30話 出来るの!?
目が覚めて視界に入ってきたのは、無造作に置かれた空になった葡萄酒の瓶。
どうやら大広間で寝てしまっていたようだ。
変な体勢で寝たからか、首から背中にかけてピキリと痛みが走る。
ふらつく足取りで厨房に向かい、コップ一杯の水を飲み干すと、頭のてっぺんから熱が下がるように体に染み渡っていく。
ふーっ。そういえば今日から依頼なのに、何の用意もしてないな。
部屋に戻って用意を始めるが、結局いつもの装備だけだ。野営などの用意はあっちがすると言うんだから、特別なものはいらない。
もう一眠りと思ったが、寝れば昼まで爆睡だ。
止めておこう。
しばらく部屋でボーッとしていると、下で物音が聞こえてくる。グランツかウィブが朝の食事の用意を始めたのだろう。
広間に降りるとウィブが空瓶を片付け、朝食の用意をしていた。
「ニケルさん、おはようございます」
「おはよう。悪いな、昨日出しっぱなしにしたままだったな」
「大丈夫ですよ、今、朝食用意しますね」
うん。出来た若者だ。ティルテュもこのくらい気が利いたら、嫁の貰い手も唸るほどいるだろうに。残念だ。
グランツが起き、カルも降りてくる頃には温かいスープと、お腹に優しそうなリゾットが机の上に並べられていた。
「ニケルは6日程の依頼だったな?」
「まぁ、なるべく早く戻ってくるよ。グランツの方が先に戻るだろうから、組合の報告は任せた」
「何事も経験だ。ウィブに行かせるさ」
「は、はい!」
グランツの視線に緊張した面持ちで応えるウィブ。
嬉しさ半分、不安が半分って感じだろう。
朝食をとり終えると、カルとギルドを出る。魔術師組合に遅れていったら、アンジェリカに何を言われるか分からない。
魔術師組合に到着すると、入り口の前にはアンジェリカともう一人の若い女性が待っていた。そして大量の荷物も置かれている。
「おはよう。ってその荷物何?」
「遺跡探索の道具と野営道具、食料よ」
「馬はいないのか?」
「遺跡まで馬は行けないわよ」
「誰がその荷物を持つんだ?」
「あなたよ」
「……」
さっ、帰ろう。
くるりと回れ右をすると、カルが裾を引っ張る。
「大丈夫だよ」
カルがどこからか取り出した袋を持ち、荷物に向かって左手をかざすと、大量の荷物がみるみる袋に飲み込まれていく。
一体どうなってんだ?
「お前、なにそれ?」
「空間魔法だよ」
アンジェリカともう一人は絶句している。
そりゃそうだな。俺だってこんなめちゃくちゃ便利な魔法、初めて見た。
窃盗も人攫いも思うがままだ。いや、俺にそんな下衆な考えはないよ?
「ニケル君、人を入れると死んじゃうからね」
お前はエスパーか?
人の心を見透かすんじゃない。
ほら、微妙な空気になっちゃったじゃないか。何か話題を振るか?
「えーっと、今回護衛として依頼を受けたニケルです。あなたも探索メンバーかな?」
アンジェリカと一緒にいた眼鏡をかけた、お下げの女性に話しかける。俺よりは年上だろう。
「あ、わ、私は魔術師組合のジェーンといいます。よ、よろしくお願いします」
「私一人じゃ心配だって、マケソンさんがつけてくれたのよ」
まぁ、同じ組合職員ならまだしも、見知らぬ傭兵に本部組合所属とはいえ問題児の二人の男だ。アンジェリカ一人では不安ってとこだろうか。
「ふーん。カル、飛行魔法は使えないのか? 飛んで行けば、行きも帰りも楽だろ?」
「んー。飛行魔法でもいいけど、僕一人しか飛べないよ」
「「「出来るの!?」」」
全てにおいて無茶苦茶だなこいつ。昔一緒に組んでた時も大概だったが、さらに磨きがかかっている。
「と、とりあえず、行くわよ」
アンジェリカは動揺しつつも、先頭を歩き出した。やはりというか、アンジェリカがこのパーティのリーダーだ。
「正確な場所って分かるのか?」
確かネリタスン遺跡はギアン大森林の奥深くにあったはず。整備された道があるわけでもないし、ましてや案内看板があるわけでもない。
「これがあるから大丈夫よ」
アンジェリカは手のひらに収まる、円筒の形をした道具を見せる。
透明な上蓋の中には針のような形をしたものが入っている。
「なんだそれ?」
「魔気感知盤よ。ネリタスン遺跡には、以前の探索の時にこれの相棒を埋め込んであるの。ほら、針が西を向いてるでしょ? この針が指す方向に向かえば、ネリタスン遺跡に到着するのよ」
ほう、便利な道具だな。道案内は心配なさそうだ。
街を出て4時間。ようやく遠くにギアン大森林の姿が見え始めてきた。
「ここらで一休みしましょう」
「そうだな、ここらで食事にしようか。カル、食料を取り出してくれ」
「うん。分かったよ」
カルが袋に手をやると、大量の荷物が塞き止められていた水のように流れ出る。
あー。欲しいものだけ出せるんじゃないのね。
ごちゃ混ぜの荷物の中から食料を取り出すと、パンはいびつに変形し、果実はつぶれ、飲み物は中身をブチまけていた。まともなのは燻製肉くらいだろうか……。
「――ちょっと、どうするのよ!」
アンジェリカの怒りはもっともだ。
幸い目的地は森の中なので、食料は現地調達出来るだろう。
問題は飲み物だ。そりゃ泥水だって飲めるし、腹を壊しても、カルの解毒魔法があるがなるべく遠慮したい。
まぁ、昔ながらのやり方で調達しますか。
「なったモノは仕方ないだろ? 食料は現地調達も出来るし、飲み物はカルに作って貰うさ」
俺が鉄鍋を用意すると、カルはさっそく作業に取り掛かる。
人の頭ほどの大きさの氷弾を作り出し、鍋に投入。あとは、火の魔法で溶かして、もう一度小さな氷弾をいくつかいれれば、冷えた水の出来上がりだ。
一見ポピュラーなサバイバルの知恵に思われるが、水や氷の魔法を使える者は極端に少ない。
厳密に言えば、水を媒体にして魔法を使える者はいるが、カルのように空気中の水分から魔法を使える奴などほとんどいない。
「そ、それくらい私だって出来るんだからね」
アンジェリカはカルに張り合おうとしているが、無駄だよ。こいつは別物と割り切らないと疲れるだけだ。
昼食を食べながら、ジェーンに話しかける。
「アンジェリカって、プライド高いね」
「アンジェリカさんは魔術学院を首席で卒業したエリートですから」
ジェーンはそう言って苦笑いを浮かべる。
アンジェリカのお目付け役なんだろうが、気苦労が見て取れる。
「ニケル君、僕ちょっと寝るね」
カルはそう言って横になると寝息を立て始める。
「ちょっと起きなさいよ。そこまでゆっくり休んでたら、行程が遅れるでしょ」
「いや、眠らせてやってくれ」
俺は起こそうとするアンジェリカを制止する。
一応説明しとくか。
「なによ」
「カルはそれほど魔力の保有量が在る訳じゃないんだ。適度に睡眠をとらないとまいっちまうんだよ」
もちろん通常の魔術師に比べれば何倍もの魔力保有量はあるだろう。だがカルの魔法は高度な魔法が多い。
魔法において完璧超人に見えてしまうが、こいつも人の子だ。疲れるものは疲れる。休息も必要だ。
「俺が見張ってるから二人も体を休めてくれ。森の中に入ると、疲労は二倍になるぞ」
ジェーンは俺の言葉通りに体を横にし、アンジェリカも文句を言いたそうにしていたが、足を伸ばして休む気になってくれたようだ。
1時間ほどしてカルが起きると、再びネリタスン遺跡へ歩を進める。
ギアン大森林に入ると、獣や魔獣がチラホラ出始めるが、俺の出番は無い。
何もしなくてもカルが氷弾で全て打ち抜いてしまうからだ。
いやぁ、楽だわぁ。
日が落ち始めたのか、薄暗い大森林の中が更に暗くなっていく。
「そろそろ野営のポイントを決めるか?」
「そうね、ここらで探しましょ」
周りを見渡すと、少し先に開けた場所があった。
場所が決まるとカルの魔法が炸裂する。
土魔法で平らに均し、土の水分を取って地面を硬くする。この間僅か2分。
こいつが土木業を始めれば、そこらかしこから引っ張りだこだな。
出来た土壌に荷物が撒き散らされると、俺はテントを立てていく。女性陣は晩飯の用意だ。
テントを張り終えると、カルが結界魔法を展開。これで夜間の安全はかなり確保された。
ウィブの料理に慣れた俺には物足りない晩飯を食べると、カルは「眠たい」と言ってテントに入ってしまう。
うーん。見張りはどうするかな? って、見張りが出来るのは俺だけか。
結界魔法があるから安全ではあるんだが。
「しばらくは俺が見張りについてるよ。魔物や魔獣が入ってこれないと判断したら寝させてもらう」
「分かったわ。ジェーン休みましょう」
「……はい。ニケルさん、よろしくお願いします」
二人はカルとは別のテントに入っていく。
さすがは大森林。虫の声、焚き火の音以外は何も聞こえてこない。
静かな夜だ。
途中何度か獣が近づいてきたが、結界魔法の出来は良く、すぐに諦めてはその姿を消していった。
俺も荷物袋を背に目を閉じるのだった。
人物紹介 その12
名前 アンジェリカ=イティント
種族 人間
性別 女
年齢 19歳
身長 161cm
体重 44kg
※腰までかかる金髪に、緋色の瞳の魔術師。魔術学院を主席で卒業後に魔術師組合にキャリア組として入る。得意魔法は風魔法。知識も豊富だかプライドが高く、その振る舞いは高飛車に見えることもしばしば。上司はマケソン。




