33話 白い世界へようこそ
「僕はこっちね」
カルは言うが早いか、両手をかざして鷲頭の守護獣に氷弾を打ち込む。
だが、守護獣の目の前で氷弾は砕け散ってしまった。
魔法障壁だ。
「ちっ、厄介だな」
俺は山羊頭の相手をするつもりだったが、鷲頭の方へと体を向ける。
氷弾を物ともせず、カル目掛けてその腕を振りかぶる鷲頭。
カルを狙った鉤爪を剣で打ち上げるが、その力強さに軌道をズラす事しか出来ない。爪はカルの左腕をえぐり取っていた。
「ぐっ、痛いなぁ。君、ムカつく」
だがカルもやられっ放しではない。
瞬時に回復した左手から炎の槍が打ち出され、鷲頭の腹に深く突き刺さる。
「障壁なんて、解除しちゃえば意味無いし」
カルはそのまま山羊頭に狙いを定めて手をかざす。
「はい終了」
俺は氷の槍が打ち出されると同時に、カルの体を思い切り蹴飛ばした。
カルの居た場所に、空気を切り裂く鉤爪が振り落とされていたからだ。
「油断し過ぎだ!」
カルに檄を飛ばすと鷲頭の脇に剣を斬り込む。鈍い感触を感じるが手応えが薄い。氷の槍が刺さっていたはずの山羊頭も、こちらに向かってくる。
「俺が中に突っ込む。しっかり援護しろよ、カル!」
「僕を蹴ったの忘れないでよ」
ありゃ、お前を助けたんだ!
山羊頭が奇声をあげて大きく口を開くと、その喉奥には煌々と燃え上がっている炎が見えていた。
「カル、任せたぞ」
「ニケル君の丸焼きは美味しく無さそうだしね」
昔を思い出させる減らず口だ。
俺が地面を蹴ると、カルの素早く正確な氷弾が火の玉を打ち落としていく。
山羊頭との距離を詰め、無防備に開かれた口に剣を突き出すと、肉を貫く確かな感触が手に伝わってくる。
――このまま頭を叩き斬る!
だが、途端に鷲頭の鉤爪が剣を叩き折る。剣を手放して横に転がると、剣先が突き刺さったまま、山羊頭の火炎放射が襲いかかる。
「風のシエルの名において命ずる。風よ切り裂け。『風刃』」
あっぶねぇ。
アンジェリカの風魔法が火炎放射を押し返してなければ丸焼きになっているところだ。
剣先をちょいと摘まんで捨てた山羊頭は、もう俺の与えたダメージは無いと誇るように、口角を上げて喉を鳴らす。
くそっ、厄介な相手だ。
「カル、あの再生を止める方法はないのか?」
「えー、二ケル君があの剣を使えばいいと思うよ」
あの黒剣か。生気を吸い取られそうで嫌だが……四の五の言ってる場合じゃないか。
腰に差した黒剣を持つと、「待ってました」と言わんばかりに、刀身が鈍い光を発する。
不思議なことに、長年使ってきた相棒かと思えるほど手に馴染み、力がふつふつと湧いてくる。生気を吸い取られるどころか、逆に注ぎ込まれている感じだ。
――行ける!
逆巻く炎の渦が襲い掛かってくるが、まったく脅威を感じない。
俺は剣を持ち上げ、全てを切り裂く一撃を振り下ろした……はずだった。
「ぐぁぁ、あ、熱い」
カッコいい場面のはずが、その大部分を喰らってしまった。
どう考えたって、炎を切り裂く伝説の魔剣って流れだろ?
「その剣はそういう使い方じゃないと思うよ」
ケラケラ笑いながら回復魔法をかけてくるカル。
「じゃあ、どう使うんだよ!」
「分かんないよ」
分からずに使えと言ったのか?
絶対面白がってるだろ!
「二ケル! 横!」
鷲頭の斬撃が横から襲い掛かる。剣を滑らせ鉤爪をいなすと、そのまま肩に剣を食い込ませる。空を切ったのかと思うほど負荷を感じない。一体どれだけの切れ味なんだ?
「コクウェェェェ!」
鷲頭の悲痛な雄たけびが響き渡る。
えっ? まさかの肩が急所?
いや違う。鷲頭の肩には青い炎が燻り続けている。
今まで簡単に再生していたのに、青い炎を消す事が出来ずにのたうち回っている。体を蝕む病巣のような青い炎。
「じゃあトドメいくね」
カルの上空には六本の魔法の刃が浮かんでいた。
炎、氷、地、風、雷、闇。カルの必殺の魔法だ。六つの魔法を掛け合わせて、高密度爆発を起こす危険魔法だ。
――ヤバい!
「アンジェリカ、ジェーン! 身を伏せて、目一杯魔法障壁を張れ!」
俺も頭を護るように身を伏せる。
直後、凄まじい轟音と爆風が辺り一面を覆い尽くした。
いくら踏ん張った所で爆風は俺の体を持ち上げてしまう。
浮かされた身体は樹木に激突し、衝撃が全身を突き抜ける。辛うじて命はあるが、体がビキビキと悲鳴を上げている。
なんとか身体を起こすと辺りの景色が一変していた。木々は薙ぎ倒されブスブスと煙を上げている。石造りの遺跡すらひび割れの痕が見えるほどだ。
鷲頭の姿は黒い彫像となって、風と共に崩れ去っていく。
「大丈夫か?」
身を伏した二人に声を掛けると、ピクリと身体の反応が伺えた。
「だ、大丈夫です。ニケルさんが声を掛けてなかったら、死んでたと思いますが」
「走馬灯が見えたわよ」
山羊頭は……ちっ、生きてやがる。だが、再生に力を使っているのだろう。膝をついたまま立ち上がることが出来ずにいる。
今がチャンスなのに、こっちの被害もでかい。体が思うように動かない。
カルは……ちっ、無傷だ。
「僕もう限界。後はよろしく」
と寝転びやがった。一発殴ってやりたいが、ろくに動かない身体が恨めしい。ってか、せめて回復魔法を使ってから寝やがれ!
「アンジェリカ、ジェーン。回復魔法は使えるか?」
「ごめんなさい。回復魔法は出来ないんです」
「初歩のならいけるわよ。慈愛のヤクシュニの名において命ずる。癒しの息吹きよ、その慈悲を与えよ、『治癒』」
暖かい風を感じると痛みが和らいでいく。市販の回復薬に劣るものの、山羊頭に止めを刺せるぐらいには楽になった。
のんびりしてて、回復されたら堪ったもんじゃない。残る力を振り絞って山羊頭に駆け寄る。
「キュェェェィイア!」
俺の行動を見て取って咆哮する山羊頭。奴の最後の力だろう、口に光が集まっていく。
――だが、遅い!
全身の力を込めて薙ぎ払うと、一瞬遅れて山羊頭の上半身と下半身の軸がズレていく。
その切り口からは青い炎が侵食している。上半身が完全に下半身から離れ、音を立てて地面に倒れると、ピクリとも動かなくなった。
「や、やりましたね」
「ニケル、大丈夫?」
二人が駆け寄って来るが、身体の疲労が半端じゃない。カルじゃないが寝てしまいたい気分だ。
いや、気が抜けたせいか頭がボーっとしてくる……
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「……主」
何処までも続く白い空間の中、目の前には女が立っていた。
黒い下げ髪に褐色の肌。紫の瞳に先端が尖った耳。その細い身体は薄いショールを纏っているだけで、まぁ、なんて言うか全裸みたいなものだ。いや、男としては全裸よりもエロスを感じてしまう。
眼福にあずかりたいところだが、このままじっと見ているだけでは、俺の品性が疑われるだろう。
「君は?」
「クトゥ」
「クトゥ? ……ここは何処なのか分かるかい?」
「主、クトゥ、二人、場所」
どうにも片言で分かりづらい。
主とは俺の事なのか? そう呼ばれても初対面なんだが。
クトゥは俺に歩み寄ると、ギュッと抱きついて来る。
この感じ……。この不可解な世界が何となく理解出来た。
「クトゥはあの剣か?」
「うん」
この生気の往き来する感じ。あの魔剣を持っている時と同じ感触だ。
俺が理解したことが嬉しいのか、クトゥは笑顔でグリグリと頭を擦り付けてくる。
まぁ、なんだ。魔剣を使い続けてもいいかな、って思ったのは内緒だ。
「で、俺をここに呼んだのはクトゥだろ? どうしたんだ?」
「クトゥ、主、契約」
あれか、キチンと契約しましょうって事か。何かちょいと怖い。永続的に生気を寄越せとか、「死んだらあんたの魂は私のものよ!」、とか言われそうだ。
「け、契約って? お金も無いし、痛いのとか辛いのはちょっと嫌かなぁ」
「クトゥ、主のモノ。誓い、証」
頭にほんの4ヶ月前の事が過る。サイン一つから借金ギルドのマスターになっちゃったもんなぁ。断れないかなぁ。
俺が思い悩んでいると、クトゥは目を輝かせながら手を握ってくる。
「主、名前」
「えっ、俺の名前? ニケル=ヴェスタだけど」
しまった! これ本名を言っちゃダメなやつだ!
クトゥの手が青く光ると、握られた手を伝って俺の右腕に文字を刻んでいく。痛みは無く、暖かい物でなぞられているような感じだ。
クトゥが離れると、右腕を覗き込む。右腕には黒い刺青で、見たことのない文字が刻まれている。
とうとう俺も不良の仲間入りを果たしちまった。
急にクトゥはショールを脱ぎ捨てると、自身の下腹部に手をあてる。そこには同じ様な黒い刺青が刻まれている。
「ここ、手」
多分、手を置けば契約終了っぽい。
逃げ出したいところだが、なんの手段も思い付かない。
はぁ。
観念して、クトゥの下腹部に手をあてる。
再び青い光が輝くと、俺の右腕の文字が消えていく。その光はクトゥの下腹部に刺青を施し、クトゥの下腹部にあった文字もまた、俺の右腕に刺青を刻んでいく。
やっちまったかな?
光が収まると、クトゥの黒髪が銀髪へと変化していた。
とんだイリュージョンだ。
だが、この銀髪。なんと言うかパティを彷彿させる。クトゥが魔族かは分からないが、生気を吸いとる種族は銀髪なんだろうか?
「クトゥ、主、契約、終わった」
「あぁ。まぁ、よろしくな、クトゥ」
「クトゥ、主、護る」
クトゥは満面の笑みを浮かべると、思い切り抱きついて押し倒すように覆いかぶさってくる。
心地良い温もりを感じると、意識が朧気になっていくのであった。
人物紹介 その13
名前 クトゥ
種族 魔剣
性別 女
年齢 600歳位らしい
身長 103cm(人化時162cm)
体重 2.5kg(人化時47kg)
※元は銀髪、紫眼の女魔族。遥か昔に賢者の手によって、剣の中に封じ込められる。その後幾人かの手に渡るが、その魔剣を使いこなせた者は居ないとされている。