11話 燃えてきたっす
「いたぞ」
前方およそ50m先で、草を揺らして動く10匹程の集団が見える。
小柄な体に大きな頭。くすんだオレンジ色の体。
ボブゴブリンだ。
あっちはまだ俺達に気づいちゃいない。
隠れる様に草の中に身を屈めると、作戦会議を始める。
「どうするヘイテス? このまま突っ込むか?」
「あっちはまだ気づいていない。アネッサの魔法を皮切りに一気に叩く。逃げ出す奴がいたら、1匹は手を出すなよ」
「どうして1匹残すっすか?」
「……あのねパトリシア、逃げ出すボブゴブリンは何処に向かうと思う?」
アネッサの問いにパティが首を捻る。
「やっぱり他の仲間の所っすかね? あとは自分の住み処とかっすかね?」
「そうね」
アネッサは答えを教えたつもりだが、パティはまだ分かってないらしい。声に出してもピンと来ていないようだ。
「パティ、俺達の依頼内容は?」
「えっと、ボブゴブリンの討伐っす。後、巣穴を見つけて――あっー! もがもがもが」
大声を出すパティの口を急いで塞ぐ。何の為に潜んでいるかを分かって貰いたいものだ。
何はともあれパティにも意図が伝わったようだ。
俺とヘイテス、アネッサは視線を合わすと共に頷く。
身を屈めたまま距離を少しずつ縮めると、アネッサが詠唱を始めた。
「火の精霊よ、イフトと契約せしアネッサの名において炎を巻き起こす力となれ……」
俺とヘイテスは剣に手をかけ、いつでも飛び出せる構えを取る。
「パティ、このままアネッサに付いていろ」
「はいっす!」
パティの返事と同時にアネッサの杖の前には大きな火の玉が出現する。
「ファイアボール!」
闘いの合図のように炎がボブゴブリンの群れ中心めがけて打ち出されると、一呼吸の後、ヘイテスが駆け出した。
「うぉぉぉおお!」
俺はヘイテスから2歩ほど下がった位置で同じく駆け出していく。
大きな爆発音が鳴り響くと、数体のボブゴブリンが弾け飛び爆風が吹き荒れる。
ボブゴブリン達は混乱の最中だ。何が起きたのかすら分かっちゃいない。
熱風を物ともせず、ヘイテスはボブゴブリンに切りかかっていた。
ヘイテスの剣は最初の1匹の胴を凪ぎ払うと、2匹目の頭目掛けて打ち下ろされる。
血飛沫を上げながら1匹、また1匹と倒されていく。
あれっ? 俺いらなくない?
一応ヘイテスの背後を守るべく待機していたが、難なく1匹を残して始末されてしまった。
見事に奇襲が決まったな。
最後のボブゴブリンは脱兎の如く逃げ出した。万事予定通りだ。
素早くボブゴブリンの死体から右耳を回収すると、逃げた1匹の跡をつける。
ボブゴブリンの足はそれほど早くはない。小柄な体のせいか、子供程度のスピードだ。
一定の距離を保ちながら様子を見ていると、マクサナ平原の中でも木々が生い茂る場所へと近づいていた。
「巣穴は近いな」
ゴブリン族は住み処を作る習性がある為、実は行動範囲はそこまで広くない。
そして奴等は木々が生い茂る湿度の高い場所を好む為、この先に目的の場所がある可能性は極めて高いのだ。
前方にいたヘイテスが口に人差し指を当てて立ち止まる。
音を立てないように近付くと、木々の間から一際大きな廃墟が見える。
なぜこんな所に建物があるのかは謎だが、あれがボブゴブリンの住み処で間違いないだろう。
逃げ帰ったボブゴブリンは、出迎えた5匹のボブゴブリンに「ポゲポゲポゲポゲ」報告をしている。
……ボブゴブリンの話し声って始めて聞いたな。
「さて、どうする? 住み処は見つかった。一度引くか?」
「まだ2発ならファイアボールを撃てるわよ。木造だから燃え広がってくれるし、先制攻撃する?」
俺とアネッサの問いかけにヘイテスが考え込む。
「中には100匹近いボブゴブリンがいる可能性がある。散り散りに逃げられたら俺達じゃ手に終えない」
依頼の目的は殲滅。かといって代案は無いようだ。
各々が妙案が無いかと模索していると、周りから草を掻き分ける音が聞こえ出す。
――先手を取られた。
「囲まれたぞ!」
俺が叫ぶと、四方八方から石が投げつけられてくる。
石は大きい物では無いが、当たれば当然痛い。その妨害が俺達の行動を鈍らせる。原始的だが理に適った戦術だ。
既に周りは武器を手にしたボブゴブリンに囲まれていた。
「パティ、俺から離れるな! ヘイテス、一点突破するぞ! アネッサ、魔法障壁をいつでも出せる準備をしておいてくれ!」
「分かった」
四方を囲まれている状況は不味い。
俺を先頭に廃墟から遠ざかる方向に足を向けると、目の前のボブゴブリンを切りつける。
後ろでもヘイテスが切り結んでいる音が聞こえ出した。
5匹を切り伏せて前方に道を作ると、パティ、アネッサを先に行かせ、ヘイテスの援護へと体を入れ換える。
ヘイテスに迫る攻撃を弾き、ヘイテスの攻撃を避けるボブゴブリンの逃げ場を削る。
何匹かを倒すと、ボブゴブリンの攻撃に一瞬の間が生まれる。
その瞬間を逃さず後方へと走り出した。
パティとアネッサに合流し木々の開けた場所に出ると、再び乾いた風切り音が聞こえてくる。投石だ。
「アネッサ!」
「……加護の守りを与えよ。魔法障壁」
アネッサが両手を突き出すと、空気を圧縮したような膜が投石の軌道を逸らしていく。
魔法障壁は便利な防御魔法ではあるが、アネッサの実力では自身が身動きがとれなくなるし、持続時間も数十秒がいい所だろう。
だが、先程よりは大分楽な体勢になった。
これで迫り来る敵は、ほぼ前方からだけだ。
「ヘイテス。アネッサと後ろを任せるぞ」
「ニケル、何をするつもりだ? 逃げないのか?」
目に見えて数が増えていくボブゴブリン。
ヘイテスとアネッサの顔には不安と焦りがにじみ出ているが、ここはちょっと、うちのギルド員の実戦経験の場にさせて頂こう。
「うちのギルド員には訓練が必要なんでな。パティ、行くぞ」
「待ってたっす!」
パティが魔法障壁ギリギリまで前に出ると、俺はその背中を軽く叩く。
「いいか、出来るだけ魔力を抑えてパトリシアパンチを使うんだぞ。あと、いくらお前がダメージを受けないからといって攻撃を受けるな。受ければそれだけ次の行動が遅れる。体の軽いパティなら尚更だ。避けて的確にパトリシアパンチを撃ち込め。後は……体で覚えろ」
「了解っす! 燃えてきたっす!」
「バカ、燃えるな、興奮するな! 冷静に丁寧に対応しろ」
アネッサの魔法障壁が消えかかってくると、ボブゴブリン達はこっちに突っ込む前傾姿勢をとりだす。
ざっと見、80匹って所だな。
「さっ、行くぞ!」
そして、パティの、パティによる、パティの為の蹂躙(実戦授業)が始まった。