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12話 これは夢だ

手加減乙女拳(パトリシアパンチ)っす!」


 パティの拳が白く光り、真っ先に突っ込んで来たボブゴブリンに撃ち込まれる。爆発音が鳴り響くと、巻き込まれた何匹かが吹き飛んでいく。

 以前見た物より威力が低いのはパティなりに抑えてるからなんだろうが、まだまだ無駄な力を使っている。

 パティが避けれそうに無いボブゴブリンの攻撃を捌きながら、指導の時間だ。


「パティ、いちいちパトリシアパンチって叫ばないと撃てないのか?」

「た、多分出来るっす」

「叫んだ分だけ余計な力が入る。出来るなら叫ばずに使え」

「で、でも技名言わないとカッコよく無いっす」

「威力調整が出来るようになってから言え」

「うぅぅぅ、はいっす」


 再びパティの拳が炸裂すると、ボブゴブリンが弾き飛ばされる。

 その腹には拳大の穴が空いている。ボブゴブリンが相手なら威力はこんなものだろう。


「ほら、反応が鈍い。足を動かし過ぎだ。顔で見るな、目で見ろ。反応が遅れる」

「うぅ、はいっす」


 事細かに注文をつけてはいるが、パティの飲み込みは早いようだ。

 ぎこちないながらも、俺の指導に沿って動きが洗練されていく。


 俺はパティの援護を控えめにして、巻き添えで弾き飛ばされたボブゴブリンの止めにまわる事にした。

 あんまり俺が攻撃捌いちゃうと、訓練にならないからだよ?


 パティが荒れ狂う暴風雨の如く蹂躙していると、この戦闘の異様さを理解し始めたボブゴブリンの数匹が、後退し始めていく。

 既に最初に迫ってきた一団も、7割は崩れ落ちている状態だ。


「ヘイテス、アネッサ。俺はこのまま廃墟に突っ込む。パティの援護を頼むぞ」

「あ、あぁ、分かった」

「パティ、俺がいなくても抜かるなよ。魔力はまだ大丈夫だな?」

「大丈夫っす」


 刃こぼれした鉄の剣を捨てると、ボブゴブリンの使っていたボロい剣を2本拾いあげる。

 さぁ、大詰めだ。

 俺はボブゴブリンの住み処へと急いだ。






――――――――――


 ただ、ただ、唖然とするヘイテスとアネッサ。

 つい先程までは依頼の失敗、ボブゴブリンに捕まる恐怖に襲われていた。

 だが目の前の光景は、それらを忘却の彼方に押しやる程の信じられないモノだ。

 ニケルはともかく、足手まといだと思っていたパトリシア。

 彼女が拳を振るう度にボブゴブリンは弾け飛び、その数を減らして行く。

 一発一発の威力は、アネッサのファイアボールに匹敵するほどであった。


「ア、アネッサ。夢じゃないよな?」

「え、えぇ。夢じゃ無いと思うわよ」


 ニケルの言っていた「訓練」を言葉通りに受けとるのならば、経験の不足しているパトリシアの練習に他ならない。

 ニケルはこんな状況で指導を行っているのだ。

 傭兵として、いや、単純な才能として「格が違う」と、2人が思い込んでしまうのは仕方がないだろう。


 大半のボブゴブリンを始末すると、ニケルは廃墟へと向かってしまう。

 パトリシアの援護を頼まれたが、疲労どころか目に見えて良くなる動きに二人の出番はななった。

 成長を目の当たりにするにも程がある。

 二人に出来ることは、吹き飛ばされ動きの鈍ったボブゴブリンに止めを刺す程度。

 その数さえ、もう片手で数える程に減っていた。


 立っている最後のボブゴブリンにパトリシアの拳が炸裂する。


「これで最後っすかね?」


 その顔は今まで見てきた無邪気な笑顔に満ちている。


「そ、そうだな。パ、パトリシア大丈夫か?」

「ちょっと疲れたっすけど大丈夫っすよ」


 確かに見た目に怪我は無いようだ。

 本来なら直ぐ様ニケルの後を追って廃墟へ向かうべきなのに、想像を越えた光景がその出足を鈍らせてしまっていた。


「じゃあ、マスターの所に向かうっす」

「え、えぇ」


 最早2人の集中力は霧散している。

 ヘイテスもアネッサも、駆け出したパトリシアを追うことで意識を集中させようと、廃墟へと向かって走り出すのであった。




 廃墟への短い戻り道には、ボブゴブリンの死体が点々と転がっている。

 普段なら気にもしないボブゴブリンの死体。その死体の全てが首への一撃で倒されていた。

 

 三人が廃墟の全景が見えるまでに近付くと、そこにはボブゴブリンの集団とニケルの姿が見える。

 残りのボブゴブリンの数は10匹程度だろう。

 その中に一回り大きな個体が2体と、倍ほどの大きさの個体の姿が見える。


「ハイゴブリンに、あ、あれはゴ、ゴブリンロードか!?」


 ヘイテスの言葉が詰まる。

 上位種族の存在は予想していたが、ゴブリンロード程の大物がいる筈がないと高を括っていたのだ。

 ハイゴブリンですら危険度Dの魔物だが、ゴブリンロードの危険度はC。

 C級ギルド員数名で準備万端の状態で戦うべき魔物である。


 そして、とてつもなく不思議な戦いの幕が下りた。


 ――これは劇や芝居なんだろうか?

 ヘイテスには目の前の出来事が理解出来なかった。


 ずかずかと歩いているニケルに対して、ボブゴブリン達は一生懸命()()()を繰り返す。

 まるで当てる気が無いように。

 そしてニケルに斬ってくださいとその体を差し出し、1匹、また1匹と崩れ落ちていく。

 

 ニケルは数匹斬ると剣を投げ捨て、ボブゴブリンの剣を掴み取る。

 全てのボブゴブリンが倒れきると、同じようにハイゴブリンもまた、剣に吸い寄せられるように斬り伏せられた。


 先程のパトリシアの戦とは真逆の、派手さも何もない戦い。


「ブェェェェ!」


 辺りを震撼させる大きなゴブリンロードの叫びが聞こえると、やはり一太刀で崩れ去る。

 これは夢だ。

 ヘイテスやアネッサが知っている傭兵の世界ではあり得ない出来事だった。

 

「おーい。終わったぞ」


 近づいてきたニケルの言葉に二人が我にかえる。


「マスター、お疲れ様っす。自分疲れたんで、ちょっと精もがもがもがもが」

「後にしろ、さっさと中の確認に入ろう」


 パトリシアの口を押さえたまま、ニケルが廃墟を指差す。

 知能のある魔物は、気に入った物を住み処に保管する習性がある。

 ボブゴブリンはまだしも、統率していたゴブリンロードは知能のある魔物だ。期待は出来ないが財貨を隠している可能性もあるのだ。

 


 ニケル達が動き出したその瞬間、不意に登場を待っていたかの様に、茂みから五人の男が姿を現した。

 革鎧を着こんだ剣士に外套を纏った魔術師。見るからに傭兵だ。

 ヘイテスの言っていた見張りこそがこの男達だった。


「いやぁ、ヘイテス、アネッサお疲れさん。大変だっただろ? 後始末は俺達がしておいてやるから、帰ってゆっくり休むといい」


 男達はさっさと帰れと促してくる。要は美味しい所は置いていけと言っているのだ。

 財貨どころか、下手をすれば討伐の手柄さえ持って行くつもりなのだろう。


 数秒の沈黙の後、ニケルが剣に手をかけると男達は息を飲み込む。

 仮にもこの男達もニケルやパトリシアの戦闘を目の当たりにしているのだ。

 あの光景を見た以上、恐怖を覚えるのも無理はなかった。


「いいんだ、ニケル。帰ろう」


 ヘイテスがニケルの前に立ちその剣を納めさせると、男達は安堵の表情が浮かべる。


「……パティ、帰るぞ」


 こうしてボブゴブリン討伐は釈然としない思いを残して幕を閉じた。

 


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