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39話 魔物の博覧会



 俺は獣人の子を背負って森の中を走っていた。

 ぬかるみに足を取られ、木々の根っこに転びそうになりながらもノースの指示の方向へと進む。

 場所も分からずに駆けていると、木々の間から田舎臭い皮葺き屋根の集落がチラチラと見え隠れしはじめる。



「ニケルしゃん、あそこでしゅ」

「ぜぇ、ぜぇ、あ、あそこか」


 ようやくゴールだと安堵したのもつかの間、森の静寂を切り裂く悲痛な遠吠えが聞こえてくる。


「オォォォ――ン」

「キャウー」

「ニ、ニケルしゃん」


 ギュッとしがみついてくるノース。

 今の遠吠えからノースが何かを知ったのだろう。


「くそっ! ぜぇ、ノース、しっかり捕まってろ」


 ノースのしがみつく力が増す。


「クォォォーン」

「キャゥゥゥー!」


 村の入り口まで辿りつくと、獣人に襲いかかるトロルの姿が目に映る。

 巨大な棍棒が円を描くと、触れるものを全て吹き飛ばしていく。


 ちっ、トロルかよ。何でこんな所に。

 トロルは危険度Cの魔物だ。

 人間の倍ほどの巨体で怪力。再生能力のおまけ付きだ。

 いかに身体能力が優れているとはいえ、近接戦闘が主な獣人では相性が悪い。

 本来なら俺も戦いたくない魔物だが、幸いクトゥがいる。

 再生能力を押さえられれば、ただの動くでかい的だ。


「クトゥ、行くぞ」


 ノースを負ぶったまま、クトゥに手をかけると鈍い光で呼応する。

 近くにいた獣人に棍棒を叩き下ろそうとするトロルの背を切り裂くと、青い炎が斬り口を蝕む。


「グェェェゲェ」


 のたうち回るトロルの心臓を一突きして、襲われていた獣人に声をかける。


「おい、こいつを任せるぞ」

「お、おうっ。ノースじゃないか!? 無事で良かった」


 当たり前だがノースの知り合いの様だ。

 身も軽くなった所で辺りを見渡す。

 トロルの集団に襲われているのかと思えば、グリズリーやガーゴイル、インプやデュラハンなど魔物の博覧会だ。

 一体どうなってるんだ?


「ニケルしゃん、頼むでしゅ」


 ノースの声に「任せとけ」と応え、一体一体手近な魔物を相手どる。

 クトゥに斬られた魔物は青い炎に侵食されていくのだが……。

 困った。

 こんな時に考える事ではないが、クトゥの性能が良すぎる。

 俺の生涯の愛剣は鉄の剣である。

 そう誓っていたのだが……クトゥの切れ味、再生を許さない青い炎。斬る度に流し込まれてくる生気。刃こぼれしない刀身。

 例えば遠くの街へ行くとして、徒歩か無料の馬車か、どちらを選ぶかということだ。

 答えるまでもない。

 このままじゃ「貴方じゃないと満足出来ないの。貴方無しじゃ生きていけないの」と言ってしまいそうだ。

 ジゴロの魔剣ここにあり。



 




 村はさほどの大きさはなく、何体かを倒してるうちに中心部であろう開けた場所へと辿り着いた。

 傷付き倒れている獣人が多数いる。

 かろうじて立ち上がっている狼男に飛び掛かる魔犬(ガルム)。俺はその胴を叩き斬って、倒れそうになっていた男の体を咄嗟に支える。

 

「おい、大丈夫か!」

「貴殿は……人間か? どうやってこの村に」

「その話は後だ。喋れるなら大丈夫だな」


 狼男を座らせると、未だ遠吠えの聞こえる方へと足をむける。

 遠吠えを頼りに進むと、村から出ようとするオーガロードがいる。その腕にはぐったりとした獣人が抱えられていた。

 それを必死に止めようと二人の獣人が追いすがるが、オーガロードの拳に吹き飛ばされてしまった。

 魔物が獣人を拐っているのか?

 俺はオーガロードに追い付くと、振り回される拳を避けて首を斬り払う。

 首が無くなったオーガロードから助けた獣人は女だった。

 繁殖目的? いや、それだと多種多様な魔物の説明がきかない。


 助けた獣人を地面に寝かすと、目に見える範囲の魔物達が一斉に引き上げ始める。

 ここまで統率が取れているって事は、操っている奴がいるな。

 飛竜の時といい、最近は魔物を操るのが流行りなのか?


 注意深く操作してる奴を探すのだが、まるで俺の足止めを命令されたように立ち塞がるデュラハンが目の前に現れる。

 デュラハンは死馬に乗る首無し騎士だが、硬い装甲と剣技の優れた魔物だ。


 仕留めるのに手間取ると、すでに他の魔物の姿は消えていた。


 クトゥを鞘に収めて中央広場に戻ると、傷を負った獣人が続々と集まり俺を取り囲む。気がつけば周りには50人近い獣人がいる。

 まさか襲ってきたりはしないよね?


「ニケルしゃん、ありがとうでしゅ。怪我はないでしゅか?」

「大丈夫だ。ノースも大丈夫だったか?」


 俺を見つけて飛び付いてくるノースをキャッチすると、じゃれ合うように顔を擦り付けられる。

 無邪気さはパティ並だな……いや、年齢が違いすぎるか。

 ノースを地面に下ろすと、俺を取り囲む輪の中から一人の狼男が此方に向かって歩いてきた。


「ノース、少し下がりなさい」

「はいでしゅ」

 

 ノースが輪に戻ると狼男を筆頭に、一斉に獣人たちが地面に体を伏せ頭を下げ出す。

 あまりの早業に、思わずビクッと反応してしまったじゃないか。


「ありがとうございます。ノースから事のあらましは聞き及びました。貴殿はこの村の恩人です」


 俺の前で土下座の格好で話している狼男がこの村の族長なのだろうか?

 とは言っても周りの獣人も獣化している為に、俺には見分けがつかない。胸の膨らみで男か女か分かる程度だ。


「ノースを助けたついでだ。気にしないでくれ。一体何があったんだ?」


 あぁ、俺の馬鹿。

 どうして深入りする言葉を発しちゃったんだ?


「本来この村は人目につかぬように隠されております。それがあのような多様な魔物が突然襲いかかって来たのです。……彼奴らは我等が同胞を、それも女、子供ばかりを連れ去って行ったのです」


 族長は涙を浮かべ激しく地面に拳を打ち付けている。


「連れ去りねぇ。繁殖目的……じゃないよね」


 恐らくは売買か。

 この国には奴隷制度はないが、隣の国なんかだと獣人は高く売買されるって話は聞いたことがある。



「……恥を忍んでお頼み申し上げます。貴殿のその力を、どうか我等が同胞を助けるために貸しては頂けませぬか。貴殿だけが頼りなのです」

「!? 族長! 人間に頼むつもりか?」

「今はそんなことを言っている場合ではない。どうかお頼み申し上げます」


 一人の獣人が立ち上がって抗議をするも、族長が一喝。

 族長が頭を下げると、再び次々と頭を下げていく獣人達。

 何この展開?

 狩りの勝負中に魔剣に導かれて獣人の子供を助けると、獣人の村を襲う魔物を退治して、拐われた同胞を助けに行って欲しいと頼まれる。

 どこかの英雄譚を聞いている気分だ。ご都合主義にも程がある。お婆さんが川に洗濯に行くと何故か果物が流れてくるレベルだ。

 そういうものは鬼退治の出来る英雄や、正義の味方に頼んで欲しい。

 

 現実逃避をしていると、村の入口から怒りに満ちた遠吠えが聞こえて来るのだった。









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