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閑話 パティのリュック

 年の暮れ。蜥蜴の尻尾(テイルオブリザード)でも大掃除が行われている。

 もっとも普段からパティは掃除好きだし、グランツやウィブもマメに掃除や片付けをしている為に、いつもより丁寧に掃除をする程度だ。

 部屋が汚く大掃除が必要なのは、俺とティルテュぐらいだろう。


 別に部屋が汚くてもなんら問題無いのだが、うちの赤髪ご意見番が「部屋が綺麗になるまで飯抜きだ!」と宣言した為に、俺とティルテュは仕方なく大掃除をする羽目になってしまったのだ。


 目の前の物を片っ端からタンスに押し込んでいると、隣の部屋から悲痛な声が聞こえてくる。


「ないっす。ないっす。ないっす。ないっす!」


 さっきからパニックに陥った様に「ないっす」をしきりに連呼しているパティ。

 うーん。放っておきたいが、こうもうるさいと掃除に集中する事が出来ない。

 仕方なくパティの部屋の扉をノックする。


「おーい、どうしたパティ?」


 扉が開くと、涙ぐんでいるパティにタックルをかまされた。衝撃で尻餅をつくと、いとも簡単にマウントポジションを取られてしまう。


「マスター、ないっす。自分のリュックがないっす」


 チラリと扉の向こうに目を向けると、いつも綺麗に片付けられているパティの部屋の中は、泥棒に荒らされたような雑多さだ。


「お、落ち着け。リュックって、いつも依頼に持って行ってるリュックか?」

「そうっす。あのリュックがないっす」


 パティ愛用の深い藍色のリュック。

 結構な大きさのリュックだが、その中身を見た者はいない。誰も知らないブラックボックスだ。


「いつから無いんだ? とりあえず、良く思い出してみろよ」

「うぅぅぅ、昨日の朝は確かにあったっす」


 昨日?

 昨日は確か大掃除に備えてヘイテスの雑貨屋に行ったよな。

 そう言えばパティはリュックを背負っていた気がする。


「ヘイテスの店に置いて来たんじゃ無いのか?」

「うぅぅぅ、覚えてないっす」


 半べそをかくパティを落ち着かせ、念の為に他のメンバーにも聞いて回る事にした。

 ティルテュの部屋をノックすると、やつれきったティルテュが扉越しに顔を出す。


「……何? アタシ忙しいんだけど」


 僅かに開かれた扉の隙間から、踏み場のない部屋が見えてしまう。

 大量の本に服、下着までもが散乱している。

 俺に負けず劣らずの掃除下手だ。


「い、いや、パティのリュックを探してるんだけど、知らないか?」

「……知らない。掃除して出て来たら教えてあげる」


 そう言って扉を閉めるティルテュ。

 飯がかかっている故にあいつも必死なのだろうが、ティルテュの部屋から出て来たら、それはそれで謎なんだが。


「うぅぅぅ、リュックどこ行ったっすか」


 パティ。リュックはどこにも行っていない。君が置いてきたんだと思うよ?

 下に降りてグランツを捕まえる。ウィブは買い出しに行っている様だ。


「リュック? いつもパトリシアが背負ってるデカイリュックか? 見てないな。昨日雑貨屋に行く時に背負ってただろ?」


 グランツの意見も俺と同じだ。

 これでヘイテスの雑貨屋に置いて来た可能性が高くなった。


「パティ、今からヘイテスの店に行ってみるか?」

「はぅぅ、行くっす」


 いつもなら我先へと駆け出すパティだが、俺の後ろをトボトボと歩いて付いてくる。

 あのリュックには元気な源でも入っているのだろうか?




「おっ、連日どうした? 何か買い忘れか?」


 店に入るとすっかり商売人が板についたヘイテスが出迎えてくれる。


「いや、今日は買い物じゃ無いんだ。昨日この店に忘れ物がなかったか?」


 俺がチラリとパティを見ると、ヘイテスは納得した顔をする。


「パトリシアのリュックか? 昨日は内緒で買った品物を嬉しそうに詰めて帰っただろ?」

「はぅぅ、そうっすよね」


 パティは項垂れてしまう。

 俺は会計受付にいるアネッサに近づくと小さな声で話しかける。


「あいつ何買ったんだ?」


 ヘイテスがわざわざ内緒という辺り怪しさ満点だ。

 俺の問いにアネッサは小さく笑う。


「ふふっ、女の子の内緒の買い物を知ろうとしちゃダメよ」

「そ、そうか」


 悪戯っぽく笑うアネッサは現在妊娠中。

 母になったからか慈愛の魅力が溢れ出ている。


「パトリシアのリュックねぇ。昨日はそのまま真っ直ぐ帰ったのか?」

「あぁ、荷物も多かったからな、そのまま帰ったぞ」


 とりあえずここを出た時点でリュックはパティが背負っていた事が確定した。

 真っ直ぐ帰ったのも間違い無い。

 ヘイテスとアネッサに「来年も宜しく」と挨拶をして帰宅の途に着く。


「パティ、ギルドに帰ってからの事を思い出してみろよ」

「うぅ、昨日は帰ったらすぐにご飯だったっす」


 確かに、昨日はギルドにつくと美味そうな鍋がテーブルに出ていたので、買った荷物を窓際に置いて即夕飯にした。

 実に美味い味噌煮鍋だった。思い出したらお腹が減ってきてしまう。

 俺はそのまま買ってきた荷物を、ティルテュとグランツに渡して部屋に戻ろうとしたはずだ。

 その時グランツから「自分の部屋ぐらいちゃんと掃除しろ。綺麗になるまで飯抜き」と宣言され、ティルテュとふたり、「聞いてないよ」とアイコンタクトしながら愕然としたので間違いない。

 はて、パティは何してたんだろうか?


「飯を食ってからはどうしたんだ?」

「そのままグランツ殿とウィブ殿の片付けの手伝いをしたっす。そのまま話をしてて眠くなったから部屋に戻って寝たっす」


 うーん。それだとギルド内にある可能性が一番高い。

 さすがにギルド内で盗難にあうなんて事はないだろう。


「あ――! そういえば夜、ウィブ殿にお願いがあって部屋に行ったっす」

「ウィブ?」


 そういえばウィブにはパティのリュックの事を聞いていない。

 まさかの盲点だな。


 ギルドに着くと調理をしているウィブにリュックの事を尋ねる。


「えっ? 昨日パトリシアさんが部屋に置いていきましたよ」

「ホントっすか!? 良かったっす!」


 何のことはない、灯台下暗し、幸せの青い鳥である。

 そのままウィブの部屋に向かうと、確かにパティのリュックが置いてあった。

 ちっ、ウィブの部屋もまた綺麗だ。


「良かったっす。ウィブ殿ありがとうっす」

「あと、これ頼まれてたやつですよ」


 ウィブは袋を取り出してパティに渡している。

 感激しているパティの横のリュックからは、カサカサと奇妙な音が聞こえている。

 リュックを背負ったパティは、しきりにウィブに礼を言って部屋を出て行った。


「なぁ、ウィブ。あのリュックの中身は見たか?」

「……見てないです。でも夜中にあのリュックから変な鳴き声が聞こえるんです」


 ウィブの顔を見るに一晩恐怖体験を味わったのだろう。

 やはりパティのリュックは開けてはいけないパンドラの箱のようだな。



 その後俺とティルテュは部屋の掃除に悪戦苦闘を強いられ、俺達の晩飯は深夜になってしまった。


「全く、普段から片付けておけば大掃除もすぐ終わるだろ?」


 律儀に飯を食わしてくれなかったグランツからのお叱りを受ける。

 それでも俺達が終わるまで二人分の調理を待っていてくれたので、俺もティルテュも何も言えない。

 するとパティがウィブから受け取った袋から小さな箱を取り出して、俺に手渡してきた。


「マスター。これ、今年1年ありがとうの気持ちっす」


 どうやらパティがヘイテスの店で買った内緒の物とは、俺へのプレゼントみたいだ。


「ありがとな、パティ」

「えっへっへっ」


 プレゼントを受け取るとパティの頭をクシャリと撫でる。

 恥ずかしそうに顔を赤らめてはにかむパティ。


「そういえば皆は年末年始はどうするんだ? グランツやウィブは実家に帰るのか?」

「俺は一応実家に顔は出すが、すぐに戻って来るさ」

「僕は実家から飛び出した身なので、帰る予定は無いです」


 ふぅ。俺の年末年始も美味しいご飯が食べられる事が確定して一安心だ。


「ニケルやパトリシア、ティルテュはどうするんだ?」

「アタシの家は親父も「魔闘流を広げてくる」って行方不明だし、母さんも出て行っちゃてるから実家が無いのよ」

「自分はここに居るっすよ」

「俺も実家がないからなぁ」


 どうやらみんなギルドで年末年始を過ごすようだ。


「ねぇ、ウィブ。もしかしたらウィブの実家って、あのタリアトス家じゃないわよね?」

「……」


 俺にはティルテュの言ってる意味が分かっていないが、ウィブの沈黙は肯定と捉えて良いのだろう。


「そうなのか?」

「……すいません。黙っていて」

「あのタリアトス家って何だ?」


 グランツとティルテュの厳しい眼差しが俺を突き刺す。


「ウィブ、良かったな、こんなギルドマスターで」

「あのねニケル、この国の四大貴族って知ってる?」

「あー、貴族ね、貴族」


 二人から漏れ出る深い溜め息。

 ウィブは少し安堵してるみたいだ。


「ウィブはこの国のトップクラスの貴族の倅って事よ」

「ふーん。まぁ、ウィブはウィブだろ?」

「ニケル、お前が大物に見えて来たぞ。だが、大丈夫なのか、ウィブ?」

「うちの家には優秀な兄達も居ますし、基本放任主義なので大丈夫だと思います。姉も料理人として出て行ってますし。……ニケルさん、僕、このギルドに居ても大丈夫ですか?」

「構わんぞ」


 俺の即答にウィブは嬉しそうだ。

 なるほど。大物貴族ならディオール商会の高級ソファーにも驚かない筈だ。


「ニケルが言う通り、ウィブはウィブか……俺も気にしすぎか」


 グランツも納得したのかチラリと俺の方に視線を送ってきた。

 そのまま話はウィブの過去の金持ち生活へと続くのだが、気がつくとパティは寝てしまっていた。


 俺はパティを背負って部屋まで連れて行く。

 パティをベットに寝かせると、先程貰ったプレゼントをポケットから取り出す。

 この綺麗な包装をウィブがしたのだろう。

 中を開けると、蜥蜴を模したシルバーネックレスが入っていた。

 そして箱の底には手紙が同封されている。


 〜大好きなマスターへ、いつもありがとうっす〜


 子供みたいな字で書かれた手紙に心が癒される。

 幸せそうに眠るパティの頭を手を置き「ありがとな」と小さく呟いて、部屋を出ようとする。


 扉を閉めようとすると、背後から「ピギャア」と鳴き声が聞こえたが、振り返らずそのまま扉を閉める。


 やはりパティのリュックは謎で一杯だ……。








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