3話 村長とマリアンヌさん
「マスター楽しいっすね」
雨の中を防水性のある外套を、合羽代わりに街道を歩いているのだが……パトリシアが嬉しそうにハシャイでる。
「自分、外出るの2ヵ月振りっす」
それって俺のせい?
もしかして遠回しに責めてるの?
だがその顔は無邪気なもの。気にしすぎだな。
「あんまり浮かれてると村に着くまでに疲れちまうぞ」
「了解っす」
アツル村まではほぼ1本道。夜には着きたい所だ。何せ野営の道具は全くない。
雨が上がっても、わざと水たまりに足を入れるパトリシア。行動だけ見るなら微笑ましいが、同じ年だと思えば話は別だ。見ているだけで頭が痛くなってくる。
「そう言えば、最後にギルドに来たのは誰なんだ?」
「アネッサ殿とヘイテス殿っす。自分、話しかけたっすけど、ギルド内を見渡して出て行ったっす」
「アネッサとヘイテスか」
その2人はギルド立ち上げ当時からいたメンバーだ。
アネッサは魔術師、ヘイテスは戦士だ。2回一緒に依頼をこなしたが、妙に上から目線の物言いに、あまりいい記憶はない。
「ティルテュ殿もマスターを探していたっすよ。アネッサ殿とヘイテス殿の少し前に来てたっす」
「げっ!? ティルテュか」
ティルテュは魔闘家。魔法と武闘を組み合わせた技を使う凶暴な奴だ。俺との付き合いは長いが、色々面倒な奴なんで会いたくないな。
うーん、そう考えると会いたい奴っていないな。なんでギルドに行っちゃったんだろう?
昨日の俺に教えてやりたい。
コイントスで決めるなんて間違ってるよって。
「ティルテュ殿は必死にマスターを探していたっす。またすぐ会えるっすよ」
すまんが断る。
日が沈みかけてきたが、まだ村には到着しない。
少し急ぐか。
「パトリシア、少し急ぐぞ」
「野営地点が遠いっすか?」
「いや、野営をしたくないから言ってるんだが」
「えぇーっ! マジっすか? 野営しないんすか?」
どうやらパトリシアは野営をしたかったらしい。
テント1つ持っていない事ぐらい、見れば分かると思っていたんだが……パトリシアの精神年齢を下方修正しておこう。
「しない。村が困ってるんだ、少しでも早く着いた方がいいだろ?」
「さすがはマスターっす。自分、大事な事を忘れてたっす」
ふっ、ちょろいな。
その気になったパトリシアは真剣な表情をすると駆け出していってしまう。おーい、走るつもりはないぞ。
俺は仕方なく、犬の散歩のように駆け出す犬を追いかけた。
アツル村に着いたのはそれから間もなくだった。
すでに俺は倒れそうな程に疲れている。全力疾走なんてするもんじゃない。
「マスター着いたっす」
こっちは肩で息をしてるのに、こいつの体力は一体どうなってるんだ?
俺は呼吸を整え、村を眺める。
アツル村は人口100人程度の小さな村だ。若い者は出稼ぎや都市に出て行ってしまうので『老人の村』とも呼ばれている。
さて、村には着いたが村長の家はどこだろうか?
日は暮れたが、そう遅い時間ではない。
宿屋があるかすらも分からないが、泊まる金も無い。
せめて村長宅を見付けて、寝る場所を確保したい所だが……誰かに話を聞こうにも人っ子1人居ない。各家からは明かりが漏れているから生活している人間はいるのだろうが、異様な雰囲気だ。
中央広場らしき所で辺りを見渡し、村の中でも1番大きそうな家にあたりをつけると、その家の扉をノックする。
何度か叩くと、中から老婆が出て来た。
「すいません。依頼を受けたギルドの者ですが、村長の家はどこでしょうか?」
「あー? あんだって?」
流石は老人の村。耳が遠いのか。
「村長の家はどこですか?」
かなりデカイ声で再度尋ねる。
「あー? 村長? あたしゃ村長じゃねーだよ」
この婆ぁさん、殴ってもいいだろうか?
「村長さんの家はどこっすか?」
「村長の家はほらそっちの、2軒隣だぁよ」
何故だ!?
パトリシアが尋ねると、すぐさまマトモな答えが返って来やがる。俺の滑舌が悪いのか?
「バァちゃん、ありがとうっす。マスター、行くっす」
「あ、あぁ」
釈然としないが老婆が教えてくれた2軒隣の家を訪ねて再び扉をノックする。
「すいません、ギルドの者です」
中から人が歩いてくる音が聞こえると扉が開かれる。現れたのは60歳ぐらいの初老の男だった。
「依頼を受けたギルドの者ですが、村長のお宅ですか?」
「おぉ、ギルドの方ですか。お待ちしておりました。お疲れでしょう。さっ、とりあえず中へ」
中に入ると居間へと案内された。
そこには若い20代半ばの女性が食事の用意をしていた。
娘さんだろうか?
「さっ、お座りください」
落ち着きの無いパトリシアはキョロキョロと、挙動不審な行動をとっているので無視して、促されるままに椅子に腰掛ける。
「オーク討伐の依頼を受けた蜥蜴の尻尾のニケルです。あっちは見習いのパトリシアです」
「よろしくっす」
片手を上げて挨拶するパトリシア。
うん。パトリシアは依頼主とマンツーマンで話させたらダメだな。
礼儀も何もない。知らない人が見ればふざけた態度だ。
「私は村長のアーリッツです。マリアンヌも挨拶なさい」
「この度はありがとうございます。妻のマリアンヌです」
深々とお辞儀をするマリアンヌさん。
物凄い衝撃が突き抜ける。見えないハンマーで頭を殴られたみたいだ。
い、今何て言った?
――妻だと!?
ってーとアレか? この初老の村長は、この20代の奥さんとニャンニャン、アンアンしてるってか?
オーク諸君。手緩いぞ。まずは村長宅を襲いなさい。
「目撃されているオークは5匹です。奴らは夜目が利きませんので夜の間は安心ですが、日が昇る頃には畑を荒らし回っています。村の農作物の被害は日に日に大きくなっているのです。どうか、オーク討伐をお願いします!」
なんだろう。アーリッツ村長は真面目ないい人なんだとは思うよ。
でもなんかやるせない気持ちなんだよね。断っていいかな?
「マスターが来たからには大丈夫っす。任せるっす」
「おぉ、ありがとうございます。マリアンヌ、お二人にも食事を用意しなさい。夜も更けておりますし、今晩はこの家にお泊り下さい」
俺は返事をしてないのに話が進んで行く。
気に入らないが、これも俺がギルドから解放される為だ。パトリシアには満足してもらわなきゃいけない。
マリアンヌさんの料理は豪勢とは言えなかったが美味なモノだった。
パトリシアは料理には手を付けずマリアンヌさんとお喋りしている。
その分料理は俺に回ってくる訳で、俺のお腹はパンパンに膨れ上がる。
腹を満たすと、俺とパトリシアは一室を寝床として案内された。
部屋には3つのベッドが置かれている。
ダブルベッドじゃなくて良かった。
「マスター。今日は早く寝て明日は朝から討伐っすね」
「そうだな。あの村長の話じゃ毎朝出てるみたいだしな。明日は早起きだ、さっさと休もう」
今日は全力疾走したからな。疲れが半端じゃない。
パトリシアは興奮してソワソワしてる様だが、寝れるのだろうか?
蝋燭の灯りを消して、明日に備えて布団に潜り込むと、思わぬ敵はその直後に現れた。
「アァァン――。アァン」
本気か――あの男‼︎
俺たちが隣の部屋で寝ようとしてるのに始めやがった。
繰り広げられる戦いの声は留まる事を知らない。
「ニャンニャンうるさい猫っすね。発情期っすかね」
えっ、お前、発情期って意味知ってるの?
「と、とりあえず寝るぞ。明日は早いんだ。その内、猫もどっか行くだろ」
だが猫の発情はいつまで経っても終わらない。
煩わしいと思いつつも疲れのせいか、いつの間にか俺の瞼は閉じていった……。
心地よい意識の混濁の中、なんとも暖かい温もりを感じる。
目を開けるとモフモフの銀の毛が目に入る。
んっ?
「あっ、マスター、おはようっす。あったかいっすね」
「……パトリシア何やってんの?」
「マスターと一緒にヌクヌクしてるっす」
徐々に頭がクリアになって来る。
「――うおぉぉぉ」
慌てて飛び起きると、何故か裸のパトリシア。いや、俺も裸だ。
まっ、まさか発情した猫に充てられて、無意識に手を出したのか?
今日から俺もロリコンの仲間入りですか?
「マスター、何慌ててるっすか?」
「お、お、お前。な、なんで裸なんだ?」
「布団で寝る時は裸に決まってるっす。マスターも寝苦しそうだったっすから、脱がしておいたっす」
どうやら犯人はここに居た。
やはりこいつは危険だ。俺の目の前で全裸でいても、隠す素振りすら見せない。
少女体型とはいえ、いやだからこそ目のやり場に困ってしまう。
俺が対応に困っていたその時。
「ブフィン」
外から微かに魔物の声がした。
オーク諸君、ナイスタイミングだ‼︎
俺は急いで装備を着込み始める。
「出やがったか」
「先に行くっす」
裸のまま駆け出そうとするパトリシアを一喝。
「せめて服を着てから行けーっ!」