34話 義手と義足
「ちゃんと説明しなさいよ」
目覚めた俺はアンジェリカに詰め寄られていた。
あの白い世界と同じ様に、どうやら現実世界でも契約の状況が起こっていたらしい。
魔剣が光り出すと、俺の右腕に刺青が現れ、その後魔剣にも新たな文字が刻まれていったそうだ。
クトゥに抱きつかれた時のニヤけた顔を見られたのかと心配だったが、こちら側では余りの出来事に、俺の顔を気にしている状態ではなかったらしい。
良かった。
アンジェリカとジェーンに魔剣と契約した事を伝えると、ジェーンの興味は刻まれた文字に向かったようだ。
「古代文字でしょうか? うーん。ちょっと書き写させて下さい」
そう言って俺の右腕を模写しだす始末だ。
「まぁ、二ケルが無事だったんならいいんだけど」
「カルは?」
「まだ寝てるわよ」
アンジェリカの指さす先には、すやすや眠っているカルがいた。
守護獣の方を見ると、すでに鷲頭は炭と化していたが、山羊頭の方は上半身と下半身が切断されたまま石像に戻っていた。
「一体どんな原理なんだろうな?」
「さぁ? 組合の専門家が調べるでしょ」
「どうせなら、あの女神像の石化が解けると面白かったんだけどな」
「それは美人に目が無いだけでしょ」
不意に魔剣が鈍く光ると、頭にノイズが走る。
『……』
もしかして何か話しかけているのだろうか?
だが、残念ながら俺には聞き取ることが出来ないようだ。
クトゥも諦めたのか、しばらくするとノイズは消えていった。
「さっ、アイツを起こして帰りましょ」
アンジェリカは面倒そうにカルを揺さぶって起こし始めた。
帰りの途につくと大きな問題が発生した。
カルの奴、野営の道具を全て遺跡の中に置き去りにしてきたらしい。袋に遺跡のお宝を詰め込んだ際に、不必要に場所を使うとの理由で置いてきたそうだ。
アンジェリカの怒りの咆哮がカルに降り注ぐ。
ここまでカルに正面切って文句を言うのは、俺やティルテュ以外じゃ初めて何じゃないだろうか?
妙に嬉しそうなカルを見ると、そう思ってしまう。
「分かったよ。もうしないよ。アンちゃんも怒ってばっかいると、シワが増えるよ?」
「ぶっ飛ばすわよ!」
気がつけば、カルがアンジェリカをアンちゃんと呼んでいる。
男は君付け、女は名前を略してちゃん付けで呼ぶのは、気に入っている証拠だ。
そう言えば、グランツは出会った時から君付けだったな。よほど波長が合ったのだろうか?
結局、野営に苦労しながら予定通りの日数で街に戻って来ると、「ちょっと、お出かけしてくるよ」そう言って、カルは飛行魔法で何処かに行ってしまった。
あいつ本当に飛んでやがる。
魔術師組合へはアンジェリカとジェーンが説明と報告を行ってくれた。
転移魔法陣の発見に、女神像、祭壇等の発見。守護獣像の襲来。
悪い所は全てカルのせいにしていたが、ほぼ事実なので仕方ないだろう。
ちなみに俺の魔剣については、マケソンさんが目をつぶってくれた。まぁ、返せと言われて返せる代物でもない。
渡した所で、夜中にズルズルと俺に向かってくる「忍び寄る、恐怖の魔剣」なんて怪談は要らない。
報酬の方もかなり奮発してくれた。
相当な発見には違いないが、守護獣討伐も含めて金貨50枚とは、かなりの高騰っぷりだ。恐らく迷惑料や口止め料も入っているのだろう。
これからも贔屓にして欲しい所である。
「それじゃ、行くよ」
「ええ。最初に会った時はなんだこいつって思ってたけど、勉強になったというか、今思うと楽しかったわ。また一緒に探索に行きましょ。アイツはもういいけど」
「あはははは。その時は、またうちのギルドに依頼しに来てくれ」
アンジェリカと軽く握手を交わすと、その場を離れてギルドへと足を向ける。
いやぁ、今回は死に目には合うし(カルのせいで)、魔剣には憑かれるし散々だったが、その分見返りは大きかった。直接依頼だから借金返済に充てるもよし、ビッグ過ぎるお小遣いとして保管するもよし。
とにかく俺は働いた。こんだけ稼いだんだ、1ヶ月はダラダラ過ごしたって誰も文句は言わないだろう。
ギルドの扉を開くと、中に居たグランツ、ウィブと目が合う。
「お帰りなさいニケルさん。依頼はどうでしたか?」
「どうもこうも散々な目に合ったよ」
「たまにはそんな依頼もいいもんだろ?」
「いや、いい。俺はもう十分働いた。しばらくはゆっくり過ごす」
そう言って机の上に、手で掴めるだけの金貨を置いた。多分30枚はあるだろう。
どうだ、見直したか。これだけ頑張って来たんだぞ。まぁ、残りの金貨は俺のヘソクリにさせて貰おう。
グランツは金貨の量を見て察したようだ。
「これだけの報酬って事は、それほどの依頼だったって訳か……。で、その黒い剣はなんだ?」
「あぁ、これ? これは魔剣だ。遺跡で色々あって、俺が所有者になった」
クトゥは挨拶をするように、鈍く光を放つ。
「ぼ、僕、魔剣を初めて見ました」
「俺もだ」
ウィブの憧れの眼差し。グランツの驚いた顔。
そうだろ? 凄いだろ?
仕方ないなぁ、もっと凄いの見ちゃう?
少し離れた所にクトゥを置いてくる。剣が勝手にズルズル俺の方へと向かう姿を見れば、グランツもウィブも腰を抜かすだろう。
楽しみだ。
二人のところに戻ると、クトゥに向かって手を翳す。
「よーく見てろよ」
ウィブの生唾を飲み込む音が聞こえる。
だが、一向にクトゥは動かない。
あれー? クトゥさん? あんなに俺にズルズル寄って来たじゃない。
もしかして恥ずかしがりやさんかな?
でもあの時だって、カルもアンジェリカも居たしなぁ。
気まずい空気が流れてきた。た、頼むよクトゥ。
俺は耐えきれずその名を叫ぶ。
「来い、クトゥ!」
俺の叫びが終わるやいなや、刺青が青く光り、いつの間にかクトゥを握りしめていた。
「――えっ!?」
まさかの瞬間移動だ。グランツ、ウィブも大いに驚いているが、俺も正直驚いている。
もしかして名前で呼ぶと手元に現れる特典がついていたの?
「す、凄いな。魔剣はこれほどの事が出来るのか」
「僕も自分の目を疑いましたよ」
「だ、だろ? 手に入れるのに死にかけたもんなぁ」
嘘は言ってないぞ。あの時死にかけたことには違いない。グランツとウィブはどんな死闘を想像したかは分からないが、ただ生気を吸われただけって事は内緒にしておこう。
そしてクトゥは後でいっぱい磨いてやろう。
結局その日はグランツとウィブとで街に繰り出し、「酒だー、酒を持ってこーい」と、贅沢な一時を過ごすのだった。
翌日、二日酔いの頭を抑えつつ部屋を出ると、カルが広間にいた。
「どうした、カル?」
「今日は組合からいいもの持ってきたんだよ」
こいつの「いいもの」はろくでもないモノとしか思えないんだが。
「グランツ君いる?」
グランツ?
多分この時間だと、裏庭にウィブといるはずなんだが。
「グランツに用事か? ちょっと待ってな」
裏庭に向かうと、予想通りグランツはウィブの稽古を見ていた。カルが会いに来た事を教えると、俺と一緒にギルドの中に戻って行く。
「あっ、グランツ君。プレゼント持ってきたよ」
「プレゼントか。すまないな」
カルはそう言って机の上に奇妙な物体を乗せる。
それは茶色い木で出来た手足だった。
「……これは?」
「組合にあったのを僕が改良した義手と義足だよ」
自信満々のカルには悪いが、グランツが今着けている物の方が遥かに精巧に見える。
グランツも微妙な表情だ。
「一度つけると取るのが大変だけど、僕を信じて着けてみない?」
「止めておいた方がいい」その言葉が喉まで出かかったが、いつになく真剣な表情のカルを見てしまうと、発する事が出来ない。
「……分かった。ありがとう。カルを信じよう」
「うん。僕も全力で頑張るね」
カルの指示に従って、グランツが義手、義足を外して床の上で横になる。
ウィブも様子を見に入って来たが、その緊迫した空気に口を開くことは出来ないようだ。
初めて見るグランツの切断された手足。
その切断面は火傷の痕の様に、ひどく爛れている。
「先に言っておくけど、慣れるまでには少し時間がかかるよ」
「分かった」
カルは木の義手、義足をグランツの右手右足に当てはめていく。
そして俺達は言葉に表せない光景を目にするのだった。
カルの手が光を帯びると、木の義手からは無数の触手がうにょうにょと伸び出てグランツの切断面を喰い漁り侵食して行く。
ごめん。はっきり言って気持ち悪いです。
カルは調整を施すように、慎重に切断面と触手を継ぎ合わせていく。
グランツは冷や汗をかきながら苦痛の表情を浮かべている。
多分、相当の痛みを伴っているのだろう。
義手が終わると、次に義足。
義足が終わる頃には半日が経っていたんじゃないだろうか?
最後にカルは回復魔法をグランツにかけると、そのまま眠りについてしまった。
グランツの姿を見ると、もう驚嘆するばかりだ。
色こそ多少不自然に感じるが、まさしく手足が生えたようだ。その大きさも動きも、何の違和感もない。
「どうだ?」
俺の問いにグランツは己の手足を見ながら、右手を開いたり閉じたりしている。
「う、動く。これは夢なのか?」
グランツの眼から一筋の涙がこぼれ落ち、寝ているカルにひれ伏すように頭を下げる。
「この恩。生涯かけて必ず返す」
まさかカルが、ここまでするとはな。
この日、蜥蜴の尻尾で双剣士グランツ=ブルーラモが、静かに復活を遂げた。