13話 デジャヴ
ボブゴブリン討伐を終えてギルドに戻ってきた頃には、辺りは暗くなっていた。
テーブルの上には、ヘイテスが買ってきたオードブルと酒が置かれている。
本来なら酒場にでも行きたい所だが、後味の悪い雰囲気ではそんな気にもなれない。
この料理と酒はヘイテス、アネッサからのせめてもの気持ちなんだろう。
料理を広げて、皆のグラスに酒やジュースを注いでいく。
「ニケル、パトリシア、ありがとう。無事こうやって戻って来れたのは二人のお陰だ」
「本当にありがとね。私とヘイテスだけだったら、生きてこの街には帰って来てないわ」
「まぁまぁ、とりあえず依頼は達成したんだ。乾杯しよう」
各々がグラスを持ち上げて甲高い音を鳴らす。
「「「乾杯ー!」」」
俺は一気にグラスを空にして料理に手を付ける。
正直腹はペコペコだ。
パトリシアは学習したのかチビチビとジュースを飲んでいる。
「しかしニケルもパトリシアも凄いわね。ビックリしたわよ」
「そうそう。シュロムが居た時にその力を出してれば、蜥蜴の尻尾は変わってたぞ」
痛い事を言われるが、仕方ないだろ? シュロムの相手が嫌だったんだから。
パティはそもそも依頼に出てなかったしな。
しばらく食事をしながら話をしていると、いつの間にかパティは机にうつ伏せて寝てしまっていた。
やはり大分疲れたのだろう。
ヘイテスの手を借りてパティを背負うと、首の辺りが妙に生暖かい。
パティの口元から流れる液体……よだれだ。もはや手のかかる娘を持つ父親の気分だ。
パティを部屋まで連れて行くと、ベッドに寝かして肌布団を掛けてやる。
むにゃむにゃと寝言を言ってる姿は可愛いモノだが、こいつ俺と同じ歳だもんなぁ。
なるべく音を立てずに扉を閉めてホールに戻ると、二人が改まってこちらに頭を下げる。
「明日、ギルドを脱退してくる。本当に世話になった」
「ありがとう」
「これも未払金の為だ。気にしないでくれ」
面と向かって頭を下げられると、なんだかこそばゆい。
「で、これからどうするんだ? うちに戻るなら歓迎するぞ」
この二人ならギルドに入って来ても、パティと上手くやって行くだろう。
まっ、あんまり給料出せないけどね。
ヘイテスとアネッサは顔を見合せ、照れた様に顔を赤らめる。
「誘ってくれてありがとな。でも俺達は傭兵を引退するよ。前にも言ったが実家を継ごうと思ってる。アネッサと一緒にな……」
ヘイテスがアネッサの手に手を重ねると、アネッサの顔は益々赤くなって俯いてしまう。
見てるこっちが恥ずかしくなるぞ。
「そっか。ヘイテスが店主になったら買い物に行かせて貰うよ。あっ、そうだ、渡すの忘れてた」
そう言ってテーブルの上に不気味な物体を並べる。
「これって……ハイゴブリンとゴブリンロードの耳か?」
「そうなるな」
ハイゴブリンとゴブリンロードを倒した際に削ぎとっておいたものだ。
別に猫ババするつもりだった訳じゃないぞ。
見張りがついてたのが分かってる以上、手柄を横取りされない防止策だ。
「これを先に組合に持っていけば、二人が依頼を達成した証拠になる。受付のウエッツに言えばギルド脱退まで面倒見てくれる筈だ」
「何から何まですまん。恩に着る」
それから二人はギルドに泊まり、朝早く組合へと向かって行った。
あれから10日。
ヘイテスとアネッサは無事ギルドを脱退し、実家の雑貨屋を継いでいる。
昨日、そんなお礼の手紙が届いていた。
是非顔を出してくれとの事だったので、今はパティと向かってる所だ。
「マスター、早く来るっす」
ハイテンションで先に掛けていくパティ。
招待されたことが嬉しくて仕方ないらしい。
さっきから早く早くとうるさい。
ウエッツから聞いた話だが、ヘイテス、アネッサの脱退は大事件に至ったらしい。
笑う道化師のギルドマスターは依頼未達成だと言い張り、脱退するなら違約金を払えと要求してきたそうだ。
そこで満を持してのウエッツ登場。
ハイゴブリンとゴブリンロードの討伐の証を二人から受け取ったと証明書類を提示した。
それでも笑う道化師のギルドマスターは「他ギルドに助っ人を頼んだ事は違反だ。ギルドの顔に泥を塗ったから違約金を倍払え」とまで言ったらしい。
だが、喧嘩を売る相手が悪い。
逆にウエッツが過去の被害者の証文など、ギルドの不正を並び立てる。
行き場の無くなった笑う道化師は暴力に打ってでるが、ウエッツが一蹴。
結局、笑う道化師は取り潰しとなり、ギルドにあったお金は過去の被害者達へと支払われていった。
ギルドマスターや幹部達は捕まったらしい。
ウエッツは中々楽しい出来事だったと言っていたが、周りから見ればC級ギルドの呆気ない取り潰しに騒然だったそうだ。
「マスター、ここっすよ」
パティが大きく手招きをしている。
その店には『キーセルム雑貨店』と看板が出ていた。
小ぢんまりとしているが、趣のある良い店だ。
「いらっしゃい。おっ、パトリシアよく来たな」
「マスターもいるっすよ」
「ニケル、いらっしゃい」
店内に入ると、商売人らしい格好をしたヘイテスとアネッサが待っていた。
傭兵の時の姿しか知らない俺にとって、何とも不思議な感覚を覚えてしまう。
二人共幸せそうな笑顔だ。
「どうだ? 雑貨屋は?」
「覚える事が多すぎて大変だ。親父によく小言を言われてるよ」
「アネッサ殿、何かめちゃくちゃ可愛くなったっす」
「あら、ありがと、パトリシア」
確かにパティの指摘通り、アネッサは綺麗になっている。
化粧をしてるのもあるかもしれないが、傭兵から女性に……奥さんになったからかもしれない。
二人は傭兵を辞めた翌日に結婚したのだ。
「そうそう。これを受け取ってくれ」
ヘイテスは俺に革袋を手渡してくる。
中を覗くとたくさんの金貨や銀貨が入っていた。依頼報酬のつもりだろう。
「おいおい。流石に受け取れないって」
「そう言わないでよ。ちゃんと未払金は差し引いてあるから大丈夫よ。結局、あの依頼料は私達に全額入って来たのよ。依頼料の金貨9枚にゴブリンロード討伐報酬が金貨6枚と銀貨66枚、ハイゴブリン3体に依頼余剰分のボブゴブリン32体で金貨5枚と銀貨24枚。廃墟にあった財貨が金貨8枚に銀貨4枚。締めて金貨28枚と銀貨94枚。そこから未払金と私達の取り分を貰ったわよ」
「ギルドの取り分が無いとしても難易度Cの依頼料に驚いたよ」
「そこまで言われると受け取らない訳にはいかないか」
そして、その革袋から金貨1枚を取り出して残りをヘイテスに返す。
「これはギルドからの結婚祝い金と、俺達からの結婚祝い金。後はここでの買い物の代金って事で」
「……ニケル。分かった。ありがとう。何でも好きな商品を選んでくれ」
「何でもいいっすか?」
パティは店内を所狭しと動き回り、要るのか要らないのか分からない雑貨品を選びまくっていく。今度パティには遠慮というものを教えなければならないな。
俺は必要な物と、後は一本銀貨40枚近くする為に滅多に買えない回復薬を選ばせて貰った。
パティが選びんだ雑貨品は、ちょっとした山の様になっている。
「これは後で配送業者に届けさせるよ。毎度あり」
アネッサが明細を書いてくれたのだが、金貨5枚、銀貨56枚、銅貨4枚の大量購入になってしまった。
ヘイテス、アネッサすまん。
「じゃ、また来るよ」
「あぁ、是非来てくれ。ギルドからもそんなに遠くはないんだ、飲みの誘いも歓迎だぞ」
「またね。パトリシアも早く奥さんになれるといいわね」
アネッサがふざけた事をいいながら、チラリと俺の方を見る。
パティは顔を真っ赤にして「まだ自分には早いっすよ」と呟いているが見なかった事にしておこう。
ギルドに戻ると物置の整理を始める。
パティが大量買った物の保管場所が必要なのだ。
整理をしながら話題はヘイテスとアネッサに。
「ヘイテス殿もアネッサ殿も生き生きしてたっすね」
「そうだな。パティも傭兵辞めて違う生き方してみるか?」
俺は嫌でも借金返済まで傭兵は辞められないけどね。
「自分はずっとマスターと傭兵っす」
「じゃあ、まだまだ色々覚えないとな。食事も慣れなきゃな」
「うぅぅー。分かってるっす」
パティをからかっていると、「バタン」とギルドの扉が開く音がした。
荷物が届いたかな?
その時俺の背中に悪寒が走る。
何だこのデジャヴ感。
つい先日も同じシチュエーションが……。
ホールに戻ると、そこに居たのは配送業者ではなかった。
「ニケル! 探したわよ」
――げっ、マジか。会いたくない人物がそこに立ち、俺とパティを一瞥する。
「ちょっとあなた、ニケルとどういう関係なのよ?」
パティを指差して怒りを露わにしている。
「えっ、自分の事覚えてないっすか? 酷いっす。……自分とマスターは――肌を重ねた関係っす」
おい、パティさんや。顔を赤らめて恥ずかしそうにしてるけど、それは君が勝手に人の布団に潜り込んできた時の事だよね?
そういう関係ではないよね?
どう考えてもギルドマスターとギルド員が正答だよね?
女はプルプルと震えている。背後には、怒りのドス黒いオーラが見える気がする。
「ニーケールー!」
「わっ、ば、バカ。ちょ、違、ブォヘェ」
電撃を纏った女の拳。
魔法と武闘を融合させた一撃。
青い髪をなびかせて、ティルテュの怒りが俺の腹に炸裂した。