20話 俺の野望
あぁ、何と幸せなのだろう。
グランツとウィブがギルドに入ってから、俺の毎日は充実している。
朝起きれば美味しい朝飯が用意されており、昼にお腹が減れば栄養満点の昼飯が用意されており、夜に疲れたと思えば豪華な晩飯が用意されている。
しかもその全てが美味い。グランツ1人に任せるとポカはあるが、ウィブがいる限り外れは無い。
食べたことはないが、一流料理人を雇った貴族よりも幸せな食生活ではないだろうか?
俺は未来を思い描く。
グランツやウィブに飯を作って貰い、ティルテュとパティが依頼をこなす。
いや、2人だけじゃ食っていけない。あと何人か増やして依頼を任せれば、俺は日々食っちゃ寝生活。
俺の野望もここに極まりだな。
俺が妄想にふけっていたのだが、新聞を広げていたウィブの声で現実に戻される。
「ニケルさん国境沿いの飛竜の群れの件、かなり厳しいらしいですね」
「えっ、何それ?」
「……」
俺の答えに唖然としたのか、ウィブは固まってしまった。
「……ギルドマスターなら新聞ぐらい目を通すんだな」
グランツが冷ややかな視線を投げ掛けてくる。「必要最低限の情報や知識は必要だろ?」と言われて新聞を取り始めたのだが、俺はあまり読んでいない。欠かさず読むのは今日の占いぐらいだ。
俺は新聞を取り上げると、記事を読み始める。
もちろん俺は文字を読む教養ぐらいはある。
そういえば、パティは読めるのだろうか?
新聞によれば、北の国境沿いのトリアノスの谷から飛竜の群れが現れたのはおよそ10日前。
元々トリアノスの谷には飛竜が生息していたが、今までに単独はともかく、群れで人間の生活地に出没する事は無かった。
飛竜に襲われた近くの村は、迅速な避難で死者こそ出なかったものの、家屋は全滅。村人は全員退避する事になった。
この国の王都は南部に位置する為、王国本隊が到着するにも時間がかかる。
現在、討伐隊は国境警備隊、近くの都市の魔術師組合を始めA級やB級ギルドに委ねられている状態だ。
だが、現状では飛竜の侵攻を食い止めている程度で、未だに殲滅には至ってない。
飛竜は厄介な魔物だ。
単体の強さなら危険度Bの魔物だが、名前の通り飛ぶ竜なのだ。
竜と言っても巨大なトカゲなんだが、飛ぶことの出来る魔物への攻撃手段は限られている。飛竜には弓だと威力が足りないし、バリスタは射撃精度の割には移動が鈍く、襲われればひとたまりもない。
唯一効果的なのが魔法なのだが、そもそも飛竜を倒せる魔法使いが少ない。
以前依頼で倒したキマイラなんかは、森で生息していた為に飛ぶことが少なかったが、平地なんかだと飛ばれてしまうと成す術がない。
誘き出して一気に叩くしか無いのだが、C級ギルド以下では戦力にならない為に人員が不足してるそうだ。
「ふーん。大変だな」
「えっ、ニケルさん、感想それだけですか? トリアノスの谷ってこの街からそんなに遠くないんですよ? 「よし、俺が倒してきてやる」とか言わないんですか?」
「言わない」
ウィブは俺をヒーローか何かと勘違いしているんじゃないだろうか?
「あのな、ウィブ。危険度Aの魔物を倒せる剣士がいるとする。その剣士が飛竜を楽に倒せるかと言えば、答えはNOだ。世の中には相性ってものがあるんだぞ」
「相性ですか? ニケルさんにも苦手な魔物がいるんですか?」
「いっぱいいるぞ。先ず外皮が硬い魔物。俺の愛用の鉄の剣が折れちまう。他にも広範囲攻撃が出来る魔物や、再生能力のある面倒な魔物。飛竜の様に飛ぶ魔物も苦手だな」
本当は面倒な戦闘が苦手なのだが、心に仕舞っておこう。
「ニケルの言うことにも一理ある。飛竜と戦うにはどうしても魔術師の存在が必要不可欠だし、剣士と相性が悪いのも本当だ。愛用する武器が鉄の剣なのは問題外だがな」
グランツが辛辣な言葉を投げ掛けてくるが、鉄の剣を馬鹿にしないで貰いたい。
鉄の剣を越えるコストパフォーマンスに優れた武器は存在しないぞ。
「じゃあ僕達には関係ない話なんですね」
「A級やB級ギルドが駆り出されてる状態だ、何かしら影響はあるだろうがな」
ウィブは残念そうだがどうしようもない。
前回ヘルハウンド無双を見て、凄いギルドなんだと期待したらしいが、あまりこのギルドや俺に期待しちゃいかんよ。
「ウィブ、俺達はやっとこさE級ギルドになったばかりなんだ。出来るものを出来る範囲で頑張る事が大事だぞ。ウィブもグランツからの指導が始まったばかりだろ?」
「……そうですよね。すいません」
俺の心を伴わない言葉に納得してくれたようだ。
今は美味しいご飯が頂ける事を楽しもうじゃないか。
そう、まだこの時の俺は、迫り来る面倒事を知る由もなかった。
「ニケル、お客さんよ」
「客?」
午後になって部屋でゴロゴロしていると、ティルテュがドアをノックする。
はて? 俺に客とは珍しい。
まさか、また別の債権者じゃないだろうな?
ホールに出ると見覚えのあるスキンヘッドの男がパティと話し込んでいる。
組合の一階に君臨するハゲ男、ウエッツだ。
「なんだよ。客ってウエッツかよ」
「よう。ここの飯は美味いな」
テーブルの上には空になった皿が何枚も置かれている。
一体どんだけ食べたんだ? 請求は組合に届けさせて貰おう。
「うちのギルドの自慢だからな。にしても珍しいな。一体どうした?」
「まぁ、なんだ。ここじゃちょっとな……」
なんだ?
パティやティルテュがいると出来ない話か?
嫌な予感をひしひしと感じるんたが。
「上に行くか? 使ってないがマスター専用の執務室がある。そこで話そうか」
「あぁ」
「自分も行くっす」
パティさんや、空気を読んでくれないかね? 一緒に来るなら部屋を移る意味が無いでしょ?
ティルテュに視線を向けて助けを請う。
「パティ、散歩に行きましょ」
「えっ、でも、自分マスターとウエッツ殿との話が気になるっす」
「近くに移動動物園がきてるのよ、動物と触れ合えるんだって」
「マジっすか? 行くっす!」
移動動物園へ誘うティルテュもティルテュだが、大喜びの22歳もどうだろうか?
2人がギルドから出るのを確認して、俺とウエッツは階段を昇って執務室へと向かう。まともに使うの初めてかも。
執務室と言っても、机と安いソファーが二組あるだけの部屋だ。
俺とウエッツは相向かいに座る。
「で、わざわざ来た要件は?」
「流石にお前でも飛竜の群れが南下してる事は知ってるよな?」
「あ、あぁ。トリアノスの谷の事だろ?」
良かった。今朝読んだばかりだ。
新聞ってすごいよね? 馬鹿にされずに済む。
「現状何とか飛竜の南下はくい止めてはいるが、王国本体の到着や他地区のギルドの応援にはまだ時間がかかる」
「うちはE級ギルドだし関係の無い話だな」
「こういう時だけギルドの級を出すな。安心しろ、飛竜討伐の依頼じゃない。問題なのは飛竜のせいで、この街のA級、B級ギルドが出払って、受けれない依頼が出てきてる事だ」
なるほどな。
俺の記憶が確かなら、この街のA級ギルドは3つ、B級ギルドは5つだった筈だ。
その大半が飛竜討伐に駆り出されれば依頼が滞る。
「でだ、お前達にあつらえたような面白い依頼がある」
「ウエッツから面白いって聞くと、その時点で断りたいんだが」
「そう言うなって。俺とお前の仲だろ?」
その言葉を俺が吐いた事を忘れているのだろうか?
「俺とウエッツの仲ねぇ。ギルドマスターに仕立てられた時の恨みがなぁ」
「そんな過去の事なんて覚えてないな」
あっけらかんと言い放つウエッツ。
都合のいい記憶力だ。ほんの三ヶ月前の話なんだけどな。
「依頼料は金貨30枚。馬車で移動出来る特典付きだ」
「いやいやいや、そこまで厚待遇って、明らかに面倒な依頼だろ?」
依頼料もそこそこ高く、馬車まで付くなんて怪しさ満点だ。依頼内容を直ぐに言わないのも変だしな。
いくら借金まみれとはいえ、甘い話には騙されないぞ。
「そうだな。だが現状、この依頼をこなせる暇なギルドが他にはないんだ」
あんた今、暇なギルドってはっきり言ったよね?
「ウエッツ、悪いが断る」
「そうか……残念だな。これからは級に見合った依頼を頑張ってくれ」
「えっ、ちょっ、ちょっと待った」
席を立とうとするウエッツをなだめる。
現状ウエッツからの手引きで貰ってる難易度B、Cの依頼がギルドの生命線だ。
ティルテュとパティがいくら頑張って難易度Eの依頼をこなしても、月の稼ぎは金貨7,8枚が精々だろう。
どう計算しても後の利息すら返せない。
ニヤリと笑うウエッツには腹が立つが、背に腹は変えられない。
「どうしたニケル? この依頼は止めておくんだろ?」
「っ、借金さえなければ……依頼は受ける」
パワハラだ!
そう訴えたいがこちらの負けだろう。
債務者には選ぶ権利も無いらしい。
「依頼内容はディオール商会で詳しく教えてくれる。そこにセルミネートって男が待ってるから、直ぐに向かってくれ」
「はっ? 詳細は言わないのかよ?」
「あぁ、楽しみは取っておけ。そうそう、この依頼には新しく入った二人も必ず連れて行けよ」
ニンマリ笑うハゲ男。勝手にうちで食うだけ食って、パワハラで依頼を押し付けた男は、その商会の地図だけ置いて去っていく。
俺の野望は遠ざかっていくのであった……。