21話 ディオール商会
依頼契約書にサインをしてしまった……。
ため息を漏らしつつホールに降りるとグランツとウィブを捕まえ、ティルテュとパティの帰りを待つ。
待つこと30分……。パティの事だ、動物達に心を奪われ長居しているのだろう。
気もそぞろにしていると、二人は予想に反して早く帰ってきた。
「動物もいいわね。ギルドでもペット飼おうかしら」
「モフモフ最高っす。自分、触り心地が最高だったモフモフの雪男を飼いたいっす」
上機嫌なのは分かるが、雪男ってどんな移動動物園なんだ? それって動物なの?
俺の顔を見て、ティルテュが前の席に座る。
「ウエッツは何の用だったの?」
「ちょっと依頼を頼まれた。とは言っても詳細は依頼主に聞けって教えてくれなかったんだけどな。で、早速だが、五人でディオール商会に向かう」
「えっ? グランツとウィブも行くの?」
ティルテュの疑問も当たり前だ。ギルド的にはグランツもウィブも料理人扱い。帰りを待ってる間に二人には話しておいたが、やはり意図の読めない依頼に疑いをもっている様だ。
「ウエッツからの指定なんだ。移動には馬車があてられるらしいし、グランツも大丈夫だろう。とりあえず商会で詳しい話を聞いてから判断しよう」
「もしかして、既に引き受けたんじゃないでしょうね?」
「えっ? や、嫌だなぁ。そ、そんな事するワケないじゃないか」
――くっ、鋭いな。
そんな疑いの目で見られても、うちの懐事情ってものがあるのだよ。
「さっ、パティ、ウィブ、行くぞ」
猜疑心丸出しのティルテュとグランツから逃げるように、地図を片手にディオール商会へと向かうのだった。
――――――――
「確かこの辺りの筈なんだけどな」
地図に従って進んだ場所は富裕層区域。
金持ち臭のプンプンする、庶民にとって居心地の悪い場所だ。
そもそも富裕層区域は高い壁に覆われた隔離地域だ。
門は僅か四つ。
中に入るには門で許可を貰わなければならない。
それだけでも面倒なのに、その空気すら俺には合わない。
街並みは確かに綺麗だが「庶民が歩く所じゃ無いですよ?」って雰囲気が醸し出ている。
俺達に向けられる見下しや好奇の視線。
俺たちは無視して、ディオール商会を探していた。
「あれじゃないの?」
ティルテュが指差した先には恐ろしく巨大な建物がそびえ立ち、看板には大きな文字で『ディオール商会』と書かれていた。
地図を見ながら下を向くより、上を向いて歩いた方がすぐに見つかったんじゃないだろうか?
しかし大きい。
傭兵組合の10倍以上の大きさだ。
これ程巨大な商会の依頼となると、嫌な予感しかしない。
豪華にあしらった門には屈強な衛兵が睨みを利かせ、俺達を一瞥すると槍を構える。
俺達の格好はこの富裕層区域では場違いであり、衛兵から見れば不審者と捉えられているのだろう。
「えー、傭兵組合からの依頼で来た蜥蜴の尻尾ですが、セルミネートさんにお取り次ぎ出来ますか?」
「……ちょっと待て」
目一杯の愛想を振り撒いたつもりなのだが、衛兵の槍の先が変わらずこちらに向いているのは何故なんだろうか?
殺気をひしひしと感じる。
しばらく待つと商会に入っていった衛兵長らしき男が戻ってくる。
「セルミネート様がお会いになるそうだ。腰の武器はここで預からせてもらう」
大人しく従って武器を渡すのだが、ここでも俺の愛剣を見て「ぷっ」と笑う不届き者がいやがった。
しかも俺が怒りを抑えて、「お仕事ご苦労様です」と言っても無視したくせに、パティが「お仕事ご苦労っす」と言うと、明らかに照れていたのが腹ただしい限りだ。
中に入ると磨かれた石張りの廊下が俺達を出迎え、衛兵長は更に豪華な応接室へと案内してくれた。
部屋の中には豪華絢爛とは似つかわしくない風体の老人が一人ソファーに座っている。質は良さそうだが、ボロとも言える格好に伸びきった顎髭。
異様な貫禄のあるこの老人がセルミネートなのだろう。
「初めまして。ウエッツから依頼を伺った蜥蜴の尻尾のギルドマスター、ニケルと言います」
「ウエッツから聞いとるよ。立ち話もあれじゃ、座りなされ」
セルミネートの言葉にソファーに座ると、あまりの柔らかさに思わず「うぉっ」っと声が出てしまう。
やさしく尻を包み込むフィット感に、滑らかな肌触り。高級品とはこれ程の物なのかと思い知った。
ソファーの感触ではしゃぐパティはともかく、ティルテュやグランツも驚きの表情を浮かべている。
ふぅ、仲間がいた。危うく俺一人が田舎者扱いされるところだった。
しかし、意外と落ち着いてるウィブは金持ちの出なのだろうか?
「依頼の事は何処まで聞いておる?」
「いえ、何も。ここで貴方に聞くように言われています」
「全くウエッツの奴め。じゃが裏を返せばそれほどに信頼が有ると言うわけか……。いいじゃろう。この依頼は簡単なお使いじゃ」
「お使い……ですか?」
お使いで金貨30枚とはこれいかに?
「うむ。ハマウンドの町までちぃと荷物を持って行って欲しいだけじゃ。簡単じゃろ?」
ハマウンドの町は、ここベルティ街の北に位置する小さな町だ。馬車なら3日程度だろうか。
問題なのは、今北で新聞を賑やかしている出来事だ。
「つまり、飛竜討伐隊への補給物資という所ですか?」
「察しが良くて助かるのぉ。この混乱のお陰で野盗が増えての、中々護衛がおらんのじゃ。最前線じゃ無いとはいえ飛竜討伐の拠点じゃしのぅ」
野盗はまだしも、飛竜に襲われそうな町への輸送など誰でも嫌だろう。あの衛兵達に頼んで欲しい所だ。
とはいえ討伐隊にしてみれば、補給物資は死に直結する生命線。遣り手がいないでは済まされないのだろう。
「知りうる状況や補給物資の詳細を教えて貰えますか?」
「ふむ」
セルミネートは目を細めると、少し考えてから話し出した。
「ハマウンドの町にはザイル街のA級、B級ギルドをメインに、国境警備隊を含めた百五十人程が常駐しておる。町の住人は避難しておるが、既に食料は一週間分を切っておるそうじゃ。王国からの応援が来るのは、早くとも二週間後。どうしても物資の補給が不可欠じゃ」
「商会の私兵がいるでしょう?」
「あ奴等にはあ奴等の仕事があるわい。補給物資は馬車二台で五千食分の食料じゃ。野盗も今か今かと待ち構えておるわい。大事な私兵を失う位なら金を払う方が安いじゃろ?」
つまり犠牲は傭兵に任せるって事か。なんとも直球で話すじい様だ。
「後は娼婦三人と料理人三人。儂の部下二人の護衛じゃな。お主のギルドにも腕利きの料理人がおると聞いておるから助かるわい」
グランツとウィブが顔を見合わせる。ウエッツが言っていた二人を連れて来いって話はこの為か。
という事は、無事物資を届けても、帰れないって事か?
「それは物資を届けてもその場に残るという話ですか?」
「そうじゃな、三日。三日残って貰えれば後はこっちの料理人で何とかするわい」
「……少し此方で話をさせて貰っても?」
「構わんよ」
部屋の片隅に集まって作戦会議もとい、俺への尋問が始まる。
「ニケルどうするつもりなの? まさか受けないわよね?」
「ギルドの方針に口出す気はないが、どうかと思うぞ」
まぁ、俺達に犠牲になれって言ってる様なもんだからね。
更に言えば相手が魔物ならともかく野盗だ。
傭兵の中にも魔物を殺すことは大丈夫なのに、野盗とはいえ人間を殺すことに抵抗がある奴は多い。ティルテュもどちらかと言えばそのタイプだ。
流石にパティやウィブにはキツい依頼だろう。
「……分かった。この依頼は俺一人で受ける。それでどうだ?」
俺の言葉で雰囲気は一気に悪くなる。ティルテュとグランツには悪いが、既に依頼を引き受けているとは言えない。
「……ニケル。もう依頼を引き受けてるんでしょ?」
な、何っ?!? 何故バレてる?
俺の眼球が高速で泳ぐと、グランツとウィブから呆れた視線が注がれる。
「えっ? いや、ほら、えっーと」
「こいつはいつもこうなのか?」
「ニケルさん……」
「もういいわよ。ニケルがこんな場所に依頼を聞きに来る時点で察してたから。ただ、グランツにもウィブにも、もちろんパティにも拒否権はあるわよ」
「そ、それはもちろん。どうするグランツ、ウィブ、パティ?」
主導権はティルテュに押さえられてしまったが、三人にお伺いを立ててみる。
「ギルドに入った以上、ギルドの方針なら従うまでだ……が、受ける前に相談は必要だぞ」
「僕は……ニケルさんについて行きます」
「自分はマスターが脱げといったら脱ぐっす」
神様、優しいギルド員をありがとうございます。
「話は纏まったかのぉ? 出来れば直ぐに出発して欲しいんじゃが」
俺が皆に感謝の気持ちを熱弁しようとすると、待ちきれないセルミネートがせっついてくる。さっき「構わんよ」って言ってた癖に気の短い老人だ。
「もう少し依頼の話を煮詰めたいのですが?」
「そんなものは行きの馬車の中で煮詰めれば良いじゃろう」
「しかしですね、こちらにも準備がありますし」
「必要な物は用意してあるわい」
セルミネートが鐘を鳴らすと1人の青年が中に入ってくる。
二十代後半の、如何にも頭の切れそうな男だ。
「後は任せるぞ」
「はっ。私は今回ディオール商会の代表として同行させて頂くエーカーと言います。既に表で馬車の準備が整っておりますので、続きの話は馬車の中でと言うことで。さっ、出発しましょう」
結局俺達は有無を言う事も出来ずに馬車に連行されるのだった。