31話 ネリタスン遺跡
草が擦れる音がする。
どうやら魔物や魔獣ではない。
そのまま寝たふりをしていると、不意に暖かい毛布をかけらた。
ゆっくり目を開けると、そこに居たのはアンジェリカだった。
「な、何よ、起きてたの?」
「今、目が覚めたんだが……悪いな、気を使わせて」
「べ、別に風邪でも引かれたら面倒なだけよ。結界も丈夫そうだし、テントで寝ればいいのに」
確かに夜は冷え込む季節。焚き火も勢いを弱めていて、少し肌寒い。
しかし意外だったな。まさかアンジェリカが気を使う奴だったとは。
辺りはまだ暗い。焚き火に木を継ぎ足すと、炎は燃え広がり周りを照らし出す。
「何か飲むか?」
「そうね。頂こうかしら」
少し気恥ずかしそうに、隣に座るアンジェリカ。
俺は焚き火に置かれていた鍋からスープをすくい、カップに注いで手渡す。
「アンジェリカは探索は初めてか?」
「学院にいた時には何度か調査に行った事はあるわ。とは言っても20人程で行った団体調査だけどね」
「そういえば、学院では首席で卒業したらしいな」
アンジェリカは誇らしい顔をすることも無く、俯いてしまう。
「そうね。確かに首席で卒業したわ。自分は後世に名を残す魔術師になるんだと思ってた。……あの人を見るまではね」
「他人と比べても仕方ないだろ?」
「……分かってはいるんだけどね」
カルと比べれば、どんな魔術師も自信を無くすだろう。頭で分かっていても、手も届かない才能を見てしまえば、心は反応してしまう。
羨望、崇拝、敵対、恐怖、嫉妬。
囚われない為には、カルの様な図太い神経が必要だ。
「カルは魔術師の才能の塊だ。かと言って、完璧な存在でも無い。アンジェリカがどうなりたいのか分からけど、別にカルになる必要は無いんじゃないか?」
「……私は私って事?」
「そうだな。無理して背伸びをするよりは、自身を知る方がよっぽどいいぞ。視野が狭くなれば、そこで限界を作っちゃうからな」
アンジェリカは顔を上に向ける。樹木に覆われ見えないが、その先には広大な夜空が広がっている。視野が狭ければ、感じる事の出来る空間は樹木までだ。その先の夜空までは届かない。
「あなたって、意外としっかりしてるのね。……ご馳走さま。おやすみ、ニケル」
「あぁ、おやすみ」
アンジェリカは少し笑い顔を作るとテントに戻って行った。
柄にも無い事を話してしまった。
俺は辺りを見渡し、荷物を背に毛布をかけて眠りにつくのだった。
顔に冷たさを感じて目がさめる。
――雨だ。
俺は荷物を持ってテントに入ると、まだ寝ているカルの体を揺さぶる。
「カル、朝だぞ」
「う――。ニケル君、おはよう」
あくびをするカルは、まだ寝足りなさそうに目をこすっている。
俺は防水効果の高い外套を身にまとい、外に出て女性陣のテントをノックする。
「起きてるか?」
「ええ、おはよう」
「おはようございます」
「少しずつ雨が強まっている。テントで朝食をとったら出発しよう」
テントで軽めの朝食をとると、カルの魔法で昼食以外の荷物を収納。
雨で歩き辛い森の中をネリタスン遺跡に向かって進む。
防水性の高い外套とはいっても、所々から水は浸入し、体温を奪っていく。
地面はぬかるみ、一歩一歩が重たい。
「きゃっ」
転びそうになるアンジェリカを支える。
「大丈夫か? 少し休むか?」
「だ、大丈夫よ。あ、ありがと」
「そうか、後どのくらいの距離かは分かんないんだよな?」
その質問にはカルが答えてきた。
「ニケル君。もう見えてるよ」
カルが指差す方向を見ると、木々の間から石造りの建物の姿が見える。すぐ近くとは言えないが、1時間も歩けば着きそうな感じだ。
「しんどいかも知れないが、遺跡までいけばゆっくり休息がとれる。このまま進もう」
全員の頷きを確認すると出発する。
遺跡に到着したのは雨が上がり、薄暗さが増した頃だった。
大きな石造りの建造物は、その周りに蔦がまとわりつき、幽玄な雰囲気を醸し出している。
冷ややかな空気を感じながら、その入り口へと進む。
「なんか、神秘的な感じですね」
ジェーンは感慨にふけっているようだ。
「俺とカルで遺跡の周りを確認してくる。二人はその間に中で着替えていてくれ」
「周りに何かあるの?」
「あー、こういった遺跡は外と内から造りを見ておかないといけないんだ。その両方を見ておくと、意外と隠し部屋なんかの場所が分かるんだ」
「へぇ」
もちろん過去の探索隊も同じことは行っているだろうが、これは基本。やっておくに越したことはない。
建物内に魔物がいないことを確認してから二人を送り出し、カルと歩数を確認しながら外観を確認していく。
見えている範囲では、2階造り、50歩(約35m)、65歩(約45m)の大きさだ。
確認し終えて中に入ると、アンジェリカとジェーンは着替え終えていた。
そのまま再度、建物内に魔物が居ついていないかを確認する。
虫や蛇などはいたが、魔物はいないようだ。
休憩する部屋を決めると、念のために結界を張り、簡易の焚き火を作って衣類を乾かしていく。
「今日は早めに休んで明日探索でいいかな?」
「そうね」
「僕、もう限界」
カルは昼寝してなかったもんな。ここまで起きているのが珍しい。
女性陣のテントだけ組み立てると、晩飯の用意だ。カルはもう就寝中だ。
「そういえば、詳細は聞いてなかったけど、この遺跡には何回か探索が入ってるんだろ?」
「発見されてから14年、11回の探索を行っています。全ての部屋を確認しましたが、成果はありません」
「ふーん、じゃあ今回の目的は?」
「成果が無いってのが問題なのよ。ここはイビルシア教の巡礼地だった筈なの。イビルシア教は戦いの女神ホーティスを祭った教団よ。だけど、何一つ出土品がないの。魔術師組合の見解は、どこかに隠し部屋が存在するはずだって」
宗教関係の遺跡には隠し部屋が必ずあると言われている。その調査か。
俺には専門外だが、ここはアンジェリカとジェーンに頼るしかないな。
翌朝からは遺跡の探索を開始した。
中と外との造りの違いの確認に、仕掛け扉の有無。
くまなく探すが成果は上がらない。
「どこも問題はないわ」
「こっちも無かったです」
「俺もさっぱりだ」
1階、2階共に何も見つからない。構造の違いも見受けられない。
カルを探すと、1階にある一室の床を眺めている。
「何かあったか?」
「……ここに微かな魔力を感じるね」
俺の後についてきた二人は何も感知していないようだ。
「カルさん、何か分かりますか?」
「多分、魔力を通すと転移魔方陣が出て来ると思うよ」
「転移魔方陣って古代技術じゃない。本当なの?」
「見てれば分かるよ」
カルが両手を前に突き出すと、床から紫色の光が溢れ出す。
その光は円を描くと、見たことの無い文字を書き出していく。
その美しい光景に目を奪われるばかりだ。
「……う、うそ」
床には紫の粒子が立ち上る魔方陣が顕れていた。
「――組合に報告しないと。す、すぐに戻りましょう」
ジェーンの言葉にカルが眉をひそめる。
「このまま行かないの?」
「で、ですが新たな発見は報告の義務があります」
「転移魔方陣なら何処に飛ばされるか分からないでしょ? 一旦体制を整えるべきよ。焦る必要なんてないわ」
まぁ、もっともな意見ではある。だが、カルの性格上「また次に」なんて思うはずがない。
「分かった。君らは帰るといいよ。お疲れ様」
その言葉にアンジェリカの顔がひきつる。
「報告よろしくね」
「……待って。私も行くわ」
「ちょ、ちょっとアンジェリカさん」
アンジェリカの目の光が強い。覚悟を決めた目だ。
ふー、仕方ないな。
「ジェーン。俺とカル、アンジェリカは魔方陣に乗る。一人にして悪いが、明日の朝までに戻ってこなかったら、組合に引き返してくれ」
「……わ、分かりました」
カルにはジェーンが待つ部屋に、もう一度結界を展開してもらう。
「行こっか」
「はいはい」
俺たち三人が魔方陣に乗ると、紫の光が螺旋を描き体を覆っていく。
体が浮き上がる様な感覚を受け、俺達は光の渦に呑み込まれていった。