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2話 おれ、だまされてるぞ

 泣き疲れたパトリシアは、木のベンチの上で眠っている。

 俺もいつの間にか眠っていたようで、外を見ればどんよりとした雲が白み始めていた。

 パトリシアにそっと外套をかけると「むにゃむにゃ」と寝言を言っている。

 可愛いものだ。


 さて、逃げるなら今の内だ。

 だがきっと、コイツはまた俺を待ち続けるんだろう。

 純真無垢な寝顔が、俺の心に罪悪感を植え付ける。

 そこそこ広いギルド内には、俺とパトリシアの2人だけ。


「寂しいギルドになっちまったな」


 3ヵ月前はここに活気があった。

 あのウザくるしかった熱気はもう無い。

 使われていない椅子やテーブルはやけに冷たい感触を与えてくる。 

 誰もいないカウンター、壁に貼られた薄汚い依頼書の数々。

 依頼書を見れば依頼期限はとうに過ぎている。


 普段使わない脳を、フル活動させる。

 どうすればいい?

 同情なんて腹の足しにもならないが、このまま知らん振りも出来ない。

 もちろんギルドは解散させたい。

 いや、俺がギルドマスターでなければ何も問題ない。


 人もいないし解散しようでは、2ヵ月待っていたパトリシアが余りに不憫だ。

 他にギルド員が残っていれば、そいつにギルドマスターを押し付けるんだが……。

 とりあえず依頼を1、2個こなしてお茶を濁すか。


 どのくらい考え込んでいただろう。

 パトリシアの目がパチリと開き、こっちを見てはにかむ。


「マスター、おはようっす。えっへっへ。マスターがいるっす」

「おはようパトリシア」


 パトリシアの目は泣いたせいだろう……少し腫れている。そんな笑顔は何か心に突き刺さるんだよ。


 さしあたって現状を聞くとするか。

 誰かが残っていればラッキーだな。

 いなけりゃ面倒だがパトリシアを連れて依頼に行くか……。

 ここまで寂れたギルドに依頼は来て無いだろうが、聞くだけ聞いてみよう。


「パトリシア、今の在籍してるギルド員は分かるか? 後、来ている依頼はあるか?」

「ここ1ヵ月はギルドメンバーは来てないっす。多分皆さん辞めちゃったっす。依頼は組合の人が一昨日持って来たっすよ」


 予想はしていたが、やっぱりギルド員はいないか。

 組合とは傭兵組合の事だ。ギルド設立からメンバーの登録の管理まで、傭兵世界の元締めみたいなものだ。

 ギルドに入ってくる依頼は二種類ある。組合からの依頼とギルドに直接入ってくる依頼。

 直接依頼が舞い込む有名ギルドでもなければ、組合の依頼無しでギルドを運営していくことは出来ない。

 組合も登録しているギルドには最低限のノルマを課す為に、組合に依頼を取りに来ないギルドには適した依頼を持ってくると聞いたことがある。

 しかし組合も規則とはいえ、こんな潰れる寸前のギルドに依頼を持ってくるかね?


「依頼書あるか?」

「これっす」


 パトリシアはカウンターに置かれた1枚の依頼書を持ってきた。


 オーク討伐

 アツル村にてオークによる農作物の被害あり。

 5体程の群れを確認。

 至急討伐に向かわれたし。


 難易度 F

 報酬  銀貨40枚

 依頼者 アツル村長

 発行日より10日以内に達成のこと



 ふむ、難易度は最底辺。

 オーク5体なら俺1人で目をつぶってたって楽勝だし、アルツ村はここから歩いて1日程度。手ごろな依頼だ。

 面倒な長期依頼じゃなくて良かった。


「じゃあ、この依頼に行くか」


 ギルド解散の準備は依頼を終わらせて、パトリシアを納得させてからだな。


「いってらっしゃいっす!」


 あん?

 今なんて言った?


「パトリシア、お前も行くんだぞ」

「ほ、本当っすか? 自分も行っていいんすか? とうとう自分もデビューっすか?」


 えっ、こいつもしかして初依頼?

 ったく、シュロムは一体何やってたんだ? 普通は入って1週間以内には依頼に出るものだ。

 パトリシアは、はれぼった眼をキラキラさせて飛び跳ねている。あっ、浮かれすぎてベンチに脛をぶつけた様だ。


「はぅぁう。自分、不束者ですが、末永くよろしくお願いしますっす。ちょっと着替えてくるっす」


 ぶつけた脛をさすると、両手をお腹に添えてお辞儀をしてくる。まるで俺がプロポーズでもしたかのような物言いだ。

 バタバタと足音を立てながら更衣室に入るパトリシア。

 その初々しさを見ていると、遠足に行く子供の引率の先生になった気分だ。

 ……5分後、ありえない姿でパトリシアは現れた。


「準備万端っす」


 うん、間違ってるね。さっきまでの民族衣装の様なくたびれたローブ姿の方が遥かにマシだ。

 小さな体にピッチリ密着した全身黒タイツ。

 背中には体の大きさに不釣り合いな巨大なリュックサック。

 真っ平らに近い胸の部分には2つの突起が薄っすらと浮かびあがっている。

 視線を下に向けると下着のラインが見えない。

 つまり全身黒タイツしか身につけていない。

 羞恥心ってものがないのだろうか?


「……パトリシア。お前その格好で行く気か?」

「なんか変っすか? そういえばシュロム殿もこの姿をみたら留守番を命じたっす」


 シュロムすまん。なんで依頼に連れて行かないのかと疑ってたよ。

 これは連れていけんな。とてもじゃないが一緒には歩けない。恥ずかしいどころか、「変態ギルドマスター、ギルド員に黒タイツのみの着用を強要」と、そのままお縄を頂戴される可能性すらある。


「パトリシア、お前いくつだ? もうちょっと恥じらいってのを」

「自分22っす」


 ブォフォォォォ!

 盛大に鼻水が飛び出す。

 えっ? ちょ、お前、俺とタメ年? 

 どう見たって13,4歳にしか見えないぞ! 

 なんだろう? この騙された感。


「あっ、自分魔族っすから成長遅いっす」


 ブォフォォォォ!

 更に勢いよく鼻水が飛び出す。

 よく見れば尾骶骨辺りが薄っすら盛り上がっている。

 尻尾か?

 尻尾なのか?


 確かに人間社会に紛れ込んでいる魔族の話は聞いたことがある。

 が、目の前で見るのは初めてだ。

 この無知さ魔族由来のものなのか?


「パ、パトリシア。お前が魔族って知ってる奴はいるのか?」

「ギルドに入る時にシュロム殿には話したっすけど、鼻で笑ってたっす。後は誰にも言ってないっす」

「……他の奴に言うのは厳禁な」

「マスターと自分の2人だけの秘密っすね」


 顔を赤らめて満面の笑みを浮かべているが、こいつが魔族だと知れ渡ればトラブルになるのは間違いない。

 予想を超える厄介さだ。

 うん、さっさと解散しておさらばしなければならない。その為にはパトリシアの格好からだ。


「その装備じゃ危険だ。装備を見繕ってやるからついてこい」

「はいっす」


 確かギルドの物置に非常用の装備が置いてあったはず。

 ホール奥の扉を開け、埃まみれの物置に入ると、パトリシアサイズの装備を探す。

 とは言っても寂れたギルド、ろくなモノはない。使わなくなったゴミ置場と言ってもいい。

 使えそうな物を探すと、かろうじて破れかけの革の胸当てと革の腰巻があった程度だ。

 若干サイズが大きいが、埃を払ってパトリシアに手渡す。


「ありがとうっす」


 パトリシアは受け取ると、俺の目の前で首元に手をかけて黒タイツを脱ぎだそうとする。


「ば、バカ。その上から着るんだよ!」

「そうなんすか? 分かったっす」


 本当に油断も隙も無い。

 年齢はどうあれ、少女のストリップを見る趣味はないぞ。

 パトリシアが革の胸当てと腰巻を付けた姿を眺めると、傭兵に見えなくはない。

 及第点だな。


 後は刃こぼれしているナイフを渡してやる。

 まぁ武器は何でもいい。依頼は俺1人でこなせるから問題ないだろう。気持ちの問題だ。

 ――不意に傍に置かれたリュックから、何やらカサカサと気持ち悪い音が聞こえてくる。……不気味だ。

 リュックに何が入っているかは聞かないでおこう。


「じゃあ、食料を調達して出発だな」

「食料っすか? 自分、マスターが精気を吸わせてくれれば大丈夫っすよ?」


 えっ、なにそれ怖い。淫魔(サキュバス)

 俺の知る淫魔(サキュバス)ってのは、ボン、キュッ、ボンのダイナマイトボディなんだけど、どう見ても違うよね?


 気づくとパトリシアの手が俺の右腕を掴んでいる。

 えっ? ちょ、ちょっと!

 ま、まだ心の準備がぁぁぁぁぁぁ。


 ……軽い倦怠感を感じる。


「御馳走さまっす。さすがマスターっす。今までで1番美味しかったっす」


 あれ? 終了?


「こ、これでいいのか?」

「これで2,3日は大丈夫っす。いつもは組合の人から貰っていたっす」


 それは貰ってたんじゃなくて奪っていたんだろう。

 組合の人はここに来る度に、この倦怠感を味わっていたのか。

 こりゃ変な噂が立つ前に解散しなければ。


「よ、よし。じゃあ行くぞ」

「はいっす」


 なけなしの金で俺の食料を買い込み、魔族少女を連れてアルツ村へと向かう。

 行く前から疲れきった俺は「1日も早く解散してやる!」と心に誓うのだった。


人物紹介その2


名前 パトリシア

種族 魔族

性別 女

年齢 22歳

身長 148cm

体重 38kg

※銀髪、茶眼の少女(22歳)。魔族だが、知っているのはニケルのみ。

ギルドに憧れており、唯一入れてくれた『蜥蜴の尻尾』に入る。

体は子供、中身も子供、歳だけ大人。

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