロキョロと見渡し、後ろを向いてしまう。

 流石に昨日知り合ったばかりの人間に頼む事ではない。

 情報が駄々漏れともいえる組合でも、ギルド情報はあくまで秘匿されているのだから。

 だが、カナックは一つのファイルをそっと俺に手渡してきた。

 そして小さな声で「昨日のお礼です。こっそり見て返して下さい」と言い、何もなかったかのように素知らぬ振りをする。


 俺は「ありがとう」とだけ言って組合の片隅の椅子に座り、ファイルに目を通し始めた。


 ――竜の咆哮(ドラゴンクライ)

 A級ギルドであり、ベルティ街の筆頭ギルド。

 ギルド員数32名。

 ギルドマスター・バウス=ゴートン

 サブマスター・ダルクェム=イナン、メイティア=シュツガルド

 難易度A依頼達成率92%。


 その他にもギルドの場所や経歴、傘下になっているギルドや同盟ギルドなど、事細かに書かれていた。

 何か取引に使えそうな情報はないかと探すのだが、めぼしいものは書かれていない。

 この街における影響力と、その力が露見しただけだ。


 俺はファイルを閉じると思案にくれる。

 まだ敵に回した訳ではない。

 だが……。


 窓口に戻りファイルを返し「すまなかった」と言うと、カナックは言葉を発せず、ただ満足そうに一度頷いた。





 組合から出ると日は沈みかけ、空は橙色に染まりつつあった。

 いくら考えても出ない答えに心が重く沈み込む。

 ギルドへと帰る道すがらに、ふと、見覚えのある白髪を見つける。

 弛んだ顔で焼き串を頬張る男。カルだ。能天気な顔を見ると、どす黒い嫌な感情が少し溶けた気がした。


「あれー、ニケル君。ただいま」

「カル、お前何やってるの? 帰ってくるの遅すぎるだろ」

「えーっ、だってノース君をそのままに出来ないよ。……あれ? ニケル君、珍しく浮かない顔してるね? 何かあったの?」

「実はな、ギルドが――!?」


 その時、嫌な風を感じた。

 鳥肌が立つような異様な空気。


「ちょっと、ニケル君」


 カルを置いて走り出す。

 ギルドに近づくにつれて増える人だかり。その中心にあるのは……蜥蜴の尻尾(テイルオブリザード)だった。


 ギルド入口の扉はもがれ、窓は全て粉々に割れている。

 人混みを掻き分け中に入ると、なぎ倒された椅子や机が散乱していた。

 そして……荒らされた広間で、パティとウィブに覆い被さって倒れているティルテュ。


 俺の中で何かが音を立てて崩れようとしていた。





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