36話 シェフリアのお願い
カルが入って1ヶ月。季節は本格的な冬に入っていた。
この辺りは余り雪が降らないが、寒いものは寒い。
ギルドの方も大きな問題はなく、今の所順調だ。
パティとクトゥ、ティルテュ辺りが些細な喧嘩をする位だろうか。
グランツも、義手や義足に慣れたのか、カルやウィブと一緒に依頼に出ることが多くなった。
ウィブも腕を上げているらしい。
で、問題なのはこっちの方だ。
俺は今シェフリアの前に座っている。
そう、ここは傭兵組合の2階だ。
「ニケルさん。残りの借金は金貨772枚と銀貨12枚ですね。ニケルさんも分かっていると思いますが、来月から利子が発生します。大体金貨6枚程度になると思って下さい」
「利子かぁ」
まぁ、今のギルドの稼ぎなら問題なく返せる金額だ。
ウエッツに無理やり難易度Bの依頼を貰っているし、最近は直接依頼もちょこちょこ出てきたので月に金貨40枚位は稼ぎがある。先月なんて魔術師ギルドや若旦那が報酬を弾んでくれたお陰で、金貨80枚の稼ぎがあった。
ギルド員の給料が安いのと、ギルドの建物を最初から持っているのはかなり大きい。
ギルド員の給料、生活費を足しても金貨6枚でお釣りがくるなんて、普通のギルドならあり得ない事だと思う。
多分だが、払っている給料は相場の3分の1以下だ。なのに誰も文句を言って来ない。
なんてギルド員に恵まれたギルドだろう。
「シェフリアのお陰で直接依頼も増えてきたし、何とかなるかな」
「ニケルさん達の実績ですよ。魔術師ギルドのマケソンさんも、『これからの依頼は蜥蜴の尻尾でよろしくお願いします』って言ってましたよ」
マケソンさんか。確かにうちのギルドの上客になりそうだ。遺跡の件もあって、高く評価をしてくれている。
まぁ、うちにカルがいるってのも大きいんだろう。
そんな事を考えていると、突然シェフリアが前のめりに体を寄せ、小声で話してきた。
「ニケルさん。もう一人ギルド員を入れる予定はないですか? あと一人入ればD級ギルドに昇格出来ますよ」
「うーん」
確かにD級になれば依頼報酬は増える。でもこれ以上人数が増えるのは、なんか面倒だと思ってしまうんだよね。
グランツとウィブが依頼をこなしてくれる様になったので、人数が足りないとも感じていない。
「一人だけ。一人だけどうですか?」
やけにグイグイ押してくるな。セールスの押し売りみたいだ。
こんなシェフリアは珍しい。
「シェフリア、何かあった?」
「……実は」
話を聞くとシェフリアの所に、あるC級ギルドから移籍のお願いが来ているそうだ。
そのギルドのエースを張っている傭兵を、他のギルドに移籍させたいらしい。
ギルドの中で一番強い傭兵がエースと呼ばれている。
「エースを放出って事は、よほど性格に問題がある奴だって事だろ?」
「……否定は出来ません。でも根はいい子なんです。ただ、ギルドがあの子を納めるだけの器量が無いだけなんです」
いつも世話になっているんだから、協力はしてやりたいとは思う。が、性格難じゃなぁ。
シェフリアの方を見ると、眼鏡越しにうっすらと溜まった涙が見える。
あれっ? 何この断りづらい雰囲気。
「ニケルさん達なら飼い慣らせると思うんです……」
飼い慣らすってなんだろうねぇ? 犬や猫じゃあるまいし。
シェフリアらしくない発言だ。
「わ、分かった。とりあえず面接。面接からね」
「ありがとうございます。これがその子の傭兵履歴書です」
喜ぶシェフリアがテーブルの上に乗せた履歴書を覗きこむ。
えーっと……。
サウスマディル=ムロンデ
19歳の男の獣人……
獣人?
獣人ってあれだよね? 獣耳や尻尾の生えた人だよね?
もうこの時点で、かなり面倒な雰囲気が漂っている。獣人は身体能力が高く五感も鋭い種族の筈だが、独特の価値観とプライドが高い事も有名だ。
面接止めちゃダメかなぁ。
チラリとシェフリアを見ると、早速紹介状を書いている。
……しょうがない。ちゃちゃっと面接だけしてしまおう。
確かパティと次の依頼に行くのは4日後だ。グランツとウィブの依頼はまだ取ってないし、ティルテュとカルは今日戻ってくる。
「じゃあ、明日のお昼に面接って事で」
「えっ、明日ですか?」
「俺が4日後から依頼が入ってるんだよね。パティがどうしても俺と依頼に行くってきかないんだよ。明日なら皆居るし」
「分かりました。先方には説明して、明日の都合をつけて貰います」
多分シェフリアの事だ、明日は一緒に来るんだろうな。
ギルドに戻ると、ティルテュとカルも戻っていた。ちょうど広間に全員が居たので、明日ギルドで面接を行う事を伝える。
「獣人ねぇ。かわいいモフモフだといいんだけど」
「自分しっかり面倒見るっすよ。ちゃんと、散歩も連れてくっす」
どうやらティルテュとパティにとっての獣人は、ペット感覚みたいだな。
「師匠、獣人ってどんな料理を食べるんですかね?」
「肉食か草食かが問題だな」
お前らもか!? カルは興味がないのかテーブルでうつ伏せの格好で寝てしまっている。
途端に面接に来る獣人に哀れみの感情が沸いてきた。面接とは言え、このギルドは止めた方がいいぞ。
「とにかく、明日は昼から面接だ。一応皆もギルドに居るように」
俺の言葉に反応したのは、鈍く光ったクトゥだけだった。
パティとティルテュは好きな動物の話で盛り上がり、グランツとウィブは明日のもてなしの料理の話で盛り上がっている。
こいつらってこんなにマイペースな奴等だっただろうか? 一体誰の影響だ?
まっ、いいか。さっ、俺の仕事は終わったし、あったかいベッドで寝るとしよう。
……扉を叩くノックの音で目が覚める。
いや、これはノックだろうか? 今にも扉が崩壊されようと激しく鳴り響いている。
「ちょっと、ニケル。シェフリアも獣人君も来てるわよ」
――なにっ!?
窓を見れば日が高い。
どうやら24時間耐久睡眠を完遂してしまったようだ。
「すぐ行――」
俺の言葉と扉が消しとんだのは同時だった。
かつて扉があった場所には、魔王が仁王立ちで拳を握りしめている。
魔王の眼力に怯えつつ、奇術士のイリュージョンの如くはや着替えを行い始め、「ちょっと、着替え中よ」と胸を隠す仕草をすると、怒りの鉄拳制裁が俺の腹筋を貫いた。
お茶目心がわからない奴だ。
ティルテュに首根っこを押さえられつつ広間に降りたのだが、皆の視線が痛い。
「ニケルさん。よろしくお願いします」
いつも優しいシェフリアさえも、目が笑っていない。
シェフリアの横にいるのが獣人サウスマディルか。
って、えっ?
思わず2度見してしまう。
そこには年の頃15歳位の小柄な少年が居る。短めの茶髪に高そうな毛皮を羽織った少年。
確か履歴書には19歳って書いてあったよな? こいつもパティと同じ幼児体型なのか?
「あんたがマスターかい? 俺っちはサウス。よろしくな」
握手を求められたので、右手を差し出す。
「遅れてすまなかったな。よろし……痛てててて」
こいつ力一杯握りやがる。わざとか?
それとも獣人は力が強すぎるのか?
「ふん」といった感じで、口角をあげるサウス。
あぁ、わざとか。
「俺っちの給料は金貨10枚+出来高でいいぜ。俺っちは強ぇーからな、お前らも大船に乗ったつもりでいればいい」
「サウスマディルさん。先ずは面接なので」
「俺っちが不合格な訳ないだろ? E級ギルドに俺っちが入るってだけで名誉なことだぜ?」
どれだけの傭兵かは分からないが、こういう性格なのね。
俺には合わない。とっととお引き取り願おうか。
「シェフリア、すまないが不合格って事で。君もわざわざすまなかったな。もう帰っていいよ」
「……ニケルさん」
「おい、あんた。聞き捨てならねぇな。俺っちはC級ギルドでエース張ってるんだぜ? 口の聞き方には気を付けた方がいいぜ」
あっ、こいつ本当に面倒臭い。カルは欠伸をしているが、ティルテュやグランツの顔は不機嫌そのものだ。
さてどうしたものか。
「ニケル君、獣には躾が必要だよ。僕が躾ようか? 一瞬で終わらせるよ?」
あらやだ。カルまで不機嫌じゃないか。
さっさと対処しないと、獣人の死体が出来上がってしまう。
「じゃあ、こうしよう。君には今から蜥蜴の尻尾名物、炎の5番勝負(俺を除く)をして貰う。君が1勝でも出来れば、君の要求を飲もう。だが、1勝も出来なかったら不合格だ。いいね?」
「いいぜ。最初の1戦で終了だぜ」
よし、乗ってきた。
サウスマディル、我がギルド員達のうっぷんは、君の体で晴らさせてもらうよ。
こうして別に名物でもなんでもない、炎の5番勝負が幕を上げた。