16話 天啓だ
『第一次正妻大戦』の勃発から2ヶ月……。
あれから数多の戦いが繰り返されていた。
小競り合いが繰り返される中、ある日パティが俺のベッドに入り込むと『第二次正妻大戦』が勃発。
危険度Bの魔物、キマイラを巻き込む壮絶な戦いが行われた。
「あいつらが揉める度に、組合は儲かる」とは組合依頼担当のU氏の言葉だ。
すでにティルテュは元より、パティも危険度Bの魔物に問題なく勝てるレベル。
しかしキマイラは1体しかおらず、どちらが倒すかと足の引っ張りあいが始まってしまう。
結局『第二次正妻大戦』も痛み分けに終わり、引き分け。
小規模聖戦では東軍「ティルテュ」が7勝、西軍「パトリシア」が5勝。
どちらかが100勝するまで終わらない戦いらしい。
えっ? 両手に花で羨ましいって?
そりゃあ俺も男だ。聖人君子ではない。
パティも可愛いげがあるし、ティルテュは中身はともかく、外見は誰もが振り向く程の美女だ。
だが、どちらかに手を出せば、聖戦は終結し、
『最終戦争』に突入する。残念な事に最初の犠牲者になるのは俺だろう。
それはさておき、我が『蜥蜴の尻尾』はこの2ヶ月で金貨42枚、銀貨28枚の売上を上げた。F級ギルドの月の平均が金貨4~5枚と考えると、恐ろしい数字だ。
依頼金の7割を借金返済に当てているが、それでもかなりの収入だ。
何せパティもティルテュもお金に執着が無い。二人には週に銀貨10枚程度を渡しているだけ。
だからといって、残りのお金を俺がくすねている訳ではない。
道具や装備、日用品等、食事はギルドから出しているし、建物も大工を入れ修繕した。
順風満帆の様だが問題がある。
これだけの成果を上げても、ギルドはF級のままなんだ。
F級でいる限り難易度Fの依頼しか受けられない。
たまにウエッツから組合には内緒で裏依頼は貰っているが、口止め料として結構な値引きを受けている。
難易度Bすら楽にこなす蜥蜴の尻尾がE級に上がれない理由は単純明快。
級を上げるには日頃の成果も重要だが、組合の規約にこう書かれている。
《組合規約第七条・ギルド級分けに際し、下記の最低人員を必要とする。A級:15名。B級:10名。C級:8名。D級:6名。E級:3名。F級:1名。尚、ギルドマスターはその数に含まれないものとする。》
もちろん、人数が居れば簡単に級が上がる訳じゃない。重要なのは実績であり、人数規定で引っ掛かるギルドは少ない。
だが、その人数規定が『蜥蜴の尻尾』には重くのし掛かるのだった。
―――――――――――
「だから頼むよウエッツ。どんな奴でもいいから紹介してくれよ」
「だから探してやってるだろ? F級志望なんて中々いないんだよ」
依頼窓口でクダを巻くと、面倒そうな答えが返ってくる。ウエッツには何度もギルド員の紹介を頼んでいるからだ。
ウエッツの所には以前の俺のように、個人で依頼を受けている傭兵も多数訪れる。それを紹介してくれと頼み込んでいるのだ。
ギルド員募集の貼り紙も出したが、応募は未だに無い。
ウェッツの言う通り、F級ギルドに入ろうって奴がいないんだ。
一度ティルテュを看板娘に仕立て上げて募集をかけると、スケベそうな顔した男が10人程集まった。
だが、1人の不届き者がティルテュの尻を触ろうとして鉄拳制裁。男が10m程吹っ飛ぶと、残った男共は蜘蛛の子を散らすように逃げて行ってしまった。
まぁ、ティルテュ目的で入った所で、中身を知って辞めていくのがオチだけどな。
「あー、そうだ。二階の受付に眼鏡をかけたシェフリアって女がいる。新規の傭兵登録やギルド離脱は二階の受付だから俺が持ってないツテもある。シェフリアに聞いてみろ」
「あぁ、あの無愛想な姉ちゃんか。……行ってみるよ」
俺の頭には、解散手続きの時の無愛想な眼鏡美女が浮かんでいた。
ウエッツは上を指差して、眼鏡を強調するように目の前で指で輪っかを作っている。悪気は無いのだろうが、小馬鹿にされた気分だ。
早速二階の受付へと向かうと、受付には相変わらず澄ました顔の眼鏡受付嬢がいた。
愛嬌さえあれば文句なしの美女なのに勿体ない。
「こんにちは。シェフリアさんだよね?」
「あら、蜥蜴の尻尾のニケルさん。借金返済のご相談ですか?」
あれっ? なんか前より表情が優しい。もしかして前は女性の機嫌の悪くなる日だった?
「いやね、ウエッツにギルド員の紹介を頼んだら、シェフリアさんに相談しろって言われてね」
シェフリアは俯くと「あの人は私を巻き込む気ですね」と小声で何やら呟いていた。
「確認ですが、新規登録者の斡旋をお望みですか?」
「いや、一から教えなきゃいけないのは面倒だからパスで。他のギルドを辞めた即戦力っていない?」
再び俯くシェフリア。「蜥蜴の尻尾の即戦力って。A級ギルドのトップクラスを紹介してってことですか?」と、また何やらぶつくさ呟いている。
呟きがしばらく続くと、急に頭を上げる。なんか面白い人だな。
「ニケルさんのギルドに料理人は要りませんか?」
「はぁ? 料理人?」
「はい。料理人と言ってもギルドに所属すれば、ギルド員としてカウントされます。経費こそかかりますが、いかがですか?」
なるほど。料理人か。級さえ上がれば収入は増える。依頼難度がFからEに変わった所で、ティルテュもパティも変わらぬスピードで依頼をこなすだろう。毎日の飯も美味しくなる。
これこそ天啓だ。あのハゲ頭とは比べ物にならない素晴らしい発想。
「よろしくお願いします」
「えっ、いや、あのっ、はい」
シェフリアは顔を紅潮させて頷いている。俺は興奮のあまり、思わずシェフリアの手を握っていたようだ。
妙に恥ずかしくなり、バッと手を離す。
「す、すいません」
「い、いえっ」
何だ、この甘酸っぱい青春の空気。お子ちゃまパティや、凶暴の権化たるティルテュでは、味わえない新鮮さ。こんなドキドキはいつ以来だろうか?
いかんいかん。話が逸れてしまった。
「私が今知ってるのはこの方々ですね」
シェフリアは落ち着きの無い様子で、後ろの棚から取り出した何枚かの履歴書を机の上に並べる。
「皆さん元は傭兵で、怪我などを理由に引退された方達です。身を引いて尚、ギルドに関わっていたいという方ばかりですね」
並べられた書類を眺める。
引退したとあって、30代から40代が多いようだ。
「もしご希望でしたら皆さんをギルドに呼んで、面接する事も可能ですよ」
「面接? ……うん、それでお願い出来るかな?」
確かにギルド員は誰でもいいと思っていた。だが、料理人となると話は別だ。俺達の胃袋を預ける存在だ。
不味い飯でも作られようものなら、うちの暴走列車どもが黙ちゃいない。下手をすれば、とばっちりが俺まで及んでしまう。
話は着々と進み、シェフリアと面接の日取りを決めていく。
受けている依頼もあるので、1週間後に『蜥蜴の尻尾』ギルド内で面接を行う事になった。
本当にシェフリア様々だ。
こうして「蜥蜴の尻尾料理人面接大会~貴方に胃袋預けます~」が決定した。
人物紹介その7
名前 シェフリア=メイヴィット
種族 人間
性別 女
年齢 23歳
身長 166cm
体重 51kg
※亜麻色の長い髪を後ろで括っている赤眼の眼鏡美女。
組合2階の受付を担当している。隠れファンも多く、恋文も多数届いているらしい。21歳迄はギルドに入っていた過去を持つ。




