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46話 俺の奢りだ



 D級に昇格した事を伝えようと1階に降りると、窓口で話し込んでいたグランツがこちらに気づく。


「おっ、どうだった? 利息の話し合いは無事に終わったのか?」

「利息の話じゃなかったよ」

「何の話だったっすか?」

「ふっふっふっ、聞いて驚くなよ? 蜥蜴の尻尾(テイルオブリザード)はD級に昇格したぞ」


 俺の言葉に特段反応を示さない二人。何故だ?


「あれっ? D級だぞD級? やったぁ! とか喜ばないのか?」

「いや、めでたいとは思うが、今までの事を考えると別にな」

「自分も嬉しいっすけど、結局いつも通りなんすよね?」


 ぐっ、なんて冷たい奴等なんだ。

 せめてパティぐらいは「すごいっす! さすがマスターっす!」と、喜ぶと思っていたんだが。

 確かにA級やB級が受ける様な依頼をこなしたりもしてきた。

 D級の依頼を受けれる様になった喜びは少ないだろう。

 でも違うだろ? そんなのじゃ無くてさぁ、俺達の努力が報われた感動っていうかさぁ。


「まぁいい。カナック、昇級祝いの依頼はあるのか?」


 グランツは葛藤している俺を無視して、若い職員に依頼を催促している。

 カナックと呼ばれた青年は、落ち着き無く依頼の置かれた棚を漁りだす。

 昇級祝いの依頼は組合からのご祝儀みたいなもので、割りがいいと決まっている。

 ウエッツならそれなりに美味しい依頼をくれるのだが、彼にそれを期待するのは酷ってものだろう。


「す、すいません。明日までには用意しておきますので、また明日来て頂けますか?」

「分かった、また明日寄らせて貰う。行くか、ニケル、パトリシア」


 うん、なんだろうね、このグランツの貫禄。

 周りにいる全ての人はグランツがギルドマスターだと思うよね?

 いや、間違いなくグランツの方が向いてると思うよ?

 だから変わってくれませんかねぇ。

 最近ギルドマスターとしての存在が薄くなった俺は、追いかける様にグランツの後に続くのであった。




 帰り掛けに買い物をすると、お昼近くになってしまった。

 炭で焼かれた香ばしい匂いがする『国産魔牛使用』と書かれた店の前で、「外食ならここだな」と肉食星人が足を止める。

 いや、いいんだよ。昼間から焼肉ってもありだよ。

 傭兵だしね、動物性たんぱく質も必要だろう。

 だけどね、やっぱりお値段がね。ほら、高そうなお店でしょ?


「グランツ、もうちょっと安い店に……」

「心配するな、俺の奢りだ」

「ゴチになります、グランツ先輩!」


 俺は思考をかなぐり捨てて、見事なお辞儀を決めてみせた。

 席に着くと、グランツとパティは高そうな部位を次々と注文していく。

 豪華な皿に盛り付けられた肉をグランツが焼いているうちに、D級に上がった経緯を二人に説明する。


「なるほどな。パトリシア、その肉はもういいぞ。で、けつ持ちは白金の狼(フェンリル)になるって事だな?」

「けつ持ち?」

「なんだ、話が決まってないのか? いや、お前の事だ、知らないのか。D級以上のギルドには後見ギルドが付くのが普通だぞ」


 焼けた肉を俺とパティの皿に取り分けながら、グランツが説明してくれる。


 なんでもD級には壁があるらしい。

 一般的な傭兵なら、ちょっと経験を積めば危険度Eの魔物は誰でも倒す事が出来る。

 だが危険度Dの魔物になれば、倒す事の出来る傭兵と倒す事の出来ない傭兵に分かれ始めるそうだ。

 もちろん人数や連携にも大きく影響するが、E級とD級の間にある段差に躓く者は結構な数がいるらしい。


 その為にA級やB級ギルドが後ろ盾になり手助けをするのが、無駄な被害を最小限に抑えるための傭兵界の慣例だそうだ。

 けつ持ちギルドに払うみかじめ料は依頼報酬の数%が一般的。

 ただし大きく力を借りた場合は、それなりの割合を払う事になるらしい。


「ふーん。知らなかったな」

「普通は知ってる筈なんだがな。話を聞く限り推薦したギルドの級の高い方、白金の狼(フェンリル)がけつ持ちになるのが自然な流れなんだが、蜥蜴の尻尾(テイルオブリザード)は昔もD級ギルドだったんだろ? 当時のけつ持ちとの問題が出てくるかもしれんな」


 実に面倒な話だな。

 イースの所なら適当にウィブを持ち出して有耶無耶に出来そうなんだけど、昔の後ろ盾がしゃしゃり出て来たら困ってしまう。

 ヘイテスなら知ってるかな? 一応後で聞きに行ってみるか。





 昼間から大量の肉を食ったお陰で胃が重たい。何せお勘定は銀貨20枚を越えていた。

 グランツ先輩、ご馳走さまでした。

 満腹になったことで睡魔が襲って来たのか、気持ちよさそうに寝てしまったパティはグランツにおんぶされている。


 パティをグランツに任せて、俺はキーセルム雑貨店へと足を伸ばす事にした。

 店の扉を開けると出迎えてくれたのはヘイテスだった。


「おっ、ニケル久しぶりだな。何か入用か?」

「いや、すまん、ちょっと聞きたい事があってな。あれっ? アネッサは?」

「ちょっと悪阻(つわり)が長引いててな、奥で休んでる。呼んでくるか?」

「いや、いいよ。安静にしとかなきゃな」


 身重に無理させるわけにはいかない。

 俺はヘイテスにD級ギルドに昇格した事を話し、昔のけつ持ちの事を尋ねる。


「……竜の咆哮(ドラゴンクライ)は知ってるよな?」


 竜の咆哮(ドラゴンクライ)――ベルティ街の筆頭ギルドであるA級ギルドだ。


「この街のD級以上のギルドなら、7割は竜の咆哮(ドラゴンクライ)がけつ持ちだ。みかじめ料さえ払っていれば無茶を言うギルドでは無いらしいが、シュロムがいた頃は大分取られたみたいだな」

「やっばりうちに来るかな?」

「話を聞く限りは白金の狼(フェンリル)が後見ギルドになる事に問題ないが、因縁をつけられる可能性はある。シュロムがどんな対応してたかは、流石に分からないしな」


 あぁ、本当に面倒な案件だ。

 分かっていればD級に昇格しなかったんだが、既にハンコは押してしまった。


白金の狼(フェンリル)はB級ギルドだが、近々A級に昇格するって噂もある。早めに話をしておいた方が良いぞ」

「だよなぁ」


 だが話をするにしても、ウィブがいるのといないのでは交渉に差が出る。

 ウィブが帰って来てから出向くことにしよう。


「ありがとな、ヘイテス。またパティを連れて買い物に来るよ」

「あぁ、落ち着いたらまた来てくれ。アネッサと楽しみに待ってるよ」


 手持ちの金で少し雑貨を買って店を出る。



 ギルドに着くとグランツが晩飯の支度をしていた。

 ……すぐ目の前にある危機を忘れていた。

 麺生地から作るこだわり。

 芸術の様に細く均一に切られた麺。

 分かっている。これは罠だ。

 事、素材作りにおいてはウィブ以上の技量を見せるグランツだ。何度見ても騙されそうになってしまう。

 問題は味なんだ。下手をすれば、そのまま湯がいて食べた方が美味しいだろう。


 どうする?

 逃げるのならばイースに会いに行くという選択肢が残されている。

 だがティルテュとウィブが帰ってくるのは明日か明後日だ。

 交渉を有利に進めるのならば、ウィブが帰ってきてから向かった方がいい。

 グランツの創作料理を食べるか、ウィブ無しでイースの相手をするのか。

 悩ましい選択だ。


 いや、違う。最善策はイースの所に向かうフリして逃げるだ。

 帰ってから「いやぁ、イースが居なかったからまた明日行ってくるね」と言えばいい。


 そんな俺の思いを嘲笑うかの様に、ギルドの扉が勢いよく開かれる。


「ウィブ! D級おめでとう! お、お祝いに、ア、アタ……わ、私と、ご、ご飯でも一緒に」


 現れたのは、あの獣人の女だ。

 はにかみながら顔を真っ赤に上気させている。


「……ウィブは依頼中だぞ」


 俺の言葉に獣耳は萎れて、力無く項垂れてしまう。

 落ち込むのも束の間、行き場のない怒りがこちらに向けられる。


「何で依頼に行かせた! もしもの事があったらどうするんだ? おい、ニケル聞いてるのか?」


 声のトーンは低くなり、ズカズカと俺の前まで歩み寄ると、肩を激しく揺らしてくる。

 あぁ、面倒臭い。

 更にイースは周りを見渡すと身震いし始めた。

 そう、気づいてしまったのだ。ウィブが誰と依頼に行ったかを。


「――どういう事なんだ? アタイの気持ちを知ってるんだろ?」


 ドスの効いた声が、イースの怒りを物語っている。

 震えが大きくなると、徐々に体が体毛に埋め尽くされていく。

 これはアカン。本気で暴れる気だ。


「ちょ、ちょっと待てイース。とりあえず俺の話を聞け」


 必死に宥めようとするが、俺の肩に入れられた力は強くなるばかりだ。

 何とかして逃げなければ。グ、グランツ、ヘルプミー!


「おい、暴れるなら外でやれ。仕込みの邪魔だ」


 こんな状態でも、冷静に調理を進めているグランツ。

 あっ、助けてはくれないのね。


「なにぃ?」


 イースは視線だけで人を殺しそうな眼で鋭く睨みつけるが、グランツは意に介していない。

 頼むから挑発しないでね。あれだよ、俺の肩がプチって潰されちゃうからね?


 グランツはようやく料理をしていた手を止め、呆れた顔をイースに向けてくる。


「自分が惚れた男も信じられないのか? 少し頭を冷やしてこい」


 さようなら俺の肩。

 激痛に耐えようと歯をくいしばるが、肩にかけられていた力が緩んでいく。

 獣化は解かれ、すまなそうな顔のイースが目の前に現れていた。


「悪りぃ。頭に血が上り過ぎてた」

「今、美味い飯でも作ってやる。しばらく待ってろ」


 グランツ凄いよ。いや、本当に凄いよグランツ。

 あれかい? 服従の魔法でも使ったのかい?

 そして何事も無かったかの様に、大きく伸びをして起きる一人の少女。


「ふぁぁぁあ、おはようっす。あれっ? イース殿、いつの間に来たっすか?」


 あぁ、お前も凄いよパティ。

 そして改めて思う。

 白金の狼(フェンリル)が後見ギルドも嫌だな、と。








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