19話 歓迎会
組合までシェフリアと二人で歩いているのだが、改めてお礼を言った方がいいよな。
「シェフリア、本当にありがとう」
「い、いえっ、私なんかでお力になれたなら嬉しいです」
頬を紅潮させて、はにかんでくるのだが、油断するとコロリと落とされそうだ。
「歓迎パーティーにも来て貰える?」
「えっ、お邪魔じゃないですか?」
「シェフリアあっての歓迎パーティーだよ。仕事に差し支えなかったら来てね」
「分かりました。……それじゃ、お言葉に甘えます」
ウエッツが「シェフリアは組合No.1の看板娘なんだぞ」なんて言って笑っていたが、今なら激しく同意できる。
これだけの美貌なのに、謙虚さや愛嬌も兼ね備えている。初めて会った時の彼女の態度は一体何だったのだろうかと思える程だ。
「ニケルさん……グランツさんの件ですが」
「あぁ、あの『赤い悪魔』とか言う魔物の事?」
「はい。グランツさんには申し訳無い事を言いますけど、私は正直依頼を受けない方がいいかと。もちろん、ニケルさん達の強さはギルドの級以上だと思ってます。でも……」
「まっ、依頼が出たその時にならないと分からないけど、約束は約束だ。出来る限りの事はするさ」
ピタリと足を止めるシェフリア。その表情は少し怒っている。
「『赤い悪魔』は当時、危険度Aの魔物でした。ですが、依頼に向かった傭兵が次々に惨殺されてきました。今では国で特別指定されている、危険度Sの魔物です。本当に危険なんです」
「シェフリア?」
「ご、ごめんなさい。差し出がましい意見を言って」
突然の強い口調に面食らう。いや、本当に心配してくれているのだろう。
俺は彼女の不安を拭うように優しく語りかける。
「うん。大丈夫。無茶はしない。約束する」
シェフリアは「はい」と小さく呟いて、再び歩き出した。
組合に到着すると、二階で受付作業が始まる。
ついさっきまで隣で歩いていたシェフリアが、合い向かいの受付にいるのは、何だか変な気分だ。
「ここと、ここに捺印をお願いします。ニケルさん、そろそろギルド専用のハンコを作られたらどうですか?」
言われるままに捺印をしていくと、ハンコの営業を受けてしまった。まぁ、作っておいて損はないか。
「じゃ、その手配も任せていい?」
「分かりました。書類は以上ですね。これで今日から蜥蜴の尻尾はE級ギルドになります。私、残りの事務処理をしちゃうんで、待ってて貰えますか?」
「俺もウエッツにE級に上がった事を伝えないとね。依頼の話もあるから下にいるよ」
シェフリアに手を振られながら、一階のウエッツのいる窓口へ。
「よう。今日はシェフリアとデートだったのか?」
「だったら良かったんだけどな。シェフリアの紹介でギルド員が増えたんで、E級ギルドの申請をして来たんだ」
「おっ、そりゃめでたいな。これで胸張ってE級の仕事を受けられるじゃねぇか」
「まぁね。……ウエッツ、ちょっと頼みがあるんだ」
「なんだ? 金は貸さねぇぞ」
「その予定はないから安心してくれ。赤い悪魔って魔物の情報が入ったら、直ぐに教えて欲しい」
ウエッツの眉が上がる。ウエッツでさえこの反応か。やはり相当な魔物なんだな。
「分かった。情報なら入った時点で教えてやろう」
「悪いな」
「その話はここまでだな」
当たり前だが、俺達では受けられない依頼って事だな。ウエッツは何やらゴソゴソと後ろの棚を漁って、依頼書を机の上に置いた。
「ギルド昇級祝いだ。好きなの持ってきな」
「ありがたいな。近場で割のいいのはあるか?」
俺は置かれている依頼書を覗き込んで、その中で目に留まった1枚を指差す。
「これだな」
「これか? この依頼なら依頼人との打ち合わせもいらん。準備が整ったら向かってくれ」
「分かった。昇級祝いだ、報酬は弾んでくれよ」
ウエッツは口角を上げる。
「あぉ、任しておけ」
依頼の話も終わりかけると、私服に着替えたシェフリアが降りてくる。事務服姿を見慣れているので、なんとも新鮮だ。
「お待たせしました」
「ちょうど依頼の話が終わった所だよ。じゃ、行こうか」
んっ? なんか周囲の視線が痛い。それだけじゃない。殺気を感じる。
「なんだ。デートか?」
「新しいギルド員の歓迎会だよ」
「へぇ、歓迎会ねぇ。シェフリア、朝帰りは構わんが、明日の仕事に遅れるなよ?」
「しません」
ウエッツの下品な一言に、周囲から突き刺さる視線と殺気が増す。
あー、はいはい、皆のアイドルを連れてってごめんね。
顔を赤らめるシェフリアを連れてギルドへ。
ギルドの入り口まで来ると、中から賑やかな声が聞こえてくる。
「ただいま、E級に昇格したぞ」
「マスターお帰りっす。ちょっとグランツ殿、その料理はこっちっすよ」
「あら、シェフリアも来てくれたの? ウィブ、取り皿が足りないわよ」
大広間の机の上には豪華な料理が並んでいる。飲み物も果実水にお酒と万全の状態だ。
配置も終わり、各々が好きな飲み物をコップに注ぐ。
「えーっ、この度蜥蜴の尻尾は無事E級ギルドに昇格しました。新しい仲間であるグランツとウィブに、これからよろしくってことで乾杯ー!」
「「「乾杯ー(っす)」」」
机の上でコップがぶつかり合う。一気に葡萄酒を飲み干すと、出来立ての料理にかぶり付く。
「美味っ。これ何の肉?」
「タイムセールの豚肉だか?」
まじか。とろけるような柔らかさに、ピリッと効いた辛味が肉汁と絡まって口一杯に広がる。
これが特売品の肉?
普段は余り飲まない酒が進む、極上の美味さだ。
「ウィブ殿、そこの魚を取って欲しいっす」
「はい。あっ、ティルテュさん、いま葡萄酒つぎますから」
「ウィブありがと。ちょっとグランツ。あなた野菜も食べなさいよ」
「俺は肉食なんでな」
すっかり溶け込んでいるグランツとウィブ。
パティやティルテュのストレートな物言いが苦手な人間は結構いると思う。慣れるまではギクシャクするかと思っていたが、大丈夫なようだ。
開始から30分。酒を飲んでるメンバーは、俺、ティルテュ、グランツにシェフリア。
既に俺も酔いが回っている。ティルテュは泥酔。グランツは「飲んでるのか?」って聞きたくなる程変化がない。シェフリアはほんのり赤くなっているのだが、なんとも色気が倍増している。
「あっ、聞くの忘れてたけど、グランツとウィブは宿どうする? このギルド、部屋がまだ空いてるから直ぐに住めるぞ」
「ギルドで生活できるんですか!? 明日引っ越して来ます!」
「俺は実家があるからな。とりあえず通いだな」
「グランツ! ヒィック、あなたねぇ、ヒック、朝の仕込みもあるんだから、ヒィック、ここで暮らしなさいよ」
ティルテュはグランツの肩に手を回すと酒臭い息を吹きかける。グランツはちょっと引きぎみに「お、おぅ」と答えていた。
「部屋が余ってるんでしたら、私もここに住もうかな」
おぉっと、ほろ酔いシェフリアの爆弾発言。
「ヒィック、そう。そうよ。シェフリアも住みなさい」
「そうっすよ。部屋がたりないっすなら、自分マスターと同じ部屋で大丈夫っすよ」
「パティ、却下」
項垂れるパティの横でティルテュが「ヒィック、じゃあ私が」と言い出したので、すぐに却下しておいた。
気持ちよく飲むのも久しぶりだ。しかし、何か忘れてるんだよな?
何だっけ?
あぁ、そうだ。依頼だ、依頼。
俺は立ち上がると、ふらつく足に力を入れて、出来るだけ大きな声で話し出す。
「えーっ、言うの忘れてた。組合って言うかウエッツから昇級祝いに依頼をもらってきた。近場なんで、親睦会を兼ねてみんなで行こうと思うけど、異議のある人は挙手してくれ」
グランツが手を上げる。
「俺は戦力にならんぞ?」
「いいの、いいの。親睦会だから、グランツも近場なら歩いて行けるだろ?」
「まぁ、近場なら問題ない」
「自分頑張るっす」
「ぼ、僕も勉強させて貰います」
みんなやる気になってるな。
決定だ。
「じゃ、次の依頼は皆で行くって事で決定ね」
「腕がなるっす」
「ヒィック、パティ勝負よ!」
「久々の戦場か」
「が、頑張ります」
いいねぇ、いいねぇ。いい雰囲気じゃない? 皆のやる気も出て、高い依頼料も入る。
「ちなみにどんな依頼ですか?」
目を輝かせたウィブが嬉しそうに聞いてくる。それだよ、その笑顔が見たくて親睦会と名を打ったのだよ。
「簡単な依頼だよ。この街の近郊にヘルハウンドの群れが目撃されたらしい。その駆除だ」
「やるっす。ティルテュ殿には負けないっす」
「望む、ヒィック、所よ」
君達、親睦会だからね。仲良くね。
「グ、グランツさん。へ、ヘルハウンドって」
「……危険度Cの魔物だな。もっとも個体の危険度はD程度だが、ヘルハウンドは必ず群れでいるからな。結局、危険度はCと判断されている」
「で、ですよね、このギルド、今日E級に上がったばかりですよね?」
「……その筈だ」
グランツとウィブがこそこそ話している。作戦会議か?
あれ、シェフリアも作戦会議に参加するようだ。
「あの、ここまで来て秘密と言うのも変ですが、蜥蜴の尻尾は内緒で難度Bの依頼を受けている様なギルドなんで」
「えっ!?」
「ニケルさんも、ティルテュさんも、パティさんも、一対一で危険度Bの魔物を倒すそうです」
「……A級ギルド並みって事か?」
「はい」
「あはは、は、は、僕、入るギルド間違えましたかね?」
「……かもな」
そして翌日……。
親睦会を兼ねた依頼が始まるのだった。
E級ギルド『蜥蜴の尻尾』
ギルドマスター 「ニケル=ヴェスタ」
ギルド員 「パトリシア」
「ティルテュ=クリエスタ」
料理人 「グランツ=ブルーラモ」
料理人兼見習い 「ウィブ=タリアトス」
以上4名




