44話 対偶の守護者
ぐぅぅ、頭が痛い。
昨日、族長から獣人族幻の酒「竜点方牙」なる濁り酒を飲まされてからの記憶が無い。
起き抜けに周りを見ると、獣人の村特有の皮葺き屋根の建物で寝ていたようだ。
寝ているグランツ、ウィブはいるのに、カルの姿が見当たらない。
今の俺にはカルの解毒魔法が必要なんだが……。
建物から外に出ると、広場で獣人のお姉ちゃんに囲まれているカルを発見する。
天然ジゴロめ! だが俺にはそんなみみっちい妬みをする余裕もない。
頭痛と吐き気を堪えながら、獣人のお姉ちゃんを掻き分けてカルの元へとなんとかたどり着く。
「うぶっ。……カル、解毒魔法を……頼む」
「ふーん。飲みすぎたの? いいけど、高いよ?」
どや顔のカルが手を翳すとあら不思議、俺を苦しめていた呪いがみるみる収まっていく。
くそっ、俺まで惚れそうだぜ。
「ありがとな」
カルに礼を言うと、「貸し一つだからね?」と人差し指を立てて強調してくる。
俺は苦しみからの解放と引き換えに、悪魔と契約してしまったかもしれない。
俺が後悔していると、顔中痣だらけのサウスが姿を現わす。
「旦那、族長からメンバー全員で集会所まで来てくれって言伝を貰ってきたぜ」
どうやら俺の事は旦那と呼ぶらしい。
グランツは大将だったしな、カルはどうなんだろう?
先生? 英雄? まさか大旦那とかじゃないよな?
「カルさん、俺っちにも回復魔法を頼むぜ」
「えーっ、サウス君は治すなって言われてるんだよね」
「そこをなんとか頼むぜ」
普通にカルさんだった。
しかし俺が昨日必死こいて戦っていた時に皆で楽しんでいたのか、すっかり仲良く話している。別に嫉妬なんかしてないよ、ちょっと寂しいだけさ。
みんなを集めてサウスに集会所まで案内されると、中にはイースや他の獣人も待っていた。
イースは一瞬ウィブを見て口元を緩ませるが、首を振り神妙な顔つきに戻っていく。
俺達が床に敷き詰められている様々な毛皮の上に座ると、大袈裟に頭を下げる族長。
「この度は獣人の村を助けて頂き感謝の言葉も御座いません。せめてものお礼を受け取って頂きたくお越し頂きました」
族長が目配せすると周りに居た数人の獣人が、肩幅程の重厚な箱を持ってくる。
俺達の目の前に箱が並び終えると、一つ一つ丁寧に蓋が開けられる。
中には昨日俺の記憶を奪った竜点方牙や、肌触りの良さそうな毛皮などが詰め込まれていた。どれも高級そうな物ばかりだ。
「こんなにいいのか?」
「これでも足りぬ位です。お好きな娘を奉公に出しても良い位です。もしご所望の娘がいれば――」
「結構です」
有無を言わさぬティルテュの即答。
いや、いいんだけどね。
「そうですか、もちろん昨日ニケル殿の言われたギッシュは」
「――ゴホッ、ゴホン! その件はもういい」
だ、ダメだって族長。メンバーを迎えに行く時点で必要無くなった事を伝えるのを忘れてたな。
見なくたって分かる。突き刺すような視線が横から背後から感じられる。早く話題を変えなければ。
「それよりも族長、この村は大丈夫なのか? 昨日の様な事がまた起これば、今度は全滅しかねないだろ?」
「……確かに。この冬の時期、我等の身体能力は万全とは言えますまい。この村で最も強いイーストリアもこの村を出た身。村の場所が他に知れた以上、村の防衛については今後の課題ですな」
今後の課題って、本当に大丈夫なのか?
冬場は能力減少ってのは初耳だ。
獣人と言えば人間よりも高い身体能力を持つ猛者のイメージだが、はっきり言ってこの時期ならば、B級ギルドが二つもあれば村を制圧出来そうだ。
「なら丁度いいよ。僕もやってみたい事があったんだ」
カルが嬉しそうな声をあげる。
凄い結界魔法でもあるのだろうか?
カルは皆に外に出るように促し、広場に出ると腰に結び付けてあった魔法の袋の中身をぶちまける。
あーあ、昨日袋に入れたテントが見るも無惨な姿で放出されてるし。
ガラクタから不思議な物まで散らかすと、俺にとって見覚えのある嫌な石像が目につく。
俺が知るものより少し小さいが、間違いなく鷲頭と山羊頭の石像だ。
まさかね……。
「ニケル君、今朝の貸し返してね。持ってる魔石2個頂戴」
「はっ? 魔石なんて高級な物、俺が持ってるわけ……」
あー、持ってるね。昨日黒衣の騎士から確かに貰ったね。忘れてたよ。
だがどうしてカルがその事実を知ってるんだ?
「ニケル君から魔力が垂れ流れてると分かるよ」
本当にコイツは心を読んでるんじゃないだろうか?
カルに脅威を感じながらも懐に大事に仕舞ってある魔石を二つ取り出す。
俺のビックな小遣いが……。
カルは魔石を受けとると、周りに集まっている獣人を品定めし始めた。
そしてノースの前で視線が止まる。
「君なら大丈夫だね。君の名前は?」
「ノースでしゅ」
「ノース君、君はこの村を護りたい?」
「護りたいでしゅ!」
「分かったよ、じゃあこっちに来てごらん」
カルに手を引かれてノースは石像の前までやってくる。
「じゃ、改めて名前を全部教えてくれる?」
「ノース=アルメードでしゅ」
カルはノースにニッコリ微笑むと両手に一つずつ魔石を持ち、石像の頭に手を重ねる。
本来無詠唱のカルがブツブツと聞き覚えのない言葉を呟くと、石像の頭が光り出し魔石が呑み込まれていく。
「ノース君、左の石像に手をあててごらん」
ノースがおっかなびっくり鷲頭の石像に左手をあてると、眩しい光が古代文字を刻み出す。
周りの獣人達も不安そうな雰囲気だ。
村の救生主でもあるカルだから止められずにいるのだろう。
「次は右の石像だよ」
右手をあてた山羊頭でも同じ現象が起きる。
そう、あれはクトゥとの契約の時にそっくりな光景だ。
一対の石像にノースの名前が刻まれると、ノースの両腕にも黒い刺青が施されている。
いくらなんでもカルが出来ることって出鱈目過ぎない? 新興宗教を起こせるだけの奇跡の人だ。
「いいかい? しばらくは僕が教えてあげるけど、感覚を覚えてね」
カルはノースの後ろに回ると両腕をとり、石像に押し付ける。
腕が白く光り刺青が青い光を燻らせると、一対の石像が呼応する様に色づき始める。
「いいかい? この一対の守護獣は君の従順なる僕だ。君を護り、村を護ってくれる。でもねこの守護獣は君からエネルギーを貰わないと行動出来ないんだ。毎日草木に水をあげるようにエネルギーをあげなきゃいけない。出来るかな?」
「頑張るでっしゅ」
一対の守護獣はノースの前に跪くとそのまま石像に戻ってしまう。
「今日はこんなところかな? ノース君が上手く出来る様になるまでは僕が教えてあげるね」
「お願いしましゅでしゅ」
おぉう、カルが眩しい。周りの獣人の乙女達のうっとりした視線もカルに釘付けだ。
この村の「抱かれたい男不動のNo.1」を手にしただろう。今が獣人の発情期だったら衰弱死間違いなしだな。
しかしグランツの件といい今回といい、我儘が人の形をしている男とは思えない行動だ。
「あの守護獣、ニケル君も手こずるぐらいだから村の護りも大丈夫だよ」
「何から何までかたじけない」
ひれ伏してお礼を言う族長。それに続く獣人達。
結局カルは獣人の村に暫くとどまる事になり、俺達とサウス、イースはベルティ街へと帰る事になった。
「じゃあまたな、ノース」
「ニケルしゃんありがとうでしゅ。ノースもニケルしゃんみたいに強くなるでしゅ」
別れを惜しんで抱きついてくるノース。
ここまでなつかれると、もう可愛くて仕方ない。
暫く俺も残りたい所たが、次の依頼に明日から行かなくてはならない。グランツかウィブにでも振りたい所だが、パティとの約束だ。破ればどれほどむくれるか分かったものではない。
「これ大事に使って下さいでしゅ。ノースの宝物をニケルしゃんにあげましゅ」
「良いのか? 大事な物じゃないのか?」
「ニケルしゃんに貰って欲しいんでしゅ」
ノースが手渡してきたのは銀色のブレスレットだった。
使い込まれた感じだが、時を経た輝きは大事に使われて来たと想像出来る。
ノースの頭を撫でるとブレスレットを受け取って腕に嵌める。
「分かった。大事にするよ。そろそろ出発だ。……またなノース」
「またでしゅ」
涙を堪えるノースをもう一度抱きしめる。
基本的には人間の立ち入りを望まない獣人の村だが、族長から蜥蜴の尻尾ならいつでも歓迎するとお墨付きを貰った。またすぐに来れるだろう。
ギルドに戻ると、イースはサウスを引きずる様に連れ去って行った。
チラチラとウィブを見る乙女の視線が名残惜しそうだったが、サウスの再教育を優先したのだろう。
一晩休むと俺とパティは依頼へ。
三日間のE級依頼を終わらせてギルドに帰ると、当然サウスの合否の話になる。
「じゃあ皆は加入には反対しないって事だな?」
「ニケルが別件に巻き込まれていたとはいえ、狩り勝負はサウスの勝ちだ。蔑ろに出来ないだろ?」
「アタシも同じ思いね」
くそっ、俺の居ない空白の時間に何があったんだ?
だが、グランツやティルテュが認めているなら文句を言えない。
パティからも依頼中に「サウス殿は意外といい奴っす」と言われていたしな。
カルも楽しげに話していたし、ウィブも自分に近い立場のメンバーの加入に喜びもあるようだ。
「分かったよ。今から依頼完了の報告に組合に行くから、シェフリアに伝えておくよ」
俺としては複雑だが、社交的なパティやウィブはともかく、グランツとティルテュが一緒にやっていけると判断したんだ。実際狩り勝負には負けたんだし。
サウスもグランツやティルテュより給金を出せとは言わないだろう。
組合に到着するとウエッツに依頼の報告をして、2階のシェフリアの所に向かう。
「こ、こんにちはニケルさん」
「シェフリア?」
どうもシェフリアの様子がおかしい。俺と目を合わせようとはしないのだ。
俺、何かしたっけ?
「サウスの事なんだけどさ、皆からオッケーって返事が――」
「ごめんなさい!」
俺が言い終わらないうちに頭を下げてくるシェフリア。
もしかして……。
「サウスマディルさんですが、もと居たギルドに一からやり直させて欲しいと頭を下げたそうです」
話を聞くと、俺達に天狗の鼻をポッキリと折られ、自分の村のピンチにも力になれずに、イースからは説教及び折檻。
思い上がっていた自分を戒め、ギルドマスターに頭を下げたそうだ。
「C級ギルド審判者のギルドマスターからは是非お会いしてお礼が言いたいと承ってます」
「……ま、まぁ、仕方ないよね」
なんだろう、この肩透かし感。
俺的には気が進まないながらも頭で割りきって来たわけよ。
ギルドに帰ってから皆に話すのが気まずいわけよ。
「あの、もう一つ伝言が……」
「伝言?」
「……イーストリアさんがですね、白金の狼ギルドマスターと兼任で蜥蜴の尻尾に入りたいと。ちゃんと掛け持ちは認められない旨は伝えたのですが、「アタイの出産がかかってるんだ!」の一点張りで……」
「……無理」
重い空気が流れるが、無理なものは無理。
イースが入るならサウスの方が100倍マシってのが正直な感想だ。
「あっ、ほらサウスの事を皆に説明しないとね。イースの件は任せたよ。上手く断っておいてね」
「……ですよね。尽力します」
暗い影を落とすシェフリアを背に組合を後にしたが、俺は俺で気が重い。
そしてギルドの扉を開き、ホールの吹き抜け部分に「歓迎!狩り担当サウスマディル!」の幕を見ると、そのまま中に入らずに扉を閉めるのだった……。
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「カルしゃんはいつまで村にいるでしゅか?」
「ノース君がもうちょっと上手くなるまでだよ。ここは居心地もいいからね」
ノースの練習の傍ら、ニケルの苦悩を知らないカルは獣人の娘の膝枕を堪能するのであった。
王国に危機が訪れた時、幾度となく敵を退ける一対の守護獣。二体を従える「対偶の守護者」と呼ばれる獣人の英雄の名が王国に知れ渡るのは、それから10年以上先の話である……。