17話 F級だから
「ドキドキするっすね」
落ち着かない様子のパティ。なにせ料理人とは言え、新しいメンバーが決まる日だ。
「ちょっと落ち着け。たかが面接だ、そんな調子だとナメられるぞ」
そういう俺も、実はちょっと落ち着かない。緊張している。
今まではギルド員の増減なんて気にならなかった。だが、いざギルドマスターの立場になると全然違う。
昨日はギルド内の大掃除をしたし、今日は朝から目が覚め、調理実技のための食糧の買い出しにも行った。
新たな仲間を迎えるために何かをするってのも、意外と楽しいもんだ。
「そういえば、マスターとティルテュ殿は、昔も同じギルドにいたって言ってたっすね」
「あぁ、腐れ縁ってやつだな」
「運命って言いなさい」
「ぐえっ」
軽いボディブローが撃ち込まれ腹を押さえてうずくまる。
実際はティルテュが付きまとっているだけなんだが、それを口にすれば更に威力のました一撃が炸裂するだろう。
ティルテュのボディブローは芯に響くんだよなぁ。
今思えばティルテュとは、もう7年以上の付き合いか。
長いもんだ。
「どんな人が来るっすかね?」
パティにとっては初めての後輩。面接にくる人間は以前傭兵だった面々だから、厳密に言えばパティより熟練の傭兵だ。だが蜥蜴の尻尾では後輩。浮かれるのも仕方がない。
そろそろ来てもいい時間なんだが。
扉の方から軋む音がすると、一斉に視線が集中する。
「こんにちは」
そこには亜麻色の髪をした、事務服姿の眼鏡美人が立っていた。ってシェフリア?
「あれっ。もしかしてシェフリアも面接希望?」
あはははは、まさかな。本当に面接に来たんなら、ギルドマスター権限で即合格だ。
だが、シェフリアはバツの悪そうな顔をしている。視線が絡むと、少し目を潤ませながら突然頭を下げだした。
「ごめんなさい」
「ちょ、ちょっと。シェフリア、どうしたの?」
平謝りするシェフリアに戸惑ってしまう。もしかして面接日時を間違って伝えちゃったとか?
とりあえずシェフリアには椅子に座って落ち着いてもらおう。
何かを察したのか、ティルテュは人数分の珈琲を淹れてきた。お湯で溶かしたインスタントコーヒーを……。
「ニケルさん。ごめんなさい」
「どうしたの? 案内を間違えて伝えちゃったとか?」
「違うんです。面接の概要は正確に伝えました。でも……今日は誰も来ないかも知れません」
シェフリアはうつむいたままだ。
隣のティルテュから深いため息が漏れている。えっ、何?
「やっぱりF級だから?」
「……はい」
「でも、あなたが謝る事じゃないわ。能天気な顔してるニケルの責任よ」
どうやら二人の間には会話が成立してるようだが、俺には秘密のやりとりにしか聞こえない? キーワードはF級か?
パティを見るとポカンとした顔をしている。よし、仲間がいた。
「どういう事っすか?」
ナイス質問だ、パティ。俺はティルテュに答えてあげなさいと、視線を投げ掛けた。
「いい? アタシたちはF級ギルド。ヒエラルキーの最底辺なわけよ。弱小ギルドに分類されるの。分かる?」
……ヒエラルキー? まぁ、いい。雰囲気で分かるぞ。続けたまえ、ティルテュ君。
「もし、あなた達が料理人としてでも、傭兵としてでも、それなりのギルドに入りたいと思わない?」
「自分はマスターがいるギルドがいいっす」
即答のパティは健在だ。
「俺も楽なギルドならどこでもいいな」
「あなた達に聞いたアタシが馬鹿だったわ。ギルド員募集の貼り紙の時に理解してると思ってたんだけどね……。料理人はね、自分で依頼をこなす訳じゃないから、ギルド全体の収入で給金が決まるの。ニケル、収入が少ないギルドに入りたいと思う?」
「俺なら行かないな。楽して儲かる……あっ!?」
そ、そうか。くそっ、見事な誘導尋問だ。俺が今気付いたことがバレてしまったじゃないか。
確かに給金の少ないギルドになんか入りたくないわな。
てーと、あれか? シェフリアは、うちのギルド級が低いせいで面接に誰も来ないのに、責任を感じて謝りに来たって事か?
恐らくシェフリアの様子を察するに、面接を断られても頭を下げてお願いしたのだろう。
くっ、なんていい娘なんだ。
どこかの凶暴な誰かに、爪の垢を煎じて飲ませたい。
「ごめんなさい。あんなに期待を持たせる事を言ってしまって。私、今からもう一度、面接に来てもらえないか頼んで来ます」
立とうとするシェフリアの腕を掴む。そこまでさせたら、男が廃る。まぁ、今の時点でもアウトだが。
「ごめん、シェフリア。もう充分だよ。君の責任じゃない。俺達の責任だ。ここまでしてくれて、ありがとう」
「……ごめんなさい、力になれなくて」
とうとう溜まった涙が頬を流れるシェフリア。ティルテュとパティが慰めている。
ティルテュのジト目が突き刺さる。
あー、そうですよ。考えもなしにシェフリアに無理をさせた俺は悪者ですよ。
「茶番は終わりか?」
突然入り口から聞こえた声。そこには一人の男が立っていた。
年齢は30代前半ぐらい。赤褐色の肌に長く束ねられた赤い髪。長身でスラリとした体躯の男。
だがその右腕と右足はアンバランスだ。義手、義足か?
「お前らが言っていたように、弱小ギルドに用は無い。が、そこの女がしつこくてな。面接ぐらいは受けてやる」
少し鼻が詰まったような声色。よく見ると目が赤い。もしかして、こいつ今の言動で感動してた?
「グランツさん……ありがとうございます」
「ふんっ」
シェフリアがお辞儀をすると、ソッポを向いてしまった。いやいや、それ照れてるよね?
俺は歩いてグランツと呼ばれた男に近づくと、包丁を差し出す。
「面接は実技だけでいい。作る料理はまかせる。心温まるモノを作ってくれないか? 必要な物は調理室に準備してある」
「……分かった」
グランツは包丁を受け取り、ティルテュに案内されて厨房へと入っていった。
パティも興味津々の様子でついていく。
俺は厨房には向かわずに、シェフリアの前に座る。
「こうやって一人でも来てくれたのは、シェフリアのお陰だよ。ありがとう」
頭を下げると「い、いえっ」と、戸惑っていた。
「あの人はどんな人なの?」
「グランツさんは元はA級ギルドでエースを張っていた凄腕の傭兵でした。ですが難易度Aの依頼中に、魔物に右腕と右足を奪われて、引退を決断されました。口下手な人なので誤解を受けやすいですが、とてもいい人ですよ」
「なるほどね。ちょっと俺も見てくるよ」
席を立ち、小気味のいい音のする調理室へと向かう。
中に入ると眼を見張る光景が飛び込んでくる。
鋭い包丁捌き。片腕とは思えないスピードで、食材が次々に切り分けられている。
香り高いスパイスは俺達の食欲を揺さぶり、炎により炒められる音は中枢神経を刺激する。
パティは「ほぇー、スゴいっす」と見とれている始末だ。
これはもう本人次第だが、合否は決まったかな?
シェフリアの所に戻って料理を待つと、パティとティルテュが料理を運んでくる。
運ばれて来た料理は、色鮮やかな肉野菜炒めと黄金色したスープ。それに真っ白なご飯。
グランツは仁王立ちで「喰え」と催促する。
もう俺達の腹はキュルキュル悲鳴をあげている。さぁ、実食だ。
炒め物を掻き込んで口一杯頬張る。
「――っ!?」
美味し……くない。いや、むしろ不味い。
味付けが明らかにおかしい。
続いてスープ。
……甘い。ただただ甘い。下味とかそんなものは皆無だ。砂糖水の方が美味しいぞ。
手の加えられていない真っ白ご飯が、これ程美味しいと感じたのは初めてだ。
そう。俺達は見事過ぎる包丁捌きに気を取られて、味付けなんか見ちゃいなかった。
匂いが良かっただけにその危険性を見過ごしていたんだ。
味見してなかったよな? 料理下手の典型だ!
「どうだ?」
自信満々の顔で「美味い」との返答を待つグランツ。
「えっ、お、美味しいです」
シェフリア、目が泳いでるよ。でも、この自信満々の顔を見て不味いとは……。
「これは野菜の神様への冒涜っす。謝るっす」
「ちょっと、あなた味見した? 犬の餌にもならないわよ?」
ブォフォ。鼻から炒めた野菜が飛び出ようとする。シェフリアは喉に詰まらせたようだ。
流石は暴走コンビ。一切の躊躇が無い。グランツの顔がひきつる。
「ま、不味いのか?」
「まずいっす。とにかくまずいっす」
「それ以外の表現があると思うの? 一度食べてみなさいよ」
言われるままに料理を食べるグランツは「そんなに不味いのか?」と、呟く。
違った。この男は味見をしないタイプじゃなくて味覚音痴だ。いや、その両方だ。
グランツ程の男が料理人として、ギルドに入っていない理由が良く分かる。
これでは合格と言えなくなってしまった。
「まるでティルテュ殿の様な料理っす」
「何よアタシみたいな料理って?」
「マスターが言ってたっす。ティルテュ殿は見た目はいいのに、中身がわるいって教えてくれたっす。今、自分の中で、マスターの言葉がピンと来たっす!」
「へぇ、ニケルはアタシの外見を褒めてくれたんだ。嬉しいわね」
パティその閃きは素晴らしいよ? でも、本人の前では言っちゃいけないよって約束しなかったっけ?
ほらティルテュを見てごらん。
口元は笑っているのに、目が座っているだろ?
これが人を刺すことが出来る人間の目だ。
ほら俺のつま先を見てごらん。悪意に満ちた重力が押し潰してるだろ?
床板がミシミシと歌声を上げているよね?
今にこの音が、骨が砕ける音に変わるからね。
この張り詰めた空気の中「すいません」と一人の少年が扉を叩く。
後に語られる、蜥蜴の尻尾の、いや傭兵界の食の救世主の降臨であった。
人物紹介その8
名前 グランツ=ブルーラモ
種族 人間
性別 男
年齢 33歳
身長 187cm
体重 78kg
※赤い髪、赤い瞳に赤褐色の肌を持つ元傭兵。右腕と右足を魔物に奪われ、義手、義足をつけている。
A級ギルドでエースを張り、双剣使いとして名を馳せたが、依頼で右腕、右足を失い引退。未練を持ちつつギルド料理人として生きる事を選択した。
得意料理は炒め物全般らしい。




