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1話 おまえ、だまされてるぞ

「やだぁニケルさんたら、それ本当なの?」

「本当だよ。今はD級ギルドにいるけど、昔は名の知れたギルドにも居たんだって。地方の剣術大会でも優勝したんだよ」


 ――とある街酒場。

 討伐依頼で懐の暖かかった俺は人生初の女性接待飲食店(キャバナール)にやって来ていた。

 まだ夕方ということもあり店内の客は少ない。横に座る女は可愛いとは言い難いが、胸元が開けたドレスからわざとらしく見える谷間が、俺の視線を顔へと向けさせない。

 巧妙なトリックだ。

 女性接待飲食店(ギャバナール)の醍醐味である女性に無条件でチヤホヤされるのも、意外と気持ちの良いものだ。


「そこまで凄いニケルさんにお願い。ラナ、このお酒が飲みたーい」

「飲めばいいんじゃないかな?」

「ありがとー」


 よく分からないが、この店の女性は客に許可を貰わないと飲み物を飲めないのだろうか?

 女が「3年殺し入りましたー」と言うと、黒服の兄ちゃんが黒い瓶に入った酒を持ってくる。ラナとか言う女はコップに並々注ぐと一気に飲み干してしまう。

 酒が飲みたくて我慢していたのか。


「ニケルさんって蜥蜴の尻尾(テイルオブリザード)? ってギルドでも偉い人なのー?」

「偉くはないよ。ヒラもいいとこ。しかもここ3ヶ月はギルドに顔すら出して無いしね。入った頃はそこそこ行ってたけど、それが週に1回、月に1回って具合になってね」

「えぇ、なんでー?」

「ギルドマスターがやたらと熱血なんだって。面倒くさいよ? やれ「毎日顔出せよ」とか「熱く生きようぜ」とか「俺の夢は皆でS級ギルドに成る事だ」なんて熱弁されてもね。俺はのんびり緩く生きたいんだって」


 愚痴にも似た話を楽しそうに聞いて貰えると、ついつい口が軽くなってしまう。


「じゃあ辞めちゃえばいいのよー」

「他のギルドに入り直すのも面倒なんだよ? 第一あのギルドマスターがすんなり「今までお疲れさん」なんて言う訳ないからね。暑苦しい理論で長々と夢や希望を語られるのが目に見えてるって」

「そうなんだー。大変だね。あっ、ラナこれ食べたいけどいいかなぁ?」


 ラナが指さしたメニューには、豪華なフルーツ盛りが描かれている。


「果物? いいんじゃない?」

「ありがとー。ニケルさん大好きー!」


 自身の2つの果実を俺の腕に押し付けて喜ぶ女。ふむ、悪くない。

 またまた黒服の兄ちゃんが皿に盛られたフルーツを持ってくる。

 ラナが勧めてくるので一摘まみ食べてみると、形よく切られたメロンは濃厚な味がする。

 メロンなんて久しぶりだ。


「でもニケルさん、ギルドに行って無くてお金大丈夫なのー?」

「お金? 大丈夫、1人で魔物の討伐請け負っては稼いでるから。ほら」


 俺が愛用の革袋を開けて見せると、突然ラナの笑顔が一瞬にして凍りつく。


「お客さんお帰りでーす」

「えっ? えっ、何?」


 ラナの言葉に黒服の兄ちゃんが2人に増え、俺は会計の所まで腕を抱えて連れて行かれてしまう。

 えっ? まだ帰るなんて言って無いのに。

 

「はい、お客さん勘定ね」


 帳場に居た厳つい男は1枚の紙を俺に差し出して来た。

 あれっ? ほとんど飲んじゃいないのに、視界が霞んで見える。銅貨……じゃなくて銀貨?

 何これ、銀貨54枚って?

 俺が今泊まってる宿屋でも一泊二食付きで銀貨2枚ぐらいだよ? おかしくない?


「……これって高くない?」

「お客さん、一流酒『3年殺し』や幻の果実『ドラメロン』を頼んでおいて高いは無いでしょう? それとも警備兵でも呼びますかい?」


 いや、俺それ飲んでないし、そのドラメロンとか食べたの一口だけだし。注文したのはあの女でしょ?

 財布の中身を確認しようとすると、厳つい男は革袋を取り上げて中身をテーブルに並べだす。


「持ち金は銀貨48枚に銅貨6枚ですか。まぁ、うちは優良店でしてね、初回サービスって事でこれで手を打ちましょう。ご来店ありがとうございました」


 帳場の男が深々と頭を下げると、俺はそのまま黒服の兄ちゃんに外に押し出される。

 呆気にとられているとラナが店の窓から顔を出していた。


「ニケルさん、稼いだらまたラナに会いに来てねー」

「二度と来るかぁ!」



 


 シトシトと雨の降る初夏の夕方。俺の財布は空になっちまった。

 非常用に隠してあった銀貨5枚が俺の全財産だ。懐に隠してなかったら無一文になってる所だったぞ。


「はぁ。宿に戻るか……」


 とはいえ、手持ちの金では宿に二泊しか出来ない。

 当分働く気は無かったのに……。

 あのボッタクリの女性接待飲食店(ギャバナール)で話していたからだろうか、ふと頭にギルドの事が思い浮かぶ。

 うーん。宿に戻るか久々にギルドに顔でも出すかで迷ってしまう。

 ギルドで仕事を貰うってのもなぁ。


 悩んだ時は……。

 俺は1枚の銀貨を手に取り、コイントスする。雨の中で軽やかに舞う銀貨が左手の甲に着地すると右手でコインを覆い隠す。

 表なら宿に、裏ならギルドだな。

 ゆっくりと右手を開ける。


 ……決まったな。

 俺はゆっくりとギルドに向かって歩きだすのだった。 

 

 だが3ヶ月振りに訪れたギルドが、人生のターニングポイントになるとは知る由もなかった……。







 







 食堂や商店が立ち並ぶ通りに佇む古びた木造の建物。

 ボロいながらも周りより不相応に大きいギルドを見上げると、3ヶ月振りとはいえ懐かしく感じてしまう。



 扉を開き、軋む音を聞きながら足を踏み入れる。

 蜥蜴の尻尾(テイルオブリザード)は30人近くの傭兵が所属する中堅ギルド。

 この前来た時には活気と喧騒があったのだが、デカイ依頼でも入ったのだろうか? 中は閑散としている。



 中にいたのは窓際のベンチで佇む一人の少女。

 見覚えのない顔だ。外に跳ねた銀髪が肩まで伸びている。

 銀髪なんて珍しい髪色なら記憶に残っていると思うのだが、最近入った新人だろうか?

 なんて声をかけようかと迷っていると、少女の方から口を開いた。


「……誰っすか? マスターは今日も居ないっすよ?」

「あっ、そうなの? じゃあマスターが戻ったら、ニケルが顔出したって伝えといて頂戴ね」


 冷たく言い放つ少女に向けて、片手を上げて手をヒラヒラさせる。

 マスターも居なけれゃ、知った顔も居ない。

 次に来るのはいつになるかは分からないが、今日来た事が少女からギルドマスターに伝わればとりあえず大丈夫だろう。

 さぁ、宿に戻るとするか。

 ギルドから出ようと入り口へ足を向けると、後ろから少女の興奮した声が聞こえる。


「ニケル=ヴェスタ殿っすか!」


 んっ、俺の事を知ってるのか?

 このギルドには1年程所属はしているが、受けた依頼なんて両手で足りるぞ?


「そうだけど。あっ、マスターが何か言ってた?」


 俺の言葉が終わるやいなや、少女は猪突猛進の如くタックルをかまして来る。

 もとい、抱きついてくる。

 思わず「ぐぇ」と喉の奥が鳴ったのは、日頃の鍛錬(怠惰)の成果だろう。


「マスター! ずっと待ってたっすよ!」

「あぁん?」


 少女のトチ狂った発言に、思わず汚い心の声が漏れてしまったじゃないか。

 マスター? 誰が?

 抱きつく少女を、無理矢理剥がしにかかる。

 どうせ抱きつくなら、もうちょっと成長してからにしてくれ。


「ちょっ、ちょっと待て。俺はマスターじゃない。ただのギルド員だ!」


 もっとも幽霊ギルド員だが。


「何言ってるっすか? 『蜥蜴の尻尾(テイルオブリザード)』のギルドマスターはニケル=ヴェスタ殿っすよ!  前マスターのシュロム殿からニケル殿の英雄譚は聞かせて頂いてるっす」


「はぁ? シュロムはどうしたんだ?」


 シュロムとは熱血ギルドマスターの名前だ。

 俺の問いに少女は顔を曇らせる。


「……シュロム殿は引退したっす。周りの反対を押し切って、ドラゴン討伐の任を受けていたニケル殿を次のマスターに任命して去っていったっす」

「あぁん?」


 何がどうなった?


 ドラゴン討伐?

 確かに、最後にギルドに顔出した時、「もっと顔見せろ」とか「お前とまた依頼をしたいんだ」とか暑苦しい事を言われたので、「ドラゴン討伐の依頼があるから、終わったらまた顔出すよ」って言った気がする。

 この「ドラゴン討伐」とは傭兵業界で「ちょっと疲れているから、しばらく休養します」って意味だ。


 おかしい。

 傭兵なら言葉の通りに意味を受け取る筈が無い。

 混乱している俺に、少女が追い打ちをかける。


「自分はシュロム殿の最期の命令により、ニケル殿をずっと待ってたっす。自分はこうしてマスターと出会えて、猛烈に感動してるっす」

「と、とりあえず、落ち着け。なっ、落ち着け。もうちょっと詳しく教えてくれ」


 落ち着き無いのは俺の方か。

 俺が深呼吸を繰り返すと、興奮していた少女も真似して息を整えている。


「そうっすね。ドラゴン討伐を終えたばかりのマスターに、詳しく話すっす」


 こいつワザと言ってるだろ?




 少女の話では遡る事3ヶ月前……。


 少女こと「パトリシア」は俺が最後に顔出しした時期に、入れ違いでギルドに入ったそうだ。

 熱血のギルドマスターに、頼もしいギルド員達。

 ギルドに憧れていたパトリシアにとって、それはもう興奮と感動の毎日だったらしい。ここは夢見る乙女の長い話だったので割愛しておこう。


 話を戻して2ヶ月前、他ギルドとの大きな合同依頼があった。

 相手ギルドの奮闘により何とか依頼は達成したが、『蜥蜴の尻尾(テイルオブリザード)』では10人の負傷者を出してしまった。

 その内4人は傭兵を続けられない程の大怪我だったらしい。


 シュロムは責任を取ってギルドマスターの引退を表明。

 ギルドは潰さず次期マスターに俺を指名した。

 当然の事だが他ギルド員は猛反発。

 次々にギルドを辞めていく事態に陥いる。

 シュロムはパトリシアに俺を待つように最後の命令をして、ギルドを去って行ってしまった。

 パトリシアはギルドの命運を握り、俺を待ち続け今に至るとの事だ。


 ふむ。あらゆる所が腑に落ちない。

 パトリシアが嘘を言っているとは思わない。

 でも、おかしな所だらけだろ?

 大体こんな少女に俺を待たせる意味がない。シュロムが健在ならシュロムが待てばいい。普通なら話し合いがあるべき事だ。


 それ以前に俺がギルドマスターになる意味が分からない。

 シュロムがギルドを立ち上げようとしていた当時、たまたま一緒に依頼を受けていたのが俺だった。

 その流れで勧誘されただけだ。

 別に長年の相棒でも無ければ、親友でも無い。

 熱血故にそこそこ人望があったシュロム。

 あいつを慕っていた奴だっている。

 マスター候補なら、いくらでも居たはずだ。





「パトリシア、お前……」


「騙されてるぞ」と、言葉を繋げられなかった。

 純真な眼で俺を見つめる少女。

 こんな少女に大人の汚い真実を話さなくちゃいけないなんて、どんな罰ゲームだ?

 俺は言葉を繋げられず、咄嗟にパトリシアの頭を撫でてしまう。


「マ、マスター……」


 あっ、あかん。

 この半分涙ぐんでる顔。

 きっと「パトリシア、お前……騙されてるぞ」が「パトリシア、お前……良く頑張ったな」に変換されてる気がする。


「マ、マスター、自分頑張ったっす! ずっと待ってたっす」


 涙をこぼし、くしゃくしゃの顔で俺にしがみついて来る少女。


 俺はパトリシアの頭に置いた手を動かすことも出来ずに、ただただ途方にくれるのだった。






人物紹介その1


名前 ニケル=ヴェスタ

種族 人間

性別 男

年齢 22歳

身長 176cm

体重 66kg

※剣と長めのナイフを使う、黒髪、黒瞳の無気力剣士。

ミッドウィン剣術大会で優勝経験を持つ。

『蜥蜴の尻尾』現ギルドマスター。

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