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28話 弛んでます

 飛竜討伐から1ヶ月が経ち、被害を受けた北の町は現在復興中だ。

 ディオール商会からは特別手当も含めてそれなりの報酬を貰ったのだが、あれから割りのいい依頼はウエッツから回ってこない。

 難易度Eの依頼ばかりで、ちっとも借金は減っていかない日々が続いている。




「おっ、今日も頑張ってるな」


 ギルドの裏庭では、今日もグランツがウィブに剣術を教えている。

 庭と言ってもたいした大きさは無いが、剣術の稽古程度なら問題ない広さだ。

 二人の木剣が小気味よい音を鳴らしている。

 しばらく眺めていると、俺に気付いたグランツがその手を止めた。


「ニケルさん、おはようございます」

「……ニケル、もうすぐ昼だぞ。弛み過ぎだ」


 そう、グランツの指摘通り俺は弛みきっている。ティルテュとパティは1ヶ月の護衛依頼に行ってしまったのだよ。

 いや、俺も行きたかったんだよ?

 でも募集人員は2名。

 俺とティルテュが行けば、パティが怒る。

 俺とパティが行けば、ティルテュが怒る。

 結果、ティルテュとパティのパーティーになった訳だ。


 依頼主の若旦那は、美女と美少女が護衛でご満悦。

 俺はのんびり出来てご満悦。

 不安がないと言えば嘘になるが、パティの事はティルテュが上手いことしてくれるだろう。

 意外と面倒見のいい奴だし、なんだかんだ言ってパティを妹の様に可愛がっている。


 心配なのは若旦那の方だ。ティルテュとパティを見て鼻の下を伸ばしていたからな。

 まかり間違ってすけべ心をだそうものなら、「依頼人不慮の事故」の一報が届けられるだろう。




「グランツ、お昼まだ?」

「働かざる者、食うべからず……だな」

「……ウィブ、お昼まだ?」

「し、師匠には歯向かえないですから」


 ウィブはいつからか、グランツを師匠と呼んでいる。実際剣術の師匠だから間違ってはないんだけど。

 師匠には歯向かえないけど、ギルドマスターには歯向かえるってどうなんだろうねぇ?

 だがウィブの料理を食べれない事は、人生の半分を損してる事と同じだ。

 そう考えると、ギルド内における序列の頂点はグランツなのではないだろうか?

 無理に命令して機嫌を損なうわけにはいかない。


「はい、はい。組合行って仕事取ってきますよ。旨い昼飯よろしくね」

「ついでにウィブ用に近場で難易度Fの討伐依頼も頼むぞ」

「あいよ」



 仕方ない。組合に行ってウエッツとシェフリアに会ってくるか。

 最近グランツはウィブに実戦経験を積ませる為に、難易度Fの依頼を要望してくる。

 もう少しすれば難易度Eの依頼も、一人で楽にこなせるだろうとグランツが言っていた。

 




 組合に入ると、俺を見つけたウエッツが軽口を叩いてくる。


「よう、ニケル。嬢ちゃんとティルテュが居ないからってサボってんだろ?」

「俺は本来ゆるく生きたいんだよ。近場のF級依頼あるか?」


 にこやかなウエッツだが、相変わらずの威圧感だ。

 シェフリアが依頼窓口なら、ここに依頼を貰いに来る傭兵も倍増するだろうに。

 いくら頭から後光が差そうとも、有り難みがないんだよね。


「近場なら、これだな。あの坊っちゃんも頑張ってるみたいだな」

「ウィブって言うか、グランツがな。成長著しい弟子を自分好みに育てるのは楽しいらしいぞ」

「なるほどねぇ。お前も誰か育ててみたらどうだ?」

「遠慮しとく。じゃ、依頼書貰っていくぞ」

「なんだ、自分の依頼は見ていかねぇのか?」

「たまにはのんびりするさ」


 片手をひらひらとさせて階段へと向かう。

 2階に上がると受付に座るシェフリアが見える。

 おぉ、今日も頑張ってるな。


「おっす、シェフリア」

「ニケルさん、お久しぶりです。借金返済のご相談ですか?」

「いや、下に用事があったから、シェフリアの顔も見ておきたいなって」

「あ、ありがとうございます。嬉しいです。でも2ヶ月後には借金の利息が発生しますので、ちゃんと考えておいて下さいね」


 耳の痛い言葉だ……。

 いや、心配してくれてるのは分かってるんだけどね。


「だね。借金って、後どんだけあったっけ?」

「えっと、ちょっと待って下さいね。……金貨829枚と銀貨5枚ですね。毎月金貨20枚程を返済されてる感じです。このまま行けば4年半で借金完済ですよ!」

「えっ、後4年半も掛かるの?」

「利子がなければ3年半なんですけどね」


 今でも(パティとティルテュが)頑張ってるのに、そんなにかかるのか。くっ、こんな生活をあと4年半も耐えろと言うのか。

 本格的に考えねばならんな。


「一応私も色んな所に蜥蜴の尻尾(テイルオブリザード)の宣伝しておきました。直接依頼、来るといいですね」

「シェフリアには世話になりっぱなしだね。ありがと」


 直接依頼とは組合を通さない依頼だ。マージンが発生しないから報酬は高い。

 だが実績のある有名なギルドでもなければ、直接依頼などほぼ来ないのが現実だ。

 例えば今回の依頼で、ティルテュとパティが若旦那に気に入られたまま依頼を無事にこなせば、次からは直接依頼が来るかもしれない。

 そういった実績は積み重ねるしかないのだ。



 シェフリアと世間話を済ますと、ギルドに戻ってきた。

 テーブルには美味しそうな昼飯が用意されている。


「はい、これ依頼書ね。俺の依頼も探したけど、運悪くこれってのが無かったよ。いやぁ残念だ」


 ウエッツから貰った依頼書を、グランツに手渡す。

 グランツは俺を見ながら深いため息をつくと、依頼書を確認してウィブに説明していた。


「俺とウィブは明日から二日程ギルドを空ける。明日の食事は用意しておくが、後は自分で何とかしてくれ」

「分かった。外食で済ませるよ。あっ、ウィブの剣、刃こぼれしてただろ? 後で鍛冶屋に行ってこいよ。装備は自己管理だぞ。俺のオススメは鉄の剣だ。買い換えるだけでオッケーっていう優れものだ」

「ウィブ、鍛冶屋はともかく、他は聞かなくていい」

「あっ、はい」


 ちっ、理解力の無い男め。

 しかし、明日からは一人か。のんびり出来るな。

 俺の中で明日、明後日とダラダラ過ごす事が確定された。

 ギルドに鍵を掛け、煩わしいのはシャットダウンするだ。


 食事も終わり、ウィブが片付けを始めると、ギルドの扉を叩く音が聞こえる。


「あの、蜥蜴の尻尾(テイルオブリザード)はこちらでよろしいですか?」


 扉を開けると、姿を見せたのは中年の男性と若い女の二人組。

 使い込まれた地味な色のローブに、魔術師が愛用する螺旋を描く頭をもつ杖。

 ギルド入会希望だろうか?

 とりあえず間に合ってるんだが。


「そうですよ。何のご用ですか?」

(わたくし)、魔術師組合のマケソンと言います。こちらは同じく組合員のアンジェリカです。以後お見知りおきを。実は以前より傭兵組合にはお世話になっておりまして、何度か護衛の依頼をさせて頂いております。傭兵組合のシェフリアさんより、是非このギルドにと話を頂き、伺わせていただきました」


 そう言えばシェフリアがそんなことを言ってたな。

 立ち話もなんだからとテーブルへと案内する。

 ウィブは来客と察して厨房からお茶を淹れてきたようだ。気の利く奴だ。

 金髪の女はお茶を啜ると口を開く。


「マケソンさん、傭兵組合に依頼した方がいいんじゃないですか?」


 当事者を前にはっきりと物言う姉ちゃんだ。

 だが俺も同感だ。


「――アンジェリカ! すいません、ご無礼を。こちらが依頼内容になります。明日から6日程の依頼になるのですが、ご検討して頂けますか?」


 机の上に依頼書が置かれる。シェフリアの紹介だもんな、断り辛い。

 内容は遺跡調査の護衛。募集人員は三名。組合に出す依頼なら難易度Dってところだろうか?

 報酬は金貨7枚なので好条件ではある。

 だが、グランツ、ウィブに任せられる依頼ではないし、ティルテュとパティも居ない。


「大変ありがたいお話ですが、ここに居る二人も明日から依頼が入っています。残念ですが、明日からとなると人員がいません」


 グランツの「お前が行けばいい」って視線は無視無視。

 だって募集人員三人だもん。仕方ないもん。


「そうですか、残念ですね。では、またの機会に」


 マケソンが席を立つと、女は見下す様な一瞥を向けた。

 まっ、今回はご縁が無かったという事で。

 ギルドの外まで見送りに行くと、新たにこちらに向かってくる青年がいる。


「遅れてごめんね」


 見たことのある白髪に、少々間延びするゆったりとした口調。

 俺は咄嗟に顔を背ける。


「あっ!? ニケル君、久しぶりだね。ギルド解散以来だよねぇ」


 ちっ。気付きやがった。

 前のギルドの問題児。

『絶氷の白髪鬼』の異名を持つ魔術師。


 カル=ユーリスと再会してしまった。




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