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42話 勝負の行方



 意識を戻さないイースの頬を優しく叩く。


「……ぅぅうううっ!? アイツらは? ぐぅっ」


 起き上がろうとするイースだが、同時に痛みも目覚めた様だ。

 大きな外傷こそ無いが、服は所々破れて血が滲み出ている。顔も腫れ上がり痣が見える。

 懐から最後の回復薬を取り出して渡そうとしたが、どうやら両手の自由がきかないようだ。

 しかたなく体を支えて回復薬をイースの口元にあて飲ませる。

 回復薬だけで大赤字だな。いや、魔石を売れば黒字か。

 


「終わったぞ」

「そ、そうか」


 周りには魔物の死体が散らばっている。

 青い男もまた無造作にその身をさらけ出している。

 回復薬が効いてきたのか、イースはふらつきながらも立ち上がると、辺りを見渡し洞窟へと入って行こうとしていた。

 よろけるイースに肩を貸すと、小さく「……すまない」と言われてしまう。

 弱っているとみんな素直だね。


 洞窟に入ると、魔道具がぼんやりと中を照らしていた。

 所々に倒れている魔物はイースが倒したものだろう。

 15mも進むと一際明るくなり、すすり泣く声や悲観する声が聞こえてくる。


 奥に辿り着くとそこは絶景……いやいや、監禁されたほぼ裸状態のうら若き女獣人や子供が、鉄の檻に詰め込まれていた。


「みんな大丈夫かい?」


 イースを見ると獣人達の声が歓喜に変わっていった。


「イースざぁん、助けに来てくれると信じでましだぁ」

「お姉ぇざぁまぁぁー」


 涙と鼻水を垂れ流し、檻にしがみつく獣人達。

 イースは「もう大丈夫だよ」と優しく声を掛けている。

 問題は頑丈そうな錠前の付いた檻だ。あまりクトゥで斬りたくない。


 俺はイースにその場を任せて洞窟の表までやって来た。

 あの青い男が鍵を持っていると踏んだのだ。


 顔の上半分が千切れた死体を漁るのは気持ち悪いが、仕方ない。

 青い男の服を脱がせて鍵を探す。言っておくが男色の気があるわけじゃないからな。


 鍵は男のコートの内ポケットに入っていた。

 鍵を見つけて安心したものの、気になったのは男の体だ。

 俺の右腕同様の刺青が所狭しと刻まれている。

 俺のものより荒く雑な刺青だ。

 従属魔法と関係あるのだろうが、俺には分からない。

 あるいはカルなら何か分かるかも知れないが、見なかった事にしておこう。


 俺は鍵と男のコートに入っていた指輪や小物を仕舞い込み、洞窟の中へと舞い戻る。



「イース、鍵あったぞ」


 鍵を投げ渡すと、イースは檻を開錠して獣人を解き放つ。

 雪崩の様に薄着の獣人女性が俺に押し寄せ「ありがとう」を連呼して顔を舐めてくる。

 うっ、俺の締まりの無い顔を見たイースのジト目が怖い。


 俺達は洞窟内の目ぼしい物を攫うと、洞窟の外で魔物の死体を焼き、獣人の村へと戻るのだった。




「おぉぉ、神よ、この者を遣わして頂き、感謝いたします」


 獣人の村に戻ると族長からの仰々しい扱いを受け、救い出した獣人もまた、何度も何度もお礼を言ってくる。


「ささっ、今晩はこの村にお泊り下さい。精一杯のもてなしをさせて頂く所存です」


 族長の言葉が頭の片隅に引っかかる。

 この村に泊まる?

 えーっと、俺は何しに来たんだっけ?

 ……頭では分かっているんだが受け入れたくない。


 そう。俺は狩勝負をしていたのだ。


 その時、俺の頭に神からの啓示が降りてくる。

 この村のみんなに手伝って貰えば、狩勝負なんて楽勝じゃないだろか?

 きっとサウスも1日じゃギッシュを捕まえられないだろう。

 今族長に頼めば嫌とは言わないはずだ。

 善は急げだ。


「族長、ギッシュって知ってる? 元々探してる途中でノースに会ったんだけど、明日でいいから見つけるのを協力してくれないか?」

「ギッシュ? あぁ、あの肉食獣ですか。お安い御用ですよ。まだ動ける者は少ないですが、狩の得意な者を数名つけましょう」


 よっしゃ! ギッシュ、ゲットだせ!

 しかし俺は周りを見渡して思い留まる。

 俺をもてなそうとしてくれる者、その殆どの獣人が傷だらけである。檻から解放した獣人の姉ちゃんはともかく、怪我人だらけだ。

 もう回復薬の予備はない。

 例えばカルを連れて来れば、この村の負傷者はいなくなるだろう。


 俺は頼まれた事はこなした。

 もてなされる事はギブアンドテイクだ。

 だが、怪我人にもてなされても何か楽しくない。

 悪徳代官にでもなった気分になってしまう。

 ……はぁ。ギッシュは諦めよう。


「族長もうひとつ。実は俺の仲間をマクサナ平原で待たしてるんだ。仲間をここに連れて来てもいいか?」

「仲間……ですか? 分かりました。貴殿の仲間であるなら問題ないでしょう。しかし間も無く日も落ちます。イースリア、お前が部族の中で1番足が速い。ニケル殿を仲間の元まで連れて行って差し上げなさい」

「アタイがか? ちっ、これでアタイとは貸し借り無しだぞ」


 おんぶ一つで貸し借りなしか。別に恩を売った訳じゃないからいいけどね。

 問題はあの格好。速いのは間違いないが……まぁ、手前で降ろして貰えれば問題ないか。

 再び獣化したイースの背に乗ると、すぐさま村を出発する。

 やはり恐ろしいスピードだ。


「マクサナ平原だったな?」

「あぁ、平原に入ってすぐの所にテントが立ってるはずだ」

「あぁ、あの大きいテントはアンタの仲間のだったのか? 村に行く途中で見かけたよ」


 野生の本能とでも言うのだろうか、イースは方向を変えて一直線に走り出す。

 身体に正確な位置や地図が染み込んでいるみたいだ。


 走り出してからほんの5分で森を出ると、瞬く間にテントが見えてくる。


「イース! 止めてくれ!」

「もうちょいだ」


 俺はギルドメンバーに見られたくない一心でイースを止めるのだが、暴走車は止まらずにテントの前に到着する。

 良かった。誰も外にはいない。


 イースから降りると、テントからはヨダレが垂れそうな程の匂いと楽しい雑談が聞こえてくる。

 なんだろう、このふつふつと湧く怒りは。


「イース、中で話して来るからちょっと待っててくれ」


 イースには外で待って貰い、テントの幕を開いて中に足を踏み入れる。

 そこで目にしたのは楽しく雑談するグランツ、カル、ティルテュ、シェフリア。

 ゲームに勤しむパティ、ウィブ、サウス。

 テーブルには綺麗に食べられた皿が並んでいる。


「あっ、マスターお帰りっす。待ってたっすよ」

「あら、ニケル心配してたのよ」


 言葉が出てこない。

 とても心配していた様子じゃない。俺が森の中を駆け巡り魔物と対峙していた時に、コイツらは楽しんでいたのだ。

 俺が固まっているとサウスが得意満面の顔でやってくる。


「俺っちの勝ちだな」

「――えっ、お、お前、ギッシュを……」

「サウスは開始から30分程でギッシュを捕まえて来たぞ。この勝負サウスの勝ちだ」


 グランツから残酷な宣告を突きつけられる。

 じゃああれか? 俺がすぐに戻って来ていても結果は同じだったって事か?

 俺は地面に手をつき項垂れる。

 ――その時、天幕が開かれ怒号が飛ぶ。


「サウス! お前は村の危機に何してやがった!」

「えっ、えっ? イース姉? な、なんでここ、ここに?」


 イースは怯えるサウスを外に投げ飛ばすと、馬乗りになり頭を鷲掴みにする。


「痛い痛い痛い痛い。ちょ、ちょっとイース姉」

「この馬鹿たれが!」


 サウスに怒りの鉄拳がお見舞いされると、イースが今までの流れを説明し始める。

 獣人の村が襲われた事、それを俺が助けた事。

 みんな流石に押し黙ってしまう。

 俺は意図して助けた訳ではない。が、イースの話を聞くだけならば、みんながお楽しみ中に俺は獣人の村を助けるべく必死に戦っていたように感じるだろう。

 イースかなり美化して話してるよね……ありがとう。


「ニケル……ごめん」

「ニケルすまなかった」

「ニケルさん……ごめんなさい」


 やべい。この起死回生の一撃。気持ちいい。

 サウスは蹌踉めきながら立ち上がると、俺の前で土下座する。


「すまなかったぜ。俺っちの負けだぜ。いや、勝負どうこうじゃないぜ。本当にすまなかった……うっ、うっ、うっ」


 土下座のまま泣き出すサウス。

 その態度、逆に対応に困るぞ。

 いつもならば「ひれ伏せ! 俺を崇めろ!」なんて言ってやりたい所だが、空気が重すぎる。

 何か話を変えないと。


「そ、そうそう。でな、獣人の村に負傷者がいっぱい出てるんだ。カル頼めるか?」

「しかたないなぁ、ニケル君は。特別だよ? 獣人の村って楽しみ。早く行こっ」


 あっ、カルだけは平常運転だ。

 周りの空気の重さなど御構いなしだ。


「と言う事で、今から獣人の村へ向かう。日が傾き始めてるし、さっさと片付けて向かおう」


 気持ちを切り替えてテントの片付けを始めると、待ちきれないカルが「みんな邪魔」と言って片っ端から魔法の袋に詰め込み出す。

 あーあー、多分テントは中でぐちゃぐちゃだな。


 そのまま魔力回復に眠るカルをサウスが背負い、イースの先導で獣人の村へと向かうのだった。






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