25話 仮説
さすがに俺も責任を感じたので、エーカーに同行を願い出る。
エーカーも「部外者ではないので」と了承してくれた。
警備隊本部に到着すると、神妙な顔つきのファミスとミケバムが待っていた。
ファミスは俺の顔を見て眉をひそめる。
「ニケルを呼んだ覚えは無いぞ。……まぁいい。ミケバム、今朝の被害を報告してくれ」
「はい。今朝の飛竜来襲での負傷者の数は84名です。ディオール商会の回復薬により死者は出ませんでしたが、回復薬は使い切っており、補給の目処は立っていません。戦闘可能な者は警備隊31名、ギルド員34名、魔術士組合は5名です。幻葬以外の全てのギルドから撤退要請を受けています」
想像以上の被害だ。ファミスはゆっくりと目を閉じる。
「戦闘不能者が半数を越えた以上、作戦の続行は困難と判断し、この町から撤退する。現時点をもって警備大隊はハマウンドの町から離脱し、ハシーダ砦に合流する。尚、ザイル街の全ギルドの協力依頼は完了。帰還依頼へと変更する。帰還に際してはディオール商会へ移送馬車の協力を要請する」
「ファミス統括!?」
「全責任は俺が取る。警備隊の離脱の指揮はミケバム、お前が取れ。ザイル街への帰還はディオール商会及び幻葬が取り仕切ってくれ。最終的な町の引き払いは俺がする。以上だ」
有り体に言えばファミスが全責任を取るつもりの様だ。責任者の役目といえばそうなんだが、俺としては「お前達が来たからこうなった」と責められた方がまだマシだ。
一緒に呑んでいただけとは言え、罪悪感を感じるなって方が無理な話だ。
だいたいファミスとスランバークが酔い潰れていたとはいえ、酔って無ければ被害がなかったとは思えない。
あれだけの数の飛竜の来襲だ。ここの人員で対応出来る範囲を超えている。
今朝の光景を思い出していた時、ふと引っかかりを感じた。
――何だろうか? 間違い探しの様に、あってはならない物を見た気がする。
「直ぐに準備に取り掛かってくれ」
ファミスの言葉にミケバム達が動き出す中、俺はその違和感の正体を探した。
「飛竜の子供……?」
俺の呟きに、その場にいた面々の動きが止まる。
「今朝の飛竜の来襲、飛竜の子供がいたよな?」
「子供……だと?」
「――まさか? でも、それは……」
ファミスは言葉を詰まらせて思考を張り巡らせている。ミケバムも顎に手を当てブツブツ言い出した。
「何かおかしいのですか?」
魔物と対峙する事の無いエーカーには、この違和感は分からないだろう。
「魔物といっても人間と同じで、幼体が戦いの場に出ることなんて殆ど無いんです。もちろん例外はありますが、極端に獰猛な魔物を除けば幼体までもが襲ってくるなんて、何かしら理由があるはずなんです。食料危機などの緊急性が高い場合でも、まず成体の魔物だけです。しかも家畜の被害は報告にはあがっていませんから、食料危機の線では無いって事です。集団で住処を探してる可能性もない訳ではないのですが、それにしては襲撃の波が不自然なんです」
ミケバムはエーカーに説明しつつも、一つの可能性を思い浮かべているのだろう。顔が引きつっている。
「最悪のタイミング。飛竜の幼体。襲撃の統一性のなさとなりますと……」
ミケバムが意見を披露すると、皆が押し黙る。
あくまで可能性の話だが、聞けば辻褄が合ってしまう。
「推測だが理に叶ってるな。って事は恐らく撤退開始と共に再び襲撃がある可能性が高い。だが、もしそうならばチャンスだな」
ファミスの言葉に周りに緊張が走る。
「……この作戦の肝は情報機密と迅速な行動だな。この話は他言無用だ。ミケバム、信用のおける警備隊の選出と撤退作業の準備に取り掛かってくれ。スランバークはギルドの把握と襲撃に対応出来る人員の確保を頼む。エーカー殿は馬車に必要最低限の食材と、負傷者の取り込みを行ってくれ」
「分かった、すぐに取り掛かる」
「了解しました。目標の探索、討伐はファミス統括が一人で行うのですか?」
ファミスを不敵に笑うと俺に視線を合わせる。
「ここにもう一人働かなきゃいけない奴がいるだろ? 俺達に任せておけ」
「あっ……うん。協力させて頂きます」
「はい、喜んで」とは言えないが、この雰囲気で「頑張ってね」とも言えない。
作戦が決まるとミケバム、スランバーク、エーカーはすぐさま行動に移った。
部屋に残ったのは俺とファミスだけだ。
「じゃあ俺もうちのギルドメンバーと話してくる。撤退前にここに来ればいいんだな?」
「そうしてくれ。それまでに準備は整えておく」
もうファミスの顔には重い重圧を被った悲痛な表情はない。
やるべき事に突き進む歴戦の強者の顔だ。
俺はファミスを背にしてギルドメンバーの待つ建物へと急ぐのだった。
「食材は必要最低限でいい。負傷者の搬入を優先しろ」
「警備隊の馬車を二台回せ。馬はディオール商会から一頭づつ借りるんだ」
慌しく準備が進むなか、俺は警備隊本部に向かって歩いている。
ティルテュとパティには幻葬のスランバークの指揮下に入ってもらった。
今朝も上手いこと連携が取れていたし、大丈夫だろう。
パティにはバレないように他ギルドの傭兵から精気を少しづつ取っておくように言っておいた。
パティは嫌がっていたが、今朝の戦闘で魔力を消費している事を突っ込むと、渋々了承していた。
みんなのアイドルウェイトレスのパティが手を握って「もうちょっとっす。ふんばりどころっす」と語りかければ、傭兵達も舞い上がり、精気を抜き取られても気づいて無いようだ。
グランツとウィブにはエーカーさん達の手助けをして貰っている。
歩きながら腰につけた似つかわしくない剣の柄に手をかけ、先程のやり取りを思い出す。
__________
「ニケル、スランから借り受けたこの剣を持って行け。流石に飛竜相手に鉄の剣じゃ何本あっても足りないからな」
「壊れたらちゃんと請求するから安心してくれ」
そもそも請求が怖いから鉄の剣を愛用しているんだが、無下に断るのも悪い気がする。
嫌々ながらも鞘から引き抜くと、美しい刀身が姿を現す。
「高そうだな」
「ざっと金貨20枚ってとこだ」
「……返す」
俺は剣を返そうとするが、スランバークは受け取らない。
「あんたには感謝してるんだ、グランツに会わせてもらった礼だ」
「……請求するなよ?」
__________
金貨20枚の剣ねぇ。
俺の鉄の剣888本分ってどんだけなんだろう?
警備隊本部の前まで来ると、ファミスが警備隊に檄を飛ばしている場面に出くわす。
「いいか! 今まともに動けるのはお前達だけだ! 傭兵達の撤退を確認して、ハシーダ砦まで向かう事になる。飛竜の襲撃はいつあるかは分からん。気を引き締めて仕事に当たってくれ」
「「「はい!」」」
「ミケバム、負傷者警護と殿の部隊の編成は済んでいるな?」
「はい。済んでいます」
「よし、配置につけ!」
一斉に動き出した警備隊は町の入り口へと駆けて行く。
「おっ、来たな。なんだ? 似つかわしくない良いもの腰にぶら下げてるじゃ無いか?」
「あぁ、スランバークが持ってけっさ」
面倒そうに答えると、ファミスは俺の顔を覗き込んで目を細める。
「何というか、やる気のない顔だな? 大丈夫か?」
「大丈夫だけど、いざとなると面倒くさいなぁと」
「はっはっはっ、この状況でそんな言葉が出るとはな。ここまで気負わないってのも大物の証だな。30分後、撤退を始める。俺たちは入口付近で待機だ」
「あぁ」
ミケバムの立てた仮説は、飛竜を操っている人間の存在だ。
何故に飛竜の子供が混じっていたのか。何故ファミスとスランバークが酔い潰れたタイミングで襲撃があったのか。何故家畜を喰われる被害が無いのかが、かっちり当てはまってしまう。
もし二つだけが当てはまるなら偶然かもしれないが、三つ当てはまるとなると、それは偶然では無く必然となる。
眉唾な噂だが、魔物を操る魔法や魔道具の話は何処にでも転がっている。
実際に魔物使いと言われる人間がいるのは事実だ。
仮に裏で画策している人間がいるとなると、そこまで遠くから見ているだけとは考え辛い。
ファミスやスランバークが酔い潰れた事を知ることが出来た理由。犯人はこの討伐隊の中に居ると推理するのが順当だ。
もし操っている人間がいるならば、次の襲撃は撤退開始直後だろう。
馬車に詰め込まれた傭兵など、美味しい獲物でしか無い。恐らく犯人はこの騒乱を利用して町の入り口付近の建物に潜んでいる筈だ。
自分の身の安全を確保しつつ討伐隊を殲滅させるには、唯一無二のチャンスのはずだ。
もし襲撃が無ければ仮説は外れ。もし襲撃が有るのならば、もう疑いようが無い。
「飛竜の襲撃はあると思うか?」
「無い方がありがたいんだがな」
俺とファミスが配置に着く頃には、ディオール商会の馬車がハマウンドの町から撤退していく。
順を追って遠ざかっていく馬車達。
ファミスが遠くの空を見上げながら太々しい声を出す。
「予想的中だな。来るぞ」
「あーあ、やだやだ」
遠くに見える飛竜の群れを見上げながら、犯人探しを始めるのだった。