第14話「セルウァーの決意」
第14話「セルウァーの決意」
「と言うわけで、お姉さんは急いでこの街に帰って来たわけだよ。どっかのおバカさんが、本当におバカさんのことをしでかしてくれたからな」
「まさか、アモルがそんなにデカいところに買われていたとは思わなかったよ」
本当にまさかだよな。街のトップがアモルのことを奴隷として使っていたなんて。
「しかも、話はそれだけで終わらないぜ。アモルちゃんを奴隷にしていたのは、確かにコルセア商会だ。しかも、アモルのことを特に気に入って使っていたのは、そこの主人だったらしい。何でもその主人は大層な若い女好きで、奴隷市場で若い女を買ってくると、欲望の捌け口にすると言う困った癖があったらしいぜ。それに、アモルちゃんは今年で十五歳だ。なんでも、その主人は十歳の頃にアモルちゃんを引き取った時からずっと、十五歳になったら欲望の捌け口にしようって考えていたそうだ。だから、ある意味で言えば逃げ出せて良かったとも言えるよな」
「良い趣味とは言えないよな」
「当たり前だろ。そいつは逆らえない女の子を連れ込んで、好き放題やっていたんだからな。女の敵だよ」
ティアはそう言うと、静かにお茶を飲んでいた。しかし、その仕草はティアの中にある怒りの感情を抑えている仕草だと言うことに、セルウァーは気が付いていた。
「それに、アモルを追ってその手の者がこの街に向かっている」
「だろうな」
「なんだ、知ってたのか?」
「いや、知らなかったよ。ただ、ここに来る前に【ガンタール】と言う町で、奴隷盗賊に襲われた。きっとその奴隷盗賊がその手の者の一つだったんだろうさ。それに奴らが戻って来ないことはすぐにそいつの耳に入るだろし、それにそうしたら必然的に俺とアモルの足跡は割れるだろうとは推測できたしな。だからこそ、情報が欲しくてここに来たんだ。結局、俺は何も分からないでアモルを連れて来たわけだからな」
「なるほどな。それで君はお姉さんの話を聞いて、どうするつもりになったのかな?」
「どうするもこうするもないよ。俺はアモルが、これから幸せに暮らせるようにするだけだよ」
「ニッシッシ! シンプルで分かりやすい答えだな。でも、お姉さんの好きな答えだ。その答えに免じて、今日のお代はタダにしといてやるよ」
「おっ! サンキュー」
「でも、その代り絶対にアモルちゃん救ってやれよ」
セルウァーはティアの言葉に不敵に笑うのだった。
「当然だ。それとティア、一つ頼まれてくれないか」
***********************
ティアの店を出た頃には、すでに日は傾きかけてさっきまで青かった空が茜色に染まっていた。
それぐらいに、今回ティアが教えてくれた情報の濃度が濃かったのだ。
それに、帰り際に言われたティアの言葉。
『もし、もう一度【ターソン】に行こうと考えているなら気を付けろよ。君は今奴隷泥棒として【ターソン】では指名手配されている。知っているとは思うけど、奴隷泥棒は重罪だ。ぐれぐれも気を付けろよな』
分かってる。だから、何とか上手く立ち回らないといけないな。
これからのことを考えながら歩いていると、いつの間にかテッラの酒場に着いていた。
あれ? 俺はいつの間にここに戻って来たんだろうか?
セルウァーはそう感じながら、何にも考えずに酒場の中に入った。そして、大いに驚いてしまう。
何故なら、店の中が今までに見たことがないぐらいの混雑具合だったからだ。中には席に座れず立ち飲み、立ち食いをしている猛者までいる。本当に何があったんだ?
セルウァーはどうするかと迷っていると、「あっ!」と言う声が聞こえたかと思うと、アモルがこちらに駆けよってくる所だった。
「セルウァーさん、おかえりなさい!」
「ああ、ただいま。ニーナ、初仕事はどうだ?」
「忙しくて大変ですけど、とっても楽しいです! えへへ」
「そっか良かったよ」
セルウァーがそう笑いかけると、ニーナも幸せそうに笑った。ニーナのその笑顔を見て、セルウァーは思わずニーナの頭を撫でてしまう。
「さて、ニーナは仕事が忙しいんだろ? そろそろ戻った方が良いんじゃないのか?」
「あっ! そうでした。すみません、セルウァーさんまた後でです」
「ああ、また後でな」
ニーナはもう一度笑うと、パタパタとホールを駆けまわって行く。
そんなニーナの姿を見て、セルウァーは何としてもニーナ――アモルのことを守ると心に誓うのだった。
まあ、決意を新たに出来たのはいいんだけど……さっきからものすごい殺気を感じるんだよな。
セルウァーはちらりと辺りを見渡した。やはりと言うか、何というかものすごい形相でこちらを睨まれていた。しかも、その数はここにいる大多数を占めている。ニーナは初日ですでにお客のハートをわしっと掴んでいました。ニーナ恐るべし。
さすがに居た堪れなくなったセルウァーは、そそくさと厨房の裏に引っ込んだのだ。あのままあそこにいたら、視線で刺殺されるんではないだろうかと言う錯覚を覚えるぐらいの殺気をはらんでいた。
「おっ、何だよ帰って来てたのか」
「今帰って来たんだよ」
厨房裏に入ると、すぐさまこの酒場の店主であるテッラがそう声をかけてきたので、セルウァーはそれを軽口で返した。
「しかし、ニーナすげぇな。ほどんどの男がニーナの魅力の虜になってんじゃん」
「それがあの子の本質だったんじゃないのか。あの子には人を惹きつける魅力がある。少なくともオレはそう思ってるよ。あの子にはそれがある。だから、セルウァーだってあの子のことを助けようと思ったのかもしれないな」
人を惹きつける魅力か。確かにあの時何故だか放ってはおけないと強く感じたのは事実だった。そして、その気持ちは今でも変わらず持っている。
「まあいいや。セルウァー、店が終わったらちょっとオレに付き合え」
テッラの言葉に、セルウァーは首を傾げるのだった。
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仕事を終えたアモルを部屋に連れて行き、セルウァーは少しテッラと話があると説明して、部屋を後にした。出る前にアモルのことをねぎらうことも忘れない。
「アモル、今日は本当にお疲れさま。初めての仕事で疲れただろ」
「はい、少し疲れちゃいましたけど、でもとっても楽しかったです!」
そう言って微笑んだアモルの笑顔に、セルウァーは思わずドキリとしてしまう。酒場の客が、アモルに惹き付けられた理由が、何だか分かった気がする。
「そっか。なら良かったよ。俺はテッラと少し話してくるから先にベッドに入って寝ててくれ」
「はい、分かりました」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
セルウァーはアモルに寝る時のあいさつをすませると、テッラが待っている一階へと降りていった。
一階へ降りると、テッラが何やら厨房で料理を作っていた。
「もう少しで出来るから、そこで座って待っていてくれ」
セルウァーは頷くと、テッラが用意したのであろう空きの木箱で作ったテーブルとイスの上に腰を下ろした。
テッラは言葉通りにすぐにセルウァーの元に、作った料理とグラスを二つ運んで来た。
「偶にはオレと飲むのに付き合え」
テッラは問答無用に、セルウァーの前にグラスを置くとそこに酒を注いだ。
この国では十八歳から飲酒が認められている為、セルウァーは法的にもお酒を飲んでも問題は何もないのだが、セルウァー自身、お酒というものがそこまで好きなわけでもなかった。なので、十八歳になった今でも自分からお酒を飲もうとは考えたことがなかった。もちろん、それは目の前に腰を下ろしたテッラも知っているはずなのだが、こうして改めて誘ってくるのは珍しい。
「まぁ、偶には男同士でこういうのもいいだろ」
テッラは悪戯そうに笑うと、グラスに注いだワインを口に含んだ。
「確かに偶には良いかもな」
セルウァーもそう呟きながら、ワインを口に含んだ。
しばらくの間、二人は無言でお酒とテッラが作ったつまみを飲んでは食べていた。
「それでセルウァー。お前何を考えている?」
「何をって何を?」
「質問を質問で返すなよ。まったく」
「いきなり、テッラが不思議なことを聞いてくるから」
「まあ、それもそうか。でもな、お前さんがここに帰って来た時、明らかに行く時と帰って来た時での雰囲気が違ったもんだったからな。何か企んでいるんじゃないかって、ちょっと不安になったんだ。それでセルウァー、何を企んでいる?」
探るようなテッラの眸が、真っ直ぐにセルウァーの眸を射抜いていた。
やっぱり、テッラに隠し事をするのは無理か。
セルウァーは半ば諦めの様に考えていることを口にした。
本当は話さないつもりだったのだが、酒を飲んでいたせいで口の滑りが良くなってしまったのかもしれない。
「アモルが奴隷として使われたいた街【ターソン】に行こうと思ってる」
その言葉には、テッラは大いに驚いてしまう。
「待て待て、お前さんはその街では重罪人の扱いになっているんじゃないのか?」
「ああ、指名手配されてるな」
「お前バカか! そんな街に行ったら生きて帰って来られるか分からないぞ!」
「ああ、それも分かってる。けど、このまま今の生活をしていてもいずれはアモルの存在は、あいつらにバレちまう。だったら、こっちから動いて早いとこアモルの一件にケリを付けてやらねぇと、アモルだって安心してこの街では暮らせないだろ」
「それはそうだが……」
「それに、俺たちはここに来る途中、奴隷盗賊に襲われている。そいつらは、アモルを買っていた主人の手の者だったんだ。だから、そいつらが捕まったってことが分かれば、自ずと俺たちの足跡だって分かっちまう」
セルウァーの言葉を聞いて、テッラは思わず歯噛みしてしまう。確かにセルウァーの言っていることは一理ある。しかし、このまま弟分を見殺しにするなんてことは出来ないと、テッラは思ってしまうのだ。
「だから、俺は行くよ。アモルがこれから幸せになれるようにするために」
セルウァーの眸には決意の色が見えた。
ああ、これは何を言っても無駄だなっとテッラは、セルウァーとの付き合いで分かってしまう。
セルウァーが眸にその色を宿している時は、こっちが何を言っても言うことを聞かない時だった。
こいつは本当に昔っから究極の頑固モンだからな。それに、本人は気がついていないのかいるのかは分からないが、こいつはどれだけあの少女に惚れ込んでいるのだろうとテッラは思ってしまう。
「はぁ~、ったく! いつもいつも危険な橋ばかり渡りやがって! 分かった。行って思う存分やって来い! けど、絶対にこの街に帰って来い。今のお前には帰りを待つ奴がいるんだからな!」
「ああ、分かってるよ」
「約束だ」
テッラはグラスを持った方の腕を突き出してきたので、セルウァーもそれに倣ってグラスを持った方の手の腕を突き出して、そのままテッラの腕の自身の腕を組んだ。
「絶対に帰ってこい」
「絶対に帰ってくるさ」
その状態のまま、約束だと言うばかりにグラスに残っていた酒を飲み干した。
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