第18話「解放の条件」
第18話「解放の条件」
「これでお金は用意できました。だから、アモルは俺に譲ってもらえますよね」
その言葉にアモルの主人であるアルザ・コルセアは、口をあんぐり開けて固まっていたが、やがて我に返ったのか慌てて言葉を出した。
「誰もお金が揃えば、アモルを譲ると言った覚えはないな」
「はぁ?」
「私はただアモルを買った値段を聞かれたから答えただけであって、誰もその同額を払えば譲るなど一言も言った覚えはない。だから、私が君にアモルを譲る必要もないのではないか」
なるほど、そう来たか。確かにこの男はアモルを譲るとは一言も言わなかったな。
不思議とセルウァーの頭は冷静さを残していた。
それにここに来る前に、ティアにも言われていたのも冷静さを残している一つの理由だった。
『いいか。相手は奴隷を買うような奴だ。一筋縄で行くとは思えない。くれぐれも油断しないことだな』
ティアの言う通りだな。何かと理由を付けてアモルを手放さないようにしているな。
「それじゃあ、一つ聞いていいですか?」
「何だね?」
「どうしたら、アモルを奴隷から解放してくれますか」
セルウァーは真っ直ぐにアルザの眸を見た。
「俺は何としてもアモルを奴隷から解放したいと考えています。その為なら何だってやる覚悟があります。だから、そこを何とか、アモルを俺に譲っては下さいませんか」
「どうして、そこまで私の奴隷に執着するのかね? そんなに奴隷が欲しいのであれば、この街にある奴隷市場に腐るほどいるだろうに」
アルザの言葉にセルウァーは大きく首を振った。
「俺は奴隷が欲しいんではありません。アモルを、彼女を一人の女の子として普通に生活させてあげたいと思った。それだけですよ」
「はっ! バカバカしい! なら、君はそんな腐るほどいる奴隷一人の為に、その命をかける覚悟もあると言うんだね」
アルザの眸が鋭く細められ、セルウァーの眸を射抜いた。その眸からは何とも言えない圧力があった。
「ああ、当たり前だ。じゃなきゃ、ここにこうして乗り込んでこないですよ」
「口だけは一丁前か。なら、私が出した課題をクリアしてもらうぞ」
アルザはそう言って不敵に笑ったのだった。
***********************
「君は世界一のバカなのかい?」
コルセア商会の本部となっている建物から出た瞬間、ティアがいきなり罵声を浴びせてくる。
「いきなり何を?」
セルウァーは、ティアのいきなりの罵声に首を傾げていた。
「あいつが出した課題を真っ正面から受けるバカがいるかって言ってるんだよ」
「ああするしか方法がなかったんだから、仕方がなかったんだよ」
セルウァーはそう言いながらも、尻すぼみになってしまっている。
そのセルウァーの姿を見て、ティアはため息を吐いてしまう。
アルザが出した課題は、何とも割に合わない内容だったのだ。
その内容とは、この街【ターソン】の街に突如として現れたSS級危険魔獣を討伐しろとのことだった。しかも、それを一人で。
普通、SS級危険魔獣はSランク傭兵とAランク傭兵が討伐体を編成して、やっとの思いで倒せるほどの魔獣だった。
それをたった一人で倒せと言うのは、あまりにも無謀で、言い換えるのならばそれはセルウァーに死んでこいと言っていることに他ならなかったのだ。
隣でその話を聞いていたティアは、すぐさまその事実に気が付いた。きっと、セルウァーもそのことに気が付いただろう。それなのに、この男はその危険性に分かっていながら、その課題を即答でやると答えたのだ。
正気の沙汰とは思えない程に即答だった。
「君は本当に分かってるのかい? 死ぬかもしれないんだぞ」
「分かってる。けど、俺は死なない。アモルとの約束があるしな」
「おいおい、それは大抵主人公が言って、大抵死んでバッドエンドになるセリフだぜ」
「はは、だよな」
けど、俺は死ぬわけにはいかないんだよ。アモルの為に。
さてと、討伐の為の準備を進めないとな。ああ、それと……
「怒ってるところ悪いんだけどさ、ティアに聞きたいことがあったんだよ」
「何だよ?」
「この街でおすすめの宝石屋ってないか?」
***********************
「なるほどな。ここでならいいのが見つかりそうだ」
セルウァーは店の中に入ると、早速物色を始めている。
「どうして、宝石屋なんて」
「アモルに結婚指輪を贈るためだよ」
「けっ結婚指輪⁉」
「ああ、俺とアモル、結婚する約束をしたんだよ。俺としてはすぐに帰るつもりだったんだけど、そうは出来そうにないから、せめて指輪だけも送ってあの約束は本気ってことを証明したかったんだ」
あの夜に交わした約束は、セルウァーは本気で叶えるつもりだった。だから、それを現実にするために、そして、何よりも絶対にアモルの元に帰ると言う覚悟の為に、指輪を買おうと思ったのだ。
「初耳だぞ、そんな話」
「今、話したからな」
「だから、あんなに必死だったのか」
「いや、そうじゃねぇよ。元々、あの河原でアモルを拾った時からずっと、アモルのことは幸せにしてやりたいって思ってたし」
そう言いながらも、セルウァーの視線はショーウィンドに釘付けだった。それぐらいに真剣に選んでいる言うことだ。
ティアは何か言いかけて口を開くが、その前に「何かございますか」と言いながら、店員がセルウァーに寄って来て、そのまま二人は話し始めてしまったので、その口を閉じることにする。
「結婚指輪を探しているんですが、何かおすすめのものってありますか?」
「結婚指輪ですか。そうですね、こちらのものとかも人気がありますし、後はオーダーメイドとかも人気ですね」
「オーダーメイドですか」
「はい。お時間は頂いてしまいますが、なるべくお客様のご要望を反映させてお作り致します」
「そうなんですか」
セルウァーは少し考える素振りを見せた。
この店で見た指輪はどれもいいデザインだった。だけど、どうせなら特別な指輪をアモルに贈ってあげたいともセルウァーは思ってしまう。
だから……
「オーダーメイドでお願いしてもいいですか?」
「はい、かしこまりました。だいたい、二週間ほどのお時間を頂くと思いますけど大丈夫でしょうか?」
「はい、大丈夫ですよ」
セルウァーは頷くと、店員に指輪のデザインを伝えるとそのお店から出た。
「ありがとう、ティア。ティアのおかげでいい買い物が出来たよ」
「なら、よかったけど。君が今やってる一連の行動ってフィクションでは、死亡フラグ出し、死亡ルートまっしぐらなんだけど、君は分かってるのか」
「確かにそうなのかもしれないけど、それはあくまでもフィクションの話で、現実の話じゃないだろ? だから、大丈夫だろ」
セルウァーの言葉に、ティアは心底呆れたようにため息を吐いた。
「まったく、しょうがない奴だな。仕方ない。これも乗りかかった船だ。お姉さんも最後まで付き合ってやるよ」
「ありがとう、ティア。頼りにしてるよ」
「おう、任せろよ」
セルウァーとティアはそう言って、拳をぶつけ合った。
***********************
ティアと話し合って、SS級危険魔獣の所には明日向かうことになった。今は宿屋にいて、ティアはそのSS級危険魔獣の情報を集めてくれている。
セルウァーはセルウァーで剣のメンテナンスを行っていく。それが終わる頃にはティアも情報集めから戻って来たところだった。
「ティア、お疲れ」
「本当だよ。まったく」
「どうしたんだよ?」
「かなり歩き回ったのに、得られた情報はゼロなんだ。誰もそんな魔獣は知らないって」
「そもそも、SS級危険魔獣ってこの世界で四体しかいないんだろ?」
「君の言う通りだよ。確かに君の言う通りで、SS級危険魔獣は各北、東、西、南の最果てに一体ずつそれぞれのテリトリーを持ってそこにいるんだ。だけど、今回あいつが出した課題である所のSS級危険魔獣の居場所は、東の最果てではなかった。あいつがその魔獣が出ると言った場所は、この街【ターソン】から少し離れた場所にある洞窟だった。明らかにおかしいんだ」
「確かにそうだよな。もしかして、五体目のSS級危険魔獣が現れたとでも言うのかな?」
「バカなことを言うなよ。もしそうだったら、お姉さんの情報網にかかるはずだ。五体目のSS級危険魔獣が出現したのなら、それだけでもビックニュースだ。誰も知らないなんてことはないだろ」
それこそ、ティアの言う通りだ。SS級危険魔獣の出現は、簡単に街が一つなくなってしまうぐらいに、危険な存在だ。そんな魔獣が現れたのなら瞬く間に各街に報せが来るだろう。だけど、そんな報せはまったくと言っていほどなかった。
「と言うことは、アルザが嘘を吐いているってことか?」
「ああ、まずSS級危険魔獣って話は嘘だろうな。だけど、アルザが示した洞窟にはなにかがあることはまず間違いないな。結局、その洞窟に行ってみないと真相は謎のままだな」
「奴は何を隠しているんだろうな」
「分からない。けど、それも明日には全て明らかになるだろな」
ティアはそう言うと、ボフンとベッドにダイブしている。
「おい、ティア。まさかとは思うけどここで寝るつもりじゃないよな?」
さすがに年頃の男女が一夜を過ごすのはまずいだろ!
アモルとは散々過ごしているくせに、セルウァーはその事実を棚上げしてそんなことを思ってしまうが、対するティアの返答はなく、代わりに寝息が聞こえてくる。
「寝るの早ッ!」
セルウァーは思わずそう叫んでしまうが、ここまで付き合ってくれているティアには、何だかんだ言っても感謝しているので、強いことは何も言えなかった。それに、今やっていることは明らかに情報屋としての仕事の領分を超えている。
「本当にありがとな、ティア」
セルウァーは眠るティアのそう声をかけて、毛布を掛け直してやると自身もソファーに横になった。
とにかく、明日には分かるんだよな。あいつが何をさせたいのかが……
セルウァーは一度息を吐き出すと、両目を閉じた。睡魔は意外にもすっぐにやって来たため、そのまま意識を手放したのだった。
面白いと思って頂けましたら、ブックマークや評価のほどをよろしくお願いいたします。
※ブックマークや評価のほどありがとうございます! それを見るたびにニヤニヤと一人で喜んでいます。これからもよろしくお願いいたします。