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47話 来訪者





「安心しろって、アタイが後ろにつけば大丈夫だぞ。みかじめ料とかけち臭い事は言わない。た、たまにウ、ウィブとご飯を食べに行ければ、そ、それでいい」


 すっかり気をよくしたイースだが、やれ子作りだの結婚だの言っている人物と、同一人物だとは思えない発言だ。

 ウブな乙女なのか、肉食系なのか分からない。


 グランツの調理を待つ間に、後見ギルドの事、ウィブとティルテュは依頼に行っているが、邪推するような間柄では無い事はしっかり説明しておいた。

 もっとも俺の言葉よりもパティの証言を信用していたのは悲しい話である。


「つまり、イース殿がギルドのお母さんになるって事っすか?」

「そうだなぁ、アタイがお母さんかなぁ? ウィブが息子ってのは嫌だから、お義姉さん位にしておいてくれ」

「了解っす」


 もう暴走しないんだったらお母さんでも、お姉さんでも、お婆さんでもいいからね。

 俺がこめかみを指で押さえていると、グランツが料理を運んで来た。


「海老のトマトクリームパスタだ。食え」

「さっ、イースも食べてくれ」


 匂いはいい。トマト独特の青臭さは無く、爽やかな甘酸っぱい香り。

 とりあえず辛味系の匂いはしないので安心した。

 だが俺はまだ手を出せない。せっかくだ、イースに毒味をして貰おう。


「おっ、旨そうだな。遠慮無く頂くよ」


 イースはフォークでパスタを丸く絡めると、そのまま口の中へと放り込む。

 ――どっちだ? 当たりか? 外れか?

 イースの耳がピクリと跳ねる。


「なんだこれ!? 美味いな! 流石はウィブの師匠だ」


 俺はホッと胸を撫で下ろした。

 良かった。今日は当たりだ。俺もパスタを食べようと口を開くと、隣から驚愕の声が聞こえてきた。


「うぅぅ、不味いっす。ウィブ殿が作ったのと全然違うっす」


 一歩遅かった。口一杯に広がる酸味。トマトの酸味なんて優しい物ではない、殺菌効果を持つような破壊力だ。

 吐き出すことも出来ずに飲み込もうとするが、喉を通過する時にチクリとさす刺激でむせてしまう。

 グランツ、君の料理には、甘いか、苦いか、辛いか、酸っぱいか、しか無いのかね?

 そしてイース、君にも味音痴の称号を与えよう。


「ニケルはどうだ?」


 突然のグランツの問いかけに目が泳いでしまう。いや、今むせてたの見てたよね? 答え必要?


「ま、不味くは無いけど、少し酸味が強くて俺には合わないかな」


 俺には無理だ。パティやティルテュの様に感じたままを言える程、愚直にはなれない。

 パティとイースは少々言い合っていたが、グランツが珍しく「人によって好みは違うモノだからな」と宥めている。

 イースに美味いと言われた事が嬉しかったのだろう。

 不味いと言いつつ完食したパティ。

 それを見た俺もまた、胃から逆流してくる酸っぱいものを抑え込み、なんとか食べ終えた。


 流石にきつかった。やっぱり人は正直な意見を伝えないとダメだ。

 しかしあれだな。ウィブよりもグランツの方がイースとの相性が良さそうだ。まぁ、好みと相性は別物だな。







「じゃあアタイはそろそろ行くよ。またウィブが戻って来たら教えてくれ」


 好みの飯を食べて満足そうなイースはギルドを出ていった。

 安心してくれ、教えないから。


 グランツが後始末を始め調理場に戻ると、パティと小声で話し始める。


「いいか、パティ。グランツには美味しく作れそうな料理だけ注文するんだぞ」

「うぅぅ、気をつけるっす。早くウィブ殿に戻って来て欲しいっす」


 先程の味を思い出したパティの眉間に皺が寄る。これで懲りて欲しいと切に願うぞ。


「明日は俺がグランツにリクエストするからな」

「了解っす」

「約束だぞ。なんか今日は疲れたな。パティ、風呂を沸かしてくれるか? 先に入ってもいいぞ」

「一緒に入るっすか?」

「……先に入ってくれ。俺はパティが上がってから入るから」

「ちぇっ。了解っす」


 風呂を沸かしに行くパティの後ろ姿は沈んでいたが、勘弁して欲しい所だ。

 




 大広間に一人でいると、不意にギルドの入口から音が聞こえる。

 イースが忘れ物でもして戻って来たのかと思ったのだが、扉を開け入って来たのは三人の男だった。

 一見ゴロツキにも見えるが、明らかな傭兵。纏っている空気が違う。

 動きには無駄がなく、手練れと想像し得る。


「夜分にすいませんね。ギルドマスターはいらっしゃいますか?」

「……俺だが? 何か用があるのかな?」


 やけに丁寧な態度の来訪者の問いかけに答えると、ゆっくりと立ち上がる。

 俺の動きに両端の男達が剣の柄に手を掛けるが、真ん中に立つ壮年の男がそれを静止する。


「貴方がギルドマスターでしたか。失礼しました。先ずは自己紹介をさせて頂きますね。私はこの街の筆頭ギルド、竜の咆哮(ドラゴンクライ)のサブマスターをしているダルクェムと申します。以後お見知りおきを。この度はD級ギルドに昇格、おめでとうございます」


 男は優雅にお辞儀をするが、その顔は作り物の笑みを浮かべている。

 ――ちっ、まさかこんなに早く来るとはな。

 ヘイテスが催促に来たときも思ったが、情報の伝達が早すぎる。

 組合の情報は垂れ流し状態だな。


「ありがとう。わざわざ来てもらって悪いんだが、うちの後見は『白金の狼(フェンリル)』が務める事に決まっていてな。済まないがお引き取り願えるかな?」

「てめぇ、誰に口利いてやがる。D級風情が――」


 喚き散らす男の言葉が止まる。

 刹那の間に、男の首元にはダルクェムがナイフを押し当てていた。


「失礼しました。とりあえずこちらの用件は分かっておいでのようですね。……白金の狼(フェンリル)ですか。あそこの推薦で昇格したのですから道理は分かりますが、私達としましても、先のギルドマスターであるシュロムさんには色々と便宜を図っていましてね。はいそうですかと、すんなり引き下がれないんですよ」

「こちらとしても今日昇格したばかりだ。問題があるのなら改めてそちらのギルドへ話を伺いに行くよ」


 このダルクェムという男、殺気こそ出さないものの嫌な威圧感を纏っている。


「改めて……ですか。――おや、お久しぶりですね、グランツさん。復帰された様で何よりです。憧れの剣士の復活に、私も喜んでいたんですよ」


 後ろを振り向くと、騒ぎを聞きつけたグランツが調理場から出てきていた。

 二人の視線が絡むと、場の緊張感が一段と高まる。


「……ダルクェム、久しぶりだな。また一段と腕を上げたみたいだな。いや、悪名を上げたと言うべきか?」

「ふふっ。相変わらずですね。私はグランツさんから教えて頂いた事を忠実に守っているだけですよ」

「ふん。俺の教えだと? お前に何かを教えた覚えはない。さっさと出ていけ」


 ダルクェムは静かに笑っている。先程の作り物とは違い、実に愉快そうに。

 その笑いに隣の男は、冷や汗をかきながら青ざめ始めた。


「ふふふっ。教えてくれたじゃないですか? 力無き者は惨めに地べたを這いつくばるだけだってねぇ。さて、先輩の顔も見れた事ですし、今日のところは引き上げますが、いつでも竜の咆哮(ドラゴンクライ)に来てください。お待ちしてますよ」


 身を翻し外へ去っていく男達。

 グランツはダルクェムが出ていっても立ち尽くしていた。


「参ったな。とりあえず明日、イースの所と組合には経緯を話しに行ってくるよ。せめてウエッツがいると助かるんだけどな。グランツ……あいつの事を知ってるのか?」

「……昔、面倒を見た事がある傭兵だ。剣の才は飛び抜けていたが、そのせいで歪んだ心を持った男だ」


 グランツは苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 その顔つきを見ていたら、今まで触れなかった疑問を口にしていた。


「グランツが昔居たギルドって、もしかして?」

「残念ながら竜の咆哮(ドラゴンクライ)ではない。……トゥモリア街のA級ギルド理の黙示録(アポカリプス)だ」


 トゥモリア街は南にある巨大な商業都市。

 距離があるとはいえ隣街。傭兵同士の親交があったのだろう。


「まさかダルクェムがサブマスターになっているとはな……。予想以上に厄介な事になりそうだ」

「早めに動いた方がよさそうだな。グランツ、明日一緒に動けるか?」

「問題ないが、ティルテュやウィブにも話すべきだろう」

「そうだな。でも明日、昼過ぎまで待っても帰って来なければ事後報告だ」


 真面目な話をしていると、脱衣場から扉の開く音がした。


「マスター、お風呂空いたっすよ。グランツ殿、美味しい飲み物あるっすか?」


 風呂から上がってきたパティの姿に呆気にとられる。

 フードのあるモコモコしたワンピース形態の寝間着。いつの間に買ったんだ?

 フードに付けられた獣耳が着ぐるみを連想させる。

 グランツも毒気を抜かれたのだろう。困った様な、だが優しい眼差しに戻っていた。


「ちょっと待ってろ、苺を搾ってミルクで割ってやる」

「まじっすか! 自分、あれ大好物っす」


 話は途切れてしまったが、俺は風呂へと向かい対応を思案するのであった。

 そして湯船に浮かぶ、今日買ってきたのであろう大量のアヒルの玩具を見て、パティに無駄遣いについて釘を刺そうと心に決めるのだった。






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