35話 電光石火
グランツの大手術が終わり、疲れ果てているカルをベッドのある部屋へと抱きかかえていった。
部屋から出ようとすると、力のない弱い声が背後から聞こえる。
「うまくいったよね?」
「あぁ、グランツは相当感謝してたぞ。俺からも礼を言わないとな。ありがとな、カル」
「良かった」
そのまま部屋を出ようと思ったが、俺は足を止めて振り返らずに話しかける。
「なぁ、お前がここまでするなんて、何かあったのか?」
「ん。内緒」
「そうか」
「疲れたからもう……寝るね」
俺はそれ以上は聞かずに部屋を出ていった。
広間に戻るとグランツが頭を下げてくる。
「俺は何もしてないんだ、頭をあげてくれよ」
「例えそうだとしても、今こうして俺がいるのはニケルのお陰だ。ありがとう」
「それもグランツの運命だったんだよ」
何とも律儀な男だ。まぁ、本当に俺は何もしてないので、こそばゆい感じがして仕方ない。
それでも一向に頭を上げないグランツ。
「カルも言ってたけど、慣れるまでには時間がかかるんだろ? 早く慣れることがお礼って事で」
「そうだな。ウィブ、俺が慣れるまで、剣と料理と付き合ってくれるか?」
「……師匠。もちろん何処までもお付き合いします」
少し涙ぐんでいるウィブ。なにその師弟愛。
恋人同士のようなオーラに包まれた二人をよそに、俺は部屋に戻るのであった。
グランツの復帰から2週間。
カルは未だにギルドで寝泊まりしている。日中は何処かに出かけるのだが、夕飯には必ず戻っている。
まぁ、ティルテュに会いたいって言ってたから、ティルテュが帰って来るまでいるのだろう。
グランツの手前、「ティルテュが帰って来たら教えてやるから、その時に来い」とも言えない。
そのグランツはカルが目覚めるとひとしきり礼を言い、その後は過剰な態度をとることなく、普通に接していた。
恩を忘れている訳ではない。恩義を全面に出すことで、カルが不快を覚えると分かっているからだろう。
俺の言葉通りグランツは剣に料理と、ウィブと一緒に今まで以上に励んでいる。
俺? 俺はダラダラしてますよ。
部屋で寝てたり、ブラリと組合に行ってはウエッツやシェフリアと世間話をしたり。
いやぁ、グータラ最高!
クトゥも大人しく俺の腰に収まっている。
たまにノイズを伴って、鈍く光る事はあるが、あの白い世界に行くことは無かった。
「ただいまっす!」
パティの元気な声が聞こえたのは、昼も回った頃だ。
上機嫌な若旦那が「次もよろしくお願いしますね」なんて言ってたので、依頼は大成功だったのだろう。
若旦那の体を観察すると、ちょこちょこ青アザが見えるのだが、若旦那はご満悦。
見なかったフリをするのが大人ってものだ。
「ではティルテュさん。また次の依頼で」
そう言ってティルテュの手に口づけしようとして、パンチを浴びていた。
激しく吹き飛んだものの、笑顔で去って行く若旦那。
「ニケル! 次にアイツから依頼が来てもアタシは行かないからね」
焦燥しきっているティルテュ。あの若旦那、ここまでプレッシャーを与えるとは、侮れない存在だ。
「ティルちゃん、おひさ」
「えっ、カル? カルじゃない! 久しぶりね」
カルの姿を見たティルテュは一直線に駆け寄っていた。
久しぶりの再会に、カルもティルテュも満面の笑みを浮かべている。
「今までどこに居たのよ。あれからだから6年振りかしら。カルも変わらないわね」
「ティルちゃんも変わらないね。今までは魔術師組合にいたんだ。今はこのギルドに入ったんだよ」
「本当! また一緒に依頼が出来るわね」
――今なんて言った?
いやいやいや、俺の耳も遠くなったかなぁ。
えっ、なに? カルがギルドに入った?
またまたご冗談を。
「グランツ殿、その手足はどうしたっすか?」
「これか? カルがな、最高の義手と義足をプレゼントしてくれたんだ」
「まるで本物の手足のようっす。おめでとうっす」
「師匠も張り切っちゃって、凄いですよ」
ティルテュはカルをつついて「カルも良いとこあるわね」なんて言っている。
俺はグランツを捕まえて、小声で話しかける。
「カルがギルドに入るって話聞いたか?」
「もう10日前には入ったと聞いたぞ」
俺は聞いてない。というか、許可も出してない。
ギルドに入るには当然ギルドマスターの許可がいるし、書類の申請も必要だ。
ここは本人に聞くべきか。
「カル。お前、ギルドに入ったのか?」
「うん。入ったよ」
「魔術師組合はどうした?」
「一応、名誉職で名前だけ貸してるよ。掛け持ちしてもいいって言われたしね。アンちゃんが連絡役って事で問題ないって」
「誰に?」
「組合長」
「だいたい、どうやってギルドに入ったんだ?」
「ウエッツくんが、手続きしてくれたよ」
またハゲか!
くそっ、好き勝手やりやがって。
だがもし、「認めん」と言った所で、俺を味方する奴はいるだろうか?
グランツ、無理。ウィブ、無理。ティルテュ、無理。パティ、微妙。
反対多数で俺の敗けだな。
はぁ、こうなるのね。
ため息をつく俺の横では、もうひとつ頭の痛い事件が起こっていた。
「なんっすか? 文句あるっすか?」
端から見ればシュールな光景だが、パティが剣に怒鳴っている。つまり喧嘩を売っている。
そう、クトゥだ。
「だいたい、マスターは自分のっす。後から割り込もうって根性が気に入らないっす」
ティルテュが「それアタシの台詞なんだけど」って言っているが、巧妙な罠だ。一言でも相づちを打てば、後戻り出来ない罠に足を踏み入れてしまう。無視だ、無視。
一方、クトゥも光を発しているところを見ると、パティとは会話が成り立っているみたいだ。
多分、生気を吸いとる者同士、通じる何かが存在だしてるのだろう。
「ちょっと、パティ。何をそんなに怒ってるの?」
「ティルテュ殿。この剣の本性は妖艶な魔女っす。マスターを虜にしようとしてるっすよ」
えっ、まじで? クトゥの本性ってそっち?
更にグランツが余計な事を言って入る。
「妖艶な魔女かは知らんが、この剣が魔剣なのは間違いないな」
ティルテュの顔がひきつる。オッサン何言っちゃってくれてるの?
これ以上ややこしくしないでくれ。
「僕ならほんの数瞬くらい正体を暴けるかも」
追撃の様に、戦場を拡大させる奴が現れる。
流石に止めようとするが、時既に遅し。
カルの両手から放たれた光が、俺の右腕と魔剣の文字に絡み付く。
まさに数秒。あの白い世界で会った銀髪、褐色の美女がショール1枚の姿で俺に抱きついてくると、「クトゥ、主のモノ」と一言だけ話して、再び魔剣の姿に戻っていく。
グランツは知らん顔。
ウィブは軽蔑の眼差しを向けてくる。
カルはゲラゲラ笑っている。
パティは何故かドヤ顔。
ティルテュはプルプル震えている。あれっ、なんか大気が震えてる?
激しい怒りの塊が形を帯びて、ティルテュの背後に具現化しているようだ。
「じゃ、じゃあ、俺は部屋に戻るから、みんなゆっくり休息とれよ」
俺はすり足で少しづつ後ずさる。
逃げるが勝ちだ。大体俺は何一つ疚しいことしてないのに、これは神罰か?
「ニーケールー!」
怒気を纏ったティルテュの電光石火の一撃は、無情にも俺のボディに炸裂するのであった……。
E級ギルド『蜥蜴の尻尾』
ギルドマスター 「ニケル=ヴェスタ」
ギルド員 「パトリシア」
「ティルテュ=クリエスタ」
「グランツ=ブルーラモ」
「ウィブ=タリアトス」
「カル=ユーリス」
魔剣 「クトゥ」
計5名+1本
以下オマケ話です。
「マスター、とうとうブックマークが100件を越えたっす! 嬉しいっす!」
「本当か!? 一体いつの間に……。やはり、嬉しいもんだな。ついでにブックマークが増える度に、借金も減ってくれるシステムだともっと嬉しいんだが」
「それいいアイディアっすね! でも、それだとブックマークが増えなきゃずっと借金まみれって事っすか?」
パティの一言に俺の頭が凍り付く。
確かにそれは諸刃の剣。ブックマークが増えなければ終わらない、借金地獄の第一歩にも見える。
しかし、俺には秘策がある!
「ふっふっふっ。パティ、俺に考えが無いとでも思ったか?」
「っ、マスターには名案があるっすか?」
「そうだ! 古より伝えられし禁断の魔法!」
「おぉっ、凄そうっす!教えて欲しいっす!」
「それは……ブックマーク200でティルテュが1枚脱ぐ! それから100増える毎に1枚づつ追加で脱ぐと宣言し、ぶぉっへぁぁー!」
「ニケル……何か言ったかしら?」
遠ざかる意識の中、「マスター! 小説じゃ脱いでも誰も喜ばないっす」と叫ぶパティの声が聞こえた。
そ、そうか……俺の迷案は没ったのか……。
だが、心の中で叫ぼう、ブックマークをしてくれた皆……いや、この作品を読んでくれた皆……
ありがとう。