閑話 カルの追憶~前編~
ニケル達が獣人の村を出てから7日。
カルはまだノース指導の名目で村に残っていた。
「そうそう。体の中に流れる血液を意識するんだよ。隅々まで行き渡るようにゆっくり循環させてね」
「……じゅんかんってなんでしゅか?」
ノースがカルの言葉に気を取られると、守護獣の動きが止まり、徐々に石像へと戻っていく。
「集中力が落ちちゃったか。循環ね。んーっ、体の中でグルグル血を回すって感じかな。ノース君、疲れたかい? そろそろ休憩しようか?」
「はいでしゅ」
カルは草むらに大の字に横になると、空を仰ぎ見る。降り注ぐ陽射しに目を細めると、訓練で汗ばんでいるノースも寝転んで、同じ格好をする。
森の中とはいえ、村の広場には光が降り注いでいる。
カルの結界によって冬季でも快適な温度に保たれているが、心地良い太陽の温もりは安らぎを与えてくれる。
「いい天気でしゅね」
「そうだね。こうやって寝転んでると、ニケル君がいつもダラダラしてる気持ちが分かるよ」
大きな欠伸をすると、柔らかな草木の香りが鼻をくすぐってくる。
「そういえばカルしゃんとニケルしゃんは、昔からの友達だって聞いたでしゅよ」
「僕とニケル君? そうだね。でも昔は滅茶苦茶仲が悪かったよ。いや、僕が一方的に嫌ってただけかな?」
「本当でしゅか?」
ノースが驚いて上体を起こすと、カルは懐かしむように優しい笑顔を向ける。
「本当だよ。絶対に仲良くなんてならないって思ってたもん。むしろ殺そうかと思った事もあるよ」
カルは思い起こす。
9年前、初めてニケルと出会った頃を……。
――――――――――
S級ギルド天魔
僕は常に憤りを覚えていた。
若干12歳でS級ギルドに入った逸材なのに、2年経った今でも見習い扱いだからだ。
周りが歴戦の猛者だろうと、僕の魔法は遜色ないレベルにいるはず。いや、頭1つ抜きん出ている自信はある。
だが依頼に出てもサポート扱い。まともな前線には出して貰えない。
危険度Aの魔物だろうが簡単に倒せるのに、その機会が与えられなかった。
僕が歯痒い思いで過ごしていたある日、ギルドに新人が入ってきた。
僕と同じ歳の頃だろうか? 黒髪で小汚い格好の剣士。
ヘラヘラと表面だけの挨拶をして、締まりのない顔で愛想を振り撒く新参者。
剣しか使えない輩がこのギルドに入っただけでも納得いかないのに、そのまま平然と依頼に出て行った事が何より気に入らなかった。
「ギュネスさん。何であんな奴がギルドに入ったんですか? しかも見習いじゃないってどういう事なんですか?」
「あぁ、アイツは特別だからなぁ。まっ、気にせず仲良くしてくれや」
サブマスターであるギュネスさんを問い詰めても、はぐらかされた答えが返って来るだけ。
特別だと言うのなら、稀代の魔術師である僕こそが特別だ。
苛立ちの高まりを感じる日々の中、依頼から帰ってきた新参者が話しかけてきた。
「カルさんですよね? 入って直ぐに依頼に出ていたから、挨拶が遅くなってすいません。俺、ニケルって言います。これからよろしくお願いしますね」
「ふん。ニケル……君ね。どうせ見習いの僕を下にでも見てるんだろ? 精々メッキが剥がれない様に頑張るといいよ」
ピシャリと言い切って、差し出された手を無視してやった。
顔を見るだけで苛々が収まらない。
同じ空間に存在しているだけで消したくなってくる。
それから僕はアイツを避け続けた。
同じ場所には絶対に入らない。アイツが居れば部屋に入らないし、アイツが部屋に入ってくればすぐに出て行った。
その内――僕はアイツを殺すだろう。そう思える程に……。
「ちょっと露骨すぎでしょ? 意外といい奴かもしれないわよ?」
「イシュタリスはあんな奴の肩を持つのかよ!」
「そ、そんなんじゃ無いって。ただ……最近のカル変だよ」
「変? 変なのはアイツが来てからのギルドだよ!」
唯一仲間だと思っていた同じ見習いのイシュタリスまでアイツに毒されていく。
一体アイツは何なんだ?
どうして僕の邪魔をするんだ?
しばらくして天魔の半数が投入された大規模な依頼があった。
目障りなアイツを殺してしまおうと、何度も指先を向けた。
……だが氷弾は撃つことはなかった。
アイツを見ていたら殺意が治まってきたんだ。
アイツの戦いぶりは雑魚そのもの。
ダラダラと動くだけで、大した戦果なんて上げちゃいない。
激しい戦いの割に怪我は無かった様だが、見せかけだけで安全な場所でのんびりしていたのだろう。
もう、構うだけ無駄だ。
小者に用など無い。
そう思えると不思議と苛立ちは消えていた。
嫌悪感はあるが、もうどうでもいい。
アイツが入って来て4ヶ月経ったある日、僕はギュネスさんに呼び出されていた。
「昨日マスターと話したんだが、そろそろカルを正規ギルド員に格上げしようって事になった。実力的にも申し分ないだろうってな」
「本当ですか?」
やった!
ようやくだ。ようやく僕も見習い卒業だ。
だが、ギュネスさんの話はそこで終わらなかった。
「明日出発の難易度Aの依頼がある。はぐれ悪魔の討伐だ。この依頼を達成した時点で正規ギルド員認定だな。メンバーは、リーダーがズエール。後はお前とニケルだ」
「――!?」
アイツか!? ヘラヘラした顔が頭にチラつき、怒りがこみ上げる。
でも僕は自分自身に問いかける。
大事なのは正規ギルド員になること。僕の邪魔さえしなければどうでもいい。
小者の事で感情を揺らすことは無駄なだけだ、と。
「分かりました」
僕は二つ返事で部屋をあとにした。
――翌日
「カル、よろしくな」
「こちらこそ」
魔法剣士のズエールから依頼の詳細を聞き、目的地であるダカリアセの森を歩く。
ズエールは危険な相手だと言っていたが、僕にかかればなんて事はないだろう。
森の中を進んでいると、不意にアイツが声をかけてきた。
「カルさんとの依頼は初めてですね。よろしくお願いします」
何食わぬ顔で言われると、改めて殺意が湧いてくる。
――初めてだって?
あの大規模な依頼でも一緒だったんだぞ?
そうか、僕は眼中に無いって意味か。
ゆっくりと指先を向け、本来なら氷弾で眉間を撃ち抜きたいが、わざと樹木に向けて発出する。
「君は何もしなくていいよ。僕の邪魔だけはしないでくれ。邪魔だと思ったら消すよ?」
「邪魔なんかしませんよ。俺、邪魔しない事には自信があります」
威嚇のつもりで氷弾を撃ったのだが、ヘラヘラ答えてくる。
いや、速すぎて何が起こったかも分かっていないんだろう。
「結構な事だね」
その後の会話は無い。
話した所で苛つくだけだ。
森に入り歩く事2日。
たどり着いた廃村で、はぐれ悪魔と対峙する事になる。
「いいか! 俺がはぐれ悪魔を仕留める。ニケルは周りの屍人の対応をしろ。カルは援護だ」
「えーっと、屍人って心臓を突けばいいんでしたっけ?」
「馬鹿野郎! 首を切り落とせ。そうすりゃ直に動きが止まる」
屍人ははぐれ悪魔が殺した人間の成れの果て。
腐った肉体とは思えない俊敏な動きと、自らの肉体の破壊を厭わない力任せの攻撃を繰り返す魔物だ。
ズエールが剣に炎を纏いはぐれ悪魔に駆け出すのを見て、両手を突き出し風の刃を屍人に向かっていくつも飛ばす。
「邪魔はするなよ。君は後ろにでも下がっていればいい」
僕の言葉で後ろに下がったアイツは「凄いですねぇ。こりゃ楽できますね」なんて言っているが、一々相手なんてしてられない。
雑魚に構ってる暇は無いんだ。
「――ちっ!」
この屍人、予想以上に厄介だ。
氷弾の効き目は薄く、弱点のはずの炎魔法は周りの木に燃え移ってしまうから使えない。
風魔法を選んだが、その乱雑で素早い動きのせいで、多数の刃を放たないと首を落とすことが出来ない。
――魔力の消費が激しい。
「がっ、ごはっ、カル、魔法障壁を」
咄嗟に声が聞こえた方に視線を向けると、はぐれ悪魔の鋭い爪がズエールの脇腹を貫いていていた。
そのまま投げ捨てられるズエール。
背中に冷たい汗が流れる。
――僕が援護しなかったからか?
いや、そんな事を考えてる場合じゃない。
魔力はもう半分も無い。
このままはぐれ悪魔や屍人を相手にしても魔力が尽きて死ぬだけだ。
巻き込むズエールには悪いが、一か八か広範囲爆発魔法に賭けるしかない。周りの被害なんて些細な事だ。
――ふと、背後から動く気配がした。
「援護頼みますね」
そう言って飛び出したのは新参者だった。
アイツは決して速くはないスピードで、剣を片手に横を通り抜けていく。
まぁいい。囮にはもってこいだ。巻き込もうが関係無い。
広範囲魔法の為に意識を集中させていると、奇妙な光景が目に入ってくる。
以前見た時と同じ、フラフラと動いているだけなのに、屍人の首が次々と落とされていく。
僕があれだけ手こずったのに何で?
アイツは屍人の首を落としきると、はぐれ悪魔へと迫っていた。
剣が振り下ろされ、甲高い金属音が鳴り響く。
――っ、あの馬鹿剣を折られたな。
広範囲魔法はまだ放てない。
「しゃがめ!」
僕はすぐさま広範囲魔法を止め、アイツに牙を剥くはぐれ悪魔に向けて、両手から氷の槍を2発、3発と発射させる。
しゃがめとは言ったが、アイツごと貫くつもりで出した音速の槍。
避けれない方が悪い。
だがアイツは、まるで僕がそうする事を知っていたかのように、紙一重で躱した。
深々とはぐれ悪魔の身体に突き刺さる氷の槍。
ナイフを抜いたアイツは怯んだ一瞬を見逃さず、首を掻き切った。
首が落ち、時間差で身体が崩れ落ちると、アイツはズエールに駆け寄っていた。
「カルさん、回復魔法って使えます? こりゃ酷い怪我だ」
「くっ、今行く」
僕は認めたくない事実を振り払って、ズエールの元へと急ぐのだった。
バレンタインスピンオフ作品を「切れた尻尾」に投稿しました。
ランキングタグを上手く使えないので、シリーズから飛んで下さい。