超大作
とある町、人通りも少ない住宅街の古びた二階屋のアパート。
蜘蛛の糸が垂れた様に、真っ直ぐ頭上にある裸電球ひとつの畳四畳半の一室に二人の男の声が響く…
「え?小説を書けってぇーッ?!
あー無理無理ッ!
本なんて今までまじめに読んだこと無いし、書き方すらわからないよ。
唯一、読んだものって小説が映画化されて、映画を観てから読んだものしかないね、邦画だけど… 、あっでもね?
その映画で描写が先だったから、後で読んだ小説の描写の空間には痺れたねぇー、原作の方が手が込んでいて実写では限界な空想の部分がヒヤヒヤドキドキして読んだなー。
へぇー!これはすごい世界だなぁって!10代の頃にそう感じたけどー、
それっきりだね。
元々音楽好きで、ギターも弾いてて洋楽を主に聴いてると、英語の歌詞なんてわからないから後で歌詞カード読んで、へぇーッこんな歌だったんだぁー!って…
あれ?映画の観かたと音楽の聴き方が同じだなぁーこれじゃあ…
どちみち、後から活字が追いかけてるな。」
弦二郎が黙り込むと、ハンチング帽を被った男がこう言う…
「そうだろ?それと同じ事だよ弦二郎くん。
だから君をやっとの思いでここまで追いかけて来たんじゃないか…分かったかい?さぁ行こう!」
「うん、分かったよオヤジさん!」
二人は散らかった部屋から玄関先へ向かう。
キーィー…バタンッと下半分腐りかけたドアを閉める弦二郎。
ハンチング帽のオヤジさんは、ポケットから鉛色の重い輪っかをした仕事道具を出し、弦二郎の手にはめた。
ガチャッ…ガチャッ
「これからは、暫く長い間このアパートより薄暗い所へ行くけど…いいな?」
「うん…仕方ないねー、そこでオヤジさんに言われた様な小説を書いてみようかな?
15人殺してんだ!16人目からは、その薄暗い所になるかな?!ヘヘヘッ…」
弦二郎の薄ら笑う声が閑静な住宅地に響く。
「君は…あれだな?
弁護士が来るまで何も言わない方が良いかもしれん。この先、一生薄暗い所から出られなくなるぞ?」
「あぁ、分かったよーへへッ…
…でもね?小説の超大作ってやつは、ノンフィクションものが売れるって聞いたぜ?
ハハハッ…」
二人は錆止めの禿げた階段を降りて数メートル歩く。アパートの角に停めてあったパトカーに連行された弦二郎。
この日、述べ10年にも及ぶ近畿東海地区連続強盗殺人事件の幕が降りようとしていた。
堤 弦二郎 47歳 午後7:30
連続強盗殺人容疑で逮捕。
数分前、15人目に殺された老人の住む古びた二階屋のアパートを背にパトカーは走り去っていった…。
おわり…それとも…?!