37話 5番勝負
「で、誰が俺っちの相手なんだ?」
「――ウィブ」
「はえっ?」
俺が指名すると、ウィブが奇妙な鳴き声をあげる。
それもそうだろう。仮にも相手はC級ギルドでエースを張っている男だ。ウィブも腕を上げたとはいえ勝ち目は薄い。
だが、俺には秘策があるのだよ。
「俺っちには分かるぜ。いきなりエースの投入か。いいぜ。E級ギルド程度のエースじゃ手も足も出ないって事を教えてやるぜ」
「ニ、ニケルさん。僕ですか?」
「大丈夫だって。ウィブなら楽勝だ。勝負のお題は……料理だな」
ギルド内に沈黙が訪れる。
誰も戦闘勝負なんて言ってない。俺がルールブックだ。
「ちょっと待てよ。おかしいぜ? 普通勝負って言ったら拳と拳の勝負だろ?」
「うちのギルドは一つの事しか出来ない奴は要らないんだよね。あっ、もしかして自信ないの? 仕方ないなぁ。君が頼むんだったら、お題を変えてあげてもいいよ?」
段々顔が赤くなっていく獣人くん。
「馬鹿にするなよ! 俺っちは料理だって一流だぜ」
チョロいな。こうも簡単に事が進むとは。
「じゃあ審判は、中立って事でシェフリアに頼もう。あくまでも公平な審査を頼むよ」
「わ、分かりました」
厨房へと姿を消す二人。
間違いなくウィブが勝つだろう。と言うより、ウィブより美味い飯が作れるのなら雇ってもいい。
「これって勝負になるの?」
「俺もウィブと料理勝負だけはしたくないな」
呆れ顔のティルテュとグランツの表情を見る限り、怒りのピークは通りすぎたようだ。
30分もすると二人が料理を持ってくる。この時点で結果は明らかだな。見た目だけでもウィブの圧勝だ。
「それでは、審査させて頂きます」
シェフリアはサウスの皿から一口運ぶと、微妙な表情になり箸が止まってしまう。
続いてウィブの皿。
「美味しい!」
勝負ありだな。
納得のいってないサウスにウィブの料理を進めると、食べた途端に「美味っ」の一言。
「どうだ? 君は勝てたと思うか?」
「……くっ。俺っちの……負けだ」
素直でよろしい。
「どうする? 続けるか?」
「当たり前だ! 俺っちの辞書に逃げるなんて言葉は無いぜ。だが、料理勝負はもう無しだ」
「分かった。君はどうやら力自慢なんだろ? 剛岩瓦割り勝負でどうだ?」
剛岩瓦とは非常に強い強度を持つ瓦で、武道家などがデモンストレーションで割ったりしている代物だ。並みの大人なら2、3枚割れれば良い方だろう。
「分かった。この勝負貰ったぜ」
皆揃って裏庭に向かうと、剛岩瓦を20枚重ねた山を二つ作り、保護用のマットをかける。これをつけないと拳の方が壊れてしまう強度なのだ。
「さっ、君の先行でどうぞ」
「後悔するなよ。うぉぉぉぉ――!」
サウスから放たれた拳は、豪快な音を立てて剛岩瓦を割っていく。その数12枚。
「はぁ、はぁ、どうだ」
自慢げにこちらを見ると、やりきった顔をしてる。確かに10枚以上を割るのはかなりのものだ。だが勝てるつもりなんだろうが、甘いな。
「パティ……パトリシアパンチの使用を許可する。全力を見せてみろ」
「はいっす」
普段パトリシアパンチはその凶悪な破壊力故に、魔物討伐以外の使用を禁止している代物だ。
さぁ、存分に奮うがいい。
「ちょっと大人げないわよ」
「えっ? 何の事でしょ?」
俺とティルテュの会話を余所に、サウスはパティを見て勝ったつもりでいるようだ。
「こんな小娘を出すなんて勝負を捨てたな!」
パティは目を閉じ、精神を集中させていく。
そういや、最近パティの全力パトリシアパンチって見てないな。自分で言っておいてなんだが、嫌な予感がする。
魔力のみなぎったパティが目を見開く。
「超破壊兵器っす」
目が眩む程の光がパティの拳に収束されると、轟音と振動が押し寄せ突風が吹き荒れる。
あっ、街が崩壊するかも。
大地の揺れが収まると、裏庭には巨大な穴が出現していた。
……良かった。死人は出ていないようだ。
「ちょっとやり過ぎ」
「ごめんなさいっす。張り切り過ぎたっす」
周りを見ると穴以外の被害は出ていない。どうやらカルが障壁を作って、広範囲の破壊を抑えてくれていたようだ。しかし、カルの障壁ありきでこの威力か……。
想像を絶する破壊力になったものだ。
当然、剛岩瓦など塵も残っていない。
「マスター、どうだったっすか?」
魔力をほぼ使いきりながらも笑顔で寄ってくるパティを、顔をひきつらせながら迎える。
「さ、流石パティだな。でも俺の許可なしで使っちゃダメだぞ」
「もちろんっす」
パティの頭を撫でてやると、若干倦怠感を感じたが……まさかね?
頭を撫でるだけで精気を取られてないよね?
「勝負結果に異論は無いな?」
サウスは頷くだけで、へたりこんでいる。声も出せないようだ。
「で、これどうするのよ?」
直径2m位の穴は、真っ暗で底が見えない。10m以上あるかもしれないな。
「カ、カル。土魔法か何かで何とかならない?」
「今は無理。もう眠たい」
仕方ない。カルは寝させて、復帰後に埋めて貰おう。
「次の勝負はどうする?」
「……お、俺っちの辞書には……逃げるは……ない……ぜ」
おっ、意外と根性はありそうだな。
てっきり戦意喪失すると思っていたんだが。
「グランツ、模擬戦行けるか?」
「……問題ない」
「ここじゃ危ないか。少し歩いて町の外まで移動するぞ」
町の外で行われた模擬戦は、グランツの圧勝だった。
まるで指導のような戦いだった。
サウスがいくつもの拳や蹴りを放っても、全ての動きに合わせてグランツの双剣が捌いてしまう。攻撃を完封され、何も出来ないままグランツの突きを喰らって崩れ落ちるサウス。
「もういいだろ。立つ力も残って無いだろ?」
「……まだだ。俺っちはまだまだこんなもんじゃないぜ」
よろめきながら立ち上がると遠吠えするサウス。
その体は体毛に被われ、筋肉が隆々と盛り上る。
――人狼。
そう思える立ち姿だ。確か獣化って言われる獣人族の形態変化だ。
これが切り札か。
「次はアタシでいいわね?」
ティルテュが前に出てくる。カルは睡眠中だからティルテュしかいないんだが。
「グルゥゥ。この形態の俺っちは手加減出来ないぜ」
勝負は一瞬だった。
猛然と襲いかかるサウスの腹部に突き刺さる雷光の拳。
カウンター気味に入った一撃を受け、膝をついたサウスは身体を震わせながら、みるみる元の体型へと戻っていく。
「こ、これでも届かねぇのか……。あ、あんたら何者なんだ?」
「あら、知らないの? ただのE級ギルドよ」
サウスはそのまま気を失ったので、グランツが背負いギルドに戻る事となった。
「シェフリア、何て言うか……すまなかったな」
「いえ。……やはり不合格でしょうか?」
「根性は認めるけど、さすがにあの態度はな。やっぱりそれが原因で今いるギルドからも追い出されるんだろ?」
「サウスマディルさんは周りに自分より強い人が居なかったんです。だから誰も彼を正せませんでした。ニケルさん達ならと思ったんですが」
まぁ、根は悪い奴じゃないんだろうが、素直に話を聞くタイプには見えない。
ギルドに到着すると寝起きのカルに頼んで、傷付いたサウスに回復魔法をかけて貰う。
カルは裏庭の穴を土魔法で塞いでくれたらしく「おやすみー」と再び眠りについていった。
何でも頼む俺にも問題があるのだが、カルの睡眠時間は15時間を越えているんじゃないだろうか?
「どうだ? 流石に懲りたろ?」
「……確かに、大将にも、姉御にも手はでなかったぜ。だが、俺っちにもギルドでエース張ってたプライドがある。最後の勝負を受けるぜ」
大将ってのはグランツか、姉御は……ティルテュか? 格上とは認めているようだ。
「じゃあ明日、カルが起きたら最後の勝負だな」
「いや、これだけの猛者を纏めてるあんたと勝負したい」
「……俺?」
困った話だ。俺はそういった面倒事は間に合っているんだが。
「分かったわ。ニケルとの最後の勝負、アナタの希望する勝負内容でいいわよ」
「――えっ、ちょっ」
「どんな勝負でも構わん」
「姉御……、大将……」
何言ってるんだい君たち?
見事なまでの手のひら返し。グランツとティルテュのプレッシャーだけじゃない。パティとウィブからも期待する羨望の眼差しが押し寄せる。
……仕方ない、ちょっと手解きしてやるとするか。
「勝負は………狩りで頼むぜ」
「はぁ? 普通勝負って言ったら……」
くっ、ここに来てほんの4時間前の自分のセリフが重くのし掛かる。
だが甘い。俺は「ごめんなさい、お題を変えて下さい」と言える男だ。
「ごめんな、やっぱり」
「「分かった(わ)、狩り勝負だ(よ)」」
俺の発言を最後まで待たずにお題は決定した……。
人物紹介 その14
名前 サウスマディル=ムロンデ
種族 獣人
性別 男
年齢 19歳
身長 167cm
体重 56kg
※C級ギルドに所属する短めの茶髪、茶眼の獣人の少年。
その身体能力でC級ギルドではエースを張っているが、高飛車な物言いから孤立する事が多い。噂によると満月を見ることで何倍もの身体能力を得ると言われているが、獣化自体はいつでも行う事が出来る。




