27話 俺の平穏
その日も騒がしい夜になった。
ディオール商会の馬車で大半の傭兵はザイル街へ帰途についていたが、残った警備隊と幻想、蜥蜴の尻尾での大宴会へと発展していた。
宴会の調理を務めているのは、蜥蜴の尻尾が誇る二人の料理人だ。
グランツから聞いた話だと、ウィブが自分からギルドの一員として残りたいと言ってきたそうだ。
ここで撤退してしまえば、もう傭兵ではいられないと。
不安や恐怖に押し潰されそうな中、覚悟を決めた顔で話したらしい。
「ニケル、呑んでるか?」
赤い顔をしたファミスが、グラス片手に肩を組んでくる。
このオッサンは酔い潰れて失態を犯した昨日の事を覚えているのだろうか?
「飲んでるよ。だけど飛竜のフルコースで腹は一杯だ」
「はっはっは。滅多に食えない肉だぞ。一生分食っておけ」
そう。この大宴会の料理は飛竜、飛竜、飛竜。
稀少な肉とはいっても、一人一頭を割り当ててもまだ余る。
飽きもするし、肉ばかりをそこまで沢山食べられるわけがない。
手の込んだ料理を作る暇もなく、グランツが素材を切りウィブがある程度のスパイスを作ると、後はもうバーベキュー状態だ。
「パティ大丈夫か?」
いつもならハシャギ過ぎるパティが、グッタリとしている。
あの魔道具の魔力を吸ってから、本当に調子が悪いみたいだ。
「はぅぅ、身体がダルいっす。気持ち悪いっす。マスター、枕が欲しいっす」
パティにあの魔道具の魔力を吸えと言ったのは俺なので、どうにもバツが悪い。パティの視線を汲み取って膝枕をしてやると、今度は俺に軽い虚脱感が押し寄せる。
俺の膝に顔をうずめると、ここぞとばかりに精気を奪っていくパティ。
あれ? こいつって服の上からでも精気を吸えたっけ?
「おっ、いたいた」
これまた懲りない男がやって来る。
赤い顔してグランツにもたれかかっている男、スランバークだ。
「おい、お前達。みんなウチのギルド来いよ。歓迎するぞ」
「あー、間に合ってるから大丈夫だ」
「連れねぇなぁ。おい、ウィブはウチに来るだろ?」
「い、いえ、僕は蜥蜴の尻尾がありますので」
グランツも「スラン、飲み過ぎだ」と注意をするものの、満更では無い様子だ。
昨日の今日とはいえ、飛竜討伐の任を達成したのだから羽目をはずすのも無理はない。
結局その日は夜が明けるまで宴は続いたのであった。
ミケバムに呼ばれたのは次の日の昼頃だった。
朝まで飲み食いしていたせいで、まだ寝ている連中も多い。
連れて来られたのは警備隊本部。
中に入ると浮かない顔のファミスがいるのだが、まるで昨日と同じ表情だ。
「どうした?」
「昨日の槍使いと剣士だがな……。今朝、死体で発見された。縛って監禁していたが昨晩の宴会だ、見張りも隙だらけだったようだな」
「魔道具の方も魔術師組合での正式な鑑定はまだ先になりますが、恐らく飛竜を呼び寄せたり遠ざけたりする程度の物で操ったりは出来ないとの見方です」
「……つまり別働隊がいるって事か」
今までの襲撃は、その程度の魔道具でも可能だったかもしれない。別に魔道具があると思うのは、考えすぎなのかもしれない。
だが昨日の二人が殺された以上、少なくとも他に共犯者がいた事になる。
「これだけの飛竜を狩ったんだ、騒動は収まるだろう。この件も調査はするが、真相解明が出来るかは分からんな」
「かもな。で、そんな話を聞かせる為だけに呼び出したわけじゃ無いだろ?」
ファミスは少し困った顔をして、横にいるミケバムの方を見る。
「あぁ。……ニケルはディオール商会からの依頼でここに来ただろ? 言いにくいんだが、飛竜討伐の褒賞金は王国が出している。……お前のギルドは国との契約はされていないって事になるよな?」
「私達警備隊にも特別報酬などが支給されるのですが、ニケルさんのギルドに報酬は王国からは……出ません。幻葬に飛竜討伐の追加報酬を当て込んで、そこから蜥蜴の尻尾に支払う事は出来るのですが、何かと複雑な手続きが多く……」
要は金の話だ。
本当ならこれだけの成果を上げれば、王国から結構な報酬がもらえるのだろう。
だが俺達はディオール商会と依頼契約を結んでいるだけで、王国と依頼契約を結んでいる訳じゃ無い。
当然ディオール商会から依頼金は出るが、国からの報酬は貰えないって話だ。
薄々気づいてはいたが、契約関係ってのは融通の利かない面倒なものだな。
「まぁ、仕方ないだろ。ベルティ街に帰ったら、ディオール商会から割増しで依頼金を貰うさ。贅沢を言っていいなら飛竜の素材を少し多めにもらえたらありがたいな。正直言ってな、手続きやなんやってのは……面倒だ」
俺が笑うと、ファミスは一瞬呆気にとられてから高笑いをする。
「はっはっは。そうか、面倒ときたか。やはりお前は面白いな。分かった、飛竜の素材については優遇しよう。だがなニケル、俺は友が出来たと思っている。何かあった時、俺が力になれることがあれば、出し惜しみはせんぞ!」
ファミスと握手を交わすと軽くハグされる。
その後俺達は警備隊の馬車に便乗して、ベルティ街へと帰る手はずになった。
幻葬のスランバークに剣を返そうとしだのだが、突っ返された。「受け取ってくれ」と言われたが、俺には鉄の剣がある。
しばらく押し問答が続いたが、結局グランツに渡すことで納得して貰った。
こうして俺達のお使い依頼は幕を閉じた。
「ニケルさん。ちょっといいですか?」
ギルドに帰って来ると、俺の部屋にウィブが訪ねてきた。
妙にスッキリとした顔で、俺を正面から見据えてくる。
「自分の中で結論が出たのか?」
「……はい。やっぱり僕、ここで、蜥蜴の尻尾で傭兵を続けたいです。まだまだ甘い考えが抜けてないかもしれません。でも、師匠やニケルさん、ティルテュさんやパトリシアさんと一緒に傭兵をしていきたいです。……ダメ、ですか?」
ウィブの心にどんな変化があったのかは分からない。正直言って「もう辞めます」と言われる覚悟もしていた。
「ダメかどうかを決めるのは俺じゃ無い、ウィブ自身だぞ。だけど、ここに居たいと思うなら、歓迎するぞ。よろしくな、ウィブ」
俺がウィブの頭をポンと叩くと、ウィブは満面の笑みを浮かべる。
「よろしくお願いします!」
どうもウィブにしてもパティにしても、純粋なんだよなぁ。
心が癒される反面危うさを感じてしまう。
とりあえずは最高の料理人を手放さずにすんだと喜んでおこう。
「ちなみにウィブ君、そろそろ昼飯の時間では?」
「はい。今作りますね」
厨房へと向かうウィブ。
それを見ていた俺は、平穏が戻って来たとシミジミ思う。
俺の野望もカムバックだ!
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「どうじゃった、お使いは?」
「中々刺激的でしたよ。もうちょっと能力に慣れたい所でしたが、予想以上に番犬が優秀過ぎましたね。あんなに簡単に飛竜を壊滅させるとは思っていませんでしたよ」
豪華なソファーに腰掛ける二人。
一人はその豪華な部屋に似つかわしくない格好をした髭のある老人。
もう一人は皮膚が鱗に覆われた、竜人間とでも呼べそうな亜人であった。
「ふむ。あの魔道具を押さえられたのは痛かったの。上層部に手を回すかのぉ」
「所詮は飛竜を呼び寄せるだけの魔道具ですよ。飛竜を操る感覚は確認しましたし、もういいでしょう」
老人は顎髭を触りながら、何とも悪そうな顔をする。
向かいに座る男は、グラスに入ったワインを空けるとソファーから立ち上がる。
「あの番犬達には手を出さないようにお願いしますね。あの小僧やオカマのように消そうとしても、逆に返り討ちにされるのがオチです。今後も利用価値があるかもしれませんし」
「ほぉ、お主がそこまで言うのか?」
「私でも今はまだ勝てる気がしませんからね」
男が右腕を曝け出すと、鱗のついた皮膚が滑らかな人間の腕へと変化して行く。
見た目も変化し、人間の風貌に戻っていった。如何にも頭の切れそうな顔つきに笑みを浮かべながら。
「依頼金を払ったら、しばらく近付かん様にしとくわぃ」
「それがいいでしょうね。次は、旅行に王都に行きたいですね」
「手配しておくわい」
二人の静かな笑いの意味は、まだ誰も知る由もなかった……。




