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閑話 ティルテュの惚れ薬

今回はティルテュ視点から始まります。



 その日の夕方、依頼を終わらせてギルドに戻ってくると、広間にはカルしかいなかった。

 パティ、グランツ、ウィブは依頼だったわね。

 最近はグランツも、「魔法義手や義足に慣れる為」だって言って、調理も漫ろに依頼ばっかり行ってるし。




「ティルちゃん、これ」


 荷物を降ろしてテーブルにつくと、そばにやって来たカルが、赤い液体の入った小さな瓶を渡してきた。


「何よ、これ?」

「僕が魔術師組合から取ってきた惚れ薬だよ。貴重なものだけど、ティルちゃんにあげる」


 惚れ薬って何考えてるのかしら?

まるで私が男日照りみたいじゃない。


「あなたねぇ、そんな物アタシに渡してどうするつもり?」

「ニケル君に飲ませればイチコロだよ」

「えっ?」


 ニケルがイチコロ?

 た、確かに最近はニケルと依頼も行ってないし、一緒に居る機会も減ってるわ。

 ニケルはどうせ2階の自室でだらけてるだろうし、みんなも居ない。

 カルはほっとけば寝ちゃうし、チャンスなんじゃない?


「ま、まぁ、せっかくだから貰ってあげる」

「じゃあ、僕はアンちゃんに呼ばれてるから出かけてくるね」


 カルは瓶をアタシに手渡すと、何かを期待するような顔つきで何度も振り向きながら出て行ってしまった。


「し、仕方ないわね。今日はアタシが夕食を作ってあげるわ」


 誰に言うでも無く、自分を納得させる様に呟く。

 厨房には下処理の終わった食材が並んでいる。

 グランツもウィブも、こういう所がマメなのよね。

 食材に火を通して「これを使ってください」と書かれた調味料で味付けすれば、誰でも簡単に美味しい料理の出来上がり。

 ドキドキしながら調理をすると、カルから貰った赤い液体をニケルの皿に振りかける。

 あ、味は大丈夫よね?


 ニケルは自分の部屋だ。


「ニケル、ご飯出来たわよ」

「はいよ」


 やっぱりいた。

 2階から降りてくるニケル。

 顔が熱くなってきたけど、赤くなってないかしら?


「おっ、美味そうだな。ティルテュが作ったの?」

「グランツとウィブがちゃんと仕込みをしててくれたから、楽に作れたわ」

「やっぱり」

「――どういう意味?」

「い、いや、何でもない」


 どうせアタシはガサツな女ですよ。

 ニケルは「美味い」と言いつつガツガツ食べている。

 アタシはドキドキしすぎて食欲が湧かない。

 チラッとニケルを見ても変化が起こってる様子はないし、遅効性の薬なのかしら?

 でも、いきなり抱きしめられたらどうしよう? 心の準備は出来てないのに。


「ご馳走さま。じゃ、俺は部屋にいるから」


 食べ終わるとそそくさと2階に上がって行くニケル。食べるだけ食べて部屋に戻るって、どういう事?

 はぁ。効果無しね。

 ドキドキしてたせいで、ニケルの顔もまともに見れていない。

 これなら、普通に食事して、普通に話をしてた方がマシだったわね。


 心疾しい思いを胸に、後片付けを始める。

 さっきから溜め息が出てばかり。


 洗い物が終わっても、心がモヤモヤする。

 今はギルドにはアタシとニケルしかいない。

 パティ達も依頼で帰ってこないし、カルもこの時間から出掛けたなら、出先で寝ちゃうから帰って来ない。

 こんなチャンス、中々巡ってこないわ。


 そう、久々にゆっくり話をするだけ。

 洗い物を終わらせるとギルドの入り口に鍵をかけ、葡萄酒を片手にニケルの部屋の前までやって来る。

 心臓の鼓動が、扉越しにニケルに聞こえるんじゃないかってくらいうるさい。

 アタシが惚れ薬を間違って飲んだのかしら? 心が落ち着かない。

 深呼吸して、扉をノックする。


「ニケル、ちょっといい?」






――――――――――

〈ニケル視点に変わります〉


 ティルテュの作った料理を食べて部屋に戻ってきたんだが……。


「はぁはぁ、一体どうなってんだ?」


 身体が熱い。俺の写し身が恐ろしいほどいきり立っている。

 ティルテュを見てるとドキドキが止まらない。

 アイツが美人なのは知っている。が、今日は本気でヤバイ。

 食事中のうつむいた顔も、上目遣いでチラリとこちらを見る仕草も、愛おしくて仕方ない。

 何これ、恋? いやいやいや、ティルテュとは長い付き合いだ。今更惚れた腫れたの関係じゃない。


 だがさっさと部屋に戻ったのも、抱き締めたい衝動を抑える自信が無かったからだ。

 これはダメだ。夜風に当たって娼館にでも行って来よう。


 懐に銀貨を入れて立ち上がると、扉をノックする音が聞こえる。


「ニケル、ちょっといい?」


 マズイ、マズイ、マズイ、マズイ。

 この状態でティルテュが部屋に来たら、何もしない自信が無い。

 いや、間違いなく押し倒すだろう。

 鉄拳をいくら浴びようが止まらない自信がある。

 何よりティルテュの顔が見たい、触れたい、抱き締めたい。本能の赴くままに蹂躙したい。欲望の衝動が頭からつま先まで駆け巡っている。


「ど、どうした、ティルテュ?」

「た、たまにはゆっくり話したいなぁって」


 開けちゃダメだ、開けちゃダメだ。

 頭でそう命令しても、体は扉を開いていた。

 ティルテュは葡萄酒を片手に持っている。

 少し紅潮した表情は、俺の腰を砕きかける。

 そのままティルテュを引き寄せたい。


 グッと理性を奮い立たせて、ティルテュを部屋の中に入れる。


 クトゥを部屋の片隅に置き、ベッドに腰掛けると、あろうことかティルテュも横に座ってきた。

 あっかーん。

 普通は椅子に座るだろ? しかも何故かティルテュは薄着だ。

 自分の呼吸が荒くなっているのが分かる。


 ティルテュはグラスに葡萄酒を注ぐと、俺に手渡してくる。

 ほんの少しティルテュの指先が触れただけで、体に電気が流れる。


「こ、こうやって二人で飲むの初めてね」

「あ、あぁ、そうだな」


 会話に意識が集中出来ない。

 俺の視線はティルテュの顔、身体に釘付けだ。


 薄着のティルテュの胸元からは、ふっくらした双丘がチラチラと見え隠れしている。

 大き過ぎず、小さくもないその膨らみから目が離せない。

 邪念を払う様にグラスの葡萄酒を飲み干す。


「そ、そういえばカルも呼んでこようか? さ、三人で飲むのもいいだろ?」

「カ、カルは出掛けたわよ。た、多分今日は帰ってこないと思う」


 って事はあれか? パティ達も依頼でいない。俺とティルテュの二人っきりって事か?

 神様行けって事ですか?


 頭に入って来ない、たわいも無い話をしながら葡萄酒を飲む。

  無意識の内に、少しづつ身体がティルテュに近付いたようで、気がつけばティルテュと肩が触れ合っていた。

 柔らかさと温かさが、脳の中枢を刺激してくる。


 会話が止まりティルテュを見ると、潤んだ瞳に赤く恥じらう様な表情。

 いつもの凶暴さのカケラも無い。

 俺は今まで何を見ていたんだろう。もしこの世に美の女神がいるのならば、それはティルテュの事だ。


 ゆっくりティルテュの肩に手を回すと、ティルテュの身体がビクンと跳ねる。


「ティルテュ」


 ティルテュがゆっくり目を閉じる。

 はい、ごめんなさい。もう無理です。これ以上我慢したら分体が暴発します。


 ティルテュの唇にそっと唇を重ねる。

 この世のものとは思えない愛おしさと幸福感が、全身を駆け巡る。

 そのままベッドに押し倒す様に、ティルテュを強く抱き締める。


 ティルテュと一つになれるなら、何がどうなってもいい。

 ティルテュが欲しい。

 このまま死んでも構わない……























 ワケないだろ?



 頭から冷や水をかけられた様に、急激に熱気が下がっていく。

 あれ? 俺何してるの?

 身体を少し持ち上げると、潤んだ瞳のティルテュがいる。

 普段見ない表情にグッとくるものはあるが、俺の欲情は萎んだ風船。

 我が息子(マイサン)も力を吸い取られた様に反応を示さない。


「ニケル」


 呼吸の荒いティルテュ。

 だよねー。ここまでしといて「やっぱ無理」とか言ったら、鉄拳制裁どころの話じゃない。俺は命を落とすだろう。

 いやね、こんなにもしおらしいティルテュだ。一晩ぐらいって思うけど、もはや欲情メーターも分体もピクリとも動かない。


 か、考えろ。ここは生死の狭間だ。


「ティ、ティルテュ。さ、先にお風呂に入ろうか?」

「えっ、ごめん。依頼から帰ったばっかだったから汗臭かった?」

「い、いや、そんなんじゃない。夜は長いからさ」


 馬鹿野郎ー! 俺は何言ってんだ。

 夜は長いって、「お前を朝まで寝かさないぜ」って言ってるもんじゃねーか!


「じゃ、じゃあ、先に入ってるね」

「あぁ」


 少し慌てて部屋を出るティルテュ。

 ――ってオイ。一緒に風呂に入る流れじゃねーか。

 どうする。逃げ場はない。


 覚悟を決めて1階に降りると、ティルテュのご機嫌な鼻歌が風呂場から聞こえてくる。

 南無三。


 足を風呂場に向けたその時――ギルドの扉を叩く音がする。

 誰だ? 神か!


「鍵がかかってるっす」

「まぁ、予定よりかなり早く依頼が終わったからなぁ」

「開けて欲しいっす」


 どうやら神は見ていてくれたのだ。

 俺は疾風の速さで鍵を開けた。


「あっ、マスター。ただいまっす。依頼完了っす」

「お帰り! 依頼大変だっただろ? 良く頑張ったな!」

「……なんか不気味な程嬉しそうな顔だな」

「な、何を言ってるんだグランツ。依頼を素早くこなして来た事を、喜ぶのは当たり前だろ?」


 グランツとウィブが顔を見合わせている。


「自分お風呂に入ってくるっす」

「あっ、ティルテュが今入ってるぞ」

「了解っす」


 セーフ! この場は何とか切り抜けた。

 ティルテュには悪いがこれも運命。


「ニケルさん、顔が気持ち悪いです」


 ウィブの率直な感想さえも心地良く感じる。

 いやぁ、君たち本当に良くやった。




 一方風呂場では……。


「ちょっ、ちょっとティルテュ殿、急に抱きつかないで欲しいっす」

「パパパ、パティ!? えっ、何で?」


 そんな会話が聞こえてくるのだった。




 後日、俺に惚れ薬の存在を嬉しそうに話していたカルは、ティルテュの鉄拳制裁を浴びていた。







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