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40話 尻を露に




「クォォォォオーン」


 遠吠えが聞こえたかと思うと、物凄いスピードの獣が此方へと駆けてくる。

 激しい怒りをむき出しにした獣は、俺に向かって猛然と襲いかかる。

 その攻撃をヒョイと避けると、こちらを睨みつけて俺と族長の間に立つ女の獣人。


「みんな大丈夫かい? アタイが来たからにはもう大丈夫だよ。今この極悪人をぶちのめしてやる!」

「ちょ、違う」


 俺の制止も聞かずに鋭く尖った爪を振りかぶる。

 状況を説明しようにも、問答無用の激しい連続攻撃を打ち込んでくるので会話すらできない。

 周りの獣人も「違う! 違う!」と止めようとするのだが、すでに女はヒートアップ。

 反撃のチャンスはいくらでもあるけど、さすがに斬ると不味いよなぁ。


「お姉しゃん、ニケルしゃんは僕を助けてくれた人でしゅー!」


 ノースが大きく叫ぶと、声に反応した女のバランスが崩れる。

 重心がズレた所にすかさず足を掛けると、前のめりにゴロゴロと転がっていってしまった。

 女の回転が止まると、広場にいたたまれない空気と静寂が広がっているが、俺が足をかけただけであそこまで転がるなんて予想出来るはずもない。

 うつ伏せになった女は尻を突きだし悲惨な格好になっている。誰も近寄ろうとはしないのが悲壮感を増大させていた。


 皆が固唾をのむ中、ゆっくりと身体を起こし、何事も無かったかのように身体に着いた土埃を払う女獣人。人間の姿に戻ると、恥ずかしげもなく「命拾いしたな」と吐き捨てるように呟いた。


 違うだろー!

 襲いかかってごめんなさいで、村を助けてくれてありがとうだろうが!


 改めて女を見る。

 見た目は俺と同じ歳か少し上だろうか?

 サウスの幼児体形を考えると三十路の可能性もあり得るな。

 猫のような獣の耳を頭に付け、肩まで伸びた茶色い癖っ毛にキツく吊り上がった赤い瞳。

 その身体は肉食獣の様に引き締まっているのがよく分かる。

 しかし動き易さを重視しているとはいえ、冬場に軽装でいるのは寒く無いのだろうか? 見てるこっちが寒くなってきてしまう。


「アタイの身体をいやらしい目付きで見るんじゃねぇ。それより族長、知らせに来てくれたガバスから話は聞いたよ。みんな無事なのか?」

「……子供と若い女が連れ攫われた」

「!? ここで呆けてる場合じゃないだろ? 直ぐに助けに行かないと! アタイが行くよ!」

「いくらお前が部族で最も強いと言っても、今は冬場。しかも相手は恐ろしい魔物ばかりだ。一人で行っても死ぬだけだ」


 族長と女が激しく言い争いを始める。

 確かに周りを見れば他の獣人は怪我人だらけ。

 マトモに動けそうなのは、あの威勢のいい女ぐらいだ。

 成り行きを見守っていると、ノースが俺の腕にピタリとくっついてきた。


「ニケルしゃん。イースお姉しゃんと一緒に皆んなを助けて欲しいでしゅ」


 あぁ、子供の潤んだ瞳でお願いは反則だ。

 どう断れって言うんだ?

 はぁ、何でこうなった……。大体獣人って他力本願をモットーとした種族だっけ?

 俺はノースを抱えると、平行線で口論する族長と女に割って入った。


「はぁ。俺が一緒に行く。元々俺に頼むつもりだったんだ、文句は無いだろ?」

「――はぁ? 何でアタイがアンタなんかと一緒に行かなきゃならないんだ!」

「イースいい加減にせぬか! この御仁は村を救って頂いた恩人だぞ。……申し訳ない。礼は必ずします故、何卒同胞をお願いします」


 頭を下げる族長に、納得出来ずにふてくされるイース。

 そんなイースも、潤んだ瞳のノースに「イースお姉しゃん……」と言われれば態度を軟化させる。


「アタイは納得してる訳じゃないからな。村の為だからな!」

「分かったって。あまりのんびりしてられないだろ? さっさと出発しよう」

「アタイに命令するな!」


 イースは眉を上げて怒りを表すと、再び獣化を始めた。

 体毛に覆われた身体が二回り程大きくなる。軽装もぱつんぱつんだ。

 余り女性の獣化は見るもんじゃ無いな。整った顔が獣になっていく姿は夢に出てきそうだ。


 鋭い眼光に身構えるが、イースはクルリと背を向けしゃがみこむ。


「なにボーッとしてやがる! さっさと掴まれ!」

「つかまれって……おんぶって事?」

「当たり前だ。人間の鈍ガメのスピードじゃ追いつかねぇだろ? アタイが担いで行った方が遥かに速い」


 うーん。流石にこの歳になって獣人とはいえ女におんぶされるって……。

 仕方ない、走らなくて良くなったと割り切ろう。

 イースの背に寄りかかると、ヒョイと簡単に持ち上げられてしまう。「軽いな、飯食ってるか?」と言われるが、「あなたの腕力が異常過ぎるんですよ」とは返さなかった。


 しかし尻を露にしたこの格好。何とも恥ずかしい。

 間違いなくギルドメンバーには見られたくない姿だ。


「行くぞ!」


 イースは力を込めて地面を蹴った。

 余りの急発進に俺の上半身は反り返り、急いでイースにしがみつく。


 ――風を切って走るとはこの事だな。周りの景色が飛ぶように流れていく。

 樹木に覆われた歪な足場に爪をかけ、凄い速さで駆け抜けるイース。


「んごっ、んごっ。匂いが濃くなってきた」


 ――えっ、なに?

 鼻をフゴフゴ言わせて何やってんだと思ったが、このスピードの中でも匂いを嗅ぎとっている様だ。


「アンタ、ニケルって言ったな。一応礼は言っておく」


 走りながら礼を言い出すイース。

 言葉遣いはともかく、村にいた時とは一変する態度だ。

 あれか? みんなの前では突っ張りたい年頃か?


「村やノースを助けたのは偶然の流れだ。イースは村の外で暮らしてるのか?」

「あぁ、アタイはベルティ街のB級ギルド白金の狼(フェンリル)のギルドマスターだ。アンタも傭兵だろ?」

「あぁ、蜥蜴の尻尾(テイルオブリザード)ってギルドに所属している」


 まさか同じ街のB級ギルドのマスターとはな。世の中狭いね。

 

「聞かないギルド名だな。――いた! あの魔物達だな!」


 イースの背中越しに村を襲っていたであろう魔物の群が見える。


「一気に突っ切る!」


 その言葉と共に、イースは更にスピードを上げるのだった。




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