第13話「情報屋・サピエンティア・ザイン」
第13話「情報屋・サピエンティア・ザイン」
セルウァーはティアの発言に大いに驚いてしまう。
「ティアも【ターソン】にいたのか」
「まあね。ちょっと野暮用があってな。お姉さんもあの街に用があったんだよ。そうしたら、面白い噂が耳に入って来たんだよ」
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「これで頼まれていた情報の収集は大方集まったな。後はどの情報を依頼主に伝えるかを取捨選択するだけだな。さすがにこのまま伝えられないしな」
ティアは今まで集めた情報を確認しながらそう呟くと、近くの酒場に足を踏み入れた。時刻はすでに午後の二時を回っているが、昼食を取っていなかったのだ。
さてと今日はなにを食べようかな。
ティアはそう思いながら、酒場のカウンター席に腰を下ろしてメニューを決めていざ注文をしようと声を上げようとした時だった。
いきなり酒場の扉が乱暴に開け放たれたのだ。そこから二人組の男が入って来たかと思うと、近くで酒を食らっていた客に近付くとそのまま締め上げて怒声を浴び始めたのだ。
「なあ、マスターなにかあったのか?」
ティアはそんな様子を眺めながら、この酒場の店主にそう尋ねた。
「どうやらつい最近と言うか、ある所の奴隷の少女が逃げ出したらしい。それで男二人組がああやって、酒場や色んな店にやって来てはその少女の情報を聞き出しているらしい。まったく、迷惑な話だよ。たかだか奴隷の女一匹で商売の邪魔をされるのは」
「マスター、思っててもそんなことは言っちゃダメだぜ」
ティアはそう言葉を返しながら、入って来た男たちの会話に耳を澄ませていた。
「おい! お前、銀髪の十五歳ぐらいの女を見なかったか?」
「しっ知らねぇよ! 俺はそんな女見てねぇよ!」
「ちっ! こいつも駄目か! おい、ここにいる奴で誰か見た奴はいないのか!」
あいつら、かなりいらだっているな。そもそも奴隷が逃げ出すってこと自体がレアケース中のレアケースだからな。それにそもそも逃げ出されたのは、そっちに落ち度があっただけだろ。
ティアがそう感じながら事の成り行きを見守っていると、酒場にいた一人がおずおずと手を上げた。
「俺、銀髪の少女じゃなかったけど、十五歳ぐらいの子が男と歩いてるのを見たぞ! フードを目深に被ってたから、顔は良く見えなかったけど!」
「そいつらはどこに行った!」
一人が今の発言をした奴に近付くと、胸倉を掴みさらに問い質そうとしている。
「分からねぇ! ただ西門に向かっていたような気がするのは確かだ」
男は「ちっ!」と舌打ちをすると、もう一人の男を連れて酒場を出て行ってしまう。
う~ん、たかだか奴隷が一人逃げ出したぐらいで、事を大きくし過ぎじゃないのか? 確かに奴隷の所有者って執拗だと噂で聞くけど。
所詮はそれだけの話だとティアは片づけようとした。しかし、情報屋としての勘がちりちりと警報を鳴らしているのだ。これは無視できる情報じゃないぞと。
「はぁ~」
ティアは一度ため息を吐いた。
ここまで来たついでだし、面白い情報を逃したらそれこそ情報屋が泣くってもんだしな。良いぜ、とことこん調べてやる。
「それで、お前さんは何を食べるんだ?」
事も済んだ頃を見計らって、店主がティアにそう問いかけるが、すでにそこにティアの姿はなかった。
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まずティアが調べることにしたのは、一体どこの奴隷が逃げ出したかと言うことだった。
今分かっていることは、どこかの奴隷が逃げ出したこと。女の子であること。十五歳であること。そして、一人の男と歩いていたこと。
ここまで考えると、奴隷盗賊にでも攫われたかとも思えるが、ティアは違うなと考え直し頭を振った。
そもそも少女を攫ったのが奴隷盗賊であるならば、そんな目立った動きはしないだろう。もっと少女の姿が見られないように隠すはずだな。
となると、この一件に奴隷盗賊が関わっている線は消えたな。
そうこう考えている内に、この街にある奴隷市場に着いていた。ここではその名の通り奴隷とされる人間が売買されている。
あまりここに入る気分にはなれないが、どうしてもここに入って情報を掴みたかったため、ティアは覚悟を決めて入ることにする。しかし、市場街に入った途端、この市場を取り仕切っていると思われる男に呼び止められてしまう。
「おい、ここはガキが来るような場所じゃねぇぞ! とっとと失せな」
ティアはこの状況にラッキーと思いつつ、慎重に言葉を選びながらその男に話しかけた。
「いや~迷ってしまいまして、気が付いたらここにいたんですよね。もしかして、あなたはこの市場の責任者様ですか?」
「いや、俺は副責任者って所だな。迷ったのか? なら帰り道を教えてやるから早く帰れ」
「待ってくださいっす。一つだけ聞いてもいいですかね?」
「なんだ? 忙しいから手短に頼む」
「何だかここ最近で逃げ出しちゃった奴隷の少女がいるみたいなんですけど、どこの誰の奴隷か分かったりします?」
「どうして、そんなことを聞く?」
副責任者と名乗った男は、胡散臭そうにティアの顔を見ていた。ティアは曖昧に笑うと言葉を続けていく。
「何だかその子の特徴が、小さい頃に生き別れた親友とそっくりなんすよ。だから、もう一度、一目でもいいから会いたいって思ってしまったんっす。だから、その子のことを教えてください!」
ティアはそう言って、その男に頭を下げた。
今話したことは、もちろん嘘ではあるがこう言えば目の前に立つ男は何かしらの情報を話してくれるそんな気がしたのだ。
そして、ティアの考え通り、副責任者の立場である男はしばらくの間悩んだ後、こう口を開いたのだった。
「分かった。内密にだが教えてやる。ただしその代わりにこちらの頼みも一つ聞いてくれないか?」
「頼みっすか?」
「そうだ。実はな奴隷が主人の元から逃げ出すのは、少ないとは言われてはいるがゼロであるわけでもない。それでな、何が言いたいかと言うと、仮に奴隷が逃げ出して戻らないとすると、俺たち奴隷売人の所為にされるんだよ。奴隷としての躾がなっていないって言われてな。そうなったら全額金を返さなきゃならなかったり、ひどい時には暴れまわれて大変な事態になることもあるんだ。そして、今回もその方面であった場合はかなり面倒な展開だ。だから、親友のあんたに頼みたい。もし、その子に会ったら主人の元まで戻れって強く言ってはくれないか。それが俺があんたにその奴隷のことを教える条件だ」
はは~ん、そう来たか。
「クソ野郎」
ティアは思わず小声でそう溢してしまう。
「ん? 何か言ったか?」
「いやいや、何でもないっすよ。分かったっす。親友の名に懸けてその子にそう伝えるっすよ」
「おお、本当か! なら教えてやるよ! だがくれぐれも内密にな」
「分かってるっすよ」
ティアはそう言って笑みを作ったのだった。
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逃げ出した奴隷の少女の名はアモル・フェーリークス。コルセア商会と呼ばれる貴族に五年前に買われていった奴隷。
思った以上にデカいのが釣れたな。
このコルセア商会は、この街【ターソン】でもトップに位置する貴族だった。そして、実質この街を運営をしているのは、そのコルセア商会だったりするのだ。
そんな所の奴隷を攫ったとか、その男はバカなのか?
ティアはそう思わずにはいられない。
取りあえず、どのバカ男がその奴隷を攫ったんだ。
ティアは西門に着くと、近くにいた近衛隊の一人に近付いた。
「ちょっと人を探してるんですけど、聞いてもいいですか?」
「ああ、構わないよ」
「それじゃあ、フードを目深に被った十五歳ぐらいの女の子と、それを連れた男を見てないですか?」
「フードを被った女の子と、それを連れた男か。ちょっと見てないな。もし仮にここを通ったとするなら、もしかしたら馬車で通ったのかもしれないな」
「そうですか。ありがとうございます」
「悪いな。役に立てなくて」
「いえいえ、そんなことはありませんよ」
ティアはもう一度お礼を言って、その場を後にしようとしたのだが「ちょっと待ってくれ」と呼び止められた。
「参考になるかは分からないが、ちょっとだけ気になる話があったのを今思い出したよ。そう言えば、他所から来た傭兵の男が、君が言っていた特徴の少女と歩いていたと報告があったな。もしかしたら、その二人が君の探している二人組かもしれないな」
傭兵とフードを被った少女か。
「ありがとうございます! 少し探してみようと思います」
「ああ、気を付けてな」
ティアは今度こそお礼を言うと、その場から後にした。
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ティアは今馬車に揺られていた。
あれから色々と調べ回って色々なことが分かっていた。
まずあの西門を守っていた近衛隊の一人が言っていることは正しかったことだ。
逃げ出した少女は、その傭兵の男とこの街を出たこと。そして、その時自分ならどうするかを考えた時に、この奴隷推奨までとは言わないが、奴隷を押している街にいるよりも、この街から見て西にある街【バルジャン】に向かうだろう。
その街では奴隷の反対の色が強い。奴隷の人が暮らしやすい街と呼べるだろう。
私がもし攫うんだったら、そこに連れて行くかな。それにあいつも同じことを考えるだろうな。
ティアは他所から来た傭兵と聞いた瞬間、この街のギルド総会に行くことを思い付いていた。そこで報告に来ていない傭兵が一人いることを知ったのだ。そして、その傭兵の名がセルウァー・モッリスと言うことも。
あのバカ。今度はどんな厄介ごとに首を突っ込んでいるんだか。
セルウァーの名を聞いた瞬間、ティアは今までの考えを改めることにすることになった。
今まで奴隷の少女は逃げ出して攫われたものだと考えていたのだが、その最初の考えからして間違っていたとティアは今では考えていた。
奴隷の少女は攫われたのではなく、自分の意思でついて行っているのではないかと思えるのだ。
セルウァーが攫うとは考えられない。もしかしてあいつに童女趣味でもあったのか?
何だか気がついちゃいけないことに気が付いてしまった気がする。
ティアは首を横に振って余計な考えを振り落とすと、他のことを考えることにする。
それに早くセルウァーに追いつかないといけない。コルセア商会もそのアモルと言う名の少女を連れ戻すことに必死になっている。それに、そんな所の奴隷を連れ出したんだ。下手をすればあいつが殺されるかもしれない。奴隷を攫うことはあの街では重罪とされている。つまり、セルウァーがやったことは重罪になる可能性があるのだ。
はぁ~、いつになってもお姉さんを心配させてくれるよあの男は。
ティアはため息を吐くと、西の街【バルジャン】への道へと急いだ。
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