第15話「アモルの夢」
第15話「アモルの夢」
テッラとの話を終えてから、少し酔いを醒ましてから風呂に入って部屋に戻ると、自室の部屋の明かりが点いていることに気が付いた。
アモルの奴、まだ起きているのか?
セルウァーが自室の扉を開くと、ベッドの上で座っているアモルの姿があった。
「アモル? どうしたんだ」
セルウァーがアモルのそばに近付くと、アモルもセルウァーの存在に気が付いたのかゆっくりと顔を上げた。
「あっ、セルウァーさん。戻って来てたんですね」
「今戻って来たところだよ。疲れてるだろうから、アモルは先に寝てても良かったのに」
「セルウァーさんがいないと、なかなか寝付けなくて」
アモルは恥ずかしそうにえへへと微笑んだ。そんなアモルの姿に、どうしよもない愛おしさを感じてしまう。
かっ可愛すぎる!
「そっそっか」
セルウァーはそう返すのがやっとだった。
セルウァーは荷物を片付けると、ベッドに入った。
「アモル、そろそろ眠ようか」
「はい」
アモルは微笑むと、喜んでセルウァーの隣に寝っ転がった。
当然、セルウァーは別々に眠ろうとアモルに提案したのだが、アモルがそれを聞き入れてはくれなかったのだ。セルウァーはどんなに理由を考えて逃げようとしても、その度に寂しそうな、泣き出しそうな表情をするので、セルウァーが折れるしかなかったのだ。
だから、セルウァーはいつもの様に素数や、まったく関係のないことを考えて理性を保つことになったのだった。
「ああ、そうだ。アモル、寝る前に一つ聞きたいことがあるんだけど……」
セルウァーは良いか? と言いかけて言葉を止めてしまう。何故なら、至近距離に蒼色の眸があったためだった。
アモルはアモルで「どうしたんですか? セルウァーさん」と言ってふにゃりと笑った。そんなアモルの表情もたまらなく可愛いと思ってしまう。
あまりのアモルの笑顔の破壊力に、セルウァーは数秒間は固まってしまうが、どうしてもアモルには聞いておかないといけないことだと思い出し、会話を再開させた。
「もしも、もしもの話なんだけどしても良いか?」
セルウァーの言葉に、アモルは不思議そうな表情を浮かべるがやがて頷いた。
「それじゃあ、もしアモルが完全に奴隷じゃなくなったら何かやりたいとかあるか? もしくは夢とかさ。それを聞いてみたいなって思ったんだよ」
「わたしのやりたいことや、夢ですか?」
「そう。ちょっと気になってさ。もし、何かあるんなら教えてほしいなって思ったんだ」
「わたしのやりたいこと、夢?」とアモルは呟きながら、考え込んでしまう。
やっぱり、いきなり過ぎたかな。でも、こればっかりは聞いておきたいと、セルウァーは身勝手にも思ってしまったのだ。
出会った時も、ここに来た時もほとんどがセルウァーが考えて、アモルにしてしまったことの方が多かった。もし、他にアモルがやりたいことがあるのなら、そっちをやらせてあげたいともセルウァーは思っていた。
しばらくの間、考えていたアモルだがやがて口を開いた。
「わたしのやりたいことや、夢とは違うかもしれないですけど、わたし奴隷として過ごしてた時に一つの願いだけを持って、ずっと奴隷として過ごしてきました。いつか叶うって思って、嫌だったけど辛かったけど奴隷としてやってきました」
セルウァーは黙ってアモルの話を聞いていた。ここまでアモルが自分自身の事を語ってくれたのは、少ないためただただ黙っていた。
「わたしはずっと、『幸せな家庭』を持ちたいって思ってました。大好きな人と結婚して、恥ずかしいですけど子どもを授かって、家族仲良く暮らしていく。そんな幸せな家庭を持ちたいなってずっと思っていました」
「それがアモルの願いだったんだな」
セルウァーがそう聞くと、アモルは恥ずかしそうに頬を染めながら頷いた。
「奴隷のわたしがそんなことを思うなんて、おこがましいですよね。えへへ」
「そんなことない!」
アモルの言葉をセルウァーはすぐさま否定した。
確かに奴隷だっただけで、人々に蔑まれてしまう傾向は街によってはあった。しかし、この街ならそんな心配はないし、何よりそんなことをアモルに思ってほしくなかった。
「そんなことないよ、アモル。とっても素敵な願いじゃないか。少なくとも俺はそう思うし、全力でアモルの願いを応援したいって思うよ」
アモルはその言葉を聞いて、最初は驚いた表情を浮かべていたが、やがて綺麗なアモルの眸からは溢れだしてしまう。
「あっアモル⁉」
いきなり、泣き出してしまったアモルに対して、セルウァーはおろおろすることしか出来なかった。
どうしよう、どうしよう。俺はまたこの少女を泣かせてしまった。
後悔やどうしようと言った色々な感情が混ざりあい、ますますセルウァーはどうしたらいいのかが分からなくなってしまう。
セルウァーがそうしている間、アモルは次々へと涙を溢れださせていた。
くっそ、本当にどうすれば……
セルウァーが必死に打開策を考えていると、泣いて少し落ち着いたのかアモルから声をかけてくる。
「セルウァーさん」
「なっ何? アモル」
特に打開策が見つからなかったセルウァーは、全力でそれに乗っかることにする。何とも情けない話ではあるのだが、今はそんなことは言ってられない。
「今やっと分かったことがあるんです」
「うん、何?」
「わたしの願いはもう少し付け加えることがあったんだって」
「えっ?」
セルウァーがそう声を上げると、アモルはくすりと笑うとその願いことを口にした。
***********************
セルウァーから、やりたいことや夢とかないのかと聞かれた時、アモルは咄嗟にないと答えようと口を開きかけた。しかし、セルウァーの眸があまりにも真剣にこちらを見ていたので、嘘は吐けないとアモルは思ったのだ。
セルウァーにそう聞かれた時、アモルの頭の中にはある一つの想いが浮かんでいた。それは奴隷時代から願い想い続けていることでもあった。
それは大好きな人と結婚して、その人の子どもを授かって、幸せな家庭を築くことだった。
しかし、アモルも知っていた。奴隷となってしまっては普通の結婚が難しくなることを。
だから、アモルは躊躇ったのだ。セルウァーにそのことを言うのを。だが、セルウァーは黙って、こっちが言葉を発することをずっと待っていてくれた。それに何より、アモル自身が、セルウァーには嘘を吐きたくないと今は思っていた。
アモルは深呼吸を少しすると、セルウァーにずっと想い続けてきた願いを口にした。
ずっと『幸せな家庭』を築きたかったと。
それを聞いたセルウァーは最初は驚いた表情を浮かべていた。やがて、「それがアモルの願いだったんだな」と口にした。
その声を聞いてアモルはピクリとなってしまう。
この願いは奴隷時代の仲間だった、アミーナと言う名の少女には話したことがあったが、他の人には話したことがなかった。だから、アモルは咄嗟に言葉を続けて誤魔化してしまう。
「奴隷のわたしがそんなことを思うなんて、おこがましいですよね。えへへ」
しかし、セルウァーはそれをすぐに否定した。
「そんなことない!」
セルウァーのその否定に、アモルは「えっ⁉」となってしまう。
「そんなことないよ、アモル。とっても素敵な願いじゃないか。少なくとも俺はそう思うし、全力でアモルの願いを応援したいって思うよ」
奴隷のわたしでもそう願ってもいいの? 求めてもいいの?
そう思った瞬間、アモルの眸からは涙が溢れていた。それと同時に、あの時【ガンタール】で感じた胸の高鳴りや、甘い疼きを感じていた。
目の前ではわたわたと慌てているセルウァーの姿が映る。そんなセルウァーの姿を見て思わず小さく笑ってしまうが、セルウァーはセルウァーでそのことには気が付いていないようだ。
そして、アモルはそんなセルウァーの姿を見ていて、ある一つの気持ちが固まっていくのを感じていた。それに、それがあの時、あの街で感じた胸の疼きの答えだということにも、アモルは気が付いていた。
わたしは本当にそう願っていいのかな?
アモルの心の中で、元々あった願いがさらに確固たるものとなっていくのを感じていた。
わたしはこの人と生きていきたいと、そう強く思ってしまったのだ。
そんな考えを持つのはとてもおこがましいことなのかもしれない。ありえないことなのかもしれない。けど、この人はわたしの願いを応援してくれると言ってくれた。
だから……だから……
「セルウァーさん」
アモルは意を決して口を開いた。
そんなアモルに対してセルウァーは、驚いたような声を上げていた。そんなセルウァーの姿に頬が緩みそうになってしまうが、アモルは何とか持ち堪えると言葉を続けた。
「今やっと分かったことがあるんです」
「うん、何?」
セルウァーは優しく問いかけてくれるので、アモルも自然に言葉を出すことが出来た。
「セルウァーさん、わたしはあなたとその『幸せな家庭』を築いていきたいです」
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アモルの言葉に、セルウァーは心底驚いてしまう。
「俺と家庭を?」
「……はい。わたしはセルウァーさんとそんな家庭を築いていきたいです」
「それは、俺と夫婦になりたいってことだよな?」
セルウァーがそう問いかければ、アモルは恥ずかしそうにこくりと頷いた。
まさか、アモルがそんなことを考えていたとは思わなかったな。最初は警戒されて、ここに来るまでに、どうにかその警戒心は取れたと思ってはいたけど、そんなことを思っていてくれたなんて考えもしなかった。
嬉しいか嬉しくないかと言われれば、確かに嬉しいと感じるけど、それよりもセルウァーは気になることがあった。
「本当に俺でいいのか? アモルになら他にいい男がいると思うけどな。答えを出すのは急すぎるんじゃないのかな?」
そうだ。俺はたまたまアモルを助けただけだ。だから、アモルは勘違いをして、俺に恋をしていると思い込んでいるのだ。きっと、そうだろう。
少なくともセルウァーはそう考えてしまったのだ。しかし、今度はアモルはすぐさまセルウァーの言葉を否定した。
「違います! わたしはセルウァーさんのことが大好きなんです! 前までは分からなかった感情でした。でも、今ならはっきり分かります。わたしはセルウァーさんのことが好きなんです! 大好きなんです!」
アモルの言葉は、眸は、表情は、全てが真剣そのもので、年下の女の子にここまで言わせてしまったことを、セルウァーは激しく後悔することになった。
「ごめん、アモル。そこまで想ってもらっているのに、疑ったりして。実は俺も不安だったんだよ。俺はアモルを一人の女の子として幸せにしたいって、あの時河原でアモルを助けた時からずっと思っていた。けど、それは俺の独りよがりだったんじゃないかって、ずっと思って考えていたんだ。けど、アモルの言葉を聞いて、俺の本当の気持ちに気が付いたよ。俺はアモルと出会ってからずっとアモルに惚れていたんだと思う。今ならはっきり分かるよ。俺はアモルのことが好きだ。さっきは、ああ言ったけど、アモルが他の男の所に行くなんてとても耐えられない」
セルウァーはそこで言葉を切ると、「だから」と言葉を続けた。
「アモルは俺が一生かけても幸せにしてみせる。だから、アモルがもし奴隷から解放されたら、その時は……結婚しよ」
アモルの夢を聞こうと思っていたのに、どうして俺はアモルにプロポーズをしているのだろうと、セルウァーは思ってしまうが、それでアモルが幸せになれるなら俺にとっても幸せなことだと強く感じていた。
そして、アモルの口から嗚咽が漏れていたが、やがてゆっくりと「はい」と言葉にしたのだった。
そう言って微笑んだアモルの笑顔を、セルウァーは一生忘れることはないだろう。
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