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45話 呼び出し





 後に【サウスショック】と呼ばれる事件から8日。


 サウスがギルドに入らない旨を皆に伝えると、俺以外の皆が呆然としていた。

 サウスがそれほど人気だったのか?

 いや、違う。

 奴等は希少食材ハンターを逃した事を悔やんでいるのだ。


 俺は食べていないが、ギッシュの肉は実に美味だったらしい。

 更に俺には分からないが、希少食材を調理する事は料理人冥利に尽きるらしい。

 次にギルド員を増やすなら獣人だと、無言のプレッシャーを感じる程だ。

 新らたなギルド員を逃したと悲観していても、のんびり出来る筈もない。

 カルはまだ獣人の村から帰って来ていないが、ティルテュとウィブは新たな依頼に出かけて行った。


 グランツが朝飯の片付けを始めると、一通の手紙に目が止まる。

 差出人は傭兵組合からだ。

 封を開けてみると丁寧な言葉で、組合に来いとの指示書が入っていた。




「マスター、どうしたっすか?」


 俺の大きな溜息を聞いて、パティが覗き込んでくる。


「んー、用件は書いて無いけど組合まで来いってさ。多分借金の利息の事だろうな」

「組合っすか? 自分も行きたいっす!」


 俺は行きたくない。

 でも、話から逃げた所で利息が嵩むだけだ。もしかしたら無利子期間の延長かもしれない。


「じゃあ、行くか? グランツも一緒に行かないか?」


 厨房まで聞こえるような大声を出すと、「片付けが終わるまで待て」と返事が聞こえた。

 そういえば、この三人で出掛けるのは初めてかもしれないな。

 別にグランツとパティの仲が悪い訳では無い。

 元々パティは俺かティルテュと一緒にいるし、グランツはウィブやカルと一緒にいる事が多いってだけだ。

 パティが幼く見えるので、見た目的には親子と言っても過言では無い二人。


 うーん。前にグランツ、パティ、ウィブの三人で依頼に行った事もあったし大丈夫だよね?





「パトリシア、あれ何て読むか分かるか?」

「あかなすっすよ。ウィブ殿に習った漢字っすよ」

「間違ってはないけどな、正解は赤茄子(トマト)だ」

「本当っすか? 覚えたっす」


 組合へと向かう道中、俺の心配を他所に二人は楽しそうに喋っている。

 グランツって普段堅物の癖に、ウィブやパティには甘い。心配するだけ無駄だった。

 いや、よくよく考えれば厳しく当たってくるのって、俺にだけじゃないか?

 ……いや、気にしないでおこう。


「今日は何が食べたいんだ? 好きな物を作ってやるぞ」

「それならパスタが食べたいっす。前にウィブ殿が作ってたやつっす」

「分かった、あのパスタだな」

「――ちょっ、グランツ、レシピは聞いてるのか?」


 咄嗟に言葉が出るのには理由がある。

 グランツもウィブからレシピを聞いた料理は、確かに美味しく作れる様になった。

 だが作り方も知らずに記憶を頼りに調理すると、独創性が邪魔して「何故こうなった?」と言わざるをえない一品に姿を変えられてしまう。

 ウィブが居ない時は無難な料理をグランツに頼むのが、ギルドの暗黙のルールだ。


「問題無い。俺の舌を信じろ」

「楽しみっす!」


 信じられるかぁ――!

 何度しくじった? どれだけ失敗した?

 パティもパティだ。その度に「不味いっす」ってブーたれてるだろ? 

 漢字を覚えるのもいいけど、我が家の掟も覚えようよ。


「ひ、昼は久々に外食にしない?」

「外食か? たまには良いかもしれんな。パトリシア、パスタは晩飯だな」


 どうやら逃げ切れないらしい。




 組合に到着すると、窓口にウエッツは居なかった。

 見たことのない若い男の職員が、ゴロツキのような傭兵にイチャモンをつけられている。


「だからよ、ちょっと1日遅れただけだろ? 基本報酬の2割カットは無いだろ?」

「で、でも、組合の規定にはですね」

「はぁん? 俺は規定じゃ無くて、アンタに話してるんだけどね。とにかく全額寄越せって」


 言いたい放題だな。

 確かにこんな有様を目の当たりにすると、受付にウエッツが居るのは適材適所なんだよな。

 ウエッツ相手に暴言を吐こうものなら、二度と組合の入り口をまたげない体にされそうだ。


「その辺にしとけ」


 俺が傍観を決め込んでると、グランツが制止に入っていた。


「なんだお前ぇは、邪魔するじゃねぇよ!」


 ゴロツキが殴り掛かろうとするが、グランツは軽やかにその腕を捻りあげる。


「っっぁあー! わ、分かった、分かっぐぁぁぁー!」

「サッサと依頼報酬を貰って帰るんだな」


 そのまま投げ飛ばされたゴロツキはグランツの睨みに萎縮して、窓口に置かれていた報酬を急いで懐に収めて逃げて行ってしまった。


「あ、ありがとうございます」

「グランツ殿、格好良かったっす」


 グランツに視線が集中する中、しきりに礼を言う職員にギルドに来た手紙を見せて尋ねた。


「この手紙ってここで聞けばいいのかな?」

「えっ、あっ、それは2階が担当ですね」

「ふーん。グランツ、パティ、ちょっと上に行って来るから待っててくれ」


 やっぱり2階かぁ、借金の利息だよなぁ。

 俺は重い足取りで、シェフリアのいる受付へと向かう。



「ニケルさん、おはようございます。お待ちしてました」


 どうやら差出人はシェフリアだったようだ。


「手紙は読んだけど、用件が載ってなかったんだよね」

「えっ? おかしいですね? では今からお話しますね。あっ、その前に1つ。ギルドのハンコ出来上がりましたよ」


 シェフリアが机に出して来たのは、重厚で高級感溢れるハンコ。

 如何にも達筆そうな崩れた文字に、さりげなく蜥蜴の形まで刻まれている。

 確かにハンコを頼んだ記憶はある。だが2ヶ月程も前の話だ。

 それほどの時間のかかった代物、相当なお値段なんだろうかと身震いしてしまう。


「あ、ありがと。ち、ちなみにお値段はおいくら?」

「金貨2枚です。王都でも1番人気の彫り師に作って貰ったんですよ!」


 輝かしい笑顔を見せるシェフリアに「高いよ! 銀貨1枚のハンコで十分だよ!」なんて、とても言えない。

 あぁ、借金がまた膨らんだ。


「手紙の事なんですけど……早速ハンコの出番ですね!」


 シェフリアは1枚の紙を机の上に拡げた。

 借金関係の書類と思いきや、紙にはD級ギルド昇格の文字が記載されている。


「えっ? D級?」

「はい。蜥蜴の尻尾(テイルオブリザード)はD級ギルドに昇格出来ます」


 あれっ? 人数規定があるんじゃ無かったっけ?

 もしかしてウエッツが誰かを押し込んだのか?

 いや、シェフリアがイースを断り切れなかったのか?


「も、もしかしてイースが?」

「はい。イーストリアさんですよ!」


 シェフリア……。断ってってお願いしたよね?

 何でそんなに嬉しそうに話すんだい?


「……それってギルドマスターに拒否権無いのかな?」

「拒否権ですか? そのままE級ギルドに居続ける予定でしたら断る事も出来ますが……すいません。てっきりニケルさんが喜ぶかと思って。ちゃんと相談するべきでした」

「いや、ごめん。でもイースをギルドに入れるのは……」

「えっ?」

「えっ?」


 シェフリアがキョトンとした顔をしている。

 んんんっ?

 どうやら会話が噛み合って無い。


「イースがうちのギルドに入るって話じゃ無いの?」

「ち、違います! その件はちゃんと断りましたよ。イーストリアさんが推薦状を書いてくれたんです」

「推薦状?」


 どうやら俺が組合規則をちゃんと読んで無いだけで、人数規定で引っかかっても昇格出来る方法があるそうだ。

 昇格後のギルド級より高い級のギルドが出す推薦状が2枚以上あれば、昇級出来る仕組みらしい。

 つまりうちの場合は昇格後のD級より上、C級以上のギルドから2枚の推薦状があれば昇格出来る。

 つまりは後見人みたいなものだ。


「イーストリアさんの白金の狼(フェンリル)と、サウスマディルさんのいる審判者(ジャッジメント)の二つのギルドから推薦状を貰ってるんです」

「えっ、そうなの?」

審判者(ジャッジメント)のギルドマスター·ピュラハムさんから、何かお礼をしたいと相談を受けた時に、この事をお願いしてみたら快く書いて貰えたんです。イーストリアさんもウィブさんの為ならと、すぐに書いてくれました」


 いやいや、それってウィブを生贄にしてない?

 だが、今のままD級になれるなら有り難く昇級させて貰おう。


「そっか、ありがと。じゃあ、ここにハンコを押せばいいんだよね?」

「はい」


 朱肉をつけて判を押す。

 流石は高級品。

 見事な文字が赤く光って見える。いや、本当に光ってない?


「なんか光ってない?」

「このハンコ、偽造防止に魔石が埋め込まれてるんですよ。魔力が定着すると消える事も、細工する事も出来なくなるんです」


 そりゃ高い訳だ。

 だけど逆を言えば軽々と使えるハンコでは無いって事だ。気を付けよう。


「これで蜥蜴の尻尾(テイルオブリザード)はD級ギルドになりました。おめでとうございます」

「ありがと。そう言えばウエッツは今日休み? 居れば昇給祝いの依頼貰っていきたいんだけど」

「ウエッツさんは、確か王都に出張中ですね。2週間程で戻って来ると思いますよ」


 出張中か。割のいい依頼が欲しかったが仕方ない。


 こうして蜥蜴の尻尾(テイルオブリザード)はD級ギルドに昇格した。









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