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24話 来襲

「分かる、分かるぞ! その気持ち。面倒……じゃなかった、やりたくない事なんていくらでもあるんだ」

「分かってくれるのか? 面白味のない事をしたってストレスが溜まるだけだ」


 端から見れば、組織の頭らしからぬ発言で熱く語る二人。とても仲間や部下の前で討論する話題ではないが、酔いもまわっているせいか、気にするそぶりはない。

 二人の間には空になった酒の瓶が無造作に置かれ、テーブルの上を賑やかしている

 調理のピークが過ぎ、厨房から出てきたグランツは不思議な光景を見て、二人を指差しティルテュに尋ねた。


「一体何があったんだ?」

「……あの二人、とんでもなく気が合ったみたい」


 ティルテュはため息をついて面白くない顔をする。

 少しの仮眠を取ったティルテュは、ニケルとファミスに連れられてこの建物に連れて来たのだが、二人はティルテュに構いもせずに話に夢中だ。

 ティルテュが寝ている間から二人の仲は良くなっていたのだが、ここに来て酒が入ると加速度的に距離は縮まっていた。

 ウェイトレスとして手伝っていたパティを捕まえては、「酒を持ってこい」だの「ツマミが足りない」などワガママを言いたい放題。

 一息ついたグランツが来ても、気がつく気配はなかった。


「それにしてもウィブもグランツも凄い評判ね」

「俺はただ食材を切ってるだけだ。やはりウィブの力だな」

「グランツもよ。エーカーさんもミケバムさんも驚いてたわよ。あれ程の包丁捌きは見た事無いって」


 実際この広間は多くの人で賑わっていた。

 ここにいる連中は幸せそうに料理を食べている。

 もともと飛竜相手に疲れきっていた傭兵や警備隊のストレス軽減を目的に、料理人と娼婦が派遣されたのだが、グランツやウィブはオマケの存在。

 最初はここに食事を求めて入ってくる客はいなかった。


 まず、看板もない建物から流れ出た胃袋を刺激する匂いに釣られて数名の警備隊が入ってきた。

 出迎えるのは可憐な少女。

 銀髪の愛嬌のあるウェイトレスが水と御絞りを持ってきた時点で、警備隊の顔はしまりのないものになってしまう。


「ご注文をおうかがいするっす。A定食とB定食があるっすけど、オススメはA定食っす。いかがっすか?」


 ギャップのある口調にほっこりしながら、「じゃあA定食をお願いしようかな」と、皆誘導されてしまう。

 そして驚かされるのは、注文から料理が出るまでの時間だった。

 銀髪のウェイトレスは注文を厨房まで伝えに行ったかと思うと、談笑する間も無く料理が運ばれてくる。

 トドメはその味だった。

 ご飯に味噌汁、しょうが焼きとポテトサラダといった一般的な家庭料理のはずなのに、箸が止まらない。

 まるで一流料理店で食べている感覚に陥ってしまう。


 噂が広まり客足が増えだしても、料理の待ち時間は五分以内。

 恐ろしい速度で食材を切り下準備を整えるグランツに、調理の魔術師ウィブが最適な味付けを施す。


 昼時を過ぎ夜になるとメニューも増え、お酒も出始める。気が付けば建物には入りきらないほどの人混みにでごった返していた。

 打ち合わせも終わり、様子を見に来たエーカーとミケバムはその光景に驚き、食事をとる事でさらに驚愕する。

 ウェイトレスがパティ一人では追いつかないと、娼婦のお姉さんを手配する程だった。


 ピークの過ぎた夜更けにやって来たのがニケルとファミスであり、今に至る。




「そっちの統括はあんなに飲んだくれて大丈夫なのか?」


 グランツがエーカーと同じ席にいる副統括に尋ねると、首を横に振って苦笑いを浮かべていた。


「私も統括のあんな姿を見るのは、初めてですからね」

「ニケルもあそこまで飲んでるのは、歓迎会以来よ。お酒は苦手だったはずなのに、グランツとウィブが来てから『料理が旨いと酒が進むよなぁ』なんて言ってたし」


 皆、二人を見て深いため息をつく。

 楽しむことは悪いことでは無いが、飛竜にいつ襲われるか分からない現状で、トップたる統括が酔ってはしゃぐ姿を目の当たりにすれば頭が痛くなる。


「マスター、楽しそうっす。あっ、ウィブ殿お疲れ様っす」


 エーカーの計らいで、他の料理人と交代してきたウィブが夜食を持ってきた。


「グランツさん、夜食を持ってきました。ティルテュさんもどうですか?」

「あら、ありがと。少しは気が楽になった?」

「えぇ……、さっきよりは」

「そう、なら良かった」


 蒸し返す発言にグランツは顔をしかめたが、ティルテュは悪びれる様子も無い。

 だが、ウィブの返事を聞いたティルテュの笑顔は、親身に接しているが故の偽りの無いものだった。



 

 夜食を摘んでいると、一人の傭兵が席の前で足を止める。


「グランツ? おい、グランツか?」

「んっ? ……スランバークか? 懐かしいな」

「傭兵を引退したって聞いていたが、またこうして会えるなんてな。どうしてここにいるんだ?」

「まぁ、なんだ。ちょっと料理人としてだがギルドに入ることになってな、スランはどうなんだ?」


 古い馴染みに出会い、肩を叩いて再会を喜ぶグランツとスランバーク。


「俺か? 俺は今、ザイル街の筆頭ギルド、幻葬(ファントム)のギルドマスターだ。出世したもんだろ?」

「お前がギルドマスターとはな」


 視線を交わす二人は昔の情景を思い出し、懐かしんでいた。


「で、若いの連れてどうしたんだ?」

「ここにいるのが同じギルドのティルテュ、パトリシア、ウィブだ。ここの料理は旨かっただろ? このウィブが作ったんだぞ」


 スランバークはウィブを見て驚くと、引き抜きを始める。


「そうなのか? ハッキリ言って無茶苦茶美味かったぞ。どうだ、うちのギルドの専属料理人にならないか? 給料もそこそこ出せるぞ」


 ウィブは困った顔をして「いや、僕は……」と答えながらグランツに助けを求める。


「ウィブは俺の料理の師匠だ。引き抜くな」

「料理とは言えお前が弟子入りときたか。それだけ時間が経ったって事だな……。もう調理も落ち着いたんだろ? 付き合えよ」


 スランは飲む仕草をしてグランツ達のテーブルにつくと、懐かしい再会を祝して宴会が始まるのだった。






 __________



「ぐぁぁぁぁあ!」

「ここはもう無理だ、一旦引くぞ」

「おい、大丈夫かっ?」


 激しい揺れと爆発音。

 耳につく悲痛な叫びで目が覚めると、恐ろしいほどの頭痛と吐き気が襲ってくる。

 二日酔いだ。

 建物は大きく揺れ、天井からは埃や木屑が落ちてきている。


 ここはどこだ?

 記憶を探るが何も思い出せない。

 ソファーでイビキをかいて寝ているファミスを見て、昨晩飲み過ぎたんだと自覚する。

 記憶は無いが、ファミスと潰れるまで飲み明かし、ここで寝たのだろう。


「おい、ファミス。外が騒がしいぞ」


 いくら体を揺らしても起きないファミスに平手打ちをかますと、ゆっくりと瞼が上がる。


「んぁぁぁ? あ?」

「起きたか? 外が騒がしいぞ」


 俺の言葉に飛び起きたファミスは、異常な揺れと音に顔を引きつらせ、窓から外の状況を確かめる。


「げっ、飛竜だ! あいつら襲う時間を考えろよ!」


 飛竜にこちらの都合など関係無いと思うが、どうやら非常事態の様だ。

 ファミスは急いで装備を持つと外に駆け出す。

 あの男は二日酔いでは無いのだろうか?

 俺も胃から逆流しそうなモノを飲み込み、あとに続いた。


 外に出ると辺りは地獄絵図だった。

 そこらかしこから黒い煙が立ち上り、薄暗い上空には飛竜が舞い飛び咆哮をあげている。

 その数は多く、小さな子供の飛竜までもが来襲していた。

 警備隊や傭兵も魔法や弓矢で応戦しているが、少し先では飛竜の爪で吹き飛ばされている姿も見える。


「ニケル! 俺はミケバムを探して合流する。お前はディオール商会の方を頼む!」

「分かった」


 だんだん意識がはっきりしてくると、不安が込み上げてくる。

 パティやティルテュは大丈夫だとは思うが、グランツやウィブ、エーカー達は大丈夫だろうか?


 吐き気を抑えながら場所もわからないまま彷徨うと、爆発音と眩い光を捉える。

 ――パティだ。

 途中道端で一度嘔吐し、なんとか目的の場所に辿り着くと、パティとティルテュ、見たことの無い傭兵数名が飛竜を相手に戦っていた。

 奥にはエーカーを始め、グランツやウィブ、料理人や娼婦の姿が見える。みんな無事のようだ。


「たぁぁあ!」

「ちおぉぉぁっす」


 傭兵やティルテュが飛竜を翻弄し、パティがパトリアパンチで止めを刺す。

 周りを見れば、既に大きな穴の空いた飛竜が二頭倒れている。

 更に一頭を仕留めると、残りの飛竜は上空へと退避していった。


「みんな無事か?」


 俺が駆け寄るとティルテュが冷たい視線で出迎える。


「ニケル、今お目覚め?」


 ぐっ、何も言えずに視線を逸らすとグランツと目が合う。心なしかバツの悪そうな顔だ。


 状況を聞けば飛竜の襲撃は20分程前。

 朝方の薄暗い中での来襲に、指揮系統は機能せず総崩れ。

 中でも統括の不在、筆頭ギルドのギルドマスターの不在が大きかった様だ。

 って。筆頭ギルドのギルドマスターって誰だ?


 視線を合わせないグランツに聞くと、ティルテュやパティと一緒に戦っていた傭兵達がザイル街の筆頭ギルド、幻葬(ファントム)のメンバーらしい。そして戦いに参加もせず、壁に手を当て嘔吐してるのがギルドマスターだった。

 何の事はない、統括であるファミスは俺と酔い潰れ、筆頭ギルドのギルドマスターであるスランバークは、グランツと酔い潰れるという失態を犯していた。


「……うちのギルドのせい?」

「結果論としては、そう取られても仕方ないでしょうね」


 エーカーも実に困った顔で答える。

 ディオール商会の護衛が討伐大隊の統括と筆頭ギルドのギルドマスターを酔い潰したともなれば、知らぬ顔も出来ないのだろう。




 上空の飛竜が飛び去り、ハマウンドの町に静寂が戻ると、エーカーと幻葬(ファントム)のギルドマスターであるスランバークはファミスに呼び出されるのだった。





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