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22話 到着

 ある晴れた昼下がり。

 俺は今、牧場から売られていく子牛の様に馬車に揺られている。


「ニケルさん聞いていますか?」

「えっ? あー、はいはい、……荷物の受け渡しでしたっけ?」


 エーカーが色々と依頼の詳細を教えてくれていたのだが、余りに細かすぎて子牛の意識に憑依されていたみたいだ。

 細かい話はグランツにってお願いしたのに。

 人には向き不向きがあるのだよ。


 二台の馬車の内、此方の馬車には主に護衛すべき人間が乗っている。

 流石はディオール商会。八頭引きの馬車は巨大で、30人は乗れる広さがあるだろう。ディオールの動く家だな。

 確かにこれだけ大きな馬車であれば、野盗に襲って下さいと言っているようなものだ。


 食材メインの馬車にはティルテュとパティ、ウィブが見張りとして乗っている。パティやウィブは見張りの経験は無いだろうが、ティルテュがついていれば大丈夫だろう。


 中を見渡せば料理人も娼婦も若干青ざめているようだ。

 野盗に襲われるのはほぼ確定であり、行き先は飛竜が襲ってくる可能性が高い町。死刑台にでも送られる囚人の気分なんだろう。

 しかし食材や料理人はまだしも、娼婦まで用意するディオール商会とは恐ろしいものだ。

 戦場で兵士のストレスや犯罪軽減の為に、娼婦を派遣する話は聞いたことがあるが、目の当たりにするのは初めてだ。


 そんな事を考えながら外を眺めていると、遠くで何かが光る。あの光は金属の反射。つまり野盗の可能性が高い。

 あー、やだやだ。


「ニケル!」


 ティルテュの大きな声が響き渡る。

 馬車から外を覗き見ると、街道の先には丸太が無造作にいくつも並べられている。

 おそらく丸太を避けようと街道から外れれば、落とし穴が設置されているだろう。野盗の常套手段だ。

 一体国の警備隊は何をやってるんだ?

 あぁ、飛竜討伐か……。

 仕方なく表に出ると、ゾロゾロと砂糖に群がる蟻のように集まってくる野盗達。二十人って所だろうか?


「あー、グランツ。中は任せる」

「分かった。気を付けろよ」


 馬車の出がけに料理人と娼婦を見れば、震えながら神頼みをしている。

 外に出たは俺とティルテュとパティ、ウィブ。

 ウィブは手を震わせながら御者の前で剣を構えているが大丈夫だろうか?

 その顔は今にも吐きそうなほどに血の気がない。


 どうやら二流の野盗の様で、馬車を取り囲んだまま下品なニヤケ顔を晒している。

 ちなみに一流の野盗ともなると、取り囲んだ優越感には浸らずに、問答無用で襲いかかってくるものだ。


「あのー、何かご用でも?」


 ひときわ装備がきらびやかな、野盗の頭らしき中年にお伺いを立ててみる。もしかしたらいい人かも知れないからね。


「ひゃっはっはっ、ご用? 用があるのは女と荷物だけだ。男はなぶり殺し、女はたっぶり可愛がってやる。荷物は俺様の、ぐぎゃぁぁ!」


 どうやらいい人では無かったらしい。

 仕方がないので、高笑いしている中年野盗の右太ももに鉄の剣を突き刺してやった。

 二流とはいえ、ここまで無防備なのは刺された側の問題だろう。


 周りの野盗達は悲痛な声を聞いて、やっと楽観出来ない状況に気付いた様だ。


「か、頭ー」

「てめぇ、何してやがる!」

「ぶっ殺してやる!」


 威勢の良い怒号が飛び交っているが、分かっているのだろうか?

 君達が俺に注目している内に、一人、また一人とティルテュによって殴り倒されているんだが。

 その破壊力や、殴られた顎や蹴られた足は明後日の方向を向いている。

 俺の鉄の剣に斬られた方がマシじゃないかと思うほどだ。


 

 俺が三人程を仕留めると、他の野盗共はティルテュの拳に叩きのめされているか、命乞いをしてひれ伏していた。

 未だに喚いている中年野盗の側に寄り、優しく声を掛けてみる。


「まだ用はあるかな?」


 野盗は涙と鼻水を垂らしながら、大袈裟に頭を横に振る。

 邪魔な丸太を命乞いをしていた野盗共にどかさせていると、腰を抜かしているウィブと目が合う。


「ウィブ、大丈夫か?」

「ひっ!」


 立たせようとして手を差し出したのだが、逃れるように後退りされてしまった。

 歯を鳴らして震えているウィブ。


 周りの野盗の惨状を見て、納得する。

 きっと俺やティルテュが殺人鬼にでも見えているのかもしれない。


「ご、ごめんなさい、ニケルさん。も、もう大丈夫です」

「そうか。いきなりの襲撃だったからな。馬車でしばらく休むといいぞ」


 俺から目を逸らし、ウィブはフラフラと立ち上がって馬車へと入って行った。

 傭兵なりたてでは刺激が強すぎたか……。

 さてどうしたものかと考えていると、外に出てきたグランツが苦笑いを浮かべている。


「困った坊ちゃんだな。……俺が話をしておく。ニケルが話すよりは落ち着いて聞いてくれるだろう」

「傭兵になるなら避けられない道だからな。……悪いが頼む」


 傭兵経験豊富なグランツがいてくれて助かった。

 ウィブは傭兵ってものに子供みたいな憧れを持ってるからな。

 もし傭兵に幻滅して辞めるとしても、フォローは必要だろう。

 

 丸太が退かされると、ティルテュとグランツが入れ替わり、馬車は再び走り出した。

 

 


 






「大分お疲れみたいですね」


 夜見張りをしていると、エーカーが焚き火の前に座る。

 今日一日でティルテュと二人、どれだけの野盗を相手にしてきただろうか?


「流石にここまで頻繁に襲われるとね。エーカーさんもおちおち寝てられないでしょ?」

「私はニケルさんを信用してますので、ゆっくり寝させて貰いますよ。むしろ予定が遅れてしまう事の方が心配です」


 それならば夜の間も馬車を走らせて欲しい所だが、馬だって休憩は必要だ。

 エーカーは焚き火にかけられた鍋からスープをすくいカップに注ぐと、俺に渡してくれる。


「早く着いてゆっくり寝たいんだけどね。エーカーさんは到着してもハマウンドの町に残るんでしょ?」

「えぇ、王国の本体が来るまでは滞在するつもりです。不謹慎な話ではありますが、書き入れ時ですし、王国に恩を売るチャンスですからね」


 なるほど、根っからの商人なのね。


「ニケルさんのギルドなら、うちのお抱えギルドになれますよ?」

「いや、遠慮しておきます。自由気ままが一番ですよ」

「そうですか」


 俺の言葉にエーカーは悪戯っぽく笑う。


「では、見張りよろしくお願いしますね」


 エーカーが席を立ちしばらくすると、テントから一人の少年が出て来た。ウィブだ。


「どうした? 休める時に休んでいた方がいいぞ?」


 ウィブは少し俺から離れた場所に腰を下ろす。

 返事は無く、木々の燃える音が妙に優しく聞こえていた。


「……ニケルさん。……ごめんなさい」

「んっ?」


 焚き火に照らされたウィブの顔は憂いを帯びている。やっぱり傭兵辞めるとか言い出すのだろうか?


「頭では分かっているんです。これが傭兵の仕事だって……。でも、いつかは僕も誰かを手にかける事になるんだって、それどころか殺されるかもしれないって思うと」

「まぁ、そう感じるのが普通だな」

「……昔、ニケルさんにも葛藤はあったんですか?」

「俺が剣を握って間もない頃は、そんな事を考えてる余裕なんて無かったかな。殺さなきゃ殺されるって環境にいたからな。そうやって生きてきたんだ。……人には得て不得手がある。辛いと思える内に身を引くのも一つの道……かもな」


 ウィブは抱えた両足に顔をうずめてしまう。

 だが下手に慰めるよりは、本音で話した方がいいと思ったのだ。


「……自分の心が……分かりません。もう少し……もう少し考えさせて下さい」

「そうか。だけど……いや、何でもない。そろそろ寝ておけ」

「……はい。おやすみなさい」


 テントに戻るウィブの背中を見て、飲み込んだ言葉を呟く。


「ここで辛いと感じるなら辞めた方がいい……。と、までは言えないな」


 俺もまた感傷的になりながら見張りを続けるのだった。














「見えました。ハマウンドの町です」


 エーカーが声をあげるとまだ小さくだが、遠くに町が見えていた。

 

 近づくにつれ異様な町の雰囲気を感じる。

 黒い煙があちこちから上がり、町全体がくすんで見える。

 とてもじゃないが、討伐拠点どころか戦争に負けた町のように見える。


 馬車が町の近くまで来ると、王国の警備隊らしき一団が出迎えてくれた。


「お待ちしてました。ハマウンド飛竜防衛大隊副統括のミケバムです」

「ディオール商会のエーカーです。補給物資及び補佐人員をお持ちしました」

「ありがたい。それでは管理倉庫まで案内致します」


 警備隊に導かれて町の中に入ると、怪我を負って座り込んでいる者や、薄汚れた格好の傭兵らしき姿がチラホラ見受けられる。 


「状況は厳しいのですか?」


 歩きながらエーカーがミケバムに小声で話しかける。


「実は四日前に飛竜の襲撃があり、かなりの損害が出ました。回復薬の在庫も切れておりまして、回復魔法の使い手の魔力も追い付いて無い状態です。今まともに戦える者は80人と言った所でしょうか」

「そうですか。回復薬も幾ばくかは持って来ておりますので、管理倉庫に着き次第優先的に処理を行います」


 やはり新聞で読んだ様に厳しい状態のようだ。

 悩めるウィブは、新聞では伝わらないリアルな現状を見て言葉を無くしている。

 もはや憧れは崩壊したかもしれないな。


「予想以上だな。まるで戦場最前線の町だ」

「皆疲れきって、士気もかなり低そうね。あっちに、痛っ!」


 急に頬を押さえるティルテュ。伝染するかの様にウィブ、グランツも「痛っ!」「くっ!」と続いている。

 不意に俺の頰を目掛けて飛んで来るものをキャチすると、米粒程の砂利玉だ。

 どうやらこの町には、こんな状況でもつまらない悪戯をしでかしてる奴がいるみたいだ。

 俺は一角の建物に目をやるのだった。



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