第1話 黒猫は月に鳴く
突然の悲劇にもかかわらず、少女は葬式が終わってから当然のように普通に学校に通っていた。だが、普段明るかった少女は、このころから無口になり、少女から友達がいなくなり、中学に入ってしばらくすると友達の少ない陰気な少女として影の薄い存在となっていた。
その少女の数少ない友達、閖崎麻子はその少女に憧れていた。多くの麻子の友達やクラスメイトは、ほとんど口をきかない少女を魔女というあだ名で言って嫌っている。理由は簡単で、無口なうえに一匹の黒猫を飼っているからだ。だが、彼女はそうは思っていない。具体的に言うと、少女が魔女であっても人に対して悪いことは絶対しないと彼女は確信していた。そして、同時その心の強さに憧れていた。
今日もその少女は、相変わらず黒い学生服の姿で朝一番に教室にいた。麻子は、机に座って本を読んでいる少女に「おっはようー」と陽気に挨拶をかわす。少女は、彼女に振り向いて、彼女に聞こえるか聞こえないかぐらいの大きさで「おはよう・・・」と無表情で返した。
麻子から見れば少女は、栗色と黒の混じったような色の髪をしており、外国人のような美しい顔立ちをしていた。彼女自身で言えば自分はこの少女の美しい花のような容姿には劣っていると思っている。
他の友達から見れば、麻子は美しさよりも可愛いさを求める方が似合っていると言う。
実際、彼女自身は、その幼児見たいな顔立ちを認めてはいるが、女は美しい方がいいのよと、小さい頃に母親の助言を真に受けていたため、少し前の花火大会の時では、厚化粧なんかをして美しく見せようとばかげたことを一時実行しようとしていた時期もあった。それだけ彼女は本気だった。
一方、少女はというと、小さい頃から両親と仲が悪かったらしくあまり自分の身内のことを話したがらないたちらしい。麻子にとっては、あまり関係のない話だったが、そのことを中学1年頃に友人達から聴いてからその少女をかわいそうだ思った。それから、彼女は少女をかくまうようになった。だが、これは二人だけの秘密であった。なので、これからするこっくりさんというのも二人だけの秘密の儀式だった。
こっくりさんを始めたのは、小学校低学年の頃。その頃は、女子では人気のある遊びだった。だが、ある日をきっかけにみんなは、急にやめたのだ。とくにこれといった理由もなく、みんなはあきたといってやめたのだった。私は納得がいかなかったが、みんながいないとできないので、私もあきらめたのだった。
それから、いくつもの月日が流れ、地元の中学校に入り、あの人と出会ってからまた始めるきっかけとなった。
今日もいつものように少女は、こっくりさんに使う紙と昭和に作られた10円玉を出した。そして、10円玉を鳥居の絵の上にのせた後、二人はその上に指を乗せた。そして
「こっくりさん、こっくりさん。おいでください・・・・・」と、何度も唱えた。唱えていくうちに10円玉が熱くなった。そして、ほんの数ミリ程度浮いたのだ。さらにその後、誰もいないのに、二人のそばで、人の気配を感じた。
「今日は、人間みたいだね」
少女は、こっくりと、無言で頷く。それから、麻子は、次々に質問をした。自分のことではなく、ましてや少女のことでもない質問を相手に投げかける。そうしていくうちに、相手が答えなくなったり、わざと間違った答えを言い出し始めた。
だが、二人はあきらめずに次々とその『人』から問いただす。
普通の場合のこっくりさんは、ここまで、相手を怒らしたりはしない。なぜなら、その呼び出した幽霊によってとりつかれてしまうからだ。だが、二人はそんな心配は必要はない。とりつかれるというのは、幽霊がとりつこうとしている人間の肉体という器に無理矢理入るのだ。だが、生き物の体というのは、そういうふうにできていないため、その魂の数が多ければ多いほど壊れやすくなってしまうのだ。
だが、二人は呼び出したそれにとりつかれた様子はない。逆に『人』の方が苦しんでいるように見える。まるで、まるで、自分の犯した罪を悔やむかのように・・・・・。
「哀れな魂よ。汝、罪を償い天に召されることを願うか?」
麻子は、別人のようにその『人』を糾弾するように言った。
『人』は彼女を苦しみながらも睨んだ。彼女は知っていた。その行動自体、なんの意味も持たないことを、逆にそれが自分を苦しめることを・・・・・・。
苦しみや悲しみに耐えられず翻弄する『人』。だが、なおも彼女を睨む。この苦しみを与えた張本人だと言わんばかりに。
麻子は、ため息をついた。そして、
「後は、お願い。私はこれが限界なの」
と、少女に言った。そして、猫のような声が帰ってきた気がした。その瞬間、人の気配が微塵も無く消えた。そして、いつのまにいたのか金色の瞳をした黒猫が少女のそばにいた。
「終わったわよ」
幽霊みたいなか細い声で、少女はそう告げた。
「ありがとう」
麻子には、それが限界だった。今日が初めてというわけではないが、この仕事を始めて1年だがいまでもこの空気にはなじめなかった。
彼女は額についた冷や汗をふき取った後、儀式場の後片付けをした。後片付けを終わらせた後も麻子は緊張を拭えなかった。
まだここの教室にいる生徒は二人以外誰もきていないことを確認すると麻子は少女に言った。
「今日って、サバトってあったっけ?」
「今日はサバトはないわ。けど、あなたは師匠によばれていたでしょ?」
あきれるように言う少女。
「え、そうだったけ?」
「ちゃんと、自分のことは自分で出来るようになってよ」
と、彼女がわざととぼけたにもかかわらず、真に受けて答える。
「ごめん」と、一言謝った。
そして、男子生徒が何人かかたまって入って来た。時計を見ると8時15分。HRまであと20分ぐらいの時間帯だ。
麻子は、自分の席に戻って、生徒達が来るのを見届けていた。
放課後。あたり一面が夕焼けに染まるこの頃は、近隣の学校の学生達が、そこら辺をたむろっていた。
麻子と少女もまた、そんなちんぴらの多いところを無言で通り過ぎていく。麻子から、言わせてもらえばどうして、周りの人はあんな風になってしまうのだろうかと思ってしまう。そう、あんな死んでも死にきれないような状態にだ。彼女自身は、嫌なことは、たくさんあったけど、それでもあんな風にして、地上に漂うのは一番嫌なのだ。
だから、路上にたわむれている下品な格好をした人を見るとどうしても助けたくなりたくなるのだった。
だから麻子は、ここの通りによく来るのであった。そして、いつものように誰かに手を差し伸べたかったけどそれを必死にこらえた。路上にいた人たちは、軽蔑するような視線を送ることもせず、ただ麻子がつらそうな表情をして歩いていくのを見届けるか知らないふりをするだけだった。否、それしか出来なかった。それは、隣にいる少女がいたからだったわけでもなく、麻子に呼びかけることにためらいがあるわけでもなかった。
ちりん、と金色の瞳をした黒猫が、自分の周りの人間を見下すような目で歩いていたからだった。2足立ちで・・・・・・。そして、
「麻子。なんで、いっつもいっつもそんな奴らばっか相手しようとしてるんだ?お前はあいつらにからかわれてるだけだぞ?」
猫とは思えないほど低い声で喋った。麻子は、その猫に敬語で言った。
「私は、別にかまなわないのでいいんです。それよりも、お師匠様。近所の寅次郎様のところに行かなくていいんですか?」
「寅次郎は、今は昼寝か他の子をナンパしているんだろう。それよりもこんなチンピラしかいないところにいつまでおるつもりじゃ?」
「今は、麻子の仕事に手を出さない方が無難だと思われますが?」
と、チンピラに食べ物をあげて、手が離せない麻子のかわりに少女が答えた。
「おぬし、いつから、そんな口が利けるようになったんだ?」
「拾ってからです」
即答。
黒猫は少女の一言にひるむ様子も無く少女の言葉を無視して、あくびをしながら、少女の仕事が終わるのをのんびり待っていた。
麻子の仕事が終わる頃には、夕日が沈みチンピラ達が街中を徘徊してここにはほとんどいない頃だった。
「すみません」と、二人(といっていいのか分からないが)に謝った。そして、二人の少女と一匹の黒猫がまっすぐ進んでつきあたりの角を曲がると、彼女達の姿がふっと消え去っていた。
彼女達が行き着いた先は、白い大きな館だった。あたり一面は真っ暗で白い建物が実物よりも大きく見える。だが、異様なのはそれだけではない、なにしろその館の周りには、庭がなく、錆びた扉だけがその古びた館の出入り口だった。それ以外は、どこからも入れない。部屋の明かりがついた雰囲気を強調させるような窓もいくつか見えるが、そこから入ったら最後、二度と出られなくなるらしいのだった。
黒猫がミャオと、鳴くと扉がひとりでに開いた。そして、彼女達が中に入るとひとりでにしまった。
館の中は、豪勢な赤い絨毯を地面に敷き詰め、2階に行く階段が左右に一つずつついているだけで、シャンデリアがないなんともシンプルな館だった。
「今日は、どうだったんだ?」
2階にある部屋の中央で社長の座るような椅子に一匹の黒猫が偉そうに座っていた。
少女は、黒猫にこっくりさんをやって麻子が成仏できないような霊がいたことを手短に話した。
「麻子!お前は、何年この仕事をやってると思っているんだ!」
黒猫は、麻子に怒鳴った。
「恐縮ですが、あれは単なる地縛霊じゃなかったので、1年だけしかやってない私には、・・・・・・・・」
「馬鹿者!!あんなの雑魚以下じゃ。お前が自信持ってやっておれば成仏できていただろうが、違うか?」
「おっしゃるとおりです・・・・・・・・」
まったくといいたげな表情で黒猫は麻子を見ていた。
「今回、麻子を呼んだのはそのためじゃないでしょう?そろそろ本題にはいったらどうですか?」
と、麻子をかばうように少女は言った。
「そうだったな。さて、今回おまえを呼んだのは他でもない。お前は、この仕事を1年やったな?」
「はい」
「本当は、心配でたまらないのだが、お前に使い魔を与える」
麻子は目を疑った。まだ1年しかしてないし、成仏できない霊もたくさんいるのに・・・などの頭の中で何かよく分からないもやもやした感情があった。だが、
「だがな、俺はお前に手渡しするわけではない。自分で見つけるんだ。いいな?」
頭の中が真っ白になった。結局、自分でなんとかしなければならないのかと、肩を落として
「はい・・・」と、一言言った。